2016年02月19日

ちょっとした話・11







「行くぞ」


用事は済んだというふうに黒川は立ち上がり、イツキにそう言う。
正面の男が茶封筒の中身を覗くと、そこには一万円札が三十枚以上は入っているようだった。

イツキは慌てて黒川と一緒に立ち上がり、急かすように隣の沼原たちも立たせる。
黒川が扉に向かって歩くその先を行き扉を開け、とにかく退散とばかりに、まず沼原たちを部屋の外に出してやった。


「…ま、待てよ。これで済むと思ってるんじゃねぇだろうな…ッ」


札束を手にした男は少し動揺していたのだが、我に返り、扉の内側に残っていた黒川とイツキに声を荒げる。


「ふざけんなよッ…馬鹿にしやがって…!」


男は黒川に軽くあしらわれた事に腹を立てたようで、今しがた黒川が座っていたパイプ椅子を持つと、それを黒川とイツキの足元に投げつけた。
当たりこそしなかったが、イツキは驚き、思わず黒川の背中に身を寄せる。




黒川は、
呆れたように、大きなため息をつく。
黒川とて、こんな場所で、騒ぎを大きくしたいつもりでは無かったのだが。





邪魔だと言う風に足元に転がったパイプ椅子を拾い、まるでブーメランか何かおもちゃのように、部屋の中央に投げつける。
それはガチャンと派手な音を立て事務机の上に乗り、書類やら時計が床に飛び散る。

黒川は男に一瞥だけ寄越し、そして最初から男など相手にはしていなかった様子で、白スーツに不機嫌な視線を向けた。




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2016年02月20日

ちょっとした話・12






「…あのなぁ、面倒を起したと思ったからこそ、わざわざ、金を持って来てやったんだぞ?
それなのに、この対応か? 酷いな」
「…あんた。…どちら様ですか…?」



さすがに白スーツの男も、黒川が普通の男では無いと思い始めていたが…
いかんせん、イツキや、女子高校生と知り合いだと言われると、どうにも関連が思いつかない。


「庄司さん」


けれど、名乗りもしていない名前を呼ばれては、
背筋からぞくりと寒気が走り、嫌な予感しか、しなかった。


「…先代の頃は、付き合いもあったんだがな。…代替わりして、商売も落ちたもんだ。
…若い衆の教育は、ちゃんとやった方がいいぞ?」


黒川はそう言って、ようやく懐から名刺を出し、それをテーブルに投げる。
そして、パイプ椅子が乗った事務机を眺め、

「…騒がせたな。他に何か文句があるなら、事務所に来い」

と言って、イツキを連れ、部屋を出るのだった。






建物の外では沼原たちが肩を寄せ合い、イツキが出て来るのを待っていた。
イツキの知り合いだと言う男も、怖いし、部屋の中では何か物が壊れる大きな音までする。

「……イツキくん…!」

そして、イツキの姿を見ると駆け寄り、また涙を浮かべ、「ごめんね、大丈夫だった?ごめんね、ごめんね」と、口にする。
イツキは、まあ、大丈夫だからと言い、ここから2人で家に帰れるかを確認すると、沼原たちをこの場から立ち去らせるのだった。



道端に残ったのは、イツキと黒川の2人のみ。


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2016年02月21日

ちょっとした話・13








無事にこの場所から帰る沼原たちを見送り、イツキはようやく、安堵の溜息をつく。
自分は、多少の事には慣れているからいいが、やはり顔見知りの女の子に「何か」があるのは、可哀想だと思う。



そして、最後の心配事。



隣に立つ黒川を恐る恐る見上げると、丁度、黒川もイツキを見下したところで、
ふんと、鼻息を立てる。

「…くだらない騒ぎを起こしやがって…」
「……ごめんなさい…」
「金は、お前の借金に付けておくぜ?」

言葉の割には、黒川は怒っている様子ではなかった。
話しながら歩きだし、いくつか角を曲がったところで、イツキも知っている大通りに出る。


「……マサヤが来るとは思わなかった。…俺、一ノ宮さんに頼んだのに…」
「一緒に事務所にいたんだよ、馬鹿が。馬鹿のくせに、一人で問題を解決しようとするなよ、馬鹿」
「……馬鹿、馬鹿、言い過ぎ…、マサヤ」
「本当のことだろう?」

言って、笑って、黒川は大通りを渡る。


「今度は、最初から、俺に連絡しろ」




その一言に、不覚にも、イツキは泣きそうになってしまう。
おまけに黒川が向かっている先が事務所ではなく、イツキが行きたがっていた和菓子屋だと解ると

うっかり、惚れてしまいそうになるのだった。






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2016年02月23日

ちょっとした話・最終話







次の日。
イツキがマンションの部屋で目覚めた時には、黒川の姿はもう隣には無かった。
昨夜はお互い、熱くなり過ぎて、身体のあちこちがまだ痛かったのだけど
どうにか起き出して、身支度をする。


