2016年09月01日

違和感








それは、多少、黒川も思っていた。




「…昼過ぎに西崎の事務所に行って、封筒を受け取って来てくれ。
一ノ宮に確認して貰ってから、宅急便で出せ。今日の集荷に間に合わせろよ。
あと、日本橋には20時だ。ちゃんとスーツを着て来い。
……もしかしたら、…そういう事もあるかも知れん。……準備して来た方がいいかもな…」

「…はぁい」



まだ、ベッドから起きる事が出来ないイツキを残して、黒川は先に出掛ける。
あれこれ用事を頼み、夜には、もしかしたら一仕事あるかも知れないと言うのに、
イツキは軽く返事をし、気だるい身体をもぞもぞさせながら、いってらっしゃいと、布団の中から手を振る。


まあ、言われた事は、守るのだろう。
不満も、愚痴も言う訳ではない。
全てが終わった後は、黒川の腕に抱かれ
少し拗ねた顔を見せるのだろうけど、それくらいだ。



黒川の指示に大人しく従い、傍らで、身体を寄せ、微笑む。
それは、申し分のない存在の様に思えるのだけど、いささか、従順過ぎる。

黒川との距離の取り方は、かなりの波があって、こんな時期も、無いことはないのだけど、


今回は少し、感じが違うな…と、黒川は思っていた。



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2016年09月02日

酔っ払いイツキ







「………飲み過ぎだ」




夜の会食が終わり、黒川はイツキを抱えるようにして店を出る。
覚束ない足取り。イツキにしては珍しく、悪酔いしたようだ。


「……佐々木さま…は?」
「帰っただろうが。今日中に大阪に戻るそうだ。…お前とはまた今度…と、言っていたぜ」
「……なんだ。……おれ、……ちゃんと準備、して…きたのに…」


店前に停められていた迎えの車に乗る。
イツキは苦しそうに息をしながら、そんな言葉を絞り出す。


「……ちゃんと。……マサヤに、……言われたから。……じゅんび…」
「そうだな。はいはい」


酔っ払いの戯言に、黒川は面倒臭そうに答え、それでも、手を伸ばしイツキのネクタイを少し緩めてやる。
シャツのボタンを一つ、二つ、外すと、イツキは少し楽になった様子で、そのまま黒川の肩にもたれ掛かる。


「…吐くなよ?」


「……ほんとは、……やだったんだけど。……マサヤに、……いわれたから。
……でも、そう思ってたら…、のみすぎちゃった。


……ごめんなさい…」


半分眠りかけながら、イツキは、そう謝る。
黒川は驚いたようにイツキを見遣り、少しだけ、嬉しそうな顔をするのだった。




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2016年09月03日

深呼吸







良すぎるのは、いつもの事だし
声を上げ過ぎるのは、酒に酔っているせいだと思う。



仰向けに寝る黒川の腰の上にイツキは跨り、黒川を根元まで埋めて、もうそのまま、動けずにいた。
強烈な異物感はすでに快楽に変わり、中は、熱く、ただれ、じわじわとイツキを蝕む。


「……あ、……ああ…、あ…あ」


まだ何もしていないのに、イツキの口からは喘ぎとヨダレが零れる。
黒川はイツキを見上げ、黒川もまた深い息をついて、イツキを感じていた。


突き上げて、動き出してしまえば、きっと止める事は出来なくなる。
激しくお互いを貪り、身体への気遣いも忘れて、快楽だけに溺れてしまう。
頭の中がチカチカ光り、世界が、目の前の恋人以外、消えて無くなってしまう。

互いの身体にしがみつく。
もう、この瞬間だけで、いいと、思う。





「………マ…サヤ、だめ。……がまん…できない……」
「……そうだな。……俺も、だ……」



そう言って、二人、視線を絡めて、大きく深呼吸をして、
その時に、向かうのだった。




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2016年09月05日

理由・1






それは、もちろん、イツキにも解っていた。
今回は、黒川の傍にいる時間が、長すぎると。

トラブルの後の黒川は奇妙に優しく、ついつい、流され、ほだされてしまうのだけど
かと言ってそれで十分、満たされた幸せ…という感じでもなく、どこか何かヒリヒリとした感覚が、胸の奥に残る。

