2016年12月02日

イツキと女性客






「いらっしゃいませ。…あ、ご予約の長谷川さまですね。こんにちは。カードお預かりします。えーと…、ご予定は…カットのみでよろしかったでしょうか?」


イツキは幾分慣れた様子で、来店した女性客に笑顔で応対する。
カードを預かり、パソコンで情報を呼び出し、前回の内容や今回の予約を確認する。


「あのね、先週も切って貰ったんだけど…、もう少し、前髪、短くして欲しいかなって…」


女性は自分の前髪を指で摘まみながら、そう言って微笑む。
実を言えば先週も来たこの女性は、受付の新人にもう一度会いたくて、わざわざ、来店したのだ。


「…どうかな?…あと1センチ…、眉毛、ちょっと出るくらい…」
「…いいと思いますよ。すごく、軽くなる感じ。…でも、今でも、可愛くていいと思うけど」
「……!……そう、そう?」


女性は一人できゃっきゃと盛り上がり、待合のソファに座る。
そこからイツキの事をちらちらと眺めていたのだが、別段、それ以上の害は無かった。





受付の新人、イツキは、おおむね、好評だった。
作業は不慣れで、仕事はまだまだ解らないことだらけだったが、ニコリと笑うと、すべてが帳消しになる感じだった。
若くて、可愛くて、ほどよく色香を垂れ流すイツキは、さながらアイドルのようだった。


そして、幸か不幸か、そういった女性からの視線に、イツキはまったくの無関心だった。
イツキは「自分を犯す男」は直感的に反応してしまうのだけど、それ以外の人間は、ある意味、どうでも良いのだった。





posted by 白黒ぼたん at 13:43 | TrackBack(0) | 日記

2016年12月03日

二人の時間






ベッドの上で。
イツキの首筋に唇を這わせていた黒川は、ようやく、その事に気付く。


「……髪、……切ったのか…?」
「え?……ああ、うん。今日、やっと。少し時間が空いて…」


黒川が少し顔を上げてイツキを見ると、薄明りの中、イツキは綺麗に微笑む。


「…本当は、髪の毛切りに行っただけなのに…、仕事、手伝うことになっちゃって…」
「物好きな奴。…面倒な事には、関わるなよ…」
「でも、楽しいよ。みんな優しいし。…今日は店長さんの奥さんが手伝いに来て…」
「……ふん」


黒川は、そんな話はまるで聞いていられない、という風に鼻を鳴らし
再び、イツキの身体に、指先と唇を這わせ始める。
イツキは自分の胸の上に来た黒川の頭に、手をやり、髪の毛をくしゃりとする。


「…マサヤも、来る?…切って貰う?」
「行くかよ、そんな所。どうせ剃刀も使えんのだろう」
「えっ、…そうなの?……床屋さんと、何か、違うの?」
「そんな事も知らないのか、馬鹿が…」


イツキの胸の突起に指を引っかけながら、黒川は視線だけチラリと、イツキを見る。
イツキは話が聞きたいのが半分、乳首がくすぐったいのが半分、そして、下半身が落ち着かなくなって来たのが半分と…
計算の合わない身体を持て余し、腰をくねらせる。


「……マサヤは…いつも……、角の…、床屋さんだもんね。……俺も、今度……」
「いいから、もう黙れ、イツキ」
「……んっ…」


そう言って、黒川がイツキの中心に手を掛けると、否応無しに、イツキの言葉が止まる。
何気ないお喋りも楽しいのだが、この後は、



二人だけの、時間だった。





posted by 白黒ぼたん at 23:00 | TrackBack(0) | 日記

2016年12月05日

休憩中






昼間。事務所の近くのコンビニで、一ノ宮はイツキと会う。


「…おや、イツキくん。珍しいですね、昼間にこちらに来ているなんて…」
「俺、今、バイトしてるんです。すぐ近くの美容室で」
「…え?」


少し驚いた一ノ宮の顔を見て、イツキは、一ノ宮が何も知らなかった事を知る。
黒川と一ノ宮の間では、話は、何でも共有されているものだと思っていたけれど、自分の日常など、まあ、大した話でもないということなのだろう。


