2016年08月01日

坩堝・16







イツキがタクシーに乗り横浜の事務所へ向かった、その2時間ほど前、
妹は、黒川の事務所の前に、佇んでいた。
前の晩に、イツキに、あれだけ諭されたと言うのに…、妹にはまだ、心には響いてはいなかったらしい。


『良くない仕事』と言っても、実際、そんな事に経験のない妹には、それがどんなものなのか…実感が沸かない。
むしろ、同級生の男子と服の上から身体を触り合う程度の経験では、逆に、その先を早く知りたいと、気が急いていたのかも知れない。


テレビか何かで知った、中年の男と、一緒に食事に行くだけでお小遣いを貰える…そんな仕事があればいい、と思っていた。
本当に危険な事があれば、大声を上げて、走って、逃げ出してしまえばいいのだし。





「……誰もいない?……鍵、掛かってる…」


けれど生憎、事務所には誰もいなかった。
母親の手帳を盗み見て知った住所だったが、実は、こんな昼日中に人がいるような場所ではない。

妹は溜息をつき、階段の下に座り込み、どうしたものかと思案する
さすがに何のツテもなく、この街で仕事を探すことなどは、出来そうもない。


半ば、諦め
腰を上げ、帰ろうかと…少し、思い始めていた時
目の前の道路に、黒い車が停まった。

それはリーが運転する、黒川の車だった。




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2016年08月03日

坩堝・17






リーは予定通り、事務所に、横浜の仕事に紹介する女性を迎えに来ていた。
予定の時刻より少し早めに到着してしまったが、階段の下に少女が一人座っていたので、車を停め、声を掛ける。


「…バイトの子?」
「…黒川さんのトコの、…人ですか?」
「そう。…乗って」


短い会話だけで車に乗せてしまったのは、あまり二人で話している所を人に見られたくないためだった。
結局、その僅かな時間を佐野に見られてしまったのだけど。

そして、本当の待ち合わせの女性は、その後数分して現れる。
当然、誰が迎えに来る訳でもなく、女性は痺れを切らせ、姿を消してしまうのだった。






「……あの…、……どこに行くんですか…?」

車が走り出してすぐに、妹が、ごく当たり前の事を聞く。
リーは後部座席に座る少女の姿を鏡で見ながら、違和感に、ようやく気付く。

「横浜ですよ。…君、本当に『パピヨン』の子?…、ちょっと若すぎるんじゃあ……」
「横浜?…あ、あたし、黒川さんに会いたいんですけど…!」
「…ええ?、君、誰?」

コンビニの駐車場に車を入れて、リーは妹に話を聞く。
そして少女が、あの、イツキの妹で…黒川に仕事を世話して欲しいのだという事を知り、

とりあえず、横浜に、連れて行ってしまうのだった。




リーは、イツキに、良くも悪くも特別な感情を抱いてはいない。
裏返せば、無関心なのだ。イツキがどうなろうとも、リーには関係ない。
もし何かの事態には黒川が動き、結果、リーにも影響はあるのだろうけど。


実のところ、黒川はリーに、イツキが自分の大切な存在なのだとは、知らせてはいない。
そして黒川が見せる、イツキへの態度からもそれは中々、想像のつくものではないのだ。


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2016年08月04日

坩堝・18






「…初めまして。コーディネーターの南屋です。若いね、いくつ?」
「……16…です」


横浜の事務所に着き、妹は、小綺麗なオフィスに通される。
オフィスにはフランクな服装をした30代前半の男がいて、リーと小声で話しをする。
黒川は不在で会えないと解ると、妹はさすがに困惑し、この場から立ち去ることを考えるのだけど…

ミナミヤと名乗った男は、人懐っこい和やかな笑みを浮かべ、妹に取り入る。

「へえ、高校生かぁ。やっぱ、肌がキレイだよね」
「…そんな…」
「お、笑顔、可愛いね」


さすがに中学生では敬遠されると思い、妹は、歳を2つほど誤魔化してみるのだが、おそらく、それはバレてはいる。
そして男にすれば、女性は、若いほど、ありがたい。


「バイト探してるんだって?…モデルさんみたいなの、どうかな?」
「…え?…そんなの、あたしに出来るんですか?」
「もちろん。イロイロあるんだよ。それこそ、グラビアから近所のスーパーのチラシまでね。はは」


