2018年11月01日
塩梅
イツキの裸をきちんと見るのは、笠原とて、初めてだった。
一番最初の…、無理やり乱暴した時は、イツキは両腕を束ねられバタバタと身を捩らせていた。
素肌の綺麗さや、動く筋肉のしなやかさは解るものの、じっくり眺め、愛でるという状態では無かった。
今、組み敷いて、手の平でゆっくりとなぞるイツキは、 男のそれとは思えないほど白く滑らかな素肌で、それでいて張りや弾力は、やはり女とは違う硬さがあって…面白い。
そして指先一つの加減でも、イツキはびくんと身体を揺らし、甘く湿った吐息を漏らす。
時折瞼を薄く開け、潤んだ目でこっちを見るのは、何かを抗議しているのか、それとも次を強請っているのか。
解らなくて、顔を覗き込む。そうするとふいに、ニコリと笑ったりする。
「……それは…、誘ってる顔?……いつも、そんな風なの?……ウリの時は」
「………嫌な時は、嫌だよ。………笠原さんと最初の時も、……や、だった……」
「ああ。…あれはちょっと乱暴しちゃったね。悪かったね……」
話しながら、笠原は指にジェルを乗せ、イツキの入り口を何度か往復する。
中は熱く湿り、丁度良い塩梅。
笠原は正常位でイツキと向き合い、イツキの脚を抱え上げ、すぼみに、自身を押し当てる。
つぷん、と先端だけくぐらせる。イツキは眉間にシワを寄せる。
「…今日は、……優しくしてあげるよ」
「……ううん」
話しながら、腰を進める。
そう抵抗も無く、ずるりと奥まで入って行く。
「…ん?」
「…俺、……優しいの、苦手。なんか、…怖くなちゃうから……」
2018年11月03日
反応
「…ふぅん?」
奥まで深く差し込み、そのまま笠原は身を屈め、イツキの顔の真正面に向き合う。
脚を広げ腰を折り曲げる無理な姿勢だが、イツキはそう苦しくない。身体も柔らかいし、何より…慣れている。
少し見つめ合って、キスをする。
イツキの中の笠原がびくんと脈打つのが解って、イツキも…ドキリとする。
それは笠原も同じで、ちょっとした動きにもイツキが反応するのが、……良かった。
そしてまた無意味に見つめ合ってしまう。
「…きみは、……面白いね。……困ったり、怖くなったり…、忙しい…」
「……べつに、…………ん」
言葉の途中で笠原がゆっくりと動き、息が詰まる。
奥の壁を突かれ擦られ、もう少し欲しい所で、ぴたりと動きを止められて。
焦れ焦れとした感覚に、イツキは思わず、自分から腰を揺する。
裂けるほど脚を広げ、折れる程身体を折り曲げられ、熱と痛みで身体がどうにかなってしまう程、強く、打ち付けて欲しい。
とは、言えずに。「……んんん」と鼻を鳴らして、首を左右に振る。
その様子を見て、笠原はふふ、と笑う。
「……どうしようか?……どう、して欲しい?……なんでも、してあげるよ?」
「………なんでも?」
「…ああ」
2018年11月05日
懇願と混乱
「……なんでも、してあげるよ…?」
そう言われて、イツキは少し返事を詰まらせて、視線を泳がせる。
それからすぐ、また正面を向き、笠原に向かって手を伸ばす。
右手で、頬をさする。
笠原も、そのイツキの右手に自分の手を重ね、口元に持ってきたりする。
「………優しく、……して欲しいんだけど…」
「ん?……優しいのは苦手って……」
「………あの女の人。………さっきのお店の、ステージにいた人」
突然、そんな事を言いだすものだから、笠原は目を見開いて、イツキの様子を伺う。
……別に、おかしな事を言う風でもない。まっすぐに、自分を見つめている。
