2018年07月01日
ヤバイツキ
「……ああ、もう、ヤバイヤバイ…。……このチョコのやつ、止まんない……」
「…ふぅん?」
「梶原、食べた?……食べてみる?」
そう言ってイツキは自分のケーキをフォークに乗せ、梶原の口元に寄せる。
食べさせて貰う事に特に意識をしなかった梶原は、普通に、食べてしまうのだけど
………食べ終わってから、それが酷くハズカシイ事に気が付いた。
「ね?……美味しいでしょ?」
「あ…、ああ、……うん…」
ニコリと笑うイツキを直視できなくて、梶原は視線を逸らす。
前から知っていたけれど、イツキは、自分が色気を振りまいている事に無頓着だ。
梶原を、そういう対象ではないと思っているはずなのに、無意識に誘う仕草をし、惑わせる。
『次は何にしようかな…』と他所を向きながら、指に付いたチョコをぺろりと舐めてみたり、
挙句、『……梶原、ほっぺに……』などと言って、梶原の頬に付いたクリームを、指で拭ってみせたりする。
「………お前ってさ…、……ヤバイと思うよ…」
「ええ、やっぱり食べ過ぎ?…俺?」
「…ああ。…まあ、そう。………ヤバ過ぎ…」
そう言う梶原に、イツキはくすくすと笑って、自分の唇をぺろりと舐めてみせるのだった。
本当、タチの悪い子だわーw
2018年07月02日
大切な時間
「イツキ、そろそろ時間。社長からも電話、入ってるだろ?……車、回してあるから、このまま帰るぞ」
食べ放題の店を出て、すぐ、イツキの前に佐野が立ちはだかる。
好きな甘いものを腹一杯食べ、次はカラオケかボーリングかと浮かれていたイツキは、一瞬で顔色が曇る。
「………まだ、………いい……」
「いい、じゃねーだろ。……ハイ、お疲れさーん」
佐野は、梶原の隣にいたイツキの腕を引き、梶原に軽くヒラヒラと手を振る。
梶原は釈然としなかったが、……それでも、もう、頃合なのだとは…思う。
「……まあ、もう、そんな時間かな…。ん…。今日はお開きにしようか」
「………泊まりで…遊んでも、いいのに…」
「あはは、そうはいかないだろ?……また、今度な」
イツキは、妙に、不安な顔。
今日のお出掛けがそんなにも楽しかったのかと、逆に梶原は不思議に思う。
佐野に腕を抱えられるようにして、歩き出すイツキは、2,3歩行ったところで……
踵を返し、梶原に向かって駆け寄る。
「…………梶原。……これで、お終いって事、ないよね?」
「…え?」
「…俺達って、……もう、これっきり…とかじゃ、……無いよね?」
「何、言ってんだよ。学校だってまだあるし。…それに、卒業したって、どうしたって、別に変らないだろ?……いつでも会いえるし、遊べるし……」
「………ほんと?」
イツキは、梶原の腕に手を掛け、今にも泣き出しそうな顔で、梶原を見上げる。
実はそれほどまでに、友人梶原との普通の時間が大切だったのだと……イツキも梶原も気付かされる。
2018年07月04日
境目
じゃあね、バイバイと手を振り
イツキと梶原は別れる。
また、明日ね…という言葉が、本当に、明日もずっと続けばいいと、二人、思う。
「…まあ、でも、これっきりじゃねーもんな。……学校、離れても、友達…だろ?
