2016年07月01日

もうすぐ夏休み







アレコレあった6月も過ぎ、暦はすでに7月。
期末テストも、雨続きの鬱陶しい天気もどうにか乗り越え、
教室はすでに夏休み前の、少し、浮かれた空気になっていた。

とは言え、受験を控えているものも、半数以上はいる。



「どうする?イツキ。…まあ、あんまり遊べねーけど…。でも、全然遊ばないって訳じゃないよな?」
「……何?……なんの話?」
「夏休みだよ。去年は補習、補習で大変だったけど。今年は平気だろ?」



イツキの机の、傍の机の角に尻を乗せ、梶原はそんな話をする。
確かに。
今年の夏休みは、梶原こそ勉強で忙しいだろうが、イツキには特に予定が無い。



「一日ぐらいさ、なんか計画してさ。パッと遊ぼうぜ?な?」
「……ん。考えておく……」



そう言ってイツキは微笑み、小さく頷くものだから
梶原はすっかりオッケイを貰ったものだと思い、鼻歌まで歌う始末だった。




イツキは頬杖をつき、窓の外をぼんやりと眺め
今年の夏は、どんな夏になるのだろうと、考える。

勉強して、勉強して、勉強して
どうにか、清水の事を振り切ろうとしていた去年の夏が、もうずっと、昔の事のような気がした。





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2016年07月03日

イツキと大野







「…お前、なんか、変わった?」
「……ん?」


夏休みを前に半分浮かれている梶原とは違い、大野はいつも通り、静かで、
食堂のベンチに腰掛け、読みかけの本をぱたりと閉じて、まじまじとイツキを伺う。


「なんだか、……穏やかになったなぁ…、なんとなく」
「そう?……別に、何も、変わらないけど」
「ふぅん?」


大野はつい、イツキの頭からつま先までを、2回も見て
イツキはそれで、無駄に、顔を赤くする。
本当に、別段何も、変わった事はないと思うのだけど。

強いて言えば、あまり…、不安を感じる事が、少なくなった…、くらいか。






先日は、黒川と一緒に、どこぞの企業のお偉いさんと、食事をした。
戸田と言われた男はイツキを、孫でも見るように、目を細め、愛で、
……それでも食後には、きちんと、する事もしたのだけど……
イツキにすれば、特に、どうという事もない時間だった。

終われば、黒川は、いつもより奇妙に優しくて
同じホテルに取ってあった部屋で、一晩を過ごした。

『悪かったな』という言葉に、相変わらず誠意は感じられないが
何というか、もう…、良くも悪くも、慣れてしまった。
黒川と一緒にいる以上、多少は、こんなことも仕方ないと……
イツキの中で、じわじわとその現実が、馴染んでしまった。




「…イツキ?」

急に押し黙ったイツキを心配し、大野が声を掛けると
イツキは我に返ったように顔をあげ、条件反射的に、大野に、微笑む。

その笑顔に、今度は大野が無駄に、顔を赤くするのだった。




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2016年07月04日

再確認







清水は食堂の販売機でコーヒーを買い、どこかで飲もうと辺りをぐるりと見渡し、
ベンチの一角で目を止める。

そこには
イツキが
横の柱に頭を預けるようにして、うたた寝をしていた。


一緒にいた大野は、図書委員の仕事があると、先に離れてしまい、
残ったイツキは、午後の授業が始まるまでもう少しと目を閉じ…そのまま、寝てしまったようだ。



清水はとりあえず、イツキの隣に座る。
そしてイツキの寝顔を見ながら、あまり音を立てないように、缶コーヒーのタブを開ける。
頭を傾けている分、首筋とうなじが、無防備に晒されている。
薄く開いた唇は、時々思い出したように閉じ、また、開き、静かな寝息を立てる。




「………襲うぞ?」




試しに、清水が小さな声で囁いてみても、目を覚ます気配はなく
清水はくすくすと笑い、ただ、隣でコーヒーを飲むのだった




イツキの事がやはり好きだと再確認したものの
すでにイツキは、黒川の元に、戻ってしまったようだった。
それでも、イツキを好きな気持ちには変わりはないし、
何か、イツキが困る事があるのなら、いつでも助けてやりたいと、清水は思っていた。





posted by 白黒ぼたん at 21:30 | TrackBack(0) | 日記

2016年07月05日

さざ波






何事もない、穏やかな日というのは、イツキには不慣れで
何か、重大な事を見落としているのではないかと、不安になる。
黒川は、言いつけさえ守っていれば、普通に優しく接するし
学校も問題なく、…特定の教師に言いがかりを付けられる事もない。