男は冗談めかして笑い、妹も、つられて笑う。
確かに、いきなりグラビアで水着モデルと言われては、にわかには信じられないが、ちょっとした場面の、ちょっとしたモデルなら、出来そうな気もする。


このオフィスの上の階に、スタジオがあると言われ、ちょっと見学してみないかい、と言われる。



リーは、馬鹿な少女が悪い男に連れて行かれる様子を、ただ静かに見ているだけだった。




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2016年08月05日

坩堝・19







スタジオと言われた場所は、まあ、普通のマンションの一室のようだったが、
置かれているどの家具も真新しく、明るく、綺麗な場所だった。
妹はカフェのようなテーブルに案内され、そこで、南屋が手掛けているという雑誌などを見させられる。

「コーヒーでいい?オレンジジュースとかもあるよ?…ああ、それはちょっとしたアンケート。名前だけ、書いておいて貰えるかな?」

男は気軽に、気さくに、妹に紙切れを渡し、そこに名前を書かせる。
その裏面の、小さな文字に妹が気が付く前に、それを懐にしまう。

「…エリナちゃんって…、そうそう、読者モデルの子…、その子と先月、ハワイで撮影があってね……」

どこかで見たことがあるような女性が、白い砂浜でポーズを取っている写真を眺めながら、妹はオレンジジュースを飲む。
その姿に、…いつから部屋にいたのか、もう一人の若い男がカメラを向ける。

「…ああ、気にしないで。ちょっとしたカメラテスト。…やっぱり、肌、キレイだね。…いいね」

お世辞でも褒められて悪い気はしない。
南屋と若い男はカメラの画面を覗き、そう話し、妹は、照れ笑いを浮かべていた。









「…お客さん、どうしますか?駅前で良いんですか?」

タクシーの運転手に声を掛けられ、イツキは弾かれたように、窓の景色に目をやる。
初めて来る場所で検討も付かない。一ノ宮に聞いた住所のメモ書きと、外を、交互に見遣る。

「……駅の…、北口の方って…。ロータリーがあるとこ、右…だって。
…業務スーパーの看板があって、隣りの…、あ……、止まって、止まって!」

道を数本入ったろころで、イツキは声を上げる。
視線の先のコインパーキングに、見慣れた黒川の車が停められていた。





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2016年08月08日

坩堝・20







教えられた住所にあるビルは、特に看板などは出ていなかった。
一階部分は店舗のようだったが、ほぼシャッターが下り、自動販売機だけがずらりと並ぶ。
その脇に、小さな入り口を見つけ、中に入る。
エレベータに乗り、一ノ宮に言われた三階に上がると、そこは人の気配もないフロアで…イツキは、不安になる。
いくつか見える扉のどれかに、妹がいるのだろうか。一つ一つ、開けてみなければ解らないのだろうか。

立ち止まると、涙が出そうになる。けれど、そんな暇は無いと唇を噛みしめる。




「……先に戻ります。……社長にはこちらから連絡を入れます。……あと」

丁度その時、話声が聞こえ、扉の一つが開く。
中から出て来たのは、リーで、イツキは「あっ」と短く叫ぶ。
思わず駆け寄り、リーの袖口をぎゅっと掴む。


「リーさん、マサヤは?…妹は!?」
「……は?」


リーは驚き、咄嗟に、イツキに掴まれた腕を振り払う。
イツキはよろけ、転びそうになりながら、一歩後ろに下がる。


「…妹は?」
「ああ、あなたですか。…イツキくん」
「妹はどこ?ねえ、マサヤは!?」



イツキは開いたままの扉から部屋の中を伺うのだが、そこにいるのは、イツキの知らない女性が一人。
イツキは、この時になってもまだ、妹を連れて行ったのは、黒川だと思い込んでいた。





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2016年08月09日

坩堝・21







「マサヤはどこ?」
「社長は、こちらにはいらっしゃいませんよ?」
「妹…。女の子、連れて来たはずなんだけど…。どこに行ったか、知らない?」
「妹さんなら、上で面接中です」


慌て、捲し立てるイツキに対し、リーは事もなげにそう答える。


「……上…って?」
「この上の階です。スタジオがありまして……」


リーの言葉の途中で、イツキは踵を返し、今度はエレベーターではなく、階段を駆け上がる。
ありがたい事に、最初に目についた扉の横に、小さく「スタジオ・A」と表示があった。
取っ手に手を掛け、力任せにガチャガチャやるも、当然、開くわけもなく。
扉をバンバンと叩き、チャイムを連打し、もう一度扉を叩き、妹の名前を叫ぶ。