……いつでも会えるし、話せるし。……大丈夫。…大丈夫」
独りになってから、梶原はそう、自分自身をなだめる様に口に出して言う。
そんな事は多分、かなわない事だろうと…イツキと自分は、いる世界が違い、いつしか疎遠になっていくものだろうと……思っていたのだけれど。
意外と、大丈夫。
と、……後で、知る。
佐野が用意した車に、イツキは乗り込む。
運転は佐野。イツキは助手席。
佐野はハンドルを握り、イツキをチラリと見遣る。
イツキは疲れたのか眠たいのか、窓に頭を預け、今にも崩れ落ちそう。
「……帰る…ぞ?」
「…………飲み、行っちゃおうか…、………佐野っち」
「えっ…、いいのか?…でも、社長が……」
「嘘だよ」
チラリと、視線だけ寄越して、イツキはそう言う。
思わず佐野が身体をかぶせ、キスをしても、拒むことは無い。
佐野とは、簡単にするキスが、梶原とはしない、…その境目が、イツキにも解らない。
「…お前さ、結局あいつと…、………したの?」
「…………そんなんじゃ、…ないよ…」
そう言って、イツキは小さく笑った。
2018年07月05日
残業黒川
「ただいま」
そう言ってイツキが帰って来たのは、黒川の事務所だった。
事務所には、まだ仕事が終わらない黒川が一人。
「……なんだよ。佐野に送って貰ったんだろ?……部屋に帰ればいいだろう」
「……なんか、独りになりたくなくて……」
「は。…男と遊んで来たくせに……まだ足りないのか?」
黒川のいつもの軽口を尻目に、イツキはソファに向かう。
靴を脱ぎ、ソファに寝転ぶ。
黒川は飲みかけのビールを煽り、面倒臭そうに溜息を付き、残りの仕事を片付ける。
カタカタと、パソコンのキーボードを叩く音だけが、響く。
『…お前さ、あいつと…、………した?』
『………どうかな……』
イツキは、そう答えた時の、佐野の驚いた顔を思い出す。
勿論、佐野が考えるような、身体の関係は無い。
それでも、梶原とはもっと深い部分で関り、繋がっていたような気がする。
それが嬉しかった分だけ、離れてしまうのは、寂しい。
「……寝たのかよ?……呑気な奴…」
気が付けばイツキはソファで、小さな寝息を立てていた。
呆れた黒川は小言を零し、鼻で笑った。
2018年07月07日
頸椎
「……ッ…」
どちらのものとも解らないうめき声が響いて
後背位で繋がっていた二人は、少しの間の後に、バタリとベッドに突っ伏す。
黒川はすぐに仰向けになり、乱れた呼吸を整える。
イツキは余韻で身体を捩らせる内に、半分、ベッドから落ちそうになっていた。
小一時間前。
事務所で仕事を終わらせた黒川は、ソファで眠るイツキの頬をぺちぺちと叩き、『帰るぞ』と伝える。
イツキは何度か瞬きをし、目を擦りながら、半分寝ぼけた甘ったるい声で『……はぁい』と答える。
事務所から、二人の部屋までは、歩いても十分程。
寄り道をする必要など、ない筈なのだけど…
歩くのが疲れるだの、広い風呂に入りたいだの……そんな理由で、途中にある、ラブホテルへと吸い込まれていく。
部屋に入り、ベッドに向かう前にキスを求めたのは、イツキの方だった。
「……くそ…」
ようやく息も整い、黒川は一つ、悪態をつく。
別に、……しないつもりも無かったのだけど、つい、イツキのペースに乗せられてしまった。
後ろから突きながら、イツキの乳首や、前の……性器を握ると、イツキはみだらな言葉を零しながら、中をキュウキュウと締め付けてくる。
それが面白くて、イツキにも自分にも、加減することを忘れてしまった。
黒川は最後に大きく息を付く。
ベッドの向こう側に冷蔵庫があり、何か飲み物を取ろうと、身体を起こす。
その途中では、イツキがベッドの端に、頭と、片方の腕をだらんと落としていた。
伸びた髪の隙間から見える白いうなじは、酷く無防備だった。
首の後ろに浮き出る骨も、流れる肩も、背中の中央のくぼみも……、丁度いい。
