2017年11月19日

タイミング・2







マンションの入り口に清水の姿は無かった。
どうしたのだろうかとエントランスを出て、外の道路に目をやる。
すると、向かいに停まっていた一台の車がクラクションを鳴らす。
赤い、小さい、丸っこい車。運転席には、清水が乗っていた。



「…先輩、……車?」
「ああ。夏に合宿で取ったんだよ、言って無かった?」


清水は窓を開け、イツキは中を覗き込む。
「まあ、車はババアのだけど」と、清水は照れ臭そうに笑う。

丁度タイミングが悪く、正面から大型のトラックが来る。
もともとすれ違うのにやっとの道幅。しかも清水は…まだ運転に不慣れなのだろうか…、少し半端な位置に車を停めていた。


「…ヤバイ、邪魔だな。車、動かすから…、イツキ、ちょっと乗れよ」
「……え、俺、そんなつもりじゃ……」
「動かすだけだって。…早く」



正面のトラックもクラクションを鳴らし、イツキは無駄に急かされる。
判断する間もなく、取りあえず助手席に乗り込む。
清水は、片手でハンドルを握り、身体を半分後ろに向かせ、車をバックさせる。
数メートル後退し、脇の細い路地にくるりと車体を収めると、トラックは無事に通過し、
清水はイツキと顔を見合わせ、ふふと、笑う。



決して、運転が不慣れな訳ではないようだ。



「さて、どこ行く?」
「……行きません。って、俺、言いましたよ?」
「……まあ、そこいら…、ちょっと一周だけ…」



そうして車は細い路地を出て、イツキのマンションを通り越し、どこかへ走って行くのだった。






確信犯…
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2017年11月20日

タイミング・3








ちょっと一周、にしては長い距離。
明らかにマンションを離れ、三車線の、大きな通りに入る。

イツキは長袖のTシャツにウエストゴムの長パンツ。それにウールのチェスターコートを羽織り、つっかけサンダルという格好。


「…先輩、俺…、困ります…」
「まあ、ホント、ちょとだけ。ラーメン、食いに行こうぜ。美味い店……」


清水は軽く笑って運転を続ける。
イツキもこうなってしまっては、どうする事も出来ず、諦めて溜息を一つつく。
成り行きとは言え、車に乗ってしまった自分が悪い。


「…俺、夕方には用事があるので、それまでに帰れるなら……」
「ああ、任せとけよ」


高速に乗り、地下に潜る。そうして車はイツキの知らない場所に向かうのだった。












「………怒ってる?…それとも、怒られた?……この間の、アレ」

不機嫌な顔で窓の外の流れるランプを追うイツキに、清水が声を掛ける。
確かに先日の行為は不意なもので、うっかりすればレイプとも言われかねない。
少し良い雰囲気で終わったなどと思うのは、自分の勘違いだったのだろうか。

そうでなければ、今日の約束を違える、意味が解らない。



「…ごめんなさい。悪いのは、俺です」


小さな声で、イツキが呟く。





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2017年11月21日

タイミング・4







「…俺、ここ暫くずっと…、イライラしていて…。ちょっと、普通じゃ無かったんです。
だから、先輩ともあんな…、流されちゃって…、しちゃって…。
別に、その…、特別なコトじゃ、無いんです。……その…」

「黒川さんと喧嘩してて、イライラしてて、流れで俺とエッチしたけど、別に俺の事はなんとも思ってないってコト?」


最近の事情をなるべく優し気に、オブラートに包むように、イツキは話してみたのだけど
バッサリ、清水に切られてしまう。
それは概ね、間違いでは無い。


「……えっと。……そうです…」
「あっはっは、言うな、お前。いいよ、別に、流れでもなんでも。
それぐらいの軽さで良いからさ、メシでも何でも、もっと一緒にいようぜ?」
「…もう、しないです。…ごめんなさい、俺が中途半端な事ばかりしてるから、駄目なんですよね。……俺、もう……」



真面目な面持ちで言葉を紡ぐ。それは、決して嫌いな訳ではない清水への、精一杯の、誠意の現れだったが
逆に、その態度で、清水はまだイツキが、自分に気持ちを残しているのではないかと思う。
本当にどうでも良い相手ならば、軽くあしらい、適当に遊んでいればいいのだから。