実際は、その逆なのだけど。


「バイトですか、ああ、良いですね。色々、体験するのは良い事ですよ」
「ちょっとしたお手伝いってぐらいだけど…。でも…、…うん…」


気持を上手く言葉にできず、それでも、楽しそうにはにかむイツキを見て、
一ノ宮は、イツキが今、新しい何かを見つけ掛けているのだと思う。
それは、多分イツキにとってとても良い事だと思うのだけど、反面、不安の影もチラチラと見える。


「社長は…、もちろんご存じなんですよね?」
「もちろんだよ!…俺に仕事なんて出来ないって馬鹿にしてるけどね。あ、…一ノ宮さん、ごめんなさい、俺、もう行かないと…」
「ああ、引き止めて申し訳ない。また今度ゆっくり話しましょう」


一ノ宮は微笑み、イツキはひらひらと手を振って、コンビニの前で別れる。


一ノ宮がイツキの背中を見送っていると、イツキは、先日黒川が見つめていたビルの方へ歩いていくのだった。




posted by 白黒ぼたん at 00:23 | TrackBack(0) | 日記

偵察






「いらっしゃいま……せ。……ご予約は…されていないですよね…。えーと……」



美容室に突然現れた梶原に、イツキは驚きながらも、どうにか応対する。



「…こちらのカードにお名前と、ヘアスタイルに関するご質問と…。…今日はどういったご希望でしょうか…」
「…え、えっと…。全体的に切ってもらって…、で、…流してもらって……」



バイトをしているイツキの様子が見たくて、半分冷やかしで美容室に来てみたのだが
実を言えば梶原は、こんな街中の、オシャレな美容室を利用することなど、まず、無い。
目の前にいるのがイツキだと思っていても、やたら緊張する。
髪型だって短ければいい。別に、希望の形など、無いのだ。



「…只今のお時間ですと…、30分ほどお待ち頂きますがよろしいですか?」
「……うん。……なんか、変な感じだな…。……お前も、お前じゃ無いみたい……」



梶原がそう言って、イツキもやっと少し、仕事モードから切り替わる。
上目遣いで梶原を見て、少し困ったように唇を尖らせて、手元のカードをぱらぱらと捲る。



「何しに来たんだよ。梶原。こんな所まで…」
「いや、だって。お前が仕事してるなんてどんな感じかなって…、見たいじゃんか…」
「…物好き。…いいけど。…予約優先だから時間掛かるよ?」
「…お、おう!」



梶原の返事は必要以上に大きな声になってしまい、
イツキはつい、くすっと、笑ってしまうのだった。




posted by 白黒ぼたん at 23:27 | TrackBack(0) | 日記

2016年12月06日

美容室の梶原






梶原はソファに座り、イツキが淹れたコーヒーを啜りながら、見慣れぬファッション雑誌などを手に取ってみる。
そしてその雑誌で顔を隠すようにし、あたりをキョロキョロと見回す。

普段、自分が行く、1000円カットの店とは、随分と様相が違う。
ナケナシの諭吉を財布に入れは来たが、それでもまだ不安になってしまう。
従業員は少ない。若い、チャラい、イケメンと、中年の髭の男と、イツキ。
イツキは白いワイシャツ姿だったが、学校で見る感じとはまた違って、とてつもなくオシャレでスタイリッシュに見える。


似合い過ぎている、と、梶原でも思う。




「……え?…おにーさん、新しい人なんですか?…カットとかも、指名出来るんですか?」
「…いえ、俺は…、そういうのは出来ないです。…えーと、お名前、こちらにお願いします」



