2019年01月04日
小話「お正月」
朝。
イツキはベッドに黒川を残し、寝室を出る。
簡単に着替え、コートを羽織り、財布だけを持って外に出る。
歩いて数分の場所にあるコンビニ。
こんな、元旦の朝に開いている店は、ここぐらいだろう。
「……なんだ?……コレ?」
「んー。お雑煮」
買って来た麺つゆに切り餅を入れ、食べきりサイズおせち、をテーブルに並べたところで黒川が起きて来た。
ママゴトのようなお正月の用意に、馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「……餅は、焼いてから入れたのか?」
「そうなの?……ううん…」
イツキが運んで来たお椀を受け取り、黒川はいぶかしげに中を覗く。
くんくん、と匂いを嗅ぎ、一口すすり、やはり馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「……まー、ほら。形だけでも…ね。お正月だし……」
「…ふん」
「あ、オメデト、言ってなかった。…明けまして、おめでとーございます。今年も、よろしくお願いしいます」
「…ああ」
黒川は面倒くさそうに答え、もう、そんな事はどうでもよいという風に、新聞をパラパラとやる。
それでも黒豆とかまぼこを食べ、お雑煮は、汁まで全部飲み干したのだった。
なんの事もない、お正月の二人でしたw
明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
2019年01月05日
小話「帳消し・1」
『……悪かったな』
と言えば、全てが帳消しになる訳ではないと、イツキは常々思っていた。
事務所に寄って、そのまま部屋に帰るのかと思っていたが、
黒川は険しい顔で、何も言わず、別の道へと歩き出す。
イツキは、何か食べに行くのだろうか…と、のんびり構えていたのだけど
向かった先は、裏の路地にある、古びたラブホテルだった。
ただセックスをするのが目的なら、歩いて同じ距離にマンションがあるのに
わざわざ、こんな場所を選ぶ時は理由がある。
……酷く泣き叫ぶような目に遭ったり、何かで、あちこちを汚してしまったり……
そんな普通ではない行為をする時に、よく、連れて来られるのだ。
イツキは一瞬ためらい、止めようよ、という風に唇を尖らせ首を左右に振ってみせるのだが、黒川は一瞥もくれずに奥へと進む。
部屋の鍵を受け取り、扉の前ではイツキの腕を乱暴に引き、中へと入れる。
「…さっさと、脱げ」
ベッドの脇に立ち、ネクタイを解きながら、黒川はイツキにそう言う。
「………別に、………いいけどさ。……何?……どうかしたの?」
「うるさい」
半ば諦め、溜息まじりにイツキは呟き、シャツのボタンを外し始める。
黒川は、それも待てないという風に、イツキをベッドに突き飛ばした。
2019年01月07日
小話「帳消し・2」
それはどちらかと言えば快楽より、痛みの方が強くて
イツキは始終、手足を強張らせて、鳴き声を上げていた。
ガチガチと歯が当たり、唇が切れるような乱暴なキスや
およそ愛撫とはかけ離れた、素肌を這う爪先や
黒川の加減が効かない訳ではない、わざと、そうして、イツキを追い詰めているのだ。
チラリと伺う猟奇的な視線が、イツキに、……昔の感覚を思い出させる。
「……マサヤ…、……ねえ?、………待って、………マサヤってば…」
イツキは手を伸ばし、黒川の髪の毛をくしゃりとやって、すがる様な甘えた声で懇願するも、今日の黒川にそれは通用しない。
ぱん、とハエでも打つように弾かれ、うつ伏せに引っくり返され、ホテルの備品のジェルを、尻に垂らされる。そして、
「……やっ…、………いたい、いたい、いたい……ッ」