「……野田鉄筋の娘。……知り合いだった?」
「ううん」
「…じゃ、何故…。…元はと言えば黒川も一枚噛んでいるんだぜ?…奴が借金を増やしたんだからな…」
「だったら尚更だよ」
イツキは、上げていた手を、笠原の指ごと自分の口元に引き戻す。
今度は自分がその指をくわえ、ぺろりと舐め、軽く、甘噛みする。
「……可哀想なの、ヤなの。……借金あるの、仕方ないけど。……出来るだけ、優しくしてあげて。……それと…」
「……それと?」
甘えた声。すがる眼差し。
イツキの動き逐一に、笠原は軽く混乱する。
……何を言い出すか、何をしだすか…解らない。それを追いかけている内に
どこか奇妙な場所に嵌り込むようだ。
「……おれ、後ろから…されるの、好き。壊れちゃうくらい、突いて欲しい…」
2018年11月07日
悪態
少し、主導権を握られていると、危機感を覚えたのかも知れない。
笠原は乱暴にイツキを転がし、望み通り、後ろから激しく突きさす。
腰を両側から掴み、勝手のいい玩具のように、好きに扱う。
柔らかな髪の隙間から覗くうなじ。浮かび上がる頸椎の線。
何かにすがる様に腕がシーツを泳ぎ、その都度、肩甲骨の影が形を変える。
女とは違う腰の細さは、頼りなげで、それでいて芯の通った強さを持っていて
…中の具合は、言わずもがな。熱く、溶ける。
けれど、一番、気になったのは、喘ぎ声だった。
勿論それも、女のような甲高いものではない。
充分感じているくせに、イツキは口を噤み、なるべく声を漏らさないようにしているのか、
「……ん、……んっ…」と、くぐもった声が、逆に、もっと鳴かせてみたいと、笠原を煽る。
「……どこだ?……どこがいい?………もっと、感じてみろよ…」
「………ん、………そこ、……いい…」
「…もっとだ。……イツキ…」
「………だめ、………い…っ…ちゃう………」
反応の良いところを擦り上げると、イツキは中で達したようで、特別な動きをする。
……それに、笠原も持って行かれる。
「……くそっ…」
別に、不機嫌で悪態を付いた訳ではない。
どうにも、コントロールの効かない自分自身に、笠原は小さく舌打ちをした。
2018年11月08日
確信
「俺の女になれよ。黒川より、いいぜ?」
「……ならないよ。……この一回こっきり、でしょ?」
何度か交え、ようやくお互いの身体の熱が収まったのは、明け方になった頃。
傍らでうつらうつらするイツキに、笠原が囁く。
「このまま、素直に返すと思う?」
「帰してくれるでしょ?……笠原さんって……」
言いながら、少し肌寒くなったのか。
イツキは肩をすぼめ、自分の手で、自分を抱くような恰好になる。
笠原は、足元の毛布を引き上げ、イツキの肩に掛ける。
イツキは笠原を見上げ、にこりと笑う。
「……意外と、良い人だった。……俺、ちょっと…、…来た………」
そのまま、イツキは寝入ってしまった。
さすがに夕べの宴席から続けての事、もう、とうに身体は限界を超えていたのだろう。
笠原は無防備に寝息を立てるイツキを、眺める。
以前に一度抱いた事があると言うのに、二度目は、想像以上に面白かった。
黒川が執着するのも解る。それを奪い、自分のモノにしたいという気も、まだ、ある。
けれど、何があっても、絶対に、黒川はイツキを手放すことはないだろう。
イツキを抱いて余計に、笠原はそう確信した。
2018年11月09日
言葉の途中
イツキが自分の部屋に戻って来たのは、その夕方のこと。
部屋に、黒川の姿はなく、イツキはなんとなく安堵する。