黒川は移動の途中のついでのように、イツキのうなじに、唇を寄せた。
2018年07月09日
イツキvs西崎
「……勘弁しろよ、イツキ。佐野はオマエの運転手じゃねぇぞ。
アホか、こっちにはこっちの仕事もあるんだよ。
オマエの面倒ばっかり見てらんねぇんだよ」
顔を見るなり、そう言われる。
事務所で、西崎に。
イツキは黒川と一緒に事務所に来ていて、黒川が所用で席を外した隙に、西崎が顔を出す。
イツキは、西崎に良く思われていない事など百も承知だったが、そんな風に言われる筋合いも無い。
「……知らないよ。……俺が頼んでるんじゃ、ないよ…」
「ったく、狙われてるんだか何だか知らねぇけどよ。……またどこぞでホイホイ、男、引っ掛けたんだろう?……オマエは…」
そう言いながら西崎は事務所の中まで入り、壁際の書庫の前に立っていたイツキの、目の前まで来る。
壁ドン、でもないが、西崎は壁に手を付き、身を屈める。
世間話をするには、不必要なほど、顔が近い。
「……垂れ流しやがって。……欲求不満なんだろ?………遊んでやるぜ?イツキ?」
ふふ、と西崎が笑うと、その鼻息がイツキに届く。
イツキはチラリと視線だけ上げ、少し西崎を見つめた後……、悪戯っぽく、ふふ、と笑う。
「……じゃ。……遊んでもらおうかな………」
「………ん?」
「…マサヤに内緒で。…バレたら、怒られちゃう。………西崎さんが」
「…お、……おお」
「おお、じゃ無いだろう。馬鹿が」
イツキの誘いに、一瞬、西崎が惑わされた…その時、西崎の背後で声がする。
ハタと我に返り、慌てて振り向くと、そこには呆れ顔の黒川が立っていた。
イツキは、
黒川が戻って来た事に、気付いていたのだろう。
黒川に、おかえりなさいと手を振り、西崎を見上げ、もう一度、ふふ、と笑った。
2018年07月10日
片隅の最奥
「……俺、先に帰ってて、いい?」
「すぐ終わる。待っていろ」
「………はぁい」
黒川は西崎はソファで向かい合い、テーブルに何やら書類を広げ話し込んでいた。
する事の無いイツキは、デスクの、いつも黒川が座る椅子に座り、暇そうに背もたれをギシギシ鳴らしていた。
「……社長」
「何だ」
「……気、使いすぎじゃないですか、アレに…。甘やかすと、調子に乗りますよ?」
西崎は立てた親指をイツキに向けながら、小声で、そう言う。
とは言っても、その声はイツキにも聞こえている。聞こえる様に喋っているのだ。
「まあな」
「…朝から晩まで見張ってる訳にもいかんでしょ?…それなら、いっそ、部屋に閉じ込めておけばいいんですよ」
「…まあな。…ふふ」
それも名案だと言う風に、黒川は笑い、イツキを見遣る。
イツキは少しむっとした様子で、唇を尖らせる。
「まあ、池袋も、もうじき落ち着く。それまで無駄な揉め事は、避けたい。
…向こうのガキは、動きが派手だからな…。付き合ってられん……」
「結局、話し合いでカタが付きそうなんですか?」
「ああ。嶋本組の会長が出て来てな。…今、仲裁中だ……」
イツキは椅子に深く腰掛け、黒川達には背を向けながらも、話に傍耳を立てていた。
向こうのガキ、というのは、自分を襲った笠原という男のことだろう。
黒川の叔父貴との間で、権力争いがあったようだが、どうやら、収束しそうだという話。
そうなったら、もう、笠原は自分には手を出して来ないのだろうか。
「……ん。……良かったじゃん。……いい話じゃん……。……ん」
まるで自分自身に言って聞かせるように、イツキは、小さな小さな声で、そう呟く。
笠原にもう一度抱かれてみたい、などという思いは、心の片隅の最奥にすら、あるはずもないのだけれど。
2018年07月13日
くだらない冗談
テーブルの上に現金と領収書と封筒を並べて、黒川と西崎は難しい顔をする。
本来、こういった細かで面倒臭い仕事は一ノ宮に任せておくものだが、