物足りない。

などと、言う気はないが


こんな日々は、長くは続かない。




「…海も嫌、プールも嫌。…土日もダメ。……じゃあ、野外フェス、行こうぜ、平日もやってるし。
屋台も出てるし、フリマとか…、無料ライブもある…、ええっ?……ずっと外に出てるのは暑いから嫌ぁ?……お前、高校最後の夏だぜ?」


梶原の提案をイツキはことごとく断ってみせるのだが
それでもどこか楽しそうで、くすくすと笑う。
夏の日差しも、人混みも苦手だったが、まあ、夏なのだし。少しぐらいは興じても良いかと思っていた。



ふと、ポケットの中のケータイが鳴る。

着信があったようだが、イツキが確認する前に切れてしまった。

今時、あまり見ない、「公衆電話」からの電話に

胸の奥に小さなさざ波がおこり、それは静かに、広がっていくのだった。





posted by 白黒ぼたん at 23:40 | TrackBack(0) | 日記

2016年07月07日

火種







それは本当にタイミングが悪いだけで、別に、電話に出たくないつもりではないのだけど。
移動中や、…コトの最中や。それらが落ち着いてからケータイを見ると、公衆電話からの着信が入っていた。
そう頻度が高い訳ではない、2日に一度ほど…。
気にはなっていたが、まあ、誰かが番号を間違えているのだろうと、そう思い込むことにした。




黒川の事務所に立ち寄ると、そこには黒川以外、リーと2人の若い女性がいて、狭い事務所は混雑していた。
イツキは中に入って良いものかと、入り口で立ち止まっていると、黒川は『さっさと入れ、馬鹿』と怒鳴る。どうにも機嫌が悪いようだ。
リーは相変わらず嫌な目でイツキを見て、それから黒川と2,3、確認めいた話をして、女性を連れ、事務所を出て行く。

「……何かあったの?……あの女の人たちって…」
「売り物だ。あまり良くはないがな…。なんなら、お前も付けるか?」

と、笑いもせずに、冗談を言うのだった。



『…今日の焼肉は無しだ。…この封筒を西崎の所に持っていけ。あとは帰っていい』



そう言われ、おとなしく、それに従う。
自分が西崎に会いたくない事を、黒川は解っていないようなので…、解っていたとしても、気にはしてくれないようなので、諦める。

歩いて数分の西崎の事務所には、佐野をはじめ数名の男たちが詰めていて、その場でどうこうされる事はなさそうだったが、
書類を受け取った西崎が、いやらしく笑い、「…次はいつにする?イツキ」と声を掛けるだけでも、虫唾が走る。
特に返事もせず頭だけ下げて、踵を返す。
途中、目が合った佐野が、同情めいた視線を寄越すのも、気に障った。




何が、どう、問題がある訳ではないのだけど
どことなく…、なんとなく…、落ち着かなくて、不安になる。
胸の奥で小さな火種が、ちりちりと、くすぶっているようだった。




posted by 白黒ぼたん at 22:42 | TrackBack(0) | 日記

2016年07月08日

岡部一樹、高校三年生(一回ダブり)一学期最後の日、前日夜の出来事・前編







自分の部屋に帰って来たイツキは、玄関のドア鍵を厳重に掛け、よろめきながら中に入る。
身体中、汗だくで、泥汚れまでついている。
とりあえずシャワーと、風呂場に行くと、泥汚れの下には血の滲む擦り傷があって
イツキは泣きたい気持ちになりながら、どうにかそれに堪えるのだった。




別に、大事件が起こった訳ではない。
人相の悪い数名の男に囲まれて、無理やり服を剥ぎ取られ、代わる代わる乱暴に犯された…と、いう程の事ではない。

夕方、イツキはふらりと駅前に買い物に来ていた。
夏物のシャツを2枚と、最近、気に入っているパン屋に寄って、少し疲れたからと、道端のベンチに腰掛ける。
あたりは薄暗くなり、会社帰りのサラリーマンや、すでに飲み始めている若者が往来する。
賑やかな人波を見ているのが楽しくて、イツキはしばらくぼんやりと、そこにたむろする。