新しい客が来て、普通にイツキが対応するのを見て、梶原は新鮮に驚く。
そして、イツキが全く知らない別の人に見えて、酷く、焦る。






「はい。カジワラさま、お待たせいたしました。全体的に短く…ですね。
…イツキちゃんの友達? ウチは初めて? ありがとうございます」


梶原の担当はミツオだった。
梶原は、このイケメンチャラ男が、どうしてイツキを「ちゃん付け」で呼ぶのか、不思議でならなかった。




posted by 白黒ぼたん at 23:55 | TrackBack(0) | 日記

2016年12月08日

フクザツな気持ち







「……なんで、イツキ、ここでバイト始めたんですか?」
「…ん?……たまたま、ね。人がいなくて、…タイミング的にね…」
「…イツキと、…そんなに親しいんですか?……何で?」
「まあ、ちょっとした知り合いって言うか…。…ふふ。…まあ、イロイロあってね…」


梶原の質問を適当にはぐらかしながら、ミツオはハサミを動かしていく。
梶原とは初対面だったが、梶原が、イツキが好きで、イツキの様子を見にわざわざ店に来たのだという事は、すぐに解った。
そして、自分を気に入らないのだろうな…と、いう事も解った。


的を得ないミツオの返事に、梶原は不機嫌そうに頬を膨らませる。
そんな様子を可愛いと思えるのは、ミツオが大人なのと、一度はイツキと関係を持った事からの余裕なのだろう。







カットの仕上がりは、良かった。
本当は文句の一つでも言ってやろうかと思ったのに、その隙も無かった。
ミツオは梶原に「また、おいで」と親し気に言い、梶原は首だけを動かし「はい」と言う。
不満を持つ理由はないのだけど、大人で、ちゃんとした仕事を持っていて、イツキと仲が良いというだけで、どうにも梶原は落ち着かなくなってしまう。





会計をするために受付に戻ると、イツキが微笑む。
お辞儀をして、「ありがとうございました」などと、言う。


梶原は、イツキがなんだか自分から離れてしまったような気がして
酷く不安で、寂しくなってしまうのだった。




posted by 白黒ぼたん at 23:18 | TrackBack(0) | 日記

2016年12月09日

不審者








夕方、店を手伝いに来たヒゲ店長の妻は、怪訝な表情を浮かべ、夫に耳打ちをしていた。

日本一の繁華街と言われるこの街では、それなりの、人相の宜しくない人種は珍しくはないのだけど、
それでも、その男は一際険しい顔で、表通りから店を見上げていたのだと言う。



「……もしかして、ショウ君が…何か、仕掛けて来るんと違う?」
「…いや、いくら何でも、それは無いだろう……」



ショウと言うのは、突然この店を辞めた、トップのスタイリストだ。
どこぞの権力者と組み、新しく店を立ち上げるのだと聞いている。
今後はライバルとなるこの店を潰しに来る…とは、思いたくはないが、そう心配する声もチラホラと上がる。



「…どうしました?」



声を潜め話す二人に、ミツオが声を掛ける。
その後ろには、雑用でいつもより遅くまで残っていたイツキがいた。




「…いえ、何でもないわ。多分、気のせい…」
「……ん?」
「…ちょっとね、店の前にコワオモテがいたから…、何かなって…」



店長の妻は誤魔化すように、笑って、そう言う。
本当に、多分、気のせいなのだろうと、大きなガラス窓の傍まで行き、下の通りを覗く。
ミツオと、イツキも、何気に、覗く。


そして何かを見つけたのか、イツキが「……あっっ」と、短い叫び声を上げた。




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2016年12月10日

変質者







不審な男は、


黒川だった。


黒川は西崎やその周りにいる男たちとは違い、見るからにヤクザという風貌ではない。
ただ、筋肉質の体にきちんとした仕立てのスーツを纏い、多少、険しい目つきをしているだけなのだが…
圧倒的な存在感と威圧感がある。

まして、美容室の入り口がある表通りには、若い女性向けのセレクトショップがあるのだ。
そんな場所に、あの男が立っていては、いらぬ心配を掛けても仕方がないだろう。



「…ごめんなさい。あの人…、俺の…知ってる人です。…俺、帰ります…」


イツキは驚くやら、何か、恥ずかしいやら。
慌てて身支度をして、店長やミツオに頭を下げて、美容室を出るのだった。






「……マサヤ、……何、してるの…?」


ガードレールに腰を預け、煙草を吸っていた黒川にイツキが近寄る。
黒川は二階の美容室と、イツキの顔を交互に見遣り、ふふ、と笑う。
下からは光の加減で、あまり、店内の様子は見えないようだ。