まあ、たまには、お鉢が回わって来る時もある。
「……これは…事務所の運転資金だ…、後は個別に封筒に…、……ああ、そっちの束に先月分の領収書が……」
「コレは駄目らしですよ?…弁護士先生のチェックが入ってます……」
「………知るか」
イツキは、革張りのプレジデントチェアに座り、背もたれをギイギイ鳴らしながら、黒川達の様子を伺う。
テーブルの上には分厚い札束がいくつか、無造作に置かれていて、まるで菓子の箱を取り分ける様に、それらを捌いていく。
ふと、顔を上げた黒川と視線が合うと、イツキは適当に手をひらひらと振り
黒川は馬鹿にしたように、鼻息を鳴らす。
それを見ながら西崎は、一服と、煙草に手を伸ばし、咥える。
「……ちょっとは、イツキに、何か手伝わせないんですかい?」
「あの馬鹿に、出来る仕事があるかよ」
「…ああ。……イツキの取柄は男とヤルだけでしたね」
黒川も煙草を咥え、一服。
くだらない冗談に、合わせて、笑う。
「……俺、何か、出来るよ?……手伝う?」
イツキが一応、そう声を掛けるも、
黒川は、いらん、とう風に、手をひらひらと振るだけだった。
その様子に、西崎は笑い、さらにくだらない冗談を重ねる。
「お前に出来るコト、して貰うかな…、はは。
社長、今度、イツキ、貸して下さいよ」
なおかつ、その言葉に黒川は
「……そうだなぁ…」などと、答えるのだった。
2018年07月15日
言葉尻
「……あの言い方、ヤダ。……マサヤは結局、俺が…、誰かとヤるのは……、いいの?」
「嫌も何も、勝手にヤって来るんだろう?……いちいち、言葉尻を捕るなよ」
「勝手になんて、してないよ。……そうなっちゃうのは…、今までが、今までだからじゃん」
ようやく仕事が終わり、イツキと黒川は事務所を出る。
どこかで食事でもと街中を歩きながら、先刻の西崎との会話について、一揉め。
「じゃあ、もう一度くらいヤっても、別に構わんだろう」
「やっぱり、次があるの?……西崎さんに、貸すつもりなの?」
「………あのなぁ…」
細い路地に入り、馴染みの焼き鳥屋に入ろうと暖簾に手を掛けるも…、あまりにイツキが突っかかるので、黒川は呆れ顔で振り返る。
「貸す、とは言ってないだろう!……いい加減にしろ、ウルサイ!」
思わず声を荒げる黒川に、イツキは店の前で立ち竦む。
状況は複雑。
確かに以前は、イツキはモノのように簡単に貸し出され男のオモチャにされていたけど
今は違う。違うけれどそれは、愛なの、かただの独占欲なのか本人たちにも区別はつかない。
「………じゃあ、貸さないって、ハッキリ言えばいいのに…」
イツキは、不機嫌顔でそうつぶやき、半ば黒川を無視するように、焼き鳥屋に入って行った。
2018年07月16日
無い物ねだり
昔に比べればはるかに優しくなったのだ、黒川は。
そんな事はイツキにだってよく解っている。
それでも、それに慣れてしまうと、それ以上が欲しくなってしまう。
我が儘なのだとも、無い物ねだりなのだとも、思う。
思うけれど
今までが、あまりにも……空っぽのままで過ごしてしまったために
虚ろのソコを埋める何かが、欲しくて欲しくて
自分でも気持ちを抑えることが、難しい。
「……前は、……憎しみ、とか、大っ嫌い…が、入ってたんだなぁ…」
「…何だ?」
「……何でもない。………俺、もう一杯、飲んじゃっていい?」
ぼんやりと考えていた事が、つい、口から零れてしまった。
イツキは慌てて首を横に振り、隣に座る黒川に、日本酒のお替りを、強請る。
馴染みの店のカウンター。黒川は手元のボトルを、イツキのグラスに傾ける。
「憎しみ」とか「大っ嫌い」が抜けて、空になった場所に、次に何を埋めたいのかは…まだ、イツキにも解らない。
「イツキ」
「…なに?」
「あまり、くだらない事で拗ねるな。………今はもう、……違うだろう?