すべて了承の事とはいえ、やはり…、男に抱かれ、帰ってきたばかりというのは…顔を合わせるのは嫌なもので…
イツキはすぐに風呂に入る。念入りに時間をかけ、洗える場所は全部洗う。
「……わっっ……」
キレイさっぱり洗い流し、風呂場を出ると、目の前に黒川がいて、イツキは思わず声を上げる。
「……帰っていたのか」
「…それはこっちのセリフだよ。…ああ、びっくりした…」
黒川は返事の代わりにふんと鼻息をならし、キッチンへ入る。
…風呂場のすぐ前にいたという事は、…黒川は帰宅後、水音に気付き、様子を見に来た…、という事なのだろうか。
「…マサヤ、コンビニ、行ってた?……トイレの電球、買った?」
「……買うかよ」
濡れた髪の毛を拭きながら、イツキもキッチンへ入る。
黒川はちょっとそこまで買い物に行っていたようで、ビニール袋から煙草や、ツマミは取り出すものの…、イツキが欲しいものは入っていないようだった。
「……もう!……まあ、いいけど…。……今日はお休み?…事務所はいいの?」
「……ああ」
「…ご飯、どうする?………俺、…お腹空いたか…も………」
言葉の途中。
流し台の前に並んで立つ黒川が、イツキの肩を抱き寄せる。
「お前、そんな事より、話す事があるだろう?」
2018年11月11日
憎まれ口
「……話し?……なぁに?」
「………」
すっとぼけているのか天然なのか、イツキはそう答えて黒川を見上げる。
「……どうだったんだよ、……笠原は…」
「ん?……別に、普通だったよ」
イツキは、喉が渇いたと、冷蔵庫に手を伸ばす。
抱き寄せられていた黒川の手は、意外に簡単に緩んだので、イツキはそのまま缶ビールを取り、その場で缶を開ける。
すると、黒川がその缶を取り上げ、最初の一口を自分で飲んでしまう。
……イツキは少しムッとして、黒川の手からビールを奪う。
「…ずい分、あっさりしているな。…あんなに付きまとわれて、嫌だの怖いだの言っていたくせにな。
…一発、ヤって、情が沸いたか?」
「……そうかも。……そんなに酷い人じゃなかったよ」
「……は…」
イツキの言葉に黒川は絶句する。
イツキは、その様子を半分楽しんでいるようだ。
ビールを飲んで、黒川を見上げ、もう一口飲んで、缶を流し台の上に置く。
黒川の窮地を救う為に、男に抱かれて来たのだ。これくらいの事は言ってもいい。
「……でも、俺、ちゃんと帰って来たでしょ?……マサヤんとこ…」
「……当たり前だ」
お互い、一通り、憎まれ口を叩いて、ようやく
微笑み、身体を寄せ合う。
イツキの気持
勿論、好き好んで笠原に抱かれに行ったのではない。
ただ、あの宴席での黒川と笠原のやり取りは、どう見ても一触即発モノで、危険で、
しかもその原因が自分にあるのだとしたら、どうにか、動かない訳には行かなかった。
「最後に一度」という笠原の約束が守られるかどうかは…今後次第なのだろうが…、それでもある程度、気は済んだのだろうし、
イツキが心配したステージ上の女性の事も、多分、これ以上の酷い事はない、と思う。
それに、思った程、……笠原は怖くはなかった。
今まで情報が少ない分、アレコレ余計な心配ばかりして、逆に不安になっていたけれど。
目隠しをされて突然襲われるよりは、ちゃんと顔を見合わせて、身体を重ねた方が、マシで……
……そうすることで、イツキなりに、笠原を知る事が出来たと思う。
激しくて、力強いのは、若さゆえ、か。
それが良い事ばかりではないけど、押し引きのタイミングは黒川に似ていて、イツキの好みだった。