今日のイツキはきちんとした確認もとらず、いささか、性急過ぎ、激しすぎるのだけど。
その、ほんの、5分や10分の差で、人生の全てが変わってしまう事を知っていた。



実際、妹も、イツキの到着があと数分遅ければ
一生、消すことのできない傷を、負うところだった。








「……いやーっ、いやいや、こんなの、やーっっ」


カメラテストと称し、ビデオカメラを向けられ、最初の内は笑顔などを見せていた妹だったが、
次第に南屋が自分に近寄り、無駄に耳元で囁くことに、違和感を覚える。
止めて欲しいと手で払うも、逆にその手を掴まれ、抱き付かれる。
ついでに胸を触り、「小さい胸だな、マニア向きだな」と言い、下品に笑う。




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2016年08月10日

坩堝・22







「あたし、こんなことするつもり、無いです。…モデルの仕事だって言うから…」
「んー? 君みたいな子に、まともな仕事があると思ったのかな?……馬鹿だなぁ」
「……いやっっ」



男に抱き付かれ、ベタベタと触られ、その手から逃げる内に椅子から転がり落ちる。
男は、床に這いつくばる妹に馬乗りになり、服を脱がしはじめる。
笑い、乱暴なのは、そういう企画のビデオなのだが、妹にそんな事は解らない。
解ったとしても、されている事は同じなのだ。それはただの、暴力でしかない。


「……ひいっ、いやーーっ」


下着を下され、股間に手をあてられ、妹は悲鳴をあげる。
足をバタつかせ、身をよじらせ、まだ快楽には程遠い感触から、どうにか逃げ出そうとする。



確かに。
こんな事態も、予想していない訳では無かった。
中学生の自分が手っ取り早く金を稼ぐには、こんな方法もあるのだろうと、思っていた。
けれど、

思うのと、実際そうなるのとは、まるで違う。
それが、やっと解った。



「……いやーっ、いやーっっ」



ブラウスのボタンを外され、ブラジャーをずらされ、ささやかな胸は丸見えになる。
スカートは腹の辺りまで捲くれ、下に履いていたレギンスと下着は膝まで下され、股間の茂みが露わになる。
南屋は、そこに手を差し入れ、指先を、どうにか、膣穴に捻じ込む。




向けられたビデオカメラの前で、妹が悲鳴をあげ悔恨の涙を流した、丁度その時、
イツキは部屋の前に辿り着き、扉をバンバンと叩き、妹の名を呼んだのだった。





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2016年08月11日

坩堝・23







コトの真っ只中なのだし、来訪者だからと言って、そう簡単に手を止める訳にもいかない。
かと言って、こんな場所に客というのも可笑しな話だし、チャイムの連打もノックの音も尋常では無い。
仕方がなく南屋は、ビデオカメラを持っていた男に妹を任せ、様子を見に行く。
男は、妹が逃げ出さないように羽交い絞めにしながら、部屋の奥へと身を潜める。





「……どちらさん?」

ようやく、イツキの目の前の扉が、開く。

「…ここに、女の子、いる?」
「あんた、誰よ?」
「女の子、いるんでしょ?……由紀、由紀っ」

チェーンが掛かった扉の細い隙間に、イツキは身体を捻じ込み、妹の名を呼ぶ。
妹は、男の手で口を塞がれていたのだが、様子に気付いたのか…何か、かすかな物音がする。

「……誰もいないよ。迷惑なんだよね、帰りな」
「いるよ。…リーさんが言ってたもん。……お願い、その子は、違うの。間違いなの」
「ハァ?意味が解らねぇな。…手、引っ込めな。ドア締めるぜ?」
「その子は違うんだってば…、……由紀っ」

「…………お兄ちゃん…っ」




イツキが叫び、それに呼応し、妹は口を塞がれながらもどうにか声を張り上げる。
その瞬間、南屋は扉の隙間に挟まれていたイツキの身体を押し出し、ドアをバタンと締めてしまう。
イツキはのけ反り、それでもすぐにまた扉に駆け寄り、扉をバンバンと叩く。
鍵の掛かった取っ手をガチャガチャとやって、これ以上、どうすれば良いのか解らず、涙をぽろぽろと零す。