……そう、酷い事は、……しないつもりだぜ?」
黒川は煙草を吹かしながら、イツキとは視線を合わせずに、そう言う。
それは、それで、ズルイのだけど
「…………わかってるよ」
今のところはこれで十分と、思う事にする。
イツキは小さく呟いて、頭を傾げ、隣の黒川の肩にもたれ掛かった。
2018年07月17日
雑談中
「池袋は、どうだ?」
「やはり、嶋本会長が上手く捌いたようですよ。全面戦争は避けられたようです」
「……そうか」
事務所で。
黒川と一ノ宮が雑談中。
つい数時間前まで、黒川とイツキは近くの焼き鳥屋にいたのだけど、
思いのほかイツキが酔っぱらってしまい…
マンションよりも近い、事務所に、また戻って来てしまった。
その頃には、外に出ていた一ノ宮も戻り、
黒川は一ノ宮と飲み直す。
イツキは黒川の隣。ソファで居眠り中。
「叔父貴からも連絡があったが…、まあ、あの人は呑気な人だからな…。争い事の最中でも気にするな、気にするな…で…」
「それは貴方に心配を掛けたくないからでしょう」
「それでも、まあ、被害はあったがな……」
そう言って、黒川は、狭いソファで身体を折り曲げて眠るイツキを見る。
「……そうですね。イツキ君には災難でしたね。……まさか、ココを、狙うとは…思いませんでしたが…」
「……未成年の男娼。……ウチの営業のウリだからな。……一番、弱い所を突かれたんだろうよ」
「イツキ君の肩書はそれだけですか?……あなたが、大事にしていると、知れたのでしょう…、おそらく…」
「……ふん」
黒川は面白くなさそうに鼻息を鳴らす。
認めたくはないが、まあ、端から見ればそういう事なのだろう。
「……笠原には釘を刺したが…、どう出るかな。このまま、大人しく引っ込めばいいがな……」
「野田鉄筋の土地は足が出ましたよ。あまり、無茶はなさらないように」
「……ああ」
黒川は小さく笑い、手を、傍らのイツキの頭に下ろす。
指先で髪の毛をくるくると巻き、少し引っ張り、頭を、ぽんぽんと叩いた。
2018年07月20日
朝のコーヒー
朝。
ベッドの上で目を覚ましたイツキは、曖昧な夕べからの記憶を辿る。
夕方に、黒川の事務所に行って
そこから焼き鳥屋に行って
途中、一度、水を飲んだ時には、また、事務所にいたような気がする。
『……帰るぞ。起きろ、…馬鹿』
ぺちぺちと頬を叩かれ、どうにかソファから起き上がり、黒川と一緒に事務所を出た。
『お気を付けて』と、声を掛けてくれた一ノ宮を思い出す。
路地裏で、壁に身体を押し当てキスをしたのは
焼き鳥屋の前だったか、その後だったのか。
足元がよろけて、近くにあったのぼり旗を倒してしまった。
腕に残っている擦り傷は、多分、その時のもの。
『……まだ寝るのか?……どれだけだよ。……日本酒に呑まれたか?…ガキめ』
飲み過ぎた訳じゃないと思うけど、昨日は何だか、眠くて眠くて…
……自分の大きな喘ぎ声に驚いて、正気に戻る。
黒川は勝手に始めていて、もう、イツキの身体は半分溶けてしまっている。
『………め。……それ以上…、したら、俺……、………出る……』
『もう、酷い事になってるぜ?………びちゃびちゃだ…』
確かに、足元のシーツは今もまだ濡れていて冷たい。
……何が、出てしまったのかは…、解らない。
その後は、また、記憶が曖昧になってしまう。
もう、理性とかまともな考えとかは、全部、吹き飛んでしまう時間だった。
とりあえず、ベッドから起き上がり、何も身に着けていない身体に昨日のシャツを羽織る。
リビングから、朝のコーヒーの匂いが、流れて来た。
2018年07月21日
図書室
図書室に行くと大野がいた。
大野と、向かい合って二人きりになるのも、久しぶりな気がした。