…そして、案の定。
イツキの独特の匂いに誘われ、悪い虫が、近寄ってくる。


品の良さそうな中年の男は、普通の顔をしながらイツキの隣に座り
何食わぬ様子で、イツキに、時間などを尋ねる。


「いや、今日は暑いね」
「君は学生さんかな?」
「良かったら、食事でもどうかな?」


そう言いながら、男の手が、イツキの膝の上に載って来たので
イツキは怪訝な顔で「結構です」と言って、ベンチから立ち上がった。




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2016年07月09日

出来事・後編







イツキはそこを足早に立ち去り、男を巻くように、人混みの中に紛れていく。
特に、誘う仕草も、無駄な色気も垂れ流していないはずなのに、どうしてあんな声を掛けられるのだろうかと、不思議に思う。
一応、警戒して、細かい路地を何本も曲がる。
うっかりすると自分が迷子になりそうで、後ろを振り返り、来た道を確認し…、…この先を左に曲がれば知っている道に出るはず、と


歩き始めた時、突然、腕を掴まれ…建物と建物の間の、細い隙間に押し込まれた。


「…逃げる事、ないでしょ?…君、そういう子、でしょ?」


それは先ほどの男で、イツキの手首を掴んだまま、身体を寄せてくる。
すでに自分の中で始まってしまっているようで、高揚し、息遣いも荒い。
連れ込まれたスペースはごみ置き場のようで、新聞の束や、ポリバケツがいくつか並んでいた。

男が体重を掛け身体をイツキに預けると、足をとられ、二人で転ぶ。
その弾みで、男の唇がイツキの頬に当たるのだが、幸い、掴まれていた手首から手が離れる。


「…ば…バカっ…、死ねっっ」


と、イツキは、最大限の暴言を吐き、慌てて起き上がり、転がるように走り去るのだった。






男の唇が当たった頬を、念入りに、洗う。
風呂場から出たイツキは、憂鬱な溜息を付きながら、自分の持ち物を確認する。
せっかく買ったシャツは、どこかに置き忘れてしまったようで、
残っていたのは、ぺしゃんこに潰れた、メロンパンだけだった。



おちまい
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2016年07月12日

坩堝・1







一学期最後の日。
講堂での集会も終わり、教室へ戻る。
高校三年の夏ともなれば、みな、浮かれてばかりはいられないけれど
それでもどこか開放的な気分になる。


『……気を引き締め、自戒すること。さまざまな誘惑から、強い意志をもって自身を守るように…』


そんな教訓めいた集会の言葉も、喋っている当の本人…加瀬の姿を見てしまうと、ただの悪い冗談にしか聞こえなかったが。





一学期の成績表を受け取り、イツキは、溜息をつく。
悪くはないのだが、良くはない。
自分の頑張り具合からは、もう少し良くても…といった感じなのだが、それでも
進級さえ危ぶまれた去年の状況を思えば、はるかに、マシなものだった。

横から、チラリと見た梶原が、笑う。
『それでもすごいよ。3年になると、回りも上がってくるんだしさ。お前、良くやってるよ。偉いよ』
と、褒める。
普段、褒められる事の無いイツキは、そんな言葉ですら、くすぐったく、嬉しくなる。

機嫌が良くなったところで、午後の遊びを誘われ、つい、快諾してしまう。




それくらいの、小さな幸せは、許されるはずだと思う。


いや、逆に。


そんな幸せがあるから余計に、この後に訪れる混乱の坩堝が、酷いものに感じられる。




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2016年07月13日

坩堝・2







午後は梶原と大野とイツキの三人で、カラオケに行って、焼肉屋に行った。
もちろん、カラオケは、イツキは専らタンバリン係だったし、焼肉屋も安価な食べ放題の店だったが、それなりに楽しかった。

最近では、こんな場面では、清水が一緒の事も多かったのだが、今日は別で。
「……そう言えば、清水。……この間、見掛けた。……女の人と…」
と、名前も呼び捨ての、噂話が始まる。

「…多分、美和先生。…あの二人って、やっぱ、そういう仲だったのかな…」
「ああ、そんなウワサあったよな。まあ、美和先生、もううちの学校じゃないんだし。…良いんじゃないの」

梶原と大野がそんな話をするのを、イツキは、特に表情も変えずに


ごま油の掛かったキャベツを、ウサギのようにパリパリと食べながら、聞いていた。





制服で長居が出来る最大限の時間まで、店で過ごし
その後は散歩がてら、明かりの落ちない夜の街を、ブラブラと歩く。
やがて、大野は先に帰ると別れ、梶原はイツキを家まで送って行くと言う。
最初は断っていたのだけど、一人で歩いて、よからぬ連中に絡まれるのも嫌だったので、とりあえず一緒に歩き出す。
途中、半ば笑い話のつもりで、つい昨日出会った変な男の話をすると、梶原は大いに心配し、部屋まで付いて来ると言い出す。