「…なんだよ、変な邪魔が入ったな…。とっととヤッて、終わらせるか」

南屋がそうつぶやき、妹の傍まで戻った時、
南屋の、ケータイが鳴った。





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2016年08月13日

坩堝・24






「……ああ、ウルサイ。…もう、いい加減にして」


イツキが開かずの扉を叩き続けて5分…10分ほど過ぎた頃だろうか、
カツカツとヒールの足音を立て、一人の女性が階段を上がって来た。
女性はケータイを耳に当てながら、誰かと喋っている風で、扉の前に立つイツキを見ると、嫌そうに溜息を付き、そう呟く。

階下の事務所にいたその女性は、ショートカットの黒髪。黒いタイトスカート姿。
凛とした綺麗な顔立ちは、どこかで見た事があるような気がした。

女性は扉の前に来るとイツキを一瞥し、ケータイに向かい「…南屋さん、開けて」と言う。
どうやら中の男と、通話していたらしい。
…少し遅れて、リーも、階段を上がってくる。


何がどうなっているのかと、イツキは息をのみ、身構える。
すると…カチャンと鍵の開く音がして、扉が開き、中から辛うじて衣服を纏った妹が出て来た。



「……由紀…」
「お兄ちゃん…!」



妹はイツキの姿を見つけ、駆け寄り、抱き付く。
イツキはとりあえず妹が無事であることに安心するも、何故急に事態が変わったのかが解らず…女性と、妹の後ろにいた南屋という男と、女性の後ろにいるリーの顔を、交互に見遣る。



「もう。面倒な子、寄越さないで下さいよ」


最初に口を開いたのは、南屋だった。女性に向かい、ため息交じりに、そう言う。


「ごめんなさい。こちらも、ちょっとした…ミスで。…でも、若いだけで、大した子じゃ無かったでしょう?」
「まあね。…お兄ちゃんの方が、綺麗な顔してるよね」



南屋はイツキを見て、ふふと笑い、そう言う。
それを聞いて女性は、少し面白くないといった風な顔をする。
その横顔に、イツキは、…女性が誰なのか、思い当たる。





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2016年08月14日

坩堝・25








「……秋斗…くん…?」

イツキが名前を呼ぶと、女性はチラリとイツキに視線を流し、「…気付いていなかったの?」という表情を浮かべる。

確かに、服装から見れば、女性なのだが
そう気づいてみれば、顔は明らかに、秋斗だった。


「……え、なん…で…、そんな格好…。……なんで、……ここに…?」
「似合うので。…それに、この方が受けも良いですし、まあ、便利なので。…それよりも…」


イツキの疑問に秋斗はさらりと答える。
本人が言う通り、もともと中性的な美しさを持つ秋斗のタイトスカート姿は、似合っているし、違和感もない。
仕事で付き合う人種の、受けや通りを思えば、このスタイルを選ぶのは、一つの手なのだろう。

こと仕事に関しては、秋斗は、徹底している。
だからこそ、今回のこの騒ぎは、気に入らない。



「…わざわざ横浜まで騒ぎを持ち込まないで下さい。リーさんも、こんな子連れて来ちゃ駄目でしょ?」
「…金になるバイトを探していると言われたので…、丁度良いかな、と…」
「こんな子、潰しもきかない…。…駄目ですよ、新しい子を入れる時には、事前に言っていただかないとね」
「……了解」


イツキの目の前で秋斗とリーは、幾分、親し気に、そんな話をする。
秋斗が、きちんとした立場にいることも、…自分を嫌っているリーが、秋斗とはちゃんと話をしていることも…何となく、腑に落ちなくて



イツキは唇を、真一文字に、結んだ。





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坩堝・26







『……もう、帰って良いですよ』

と、厄介者を見るような視線で秋斗に言われ、イツキは…
とりあえず、頭を下げて、その場を立ち去る。
とにかく、妹をこの場から離したくて…自分の世界から遠ざけたくて、それだけを考えていた。
事務所のビルを出て、足早に駅前へ向かう。
妹は、心底怖い思いをしたようで、まだ半分、泣きべそをかいている。
……その位、思ってくれた方が良いのだと、イツキは思う。