それが何なのか、本当は、イツキにも解っているのだけど
あえて、気持ちに、言葉を付けない事にしていた。




夕方、イツキは黒川の事務所で一人、留守番をしていた。
適当に、床を箒で掃いたり、机の上を水拭きしたり、トイレの掃除までする。
……戻ったら、夕食には寿司屋に行くと言っていた。
別にそれが楽しみという訳でもないが、とにかくイツキはあちこちを片付けながら、黒川の帰りを待っていた。


扉をノックする音がする。
黒川や一ノ宮なら、ノックをする必要はない。
イツキは少し身構えて、扉へ向かう。


「……はい?」
「あー、黒川社長、いらっしゃいますか?」
「今、留守です」
「中で待たせて貰ってもいいですかね?」
「駄目です」


扉を開けることなく、イツキはまるで小学生のような応対をして、相手を拒む。


「あー…。そうですか…。では…、また出直しますね…。
私、横浜でお世話になっている『サウス・ハウス』の南屋と申します。
名刺、置いておくんで……」



男の自己紹介に、思わず、イツキは扉を開けてしまった。




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2016年09月06日

理由・2







「…いやぁ、お兄ちゃんがいるとは思わなかったよ。何、飲む?…コーヒー?…ん?クリームソーダ?」





客は、やはり、横浜で出会った男、南屋だった。
扉を開けてしまったものの、事務所の中に招き入れ二人きりで待つのもどうかと思い、とりあえず…場所を移動する。
事務所から少し歩いた先のビルの2階にある古い喫茶店。

『横浜の、南屋さんって人が来ています。「ミドリ」で待っています』と、

今回のイツキは多少学習したのか、ちゃんとその旨を、メモ書きにして事務所に残してきた。




「…実はさ、俺、お兄ちゃん、探してたんだよ…。今日、来た理由も、半分それでさ…」



南屋は頼んだコーヒーを飲みながら、上機嫌で、向かいの席にイツキにそう話す。
イツキは、クリームソーダのアイスをスプーンですくいながら、南屋を、ちらりと見上げる。


「……南屋さんって、ずっと、横浜で仕事してるんですか?……あの、横浜の事務所で?」
「うん?ああ。…俺、お兄ちゃん、忘れられなくってさぁ、でも、秋斗さんに聞いても、詳しく教えてくれなくってさぁ…」
「…秋斗く…さん、俺のこと、何て言ってました?」
「黒川社長のトコで働いている子だって。何?事務所の電話番か何か?……お兄ちゃんって、まだ若いよねぇ?…高校生?」


イツキと南屋の会話は若干噛み合わない。
お互い、聞きたい事が、山ほどあるようだった。




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2016年09月07日

理由・3






「…お兄ちゃんさ、俺と組まない?…ビデオ、撮らせてよ」
「撮りません。……横浜の事務所って、秋斗さんが仕切ってるんですか?」
「実質、そうなんじゃないの、社長のコレなんだし。…お兄ちゃん、売れると思うんだよね。今日は、本当は、その事を社長に相談に来たんだよ」


南屋は、意味深に小指を立て、ニヤリと笑い、そのままの様子で、イツキにビデオを撮らせろと声を掛ける。
イツキはクリームソーダのストローを咥えたまま、ムッとした表情を浮かべ、自分も、小指を立ててみせる。


「……秋斗さんは、……黒川社長の、……コレじゃ、ないでしょ…?」

「ん?でも、よく、二人で連れて歩いてるの見るけどなぁ…。…お兄ちゃん、連絡先聞けなかったけど、こっちに来たら解るかなって思って。ビンゴだったよ。ね、ギャラ、弾むからさ……、社長を通さないと、駄目なのかな?」

「通したって駄目です。…そんなの、許すはずないでしょ!」

「なんで?」


逆に、南屋にそう尋ねられて、イツキは答えに詰まってしまう。
すっかり空になったグラスをテーブルに戻し、大きく肩で息をする。


そして自分が、自分が思っていた以上に、黒川と秋斗の事を気にしていたのだと知る。




「……おっ、黒川社長、ご無沙汰しております」

向かいに座る南屋が突然中腰になり、頭をぺこりと下げる。
その視線の先には、こちらへ向かって歩いて来る、黒川の姿があった。



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2016年09月09日

理由・4







黒川はイツキの隣に座る。
南屋は慌てて立ち上がり、黒川に深々と頭を下げ、挨拶をする。
それから前期分の報告書やら決済書やら…書類の入った封筒を広げ、一通り、真面目な仕事の話をする。
黒川は解った、解ったという風に手をひらひらとさせ、煙草に火を付けると、隣で大人しくしているイツキをチラリと見る。