「…俺、もう、決めたんです。……マサヤと………」




言いかけて、丁度車がトンネルを抜けて、地上に出る。
眩しい日差しと開けた景色にイツキは驚いて言葉を無くす。



そこはすっかり、海の上だった。







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2017年11月22日

タイミング・5








「えっ…ここ、どこ。…わ…、…え、……どこ?」


突然の海に、イツキは声を上げ、右を見たり、左を見たりと忙しそうだ。
清水はそれを横目で眺め、嬉しそうに微笑む。


「アクアライン、来たこと無いの?…ゴジラが出たとこ」
「えっ…、あ、東京湾…、……え、じゃあ、千葉に行くの?……近くのラーメン屋って…」
「はは。近い、近い」


事もなげにそう言って、清水は手慣れた様子で、BGMにとアップテンポの洋楽を選ぶ。
海と青空とご機嫌なドライブ。
思わず、気持ちが高揚し、隣の男に恋心を抱くシチュエーション。


「……先輩、……慣れてる…」
「車?…ガキん時から運転は出来るからな。…免許は3か月前だけどな」


軽く笑う清水をイツキは、この時、初めて、きちんと見て、普通に恰好良いな……と、思う。
そして自分の足元の、部屋着とつっかけサンダルを見て、少し恥ずかしくなる。

もし、数日前の気持ちで、今日、清水と出掛けるとしたら…、自分はどんな服を着て来るつもりだったのだろうか。




「……お前ってさ…」
「…はい?」
「夜も似合うけど、昼間もいいな。日差しが、…似合う」




清水は左手を伸ばし、イツキの髪の毛をくしゃりとしながら、臆面もなくそんな事を言う。







すんません…。
アクアライン、通った事、無いです。
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2017年11月24日

タイミング・6








海の上の高速を下り、街中を少し走ると、お目当てのラーメン屋に着く。
こじんまりとした店構え。古くからあるようだが、汚い訳ではない。
丁度お昼のピークが過ぎた頃のようで、待たずに、すぐ席に通される。


「何にする?イツキ。ここ、味噌が人気。叉焼が美味くて…」
「先輩と一緒で。あ、でも、煮卵のっけて欲しいです」
「おう」


注文し、テーブルに運ばれたラーメンは、食べずとも間違いなく美味しいと解るもので、
イツキは顔をほころばせ、割り箸を持ったまま手を合わせ、いただきますをする。
一口食べては、「んんん」と感嘆の声を上げ、レンゲでスープを飲み、大事そうに叉焼を少しずつ食べる。
煮卵の半熟加減が絶妙で、イツキは満面の笑みで、そのまま清水と目を合わせ、さらにニコリと笑う。


「な、美味いな」


清水も笑って、自分のラーメンを啜った。









「ごちそうさまです」

食事も終わり、会計を済ませ清水が店を出ると、イツキがぺこりと頭を下げて言う。


「……お前ってさ…」
「はい?」


こんな場面では男が、…誘った方が支払いをするのは当然だろう。
勿論イツキは、今までに、食事をご馳走になる立場にしかなった事がない。
ともすればそれが当然と、礼も言わずに、ふんぞり返る女もいるだろうに
イツキは、律儀に、頭を下げる。

きっと、他の男にも、そうするのだろう。


その姿が初々しくて、新鮮で、可愛い。





「……い、いや、なんでもない。……さてと、次、どこ行くかな…」






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2017年11月25日

タイミング・7








車に戻り、ハンドルを握り、清水は次の行き先に悩む。
海岸沿いが一望できる公園も良いし、少し奥に入れば温泉もある。



「…先輩、俺、帰りますよ?」
「このままさ、どっか行っちゃっても、イイと思わね?……二人で」
「……帰ります」
「返すと、思った?」



ラーメン屋の駐車場を出て、車はまた、イツキの知らない道を行く。
来た、道では、無いようだ。
イツキは食べ過ぎと不安で、胸が、苦しくなる。




「夕方までには帰りたいって…、言いましたよ?」
「そんな約束、守ると思った?……お前って、そういうトコ、甘いよね」
「夕方、…マサヤが来るんです。……俺、マサヤと…」



清水を遠ざけるための、切り札のような言葉。



「マサヤと、…戻ったんです。……あのマンションも、出て、一緒に住むんです。
……あのマンション、……西崎さんが勝手に入ってきちゃって、……この間も、乱暴されちゃって…」