「……解ったでしょ?由紀。……黒川さんの周りなんて、あんな事、ばっかりだよ。
いくらお金が稼げたって、一生残る傷が付くの、嫌でしょ?」


一歩先を歩くイツキが振り返り、そう言うと、妹はこくん、こくんと頷く。
駅前のロータリーに入ると、タクシー乗り場の列に並ぶ。


「……一人で、帰れるね?……ちゃんと、帰るんだよ?」
「………お兄ちゃんは…?」
「俺は、一緒に、行かないよ?」
「………お兄ちゃんは、黒川さんの傍で、……どんなコト、あったの…?」


そう尋ねる妹に、イツキは静かに首を横に振る。
何も言わない事が、一番の説明なのだと、…妹が解るようになるのは、もう少し大人になってからだった。



タクシーが目の前に停まるとイツキは運転手に十分な金を渡し、実家の場所を告げる。
それからもう一度、妹に、二度とこんな事をしてはいけないと諭す。
妹は、『ごめんなさい』と素直に謝り、おそらく本当に、反省したように思える。
そして、タクシーが発車するのを見届け、イツキはようやく、一つ、問題が片付いたと溜息をつく。




そして、残りの問題を片付けに、来た道を引き返す。




事務所のビルの、少し先にある、喫茶店。




店内に入ると、奥の席に、先刻の男…南屋が、いた。




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2016年08月15日

坩堝・27






「…妹さん、送って来たの?優しいお兄ちゃんだねぇ。何、君、秋斗さんの知り合いなの?
あの人さ、めちゃくちゃ綺麗だよねぇ、仕事も出来るし。
…黒川社長のイイ人だって、本当かねぇ?…あ、何か、飲む?」


イツキが南屋の向かいの席に座ると、南屋は一人でベラベラと喋り出す。
イツキが静かに一瞥すると、それも楽しいようで、ニヤリと笑う。



数分前。
イツキが妹と事務所のビルを出ようとした間際に、この男に呼び止められ、後でこの喫茶店に来るようにと耳打ちされる。
理由は『妹の恥ずかしい画像が残っている』で、十分だった。


南屋はアイスコーヒーを飲みながら、憂鬱な顔のイツキを、じろじろと見る。
こんな仕事をしている男なのだ。直感で、イツキは特別なのだと、気付いていた。

妹よりも白い肌。艶気。赤い唇が、少し、開く。



「………どこまで、したの?」
「…ん?」
「……妹。……最後まで、した?」
「あ、いやいや。脱がして、触ったくらいだよ。は、は…」


その答えに、イツキは少し安堵したようで、表情が緩む。
その一瞬の隙に、南屋は、見とれる。
綺麗な顔をしているのは勿論なのだが、あどけなさと言うか、可愛さと言うか……そんなものの奥から、酷い色香が滲み出て…匂う。


「…あー、でも、裸の写真でも、出回っちゃマズイでしょ?…撮影の、違約金、なんてのも、…発生するかもよ?」
「払うよ。…いくら?」
「…んん?」


伏し目がちに淡々と、本来であれば常識外れの話を続けるイツキに、南屋は、
……イツキは、ホンモノなのだと、確信する。
テーブルの上に置かれたイツキの手に、自分の手を重ね、
指先で、甲を撫ぜ回してみても、イツキは動じることもない。


「……まあ、カネの話も野暮か。俺、お兄ちゃんに、興味あるんだよね。
……一発、ヤらせてくれない?」



南屋のストレートな提案にも、イツキは表情を変えることなく。
「それで、全部、無しにしてね」と言って、席を立つのだった。





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2016年08月16日

坩堝・28







喫茶店を出て、裏手のホテル街へ。
南屋がある一軒を指さし、中に入ろうとすると、イツキは別のところが良いと言う。
「…部屋に、カメラとか、仕掛けてあると、ヤだし」
そう言って、笑う。

部屋に入るとイツキは自分からするする服を脱ぐ。
「…お風呂、入った方が、いい?」と聞き、南屋が「いや、どっちでも」と言うと
シャツ一枚を残し、冷蔵庫からビールを出し、その場で缶を開け一口飲む。


「……ずい分と、手慣れているね」
「…画像は?…先に頂戴。俺、…逃げないでしょ?」
「うん?…あ、ああ」


南屋はポケットから、フラッシュメモリを出し、イツキに渡す。
それは確かに、本物だった。実を言えば妹の裸など、どうでも良いのだ。
イツキはメモリを受け取り、最初は折れないものかと、両端を持って反らせてみたりしたのだが、
ふと、ひらめいて、トイレに向かい、それを便器に放り込み、水を流してしまった。