イツキも、黒川を見る。
視線が絡むと何となく気まずくて、不機嫌に、顔を背けてみたりする。



「……それと…、黒川社長。……その、お兄ちゃんなんですけど……」



イツキと黒川の微妙な間合いに気付き、南屋が口火を切る。
イツキは、今度は南屋を見て、何を言い出すのだろうかと息を飲む。



「…横浜で会ったんですけど…、イイ子じゃないですか。…今度一緒に、仕事、出来ませんかね?」
「仕事?…こいつとか?」
「一本、撮らせて下さいよ。絶対、イケますって!」
「…ふぅん」


黒川は紫煙を燻らせながら、可笑しそうに鼻で笑い、また、イツキをチラリと見る。



「…どうする?イツキ。…お前と仕事したいってよ?」
「……やらないよ、……そんなの…」
「ずい分と気に入られたな。どうせまた、大サービスしたんだろう?」
「してないってば!」


そう、イツキが怒鳴ると、黒川は堪えきれずと言った風に、声を上げて笑い出す。
南屋は、そんな二人のやりとりを、少し不思議そうに眺めていた。




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2016年09月11日

理由・5






「……さて、行くか。…南屋、書類は事務所に置いて行ってくれ、一ノ宮がいる」


黒川は、やりとりに飽きたのか、おもむろにそう言って立ち上がる。
南屋は慌てて書類を封筒にしまいながら、質問の答えはどうなったのかと、イツキと黒川の顔を交互に見遣る。


「…え、社長…、……お兄ちゃんは…?」


諦めが付かない南屋はそう呟く。
黒川は半分歩きながら振り返る。

すぐ後ろに付いて立っていたイツキの髪の毛を、くしゃりとやる。


「これは、駄目だ。俺のだからな。…一度、ヤれただけでも、ありがたく思え」



そう言うのだった。









イツキは


黒川と訪れた馴染みの寿司屋の奥の席で、日本酒を飲みながら
自分が、何に苛立ち、何に、…許されたのかを考えていた。

妹の一件の後、黒川の傍に居着いてしまったのは、多分、理由がある。
気付かない振りをしていたのだけど、やはり、思い当たる理由、そのままだったコトに、改めて気付く。



「………マサヤはさぁ、……横浜で…、秋斗くんと、………イイ感じなの?」



聞くつもりではなかったのだけど、思っていた事が、言葉になってしまった。





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2016年09月12日

理由・6







黒川も日本酒のグラスを傾けながら、ちらりと、イツキを見る。
イツキはどこか不機嫌そうに、それでいてとろんと、眠たそうな目をしている。
…これは、おそらく、酒に酔っているな…と、黒川は鼻で笑い、取り付く島もない。



「……マサヤ、……聞いてる?」
「ああ、はいはい。……お前、どこからそんな話を仕入れて来た?」
「……どこだって、いいじゃん。……みんな、……そう思うよ…」
「何だ?……ヤキモチか?」

「そうだよ」


半ば適当にやりとりをしていた黒川は、イツキの返答に驚き、次の言葉を無くしてしまった。
イツキは、残っていた日本酒を、一気に煽り、口元を手の甲でぬぐう。



「……俺、……帰る」
「……は?」
「もう、マサヤの傍にいるの、やだ。……帰る」


そんな事を言い出し、やおら立ち上がるイツキを、黒川は慌てて引き止める。
腕を引くとイツキは簡単によろめき、黒川の隣に、倒れるように座り込む。


「何だよ、イツキ?…何を拗ねてる?」
「…俺ばっかり、…そんなこと考えてるの、…ズルイ」
「…そんな事?」
「マサヤと秋斗くんの事とか…。ああ、もう、解んない。……やだ、やだ…」



イツキは、かなり、悪酔いしている様子だった。





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2016年09月13日

理由・7






ただでさえ不安定な関係なのだ。

絶対的な上下関係。時には、平気で他の男に抱かせる。
束縛したかと思えば、手放し、別に恋人がいると噂になる。
自分だって、恋人、ではない。
好きではない。けれど、嫌いではない。多分。