「……それは、駄目…」
「なんで?……あの人、来ちゃう?…黒川さん…」
「……今日は、来ないと、思うけど…」
「俺、もう少し、お前と話がしたいな…」



そんなやりとりをする内に、二人はもう、マンションの下まで来てしまっていた。




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2016年07月14日

坩堝・3







黒川とは合間をみて、連絡をしていた。
黒川は、横浜だか池袋だか知らないが、また仕事が忙しい、忙しいとぼやき、
『しばらくはお前に付き合っていられない。遊ぶのはいいが、悪さはするなよ』と
そう言い、また無造作に、イツキを放り出す。

放り出したところで、実際イツキが勝手に遊べば、それはそれで怒るのだろう。



「……それでも、部屋は駄目。またね、梶原」
「…そっか。…おう。じゃあ、また………」


あまり無理強いは出来ないと、今日のところは大人しく引き下がる梶原。
マンションの入り口で手を振り、帰ろうかと身体の向きを変えたころで

エントランスの柱の影に、誰かが、立っているのを見つけた。

梶原の視線の先にイツキも目をやると、暗がりに、確かに小さな人影が見える。



「……えっ!?」



人影は、イツキと梶原の様子を伺うように、柱の向こうから顔を出し
丁度、照明が当たり、顔が解る。
若い、女性。今、家出をしてきたという風な、大きな荷物。
見覚えのあるその姿に、イツキは驚き、小さく声を上げる。




それは、イツキの妹の、由紀だった。





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2016年07月17日

坩堝・4







「…お兄ちゃん…!」


妹もイツキの姿を確認したのか、柱の陰から飛び出し、イツキに駆け寄る。
飛びつき、腕にしがみつく様子に、イツキは驚き戸惑う。
春先に、父親の葬儀で会ったとはいえ、もう何年も連絡すらせず、疎遠になっていた妹だ。
すぐに打ち解けるどころか、こんな夜夜中に突然現れる理由など、見当たるはずもない。


「…由紀、…どうして、ここに…」
「…お兄ちゃん、帰ってくるの…遅いよ…!……由紀、ずっと待ってたのに…」
「だって、…お前……」

「…え?ええと?……妹?…イツキの妹?」


混乱するイツキの隣で、梶原も同じく混乱し、素っ頓狂な声を上げる。
そして、とりあえず、久しぶりに再会したらしい兄妹が、こんな場所で立ち話をする必要は無い、と思う。

「…ま、まあ、上がんなよ…」

と、自分の家でもないくせに、イツキと妹をエントランスの中へと手を差し出す。
そして、ちゃっかり自分も一緒に、中へ入ろうとする。


けれど、イツキはその前に立ち塞がり、努めて冷たい顔をする。



「…帰りなさい、由紀」
「…なんで?…会いに来たのに、お兄ちゃん…」
「いいから、帰りな、由紀!」
「だって…。もう、帰れないよ、もう…電車、ないもん…」





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2016年07月18日

坩堝・5







「…そうだよ、そんな事、言うなよ、イツキ。せっかく、会いに来てくれたんだろ?


兄妹のやりとりを聞いていた梶原が、横から口を挟む。


「うるさい、梶原は関係ないんだから、黙っててよ!」
「そうだけどさ。でも、もう、こんな時間だぜ?可哀想じゃんか…」
「知らないよ、勝手に来られて、こっちだって困るよ!」
「でも、イツキ…」
「うるさい!」


「………お兄ちゃん…」



イツキは興奮し、つい、声を荒げる。
イツキにすれば、自分のテリトリーに…、自分と黒川の世界に、妹を入れることは、生理的に受け付けないのだろう。
それでも、あまりの拒絶反応に、妹は驚き、目を丸くし、
身を強張らせ、泣きそうになっている。

その姿を見てしまえば……、多少は、……情も沸く。


何の理由があるかは知らないが、自分に会いたいと、こんな場所まで一人で来たのだ。
無碍に追い返すなど、出来はずもないのだ。




「………解った。今晩だけ。……明日の朝、送っていくから。……今晩だけだよ」
「ありがとう、お兄ちゃん!」



折れたイツキに、妹は喜び、また、イツキの腕にしがみつく。
その様子を見ていた梶原は、一安心しながらも、


妹が、イツキに見えない角度で、ニヤリと、どこか狡い笑顔を浮かべたのを見逃してはいなかった。







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2016年07月19日

坩堝・6






ともすれば一緒に部屋に入ろうとする梶原を、どうにか追い払い、
イツキは、由紀を、部屋に招いた。
そう、散らかしてはいないはずだったが…

それでも、自分と黒川が幾度と身体を重ねる場所に、妹がいるのは、良い気はしない。



「…わあ、すごい。綺麗なお部屋。…お兄ちゃん、ここに一人で住んでるの?…広いね」
「……由紀。どうして急に来たの?お母さんには言って来たの?」
「んー。…言ったよー。……こっちは?……寝るとこ?……ベッドだー」