「…なんとなく、な。事務所に戻るのに、前を通るからな…。
普通だな。お前が働けるなんて、どんな怪しい場所なのかと思ったんだがな…」

「…普通の美容室だよ。……マサヤがいる方が、よっぽど怪しいよ…」

「…そうか?……ふふ」



何が可笑しいのか黒川はそう言って鼻で笑う。

多分、可笑しいのは、イツキの仕事っぷりが気になっている黒川自身なのだろう。

様子を伺い、終わる時間を見計らい店の外で待つ、など、まるでストーカーや変質者のようだと、


黒川にも、多少、自覚はあるようだった。





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2016年12月13日

最後に一言







枕元のケータイのアラームが鳴って、イツキは布団の中から手を伸ばす。
まだ、出掛けるには早い時間だが、もうひと眠りするには遅い時間。


「……何時だ?」


背中からイツキを抱き締めたままの黒川が尋ねる。


「……7時。……そろそろ…、起きなきゃ……」


イツキの言葉が終わらないうちに、黒川の手が動き出す。
二人とも、まだ、夜中のコトが終わったままの姿。
イツキの中心は大人しく項垂れていたけれど、、黒川が指先で引っ搔くと、ぴくんぴくんと反応する。


「……俺、今日も、美容室…。……マサヤも横浜行くって…、言ってたじゃん……」
「…ああ」
「…だめだよ…」


もぞもぞと動く黒川の手から逃れるように、イツキは半分身体を起こすのだけど
簡単に捕まり、逆に強く抱き締められてしまう。
……腰のあたりに、黒川の中心が当たり、ドキリとする。

イツキは黒川の腕の中でくるりと回り、黒川に向かい合う。


「……したら、だめ。……離れられなくなっちゃうよ?」



黒川の胸に腕を突っ張り、そんな事を言う。
黒川も、この朝の短い時間にもう一度…とは、本気で思っていなかったのだけど…


「………マサヤが」




最後に一言、そんな事を言われては

黒川も、黙って引き下がるわけにはいかなかった。




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2016年12月16日

今日は少し遅刻







いつもなら開店時間の1時間前に店に入り、
掃除やら、その日の予定の確認などの準備をするのだけど

今日は、少し、遅刻。

イツキは開店10分前に慌てて駆け込み、店長やミツオに平謝りする。


「あはは、大丈夫、大丈夫。今日も一日、よろしく頼むよ」
「すみませんでした…」


頭を下げるイツキに、髭の店長はそう言って笑い、自分の仕事に取り掛かる。
イツキも受付カウンターに入り、顧客ファイルやらアンケート用のバインダーやら、必要なものを整理する。



ふと、
ミツオが傍に来て、イツキに、意味深な笑みを向ける。



「イツキちゃん」
「…あ、ミツオさん、今日、タオル畳むの出来なくて、ごめんなさい…」
「……キスマーク、付いてるよ?」



そう言われて、イツキは咄嗟に自分の首元を手で押さえ、顔と耳を赤くする。
いつの、どれで、何が、どれだけ残っているかなど…、思い当たる事が多すぎて、見当もつかない。



「嘘だよ」

「……えっっ」



さらに、そう言われて、イツキは動揺し、意味もなく立ち上がろうとして、ファイルを床に落としてみたりする。
そんなイツキを見て、ミツオは笑い、「今日も一日、ヨロシクね」と言って、自分の持ち場に戻って行くのだった。