いつだって、よく解らないままだったけれど、あえて、答えを出さずに来たのに。
一つ問題が起きれば、どうしたって、その事ばかりを考えてしまう。

今は、イツキは
自分が、惚れた男にすがる女になったような気がしていた。
それが嫌だった。





「秋斗とは何でもないと言っただろう。仕事だ。…お前だって仕事で、他の男とヤるだろう」
「……!、……じゃあ、秋斗くんと…してるって事じゃん!」
「うるさい!……これ以上ガタガタ言うな!」


イツキのゴタクに黒川も耐えかねたのか、声を荒げる。
イツキは息を飲み、目を丸くして黒川を見つめる。
小さな声で「……帰る」と言うと、黒川も、「…ああ、帰れ」と言う。




イツキは、そのまま四つん這いのまま座敷の端まで行く。


「………マサヤ、さっき、…自分のだって言った…、俺のこと……」


靴を履きながらそう呟くイツキの言葉を、黒川は振り返らずに背中で聞く。


「………でも、マサヤは…、……俺の、じゃ……ないんだね……」




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2016年09月14日

理由・最終話







うっかりすると涙が零れそうになる。イツキは、立っているのも精一杯だった。
美味しいはずの日本酒が、変なトコロに、入ってしまった。
あんな風に、黒川に、秋斗のことを尋ねるつもりは無かったのに。

心の奥底に隠して、隠して、誤魔化して来た事が、滲み出てしまった。


トラブルの後の優しい黒川から離れがたかった理由は、知っていた。
不安から、目を背けたかった。…それが、自分にとっての不安なのだと、気付きたくなかったのだ。







「…轢かれるぞ」


店の前でイツキがタクシーを止めようと、道路に、一歩足を踏み出したところで
後ろから黒川が、イツキの腕を引いた。

イツキは少しだけ後ろを振り返り、掴まれていた腕を、……払う。


「…それも、いいかも。もう、変な事、考えなくて、済むし…」
「あまり俺を困らせるなよ、イツキ」
「困ってるのは、俺だよ」



そう言って、少しだけ笑うイツキを、黒川は背中から、抱き締めるのだった。





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2016年09月16日

穏やかな時間






憑き物が落ちたようにイツキが品川のマンションに戻ったのは、
妹の一件が済んで10日ほど経った頃。すでに8月。

梶原が誘っていた夏フェスとやらは、明日に迫っていたけれど
場所が横浜だと聞いて、イツキは理由も言わずに行くのを拒んだ。



「……ちょっと、嫌…、だから………」
「…ふぅん」



仕方なく、いつもの駅前のショッピングモールのフードコートで、たこ焼きを食べる。
それでも、穏やかな時間は、それだけで少し楽しいものだった。


「…でも、そうすると、どこも遊びに行けなくなっちゃうな…。俺、もう、夏期講習始まるし…」
「梶原、受験、だもんね。…大変なんでしょ?」
「まあな。…お前は?……どうするか、決めたの?」
「俺は……」


そう言ってイツキは口を噤む。
こちらに戻れば戻ったで、また新しい問題に直面する。


「とにかく、学校、卒業して…、それから考える…」
「どっか進めばいいのに。今からでも、どっか狙えるぜ?…多分」
「とにかく卒業してからね。……いっこ、いっこ片付けないと、俺、パンクしそう…」



イツキは笑って、コーヒーを飲んで、どこともなく向こうの方へ視線をやる。
どこか憂いのあるその表情に、梶原は、また一段と色っぽくなったな…と、無駄な発情をするのだった。





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2016年09月18日

愚痴・1







品川のマンションに一ノ宮が来た。
前々から頼んでいたのだが、洗剤や日用品や保存のきく食料品や、かさ張る重たいものを持って来てくれたのだ。
イツキも、車から部屋まで運び入れるのを手伝う。