「これで、おしまい」


そう言って、ふふと笑う姿が、可愛らしくて
南屋は思わず、イツキの背中に抱き付いた。



「…お兄ちゃん、名前、教えてよ……」
「………内緒」



抱き合ったままベッドに倒れ込み、南屋はイツキにキスをする。
こんな状況に慣れ、男を誘う仕草を見せるイツキに、南屋は感心するのだが



ほんの一瞬、イツキが視線を逸らせ
酷く、嫌そうな顔をして、唇をキッと結ぶのなどを見ると…

ますますイツキに惹かれ、溺れて行くのだった。




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2016年08月17日

坩堝・29






「ねえ、お兄ちゃん。俺と仕事、しない?…ビデオでも、何でも。
お兄ちゃんなら、かなり稼げると思うんだよね」


事を済ませ、南屋はベッドで煙草に火を付けながら、そう言う。
イツキはと言えば、もう用事は済んだとばかり、ベッドから降り、服を着始める。

南屋の言葉に聞く耳も持たず、シャツのボタンを上まで留めて、手櫛で髪を整える。


「……俺、帰ります」
「……思い出したんだよね」
「…え?」
「…お兄ちゃんさぁ、『桃企画』のビデオ、出てた子でしょ?……あの、スゴイの…」


それは、ドアに向かって歩き始めていたイツキの足を止めるのに、十分な言葉だった。
……2年ほど前に、不本意ながら作成されたそのビデオは、黒川があらかた回収したにも関わらず、時折、存在を現す。
南屋も、完全なものを手に入れている訳ではなかったが、仕事柄その一部を見た事があるようだった。


「俺にも、撮らせてよ。ねえ?」
「嫌です」


当然、キッパリ断って、イツキはホテルの部屋を出て行った。
廊下を歩き、エレベーターに乗り、ホテルを出て、駅まで歩く。
歩きながら、涙がぽろぽろと零れる。
後に残るのは、悔しさと、惨めさばかり。




妹が、カネ欲しさに、軽率に危ない道を選ぼうとした事も。
黒川が、何の情けも掛けずに、それに手を貸した事も。
横浜では、いつの間にか秋斗が、きちんとした立場にいて、黒川の仕事を手伝っていることも。
自分の、恥ずかしいビデオが、自分の知らない所で出回っている事も。


何もかも。


どこから手を付けて良いのか解らない程、問題が、散乱していた。




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2016年08月19日

坩堝・30







電車に乗ってイツキが戻って来たのは、すでに真夜中に近い時間だった。
自分の部屋に帰って、何も考えずに眠りたいところだったが…やはり
諸々確認や報告をしなければいけないだろうと、黒川の事務所に向かう。
少し、落ち着いてみれば…、腹の立つことばかり。
抱えている問題の元凶は、すべて、黒川にあるような気がする。


重たい足取りで階段をあがり、事務所の扉を軽くノックし、中に入る。
中には一ノ宮と、リー、そして黒川がいた。



「…イツキくん、心配しましたよ。…リーくんから、横浜で別れたと聞いて、ずっと待っていたんですよ。電話も繋がらないようですし…」
「一ノ宮さん…。ごめんなさい。…電話、電池、切れちゃって…」



デスクに向かっていた一ノ宮は立ち上がり、心配気に、イツキに声を掛ける。
黒川とリーはソファに向かい合わせで座り、何か書類を見ているのか顔を上げることもない。


イツキは、一ノ宮には軽く頭を下げ、微笑んでみせるのだけど
奥の二人にはどうして良いのやら見当も付かずに、扉の前に立ち尽くす。


一ノ宮はイツキの傍まで行き、とりあえずどこかに座ってみればと手を差し伸べる。
それでも、黒川の隣に座る気には、到底、なれない。




「……マサヤ。……俺、ちょっと、……話があるんだけど……」
「…どこぞで男とヤってきた話なら、いらん。…淫売め」


どうにか、イツキが声を掛けると……ようやく黒川は顔を上げ、イツキをチラリと睨む。
リーから、今日の出来事をどう説明されたのかは解らないが、イツキが南屋と二人で会っていた事は知っているようだった。

南屋がイツキに声を掛ける所を見ていたのか、それとも、南屋が後から喋ったのか。
どちらにしろ、リーの、イツキへの印象は、悪い。





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