馴染むより先に、黒川の腕が、中へと捻じ込まれる。
さすがにイツキも悲鳴を上げ、激しく頭を左右に振って、どうにかこの状況から逃れられないかともがく。
多少、滑りがあるとしても、無理な話。腕を動かされると、そのまま、身体が裏返りそうになる。このまま、腹を突き破られるような、そんな恐怖も沸く。
「……………や…っ…」
入った時と同じように強引に、腕が引き抜かれると
……瞬間、イツキの身体に、得も言われぬ痺れが走る。
目からは涙が、口からはヨダレが垂れ、突き出したままの腰をかくかくと揺する。
2019年01月08日
小話「帳消し・3」
丁度良く開いたままの入り口に、黒川は自身を埋める。
イツキは、すでによく解らない状態。「ああ」や「うう」と声を洩らし、ヨダレでシーツを濡らし、そのくせ中を締め付け黒川を悦ばせる。
黒川はしばらく乱暴に動いた後、ふいに身体を離し、……イツキの後ろ髪を掴むと、身体ごと自分の方に向かせる。
酷く身勝手で、イツキにとっては屈辱的。
イツキの頭を自分の股間に押し付け、物を口中に収めさせると、…息をする間も与えず奥を何度か突き
そのまま、最奥で射精し、それでも頭を押し付けたまま、もがく姿を楽しんだ。
「……少し、乱暴にしたか。……悪かったな」
バスルームで身体を流し、ようやく黒川は正気に戻る。
離れた時と同じ姿勢でベッドに横たわるイツキに、取って付けたような詫びを入れる。
「……仕事でトラブルがあってな。……ちょっとイライラしていた。…はは」
イツキの横に腰掛け、煙草に火を付け、そう言って、軽く笑う。
イツキは顔だけ少し傾け、黒川をチラリと見るも、不機嫌そうにまた視線を逸らせる。
黒川はバツが悪そうに、イツキの頭をポンポンと叩く。
「そう、拗ねるな。……ああいうプレイ、お前だって満更じゃないだろ……」
言い終わらない内に、黒川の顔に、ばん、と、枕がぶつけられた。
2019年01月10日
小話「帳消し・最終話」
「……悪かった、って言えば帳消しになると思ったら大間違いだよ、マサヤ」
「はいはい」
帰り道、立ち寄った焼き鳥屋で、まだ不満顔のイツキは愚痴を零す。
馴染みの店の、奥の席。コップに注がれた日本酒は、水と区別がつかない。
イツキはコップを煽り、ふんと鼻息を鳴らす。
やはり無理をしたのか、鈍い痛みが、身体を動かすごとに走る。
「……俺、ちょっと怖かったんだから。……イロイロ、昔のこと、思い出しちゃった…」
「…昔のこと?」
「マサヤが、すごく意地悪だった頃。…もし、また、今日みたいなこと、したら…」
「…なんだよ」
黒川もコップ酒を飲み、思わせぶりなイツキの顔を覗く。
「……俺も意地悪、するから!」
そう言うイツキに、黒川はうっかり、酒を吹き出しそうになる。
…そして、イツキのささやかな意地悪を享受するために、また、こんな事があっても良いな、と思うのだった。
あれ、締まらなかった……笑
ブログ村リンク切れ連絡、ありがとうございました。
どうやら、村、今サイト改装中らしく、2月くらいまで色々変更があるようです。
とりあえず、手直ししてみましたが、また不都合起きるかも…。
その都度調整して行きます。
2019年01月11日
ともあれ
イツキは無事、卒業式の日を迎える事が出来た。
開始の時間ギリギリに会場に到着し、顔に付いた血痕を袖口で拭き取り
何食わぬ顔で、クラスメイトの列に紛れる。
梶原は、あれこれ聞きたい事もあったのだが、イツキとは少し離れた場所にいるため、何も出来ず、
やがて、式が始まると、早々に船を漕ぎ始めるイツキを、焦りながら横目で伺うのだった。
途中、何度か、起立と着席を繰り返す。
イツキは隣に座る生徒に声を掛けられ、慌てて、同じように行動する。
学業が優秀だった者に贈られる優秀賞に大野。