部屋のあちこちを覗く由紀を制し、イツキは、開けられた寝室の扉をバタンと締める。
リビングのソファのクッションを、何となくパタパタとやって、そこに座るように促すと、
自分はキッチンへ入り、コーヒーなどを入れてみる。

由紀があたりをじろじろ眺めるのが、気が気ではない。



「……本当はね、夕方には来てたんだよ。でも、お兄ちゃん、いなくて。…あたし、ケータイも持ってないから…。
待ってるの、ちょっと、怖かったけど。……でも、お兄ちゃんに、会いたかったから」




イツキが入れたコーヒーを啜りながら、そう話す妹の、嘘に、イツキはまだ気づいていない。



妹は、母親に、ここに来ることなど話していない。
しかもここの住所は、母親の手帳を盗み見て、知ったものだった。
夕方から夜半まで、いつ帰るか解らないイツキを待つのは心細かっただろうが、夜を怖がるような娘ではない。
妹は、イツキと離れて暮らした数年間、多少、荒んだ生活をしていたようだった。




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2016年07月20日

坩堝・7






リビングのソファに毛布を何枚か敷き、妹のための寝床を作る。
このソファでも、幾度となく黒川と事をしたが、寝室よりはまだマシだろう。

「…ここ何日か、公衆電話から電話してたのって、由紀?」
「…うん。…お兄ちゃんと、話がしたくて…」
「何?」
「……んー、そんなに大したアレでもないんだけどさぁ…」

口ごもり、はぐらかす様子から、あまり良い話のような印象は受けない。
用意されたソファに寝転び、窮屈そうに身体を伸ばす姿は、イツキが知っている幼かった妹のそれとは違い、少し戸惑う。

「由紀って、いくつになった?…中学、3年?」
「誕生日過ぎたから、もう、14歳。中学2年だよ」
「ふぅん…」

飲み終わったコーヒーのカップを流しに置き、イツキは、自分が中学2年生だった時の事を思い出す。




丁度、今頃。夏が始まるこの季節に、
イツキは黒川に初めて抱かれて、人生の全てを狂わせたのだ。





「……由紀。明日、すぐに帰るんだよ。……ここは、もう、来ちゃ、駄目」


すっかり憂鬱な気分になり、イツキは溜息をつき、妹にそう告げる。
妹はまた、「…んー」と、曖昧な返事をして、彼女もまた、溜息を一つついてから


「ねえ。…黒川さんに、会えないかな。…あたしでも出来る仕事みたいなのって、無いかなぁ…」


と、言うのだった。



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2016年07月21日

坩堝・8







「お父さん、あんな風だったから、全然働いてなかったし、お母さんも、今は、朝の掃除と、夕方はスーパーで働いてるけど…、全然だし。
ウチ、2DKのアパートだし、ケータイ持ってないの、クラスで由紀だけだし。
…由紀にも、何か、出来る事ってないかなぁ…。黒川さん、色んな仕事、知ってるんでしょ?」



妹は枕がわりのクッションを胸に抱えながら、そんな事を言う。
その言葉の意味が、イツキには全く理解できず、しばらく、瞬きをすることさえ忘れてしまった。



「……由紀。……中学2年って、さっき言ってたじゃん。……そんな子供に、出来る仕事なんて、……無いよ」
「だから、黒川さんに聞きたいんだよ。…由紀みたいな女の子が出来るコト、なんか、無いかなぁって」


妹はそう言って、ニコリと笑う。
それはどこか不自然で、わざと作られた色気のあるもので、あまり気持ちの良いものではない。
妹は、そういった媚びを売ることを、いつの間に覚えてしまったのだろうか。
そして明らかに、それを生業とする仕事があることも、知っているのだ。

イツキは眩暈を起こし、倒れそうになってしまう。



「由紀。……マサヤは…、黒川さんは、……良い人じゃないよ?
父さんの仕事だって、…人に言えるような仕事じゃなかったの、知ってるんだろう?
黒川さんは、…その上にいた人だよ?……普通の人じゃ、無いよ?」

「解ってるよ。でもお兄ちゃんだって、一緒に仕事、してるんでしょ?由紀も…お金、欲しい……」


「馬鹿ッ……、ふざけた事、言うんじゃない!」






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