posted by 白黒ぼたん at 22:00 | TrackBack(0) | 日記

2016年12月17日

アヤコさん







イツキが上がりの時間になると、店長の妻が来て、イツキをチョイチョイと手招きする。

「……な、イツキちゃん、昨日のアレ、誰?」

店長の妻はくるくるのショートヘアーが似合う小柄な女性で、少し、大阪のおばちゃんのようなノリで、気さくに話しかけてくるタイプだ。

「あ…、ごめんなさい、アヤコさん。変な心配、かけちゃいました…」
「誰?…コワイ人?……そんなん、知り合いなの?」
「えー……と」


よもや真実は言えず。
どう答えようかとイツキは口をぱくぱくさせて、少し、考える。


「…知り合いです。…コワい人だけど、そう、怖くはないです。…多分。
近くで仕事をしていて…、ちょっと…、見に来ちゃったみたいです……」


そんな、曖昧な事を答えて、イツキは困ったように微笑む。
アヤコは疑問が晴れた訳では無かったが、まあ、心配していたライバル店の嫌がらせでも無かったので、とりあえずそれでよしとする。


「…そんなら、まあ、いいわ。今度は店先突っ立って無いで、中、入って来てねって、言っといてね」
「…はい」


それは、それで困るだろうと思いながらも、イツキはそう言って、ぺこりとお辞儀をした。








「……あの人が、イツキちゃんのカレシなんでしょ?」



ミツオがまた音もなく、イツキの傍に寄り、急に耳元で話しかける。



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2016年12月18日

素直な感想






ミツオは、イツキに年上のカレシがいる事を知っている。
以前、酒を飲みながら、カレシが威圧的でまるで自分を所有物扱いで酷いと、愚痴を零したのだ。

イツキは急に話しかけられ、肩をびくんとさせ、驚く。
そしてミツオの顔を見上げ、なんと答えようかと迷い、とりあえずふふふ、と微笑む。


「…おっさんじゃん」
「…ええっ」
「結構なおっさんだよね?……すげぇな…」


その「すごい」が何を意味しているのか解らなかったけれど、ミツオは感心したように何度か頷き、イツキを見る。
…確かに、うっかりすると親子と言われかねない歳の差なのだ。
自分と黒川が普通の恋人同士などとは思ったことはないが、そう思うとやはり異様な二人なのだろう。


「あれじゃあ…、イツキちゃんの事、可愛くて仕方ないよなぁ…。絶対、手放さないよなぁ…」
「……そんなこと…ない…と、思うけど…」
「いやいやいやいや…」

「…ミツオくん、次、カットお願いします」



まだ話し足りないとミツオが身を乗り出したところで、後ろから髭の店長の声が掛かる。
ミツオは「はーい」と返事をし、それから小さな声で「クソ」と唸り、イツキと視線が合うと、ニコリと笑う。



「…ま、明日、話そ。夜、メシ、行けるでしょ?」
「…うん」
「イツキちゃんの、お疲れ様会だからね。二週間、早かったよね」
「…ん」



ミツオに手を振って、美容室を後にする。

美容室の手伝いは、明日が、最後の日だった。




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2016年12月21日

眠たいイツキ







夜。イツキは部屋に一人。
今日は黒川は本当に、横浜に泊まりでこちらには来ないそうだ。
イツキは風呂に入り、夕食にと買ってあった弁当を温め、冷蔵庫から缶ビールを出してリビングのソファの足元に座る。
テレビを付け、ケータイを確認し、カレンダーの日付を眺め、小さな溜息を付く。


もう、夏休みも最後の週。
美容室の手伝いも、明日で最後だった。


「…早かったな…。2週間、…くらい?……俺、よく頑張った…」


イツキは声に出してそう呟いて、自分でふふと笑う。
確かに、イツキにしては、今回はよく頑張っていた。
世間一般でいう「仕事」を、ちゃんとこなすことが出来た。
それは自分でも一種の驚きで、自信と、微かな希望に繋がるものだった。




その間の黒川は、馬鹿にした様子はあったものの、別に、酷く邪魔をする訳でもなく
むしろ少し、優しくて、イツキを気にする素振りも見せていた。
……手の内にあったイツキが、外の世界に触れることの、不安や心配…、独占欲……そんなものがあったようだが。

