2017年04月24日

はやり病・最終話






『信じても、何も。最初っから、別に。

……俺、先輩のこと、本気で好きって訳じゃなかったですよ』



そう言って、視線だけチラリと見上げ、営業用の笑みでも浮かべてしまえば良かったものの、

口を開きかけて、慌てて、閉じる。

こみ上げる嗚咽を飲み込み、落ちる涙を、必死に堪える。



もう、そんな嘘も何もかも、清水には関係ないようだった。
今となっては、おそらく二人の関係が変わることは無いけれど、
全てを受け入れ、理解しようとしてくれた事に、ただただ、イツキは感謝していた。

押し黙ってしまったイツキに、清水は、何も言わず
もう一度、頭をぽんぽんと叩き

「……それだけ言いたかったんだ。……じゃあな」

と、告げ、静かに部屋を出て行くのだった。






玄関の扉がバタリと閉まり、それが合図のように、イツキはその場に座り込んでしまう。
涙こそもう零れなかったが、奇妙に胸が熱く、ザワザワと波打つ。

「………先輩って…、しつこい。……引きずるタイプ…。……もう、終わった事なのに」

わざと冗談めかし、そんな風に言ってみるのは、奥底にくすぶる熱を誤魔化すため。



はやり病に罹ったのは、イツキの方だったのかも知れない。





posted by 白黒ぼたん at 22:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月27日

真夜中の客





黒川は仕事であちこちを回っていた。
運転はリーに任せ、隣には秋斗を乗せ、横浜の案件をいくつか片付け、
得意客の店だというイタリアンに寄り、夜景が綺麗なテラス席でワインとパスタを胃袋に収めた。

食事が終わるとホテルに向かう。
と、思いきや、黒川は都内に戻ると言う。
秋斗は少し顔を曇らせたが、もう、そういう事では揉めないと決めていたので…諦める。
リーと秋斗を残し、黒川は一人タクシーに乗る。


日中も、移動中も、イツキに連絡を入れなかったのは
単純に仕事が忙しかったからで。
この後も事務所に戻るのは、一ノ宮とちょっとした雑務が残っていたからだ。

それでも、
それが終われば
イツキの部屋に行こうと思っていた。


真夜中に突然訪れては
何か、都合が悪い事でもあるかも知れない、無いかも知れない。
そんな、博打のような訪問も、
面白いと、黒川は思っていた。

事務所に戻ったのは、日付が変わる頃だった。






事務所には一ノ宮と、……イツキがいた。
もっともイツキはソファに沈み、すでに寝息を立てていた。

「……少し前に来て、あなたを待つのだと言って。…さっきまで起きていたんですがね…」

一ノ宮はふふ、と笑い、イツキの肩にブランケットを掛けてやる。
黒川は少し驚いた様子だったが、やはり、ふんと鼻で笑い、

ソファの、イツキの横に、窮屈そうに座るのだった。



posted by 白黒ぼたん at 00:27| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年04月28日

帰り道







東の空が白み始める頃。
屈指の歓楽街と言われるこの街でも、さすがにこの時間になれば人通りも稀で。
道路わきのゴミ袋に群がるカラスを避けながら、イツキとマサヤは歩いて、二人のマンションへと戻る。


「…ご飯は?…何か食べて帰る?」
「…いや。すぐ寝る。俺は夜通し仕事だったんだぜ?お前と違って」


事務所のソファでうたた寝をしていたイツキに、黒川が軽く嫌味を言う。


「…起きたら、一ノ宮さんがマサヤになってて、びっくりした…」
「呑気な奴。…だいたい、何をしに事務所に来たんだ。寝るなら一人で部屋に行っていれば良いだろう」
「……なんか、一人になりたくなかったんだ。…なんとなく…」



そう言って、イツキは静かに微笑む。


清水との一件で、少し、心が揺れて、人恋しくなったのだとは、
自分でも、認めたくはない。




「イツキ」




ふいに黒川がイツキの腕を掴み、自分に引き寄せる。
弾みでイツキは黒川の胸の中に納まる。

それは、狭い路地の後ろからタクシーが入って来たため、道を開けようと、イツキの身体を退かせただけなのだが、



今のイツキには、十分過ぎる程だった。





posted by 白黒ぼたん at 23:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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