自分の部屋に帰る前に、一応、黒川に声を掛けて行こうと、事務所に立ち寄ると、
事務所には、先客がいた。


昨日の、「中央ファイナンス」の白スーツとチンピラだった。


「申し訳ありませんッ」


男たちは床にひれ伏し、深々と頭を下げていた。
あの後、黒川が置いて行った名刺を見て、ようやく黒川の正体が解ったようなのだ。
この界隈の有力者である黒川と、その「女」のイツキに喧嘩を売ったなど…知りませんでしたで済む話では無い。

チンピラの方はすでに身内に制裁を受けて来たのか、顔中に殴られた痕をつくり、腕などは折られたのか包帯でぐるぐる巻きにされ、首から吊るされていた。
もちろん、昨日渡された茶封筒はそのまま、黒川の前に返されていた。



イツキは、
半分、気の毒になって、男たちにぺこりと頭を下げる。
それから小走りで黒川の傍に行って、「……俺、帰るけど?」と、言う。


「…こいつら、どうする?指でも詰めさせるか?」
「…いらないよ、そんなの。…マサヤ、明日は?」
「そっちへ行く。…焼肉でも行くか?」
「…ん」


顔を近付けて話す2人は、まるでキスでもしているかのように見える。
そして話が終わるとイツキはまた、男たちにぺこりと頭を下げ、


事務所を出て行くのだった。





おしまい



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2016年02月26日

沈む夜







真夜中にイツキはベッドから起き出し、裸のまま、キッチンへ向かう。
コップに水を汲むと、こくこくと飲み干し、もう一度水を汲み、リビングのソファに向かう。
何をするわけでもないのだけど、ソファに座り、窓の外の夜景を眺める。
街は、この時間でも変わらず、眩いネオンに彩られていた。


ソファの背もたれには黒川のスーツのジャケットが掛けられ、
テーブルには吸殻の入った灰皿と、ビールの空き缶が数本。
ここから寝室までの道に点々と、自分のシャツとズボンと下着が脱ぎ捨てられていて
イツキは、つい数時間前、どうやって自分が寝室に入って行ったのかを思い出して、笑った。


二杯目のコップの水を飲み干して、イツキはソファから立ち上がる。
落ちている服を拾いながら、それをまとめて洗面所に放り投げる。
洗面所の鏡に映る自分に、自分で、ドキリとする。
黒川に十分に愛された身体は、良くも悪くも女っぽくて、乱れた髪も赤い唇も、酷くいやらしく見えた。




あまりに慣れ合ってしまうのが嫌で、少し距離を置いてみるのだけど、
すぐに戻って、以前よりも深いところに落ちてしまう。
こうなると、次に、離れるのが難しい。
……離れたところで、どうせすぐにまた、戻ってしまうのだし。



寝室に戻り、ベッドに戻る。
布団を捲り、空いていたスペースに潜り込む。
恋しい訳では無いが、寒かったので、黒川の身体にぴたりとくっつくと、
眠っているはずの黒川がイツキを抱き締め、そのまま2人で、同じところに落ちて行った。




posted by 白黒ぼたん at 21:19 | TrackBack(0) | 日記

2016年02月29日

テスト期間







朝。
3つ目のアラームが鳴ったところでようやくイツキは起き、ベッドから這い出る。
昨夜も黒川と一緒だったので、まだ眠っていたいところだったが、今日は定期テストがあるのだった。

最近は、しっかり勉強して、試験を受け、高校を卒業する…、という目標の、意味を見失いがちだったのだけど
それでも、テストはちゃんと受けなければいけないと、忘れていなかったのは、梶原の指導の賜物だった。




「おはよ、イツキ。ノートちゃんと、覚えた?」
「……半分くらい…」


教室に入るとすでに梶原は机に向かっていた。
イツキも机に向かい、梶原が作ってくれたノートを開き、まだ覚えていない半分の内容をどうにか頭に入れようとする。

少し遅れて清水が教室に入り、勉強らしき事をするイツキを茶化そうかと近寄るのだけど、
隣の梶原がチラリと横目で睨むので、ここは、大人しくしておく。
自分自身の勉強などする気はサラサラ無かったが、まあ、人の邪魔をするほど、嫌な男でも無かった。





教室の空気が、ピンと張っている気がした。

それぞれが皆、何か意志を持って、どこかへ向かおうとしているようだった。


足掻いたところで、決断の時は、間違いなく間近に迫って来ているのだった。




posted by 白黒ぼたん at 22:13 | TrackBack(0) | 日記
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