『…次の土曜日、渡辺建設の社長とメシだ。付き合え。…美容室の手伝いが出来るんだ、俺の仕事だって、手伝えるだろう?』

笑って、平気で、そんな事を言ったりする。
イツキには、黒川の真意は、まだまだ、まだ解らない。




「……明日で最後…、ちょっと…残念。……楽しかったな…」


テレビを眺め、弁当を口に運びながら、そう呟いて、大きな欠伸をする。
うっかり箸を握りしめたまま寝そうになり、今日は早めに、布団に入ろうと思うのだった。




posted by 白黒ぼたん at 00:28 | TrackBack(0) | 日記

汚い話






黒川が仕事の手伝いだと嘯きイツキに引き合わせる男は
基本、昔からの馴染みで信用があり、イツキに対して身体的な苦痛はそう与えないという暗黙の了解があるのだけど

性癖というか、嗜好の問題というか…行為の内容にいて細かい注意をすることは無かった。
裏返せば、汚かったり気持ち悪かったり、イツキが生理的に無理と思う行為でも、命や健康を脅かすものでなければ……アリなのだ。



「…………や……」



ホテルの客室に向かう廊下で、イツキは小さく声を上げて、その場にしゃがみ込む。
一緒に歩いていた一見上品そうな紳士は、ニヤニヤと笑い、イツキの顔を覗き込む。
よほど苦しいのかイツキは唇を噛みしめ、小刻みに震えている。
もう、一ミリだって動くことが出来ない、そんなギリギリの状況だった。

数時間前に、下のレストランで待ち合わせ、食事の前に、何か、薬を飲まされる。
平たく言えば下剤のようなもので。食事の半ばにはすでに、腹が痛くなり、イツキは顔を顰める。
そんな顔を『可愛い』と言われ、苦し紛れに微笑んでみせても『可愛い』と言われ、もう、どんな顔を見せればいいのか解らず困ってしまう。
その顔も『可愛い』と言われる。イツキは顔を背け、消えてしまいたくなる。



当然、トイレに行くことも許されず、どうにか我慢して食事を終わらせる。
レストランを出て、エレベーターに乗り、上階の客室に向かうのだけど…

途中、どうにも堪えきれず、しゃがみ込んでしまう。

このままここで粗相してしまうのも嫌だったけど、あと数メートル歩き客室に辿り着いたとしても、同じことで。
男はイツキを笑い蔑み、そして汚れたままの姿で、もろとも快楽に浸るのだ。



イツキの目から、涙がぽろぽろと、零れ落ちた。






アレ、何で今日、こんな話!? 汗汗
posted by 白黒ぼたん at 20:58 | TrackBack(0) | 日記

2016年12月23日

オレンジ・リンデンバウム






イツキは、好きな入浴剤がある。
以前、コンビニで何気なく買ったのだが、香りや、風呂上りの肌の感じが好きで、ゆっくり湯船に浸かりたい時には、それを使うことが多かった。


部屋に戻ったのは真夜中だったけれど、身体も冷えていたので、風呂に入る。
湯を張る間に眠ってしまいそうだったけど、我慢する。
……行為の後、向こうで簡単にシャワーは済ませてきたけど……、まだ、汚れも臭いも残っている気がする。
スポンジを泡立て、頭のてっぺんからつま先まで丹念に洗い、流し、そして、それを、2度ほど繰り返す。

何度洗っても、自分が綺麗になった気が、しなかった。



入浴剤を入れた湯に、肩まで浸して、ようやく大きなため息をつく。
オレンジの匂いが心地よくイツキを包む。
小さな傷に、入浴剤の塩っけが少し触るが、それもすぐに馴染む。

目を閉じ、もう一度ため息を付き、両手で湯をすくい、ばしゃばしゃと顔を洗う。
肌に残る記憶も感覚も、湯と一緒に、全部、洗い流してしまいたかった。






風呂から上がると、部屋には、黒川が帰って来ていた。
イツキに対し、詫びの言葉も労いの言葉も、そんな類のものは何一つ無かったけれど


「……良い匂いがするな」


抱き締め、濡れた髪に鼻先をあて、そう言うのだった。






入浴剤は「クナイプ」です。好きw
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