事の最中に面と向かって、甘い言葉を囁くのは、恥ずかしいけど嫌いじゃない。
けれど、言い過ぎてもいけない。……そんなものは、ごくごくたまにでいいのだ。
黒川のように。
「………いたっ…」
「……使い過ぎだ。ロクにほぐさず、突っ込んだんだろう」
「…ちゃんと、……してくれたよ。……笠原さん…」
急いているのは黒川の方。
唇を合わせたままベッドの上に転がり、風呂上がりのイツキをいいことに、すぐに、入り口をこじ開ける。
「……奴の名前なんか、言うなよ……」
どうも今回の事で黒川は、妬いているようなのだ。
それが、イツキには、一番嬉しい。
2018年11月12日
合図
痛みを伴うほど乱暴に扱ったかと思えば、一転、溶けて無くなってしまいそうな甘い愛撫が続く。
そのどちらも、もう我慢の出来ない限界の数ミリ手前でピタリと止まり、……また最初から繰り返される。
その加減が、黒川には何故解るのだろうかと、イツキは不思議に思う。
「……マサヤに、……仕込まれたから、って……こと?」
「……何がだよ?」
「…マサヤが、一番いいの。……来るのと、行くのの……、タイミング…」
若干、イツキは朦朧としているのかも知れない。
うわ言のような睦言を口にする。……まあ、何となく意味は解る。
ころころと、イツキの乳首を舌で転がしていた黒川は、目線だけ寄越して見上げる。
イツキは手を伸ばして、黒川の髪の毛をくしゃりとやる。
……乳首ばかりを責められると、……下がむずむずして、どうしようもなくなる。
太ももに当たる黒川の硬いものが、欲しくなって欲しくなって……困る。
「…俺が仕込んだ以上に、お前は……、酷いぜ?……エロ過ぎる。……飲み込み過ぎだ」
黒川にしてみれば、
イツキの欲が深くて、底なしで……、どれだけ与えてもその限界の、数ミリ先を欲しがって…、また最初からやり直す。
繰り返すごとに、さらに熱くなる身体。
支配と征服。官能と恍惚。目の前の欲が、自らの強欲を掻き立てる。
止めようのない、悪い薬に溺れるようだ。
「マサヤ。……それって、誉め言葉?」
「ああ……」
視線を絡めて、そう言って、ニコリと笑うのが
次へ進む、合図だった。
2018年11月13日
拉致
「イツキ、何飲む?コーヒー?カフェラテ?カフェオレ?
リンゴジュースは百パーだけど、オレンジはなっちゃん、な。
……あー、待て待て待て。その唐揚げ、俺、頼んだって。こっちのテーブル!」
梶原のトークを聞いて、イツキはすでに、軽く眩暈を起こす。
久しぶりに学校に行ってみようと、黒川の腕枕を解いて、イツキは制服に袖を通した。
昼前には着いたのだが、今日は、昼でお終いなのだと言われ、
これからクラスの数人とファミレスに行くから、付き合え、と、半ば強引に連れて来られる。
まるで、拉致されたよう。
先日のものとは、大分様子が違うけれど。
「………俺、…ウーロン茶、貰おうかな」
「おう」
通路側の席に座っていた梶原が、ドリンクバーにイツキの飲み物を取りに行く。
テーブルの端では名前を知っている程度の女子が、レアなイツキを見てきゃっきゃと騒ぐ。
「…はい。ウーロン茶。後は?なんか食べる?」
「…いや、夜は別に食べに行くから……」
「ふーん?」
梶原はイツキを奥の席に押し込むようにして、その隣に座る。
運ばれて来た鶏の唐揚げを小皿に取り、イツキの前に置く。
「……ま、そんなに嫌な顔すんなよ。……こんな風にみんなでファミレスだって、あとちょっとだぜ?