「……あ、学校、決まったんでしょ。おめでとう」
「それだけかよ?…俺とはデートは無し?」
「……え、あ、……いいけど、する?」
「はは。うそうそ」
イツキと梶原が出掛けた事を知っていた大野は、そう言って軽く笑う。
羨ましくない訳ではないが、欲しいのは、そんなものではない。
徐にイツキは、ポケットから鍵を取り出し、大野に差し出す。
「これ。…ここの鍵。俺、ずっと持っちゃってた…」
「ああ。お前しょちゅう授業サボって、ここで居眠りしてたよな…」
「うん。……ここ、居心地良くて、好きだった…」
図書室横の資料室は、大野とイツキの隠れ家だった。
合鍵を預かっていたイツキは本当に良く入り浸り、足りない睡眠と休息を、補っていた。
窓側に置かれた、古い、長椅子。
ここで眠っていたイツキに、大野は、キスをした事がある。
「……なあ、イツキ」
「…ん?」
「俺の合格祝い。……一つ、お願いしてもいい?」
「ん?…なに?」
イツキはニコリと笑って、窓側の長椅子に腰をおろした。
2018年07月22日
大野の告白
長椅子に腰を下ろしたイツキは、大野を見上げる。
大野は少し硬い表情。何かを、思いつめているのか。
大野は以前、イツキに好意を寄せていた事がある。
…この長椅子で、うっかり唇を合わせた事は、……何となく、スルーされたままだった。
大野は、イツキの前に跪く。
只ならぬ様子に、イツキも少し、……息を飲む。
「……イツキ」
「…ん?」
「……俺のこと、……怒ってくれねぇ?」
「………ん?」
てっきり、キスだの告白だの…、そんな甘いもの系を想像していたイツキは
大野が何を言っているのか解らなかった。
ああ、勿論、甘いもの系が来ても、きちんと断るつもりではいたのだけど。
「……え、なに?大野。……どういうこと…」
「…俺さ…」
大野は溜息を一つつく。懺悔でもするように、頭を垂れる。
「俺さ、お前の事、…ちょっと、邪魔に思ってた。
訳アリだし、問題ばっか起こすし、エロさ全開で惑わすし…
…テルは、自分の勉強、大変な時でも、お前の事ばっかりで…
俺、お前とは距離を取れって、あいつに言ってた………」
「…そ…う…なんだ…?」
大野の告白は意外なものだった。
それでも、それは、言われてみれば確かに…と、思うことだった。
2018年07月24日
悪い癖
大野は真剣な顔でイツキを見つめる。
イツキも、思わず見つめ返してしまうが…大野が何故、こんな事を言うのかは今一つピンと来ない。
男と寝ることを生業としているような自分と、距離を取る事は
至極、当然の事で、謝る事ではない。
「…ごめんな。…友達、みたいな顔、してて、こんな……」
「…俺、全然、気にしてないよ。大丈夫だよ」
「大丈夫じゃないよ、お前の事、どっかで馬鹿にしてたんだぜ?…俺…」
「あー…、それは…、仕方ないよ。…そんなもんだもん、実際……」
あまりに気落ちしている大野。
膝上に置かれた手はぎゅっと握られ、心底、イツキへの非礼を詫びている様子。
逆にイツキの方が申し訳なくなって
…気にしなくても良いのに、と、大野の手に、自分の手を重ねてみたりする。
「…大野。…俺は、こんなんだし…、大野がそう思うのも、仕方ないと思うよ。
それでも、二人とも、俺の傍にいてくれたじゃん。俺、すごい、嬉しかったよ。
俺、学校、こんなに楽しくなるなんて思わなかったよ?
大野と、梶原がいてくれたからだよ?
…だから、もう、そんな事言わなくていいよ、ね、大野…」
「…イツキ…」
どうにかして大野を慰めようと、…抱き締めて、キスでもしてしまおうかと考えるのは…、イツキの悪い癖。
今回は、寸での所で思い留まる。