作業が終わると近くの店に食事に行く。
『イツキに会った時にはきちんとした食事を取らせる』というのは、黒川から一ノ宮への、約束事のようだった。



「…今日、マサヤは?」
「事務所にいますよ」
「ふぅん。…じゃあ、自分で来ればいいのにね」


近くにある和食の店で、イツキはカツ丼を頬張りながら、そう言って笑う。
一ノ宮も同じ食事を頼み、小鉢のお浸しを食べながら、イツキを見て微笑む。


「結局、俺の扱いは…雑なんだよね。…あいつ」
「まあ、まあ…。それだけあなたには甘えているんですよ」
「そうなの?…違うでしょ?…俺のことなんて、どうでもいいと思っているんでしょ?」


そんな愚痴めいた事を言えるのも、一ノ宮にだけなのだ。
それは一ノ宮にも解っていて、本心ではないイツキの言葉に、いやいやと手を横に振る。


「社長は、あなたがいないと駄目なんですよ。ご存知でしょう?」
「そんな事ないよ。…他の子だって、いるでしょ?」




横浜の……秋斗の事を言っているのだと……、一ノ宮は思い当たる。
黒川の心無い言動ひとつひとつに心を痛めるイツキを、一ノ宮は心底、気の毒だと思う。




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2016年09月20日

愚痴・2






「………秋斗くんは、……イロイロ問題もありましたが…、今回は純粋に仕事だけ…、ですよ。彼も重々、承知しています。
こちらに一切顔を出さないのも、そういう話の上です」
「……まあね。……そうだよね。……解ってるよ。……ただ、ちょっと…、気になっただけだよ……」


イツキは歯切れ悪く、明らか不機嫌そうに、唇を尖らせながら、そんな事を言う。
…言う事で、その気持ちを認めたくは無かったけれど、吐き出した方が良い時も、たまにはある。



「…マサヤ、いちいちムカつくんだよね。あいつ。
…俺のことは、自分のものだって言うくせに、自分は…誰のものでもない、みたいな感じでさ……」
「そんな事を聞いたのですか?…社長に?」
「…ん」


イツキの話を真面目に聞いていた一ノ宮だったが、少し驚いたようにイツキを見据えると、

次には、声を出して笑い出した。



「…笑い事じゃないよ、一ノ宮さん」
「いや、失礼…。はは…。…社長にそんな事を聞けるのはあなただけですよ」
「だって、ズルイじゃん。俺はまるっきりマサヤの所有物で…、……モノ扱いで……」

「でも、逆に、社長が全てあなたの物になっても大変でしょう?…あんな我儘で横柄な男、手に余りますよ?」



一ノ宮の、冗談とも本気ともつかない、そんな言葉を聞いて

今度はイツキの方が、声を出して笑うのだった。




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2016年09月21日

愚痴・終







食事も終わりお茶を飲みながら、最後に甘い物でも頼もうかと話している最中、
一ノ宮の電話が鳴る。
声のトーンや様子から、聞かずとも、相手が黒川だと解る。


「……今からですか?……はい、はい、すぐに戻ります。…ああ、手土産は浅草の葛餅がよろしいかと……先に…、……もしもし?……もしもし?」


どうやら話の途中で電話は切られてしまったらしく、一ノ宮はスマホの画面を眺め、困った顔をする。
「…マサヤから?」と、イツキが尋ねると、一ノ宮は「はい」と答え、これから急ぎ戻らなければいけない事を伝える。


「申し訳ない。せっかく、イツキくんとお話しが出来る機会だったのに…」
「大丈夫です。…ああ、俺、ここからなら自分で帰れます。一ノ宮さん、早く行った方が良いでしょ?」


イツキがそう言うと一ノ宮はさらに困った顔をして、頭をぺこりと下げる。
…我儘で横柄な男に手を焼いているのは、自分だけではないのだなと、イツキは小さく笑った。






「…イツキくん」
「はい?」

店を出て、駐車場の車の前で、一ノ宮はドアに手を掛けながら振り返る。

「…あなただけなのですよ、本当に」
「…え?」

「……社長のことを、名前で呼ぶのも。……社長の車の助手席に乗るのも。…あなただけです。
彼の全てを信じて、受け入れて欲しいとは、とても言えませんが……
どんな時でも、あなたは、黒川にとって特別なのだということは、忘れてはいけませんよ」



そう言って、一ノ宮は車に乗り込み、行ってしまった。

イツキはその姿を見送りながら、押し黙り、一ノ宮の言葉の意味を、考えていた。






おわり

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