来週は、卒業式だしさ」
そう言って梶原は、さみしそうに笑うのだった。
2018年11月16日
階段・1
「……え?…駄目になっちゃったの?…焼肉。……んー。……まあ、いいけど…。
……マサヤはどこ行くの?……ふーん、あ、そ………」
梶原やクラスの皆と別れ、イツキはファミレスを出る。
テナント2階の店舗から階段を降り、途中で、黒川からの電話に出る。
どうやら、約束していた焼肉の予定がフイになってしまったようだ。
今更、予定が無くなったからと言って、ファミレスに戻る訳にも行かなくて。
イツキは「ふん」と鼻息を鳴らして、残りの階段を降りて行った。
「あ」
「………お」
階段を降り切ったところ、テナントビルの入り口で、イツキは
バッタリ、清水と出会った。
「申し訳ありません、社長。横浜の案件がコゲ付きまして…。どうにも、こちらだけでは…。……何か予定がおありだったのでしょう?」
「いや、構わん。……先方に連絡は取ったのか」
「はい。……ああ、丁度車が来たようです」
黒川は事務所で一ノ宮と、仕事の確認をする。
呼んでいたハイヤーが到着すると、二人は事務所を出て、慌ただしく階段を駆け下りた。
階段・2
「………すみません、社長。わざわざこちらまで来て頂いたのに…」
「…ああ。……まあ、いい…」
黒川と一ノ宮は急ぎ、ハイヤーで横浜に向かったのだが
結局トラブルは思ったほど深刻なものではなく、到着の前に、解決してしまったのだと言う。
黒川はソファに座り、さすがに疲れた様子で、溜息を付く。
今日はスーツを身に纏った秋斗が、申し訳なさそうに、テーブルに茶を置く。
「…腹が減ったな…。寿司でも取るか。……どうせ、仕事は残っているんだろう?」
「……ええ。でも、今日明日に…というものでは……」
「来たついでだ。片付けておくか。しばらく、池袋に掛かりきりで、こっちは見ていなかったからな…」
とんぼ返りも面倒に思ったのか、帰るのは諦める。
腹ごしらえを済ませ、テーブルに書類を広げ、黒川と一ノ宮、そして秋斗の三人は真面目に仕事に取り組むのだった。
イツキは、清水と、薄暗い階段を降りる。
「……先輩、……みんなのとこ、行くんじゃなかったの?」
「最後だからな。顔だけ、と思ったけど、…別に会いたい奴もいねぇしな。お前といる方がいい…」
ファミレスの入り口で思いがけずイツキに出会った清水は、半ば強引に手を引いて、連れ出してしまう。
…イツキも、黒川との約束が無くなり、どうしようかと考えていた所だったので…なんとなくそのまま、付いて行ってしまう。
二人が向かった先は、以前、よく訪れたクラブで
薄暗い階段を降り、クラブの入り口の扉を開くと、あの時の…、……清水と過ごした時間と気持ちが、懐かしい香りのようにイツキの心に広がった。
2018年11月18日
階段・3
「カンパイ」
モヒートのグラスをカチンと鳴らして、イツキと清水は久しぶりの夜を始める。
二人きりで話す事は、何度か学校ではあったが、やはり、こんな場所では趣が違う。
清水は私服のジャケットを羽織って、イツキは制服のジャケットを脱いでいて
清水は普通に、良い男で、イツキは無意識に、……色気を垂れ流す。
「……美味しい。ミント、さっぱりする…」
「…お前さ、大丈夫なの?」
「…え?」
意外とあっさりと誘いに乗ったイツキを、清水はグラスに口を付けながら眺める。
…確か、つい数日前まで、何かヤバイ事に巻き込まれているとかナントカ。
学校の行き帰りにも、あの金髪が車で来ていたような気がする。
イツキはニコリと笑って、清水を見つめて。
「大丈夫。俺、別に、ビールしか飲めないって訳じゃないし!」
などと言って、清水の笑いを誘うのだった。
「社長。駅前のビジネスに部屋を取ってあります。今日はそちらに…」
「お前はどうするんだ?…一ノ宮」