「…西崎…、……親父、そんな事、してんのかよ…」




暫く無言で車を走らせた後、清水はどこかの駐車場に車を入れる。
Uターンして引き返えしてくれるのかと、一瞬、イツキは思う。





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2017年11月27日

タイミング・8







倉庫か、工場か、もう閉店したパチンコ屋なのか
さびれた看板が掛かる駐車場は、電灯もなく、薄暗く

清水はその隅に車を停めると


イツキにキスをする。


あまりに突然の事なので、イツキは抵抗するのも、忘れてしまう。




「……もう、やめちまえよ…、イツキ…」
「………せんぱい…?」
「黒川さんトコ、戻ったって、どうせまた、同じ事になる…」



重ねた唇の合間から、清水が言う。
イツキはどうにかして、腕を突っぱね、少し距離を取るのだけど、すぐにまた、抱き締められてしまう。



「戻ったって、どうせ、お前の周りには薄汚ぇオヤジばっかりだ。黒川さんも、俺の親父も…他にも…、みんなお前を、好き勝手に扱うばかりじゃんか……

どうせ、お前、すぐに……泣く、……泣かされる。
俺なら、泣かさない。だから…

このまま、どっか、消えちまおうぜ?……二人で…」




清水の言葉はどこまで本気なのか。
本当に二人でどこか、遠くに逃げてしまうつもりなのか、それとも、多少イツキを困らせているだけなのか。

気持ばかりが先走る。清水自身、どう抑えて良いのか困惑していた。





そしてイツキは、

そんな事を言われては揺らいでしまう、自分のユルさを、知っていた。

これ以上清水の傍にいてはいけないと、本能で、思う。






posted by 白黒ぼたん at 22:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記

2017年11月28日

タイミング・9







今度は、驚いたのは清水だった。





突然、助手席のドアが開いた。

身体を預け、イツキを抱き締めていた清水は、もろとも、外に倒れそうになる。
よろけた隙に、イツキは清水から抜け出し、車の外に出る。
そしてそのまま、走り出してしまった。


「…えっ、ちょ…、ちょっと待て…、イツキ、………イツキッ」


清水はすぐに後を追おうと、慌て、開いた助手席側から出ようする。
けれど、外したシートベルトが肩に引っ掛かったり、シフトレバーに足をぶつけたりで、一度、体勢を立て直す。
改めて反対側、運転席側のドアを開け、イツキを追いかける。
イツキはすでに駐車場を抜けて、車の往来する道路に出るところだった。




「イツキ…!」





イツキは、
あのまま清水の腕の中にいては、流されてしまう自分の危うさを、よく知っていた。
とにかく、この場を離れなければいけないと、助手席のドアを開け、外に転がり出た。
帰り道は解らなくても、ともかく、一旦、この場を離れようと。
馬鹿なイツキなりに、考えたのだ。



反対車線に、空車のタクシーを見つける。



ふわりと、イツキの身体が、道路に吸い込まれる。






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2017年11月29日

タイミング・10








「………この、………馬鹿ッ…!」



清水の手が伸びたのと、大声で叫んだのと、心臓が止まりそうになったのは、ほぼ、同時だった。
指先は辛うじてイツキの服の背中を掴み、ぐいと、自分に引き寄せた瞬間に、イツキの目の前を車が通り過ぎた。


「……ふ、…はー………」



イツキ自身は、あとほんの少しの差で自分の身が危なかった事に、気付いていなかったようだ。
清水の腕の中で改めてそれに気づき、驚き過ぎて、気の抜けた声を上げる。



「………わー、……びっくり…した……」
「び、びっくりしたのは俺だ!…お前、死ぬ気かよ!」
「いや、道、渡ろうとして……、あ、タクシー、行っちゃった……」
「お前……」


今度は清水が気が気が抜けてしまったようで、
ふうと大きな息をついて、その場にしゃがみ込んでしまう程だった。










観念して、清水は、帰路につく。
また無謀に、道路に飛び出されては叶わない。


「……ったく。……だいたい、お前、金も持ってねぇ癖に、どうする気だったんだよ…」
「まあ、着いてから払うんでも、何でも…。どうにでもなるよ」
「…危ねぇ奴。…お前に何かあったら、それこそ、黒川さんに殺される…」


海の道を戻りながら、清水は愚痴めいたものを零し
助手席で小さく笑うイツキを、恨めしそうに、横目で伺う。

いつもは流されてばかり、そう、大した反抗もしないイツキは、実は
こう、と思い立ったら、意外と大胆な行動をする。

そんな機転が利くぐらいなら、もっと前もって、この状況に陥らないようにしろよと
清水は軽く、思うのだった。






posted by 白黒ぼたん at 23:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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