「先に帰ります。別件がありまして…」
ぺこりと頭を下げ、一ノ宮は部屋を出て行く。
本当に忙しかったのか、…今日はもう、何も問題は起きないだろうと踏んだのか、ともかく
部屋には、黒川と秋斗の二人が残される。
勿論。
黒川は、今のところ不自由はしておらず、秋斗にそんな感情は抱いていない。
けれど、今日の秋斗は、違った。
2018年11月20日
階段・4
「…もう、これぐらいで大丈夫だと思います。後は明日、リーさんに確認を…」
「そうだな…」
広げた書類を封筒にしまって、秋斗は散らかったそこらを片付ける。
黒川はソファで背伸びをし、煙草に火を付け、一服する。
「……社長、これから、……どうなさいますか?」
「うん?……今日はこっちに泊まるか…。一ノ宮がホテルを用意していたな……」
「……僕も、……ご一緒していいですか…?」
秋斗の申し出に、黒川は少し驚いた顔を見せる。
最近の秋斗は、自分から媚びを売るような仕草は見せてこない。
勿論ビジネスとなればそこは割り切り、今までのように身体を張る事に躊躇はないのだけど……それ以外は
黒川に対してさえ、素っ気なく、つれない態度を取っていたのだが。
「何だよ。カレシが家で待っているんだろ、…俺に付き合わなくてもいいぜ?」
半分馬鹿にした様子で、黒川はそう言って紫煙を吹かす。
けれど秋斗は俯き、首を左右に振り、どこか寂し気に
「……今日は、……いないんです。……社長、ちょっとお話、聞いて貰えませんか?
……ホテルのバーで、……飲みながら…でも……」
と、言うのだった。
イツキと清水は順調にグラスを重ねる。
最近の出来事をすべて、事細かに話すことはしなかったが、それでも清水には、ある程度の状況が理解できた。
要は、敵対していた組の若頭に付け狙われ、挙句、問題を収めるために抱かれてしまったのだと言う。
「………クソ。…何やってんだよ…!」
清水は静かに悪態を付く。どうも、怒っている風で、イツキは肩を強張らせながら上目遣いで清水を伺う。
「……だって…。…それで終わりにするって……言うから…」
「そんな言葉、信じられる訳、ねーだろ?」
「…先輩、……怒ってる?」
清水は険しい顔でイツキをチラリと見て、手元のグラスを一気に飲み干した。
「……お前にじゃないよ。…黒川さんにだよ。……なんで、黒川さんが付いてて、そんな事になるんだよ」
階段・5
「あ。でも。……一応、マサヤは…断ってくれたんだよ。……あれは、俺が…」
「イツキ」
向かいに座っていた清水はぐっと身を乗り出し、イツキと、額を合わせる。
今にも唇が触れる距離にイツキはドキリとする。……重ねられた手が、熱い。
「イツキ。お前が…黒川さんトコで、ちゃんと…、……ちゃんと普通にして、いられるなら…、俺はいいよ、部外者で。
……でも、辛かったり、酷い目に遭うなら…、……我慢出来ない…」
「……俺、ちゃんとしてるよ?」
「…今でも、他の、…見知らぬヤツと、……そういうコト、させられてんのに?」
清水の問いかけに、イツキは返事をする代わりに
すべてを了承しているかのような、穏やかな笑みを浮かべる。
そんな笑顔を見せられては、清水も何も言えなくなる。
一ノ宮が予約したホテルは、普通のビジネスよりは綺麗で洒落た場所だったが、生憎、バーもクラブも、ラーメン屋すら併設されておらず
黒川と秋斗は半ば仕方なく、一緒に部屋に入る。
「……色気も糞も無い部屋だな」
そう言って黒川は笑う。
部屋は、シンプルなシングルで、窓から横浜の夜景が見えるのが、せめてもの救いだった。
小さな冷蔵庫にはビールが数本と、洋酒のミニボトル。
確か、廊下の自動販売機にワンカップとスルメが売っていたな…と、黒川は思い出しながらベッドに腰掛ける。
秋斗は、壁側のデスクの、椅子に座る。