梶原は、模範となる行動を称され、学院賞を。
その、賞状の授与には、副理事の加瀬が行い
イツキは、苦笑いを浮かべ、壇上の二人に拍手を送った。
学校は、イロイロあったけど、楽しかった。
自分が、普通の高校生でいられた事は、貴重な時間だった。
今までのこと、これからのこと、イツキは、少し考えて
……考えながら、学校長の挨拶を聞きながら、またうとうととするのだった。
2019年01月12日
何度も何度も、何度も
「お前、ちゃんと見てた?俺らのヒョーショー」
「…見たた、見てた…」
「嘘つけ、こっくりこっくりしてたじゃねぇか。壇上からでも解ったぜ」
「………うそ」
式典も終わり、教室に戻り、最後のホームルームも終わる。
解散となっても皆、別れがたく、落ち着かず、あちこちでかたまり話を続ける。
隣りのクラスの大野が顔を出し、廊下で、梶原と三人で話す。
こんな他愛のないひと時も、今日でお終い。言葉が途切れたら、それっきり。
……そうなっては困るのだけど。
「……イツキ。……この後、どうする?……。…メシ、とか…」
「……いいよ。…実はお腹空いてる。朝から何も食べてないや…」
「よし!…あー、じゃあ、ちょっと待ってて。サクッと挨拶、回って来るから!」
イツキも、梶原も、大野も、やはりこのまま終わってしまうのは忍びないようだ。
とりあえず他の用事を済ませ、30分後に昇降口で落ち合って、食事に行く約束をする。
イツキと違い、梶原も大野も、用事が多い。
三人は一旦別々になり、イツキは時間までどう過ごそうかと、ふらふら、そこいらを歩く。
廊下の向こうの人だかりに、見慣れた顔を見つけて、ドキリとする。
相手もイツキに気付いたのか、周囲に別れを告げ、こちらに向かって歩いて来る。
こうやって何度も何度も、何度も
清水の姿を見つけては、嬉しくなったり、切なくなったりした事を思い出した。
2019年01月13日
思い出話
「俺、最初、先輩、超不良だと思ってた…」
「…はは。まあ、優等生では無いよな…」
イツキと清水はなんとなく、校内を歩き、ぽつりぽつりと思い出などを語る。
出会い、好意を抱き、深い仲になったものの別れ……、
今の関係はと言えば、よく解らないのだけど、それがたった2年間の間にあったことだというのが…、不思議だった。
「保健室。…一番最初、ココだよね? 先輩、俺の寝込み、襲った」
「……バイクの鍵、探しただけだろ?」
「美和先生は?…先輩、美和先生と、お付き合いしてるんでしょ?」
「………してねーわ」
イツキにしてはハイレベルな会話。
清水はイツキを横目でチラリと見て、深意を探る。
……女と付き合っていないのであれば、自分と付き合えばいい。……などという駆け引きがある訳でもなく、イツキの興味はそこで尽きる。
「…こっちの廊下も階段も。…3年生専用とか、すごい面倒臭いの多かった…」
「まあな。…変なこだわりはあったな…」
「相馬先輩とかは?連絡してる?」
「するかよ!…別にトモダチじゃねーだろ?」
「……そ?」
清水からすれば、相馬はむしろ、嫌いな相手だった。
……確か、イツキも、……何度か嫌な目に遭っているはずだ。
けれど時間の経過や、他の大きな出来事に流されてしまうのか、イツキにとって過去の出来事は一括りで…、ただの思い出に替わってしまう。
…柔軟さ、寛大さ。それはイツキの良い所でもあり、悪い所でもある。
清水は、実は自分も、その一括りに入っているのだろうと、…小さく笑う。
「……あ。美術室のトコのトイレ……」
2019年01月16日
思い出の場所
イツキはこの学校に転入して間もなく、この美術室横のトイレで、上級生に乱暴された事がる。
…未遂、ではあったが、服を汚され、それなりにショックも受けていたので、清水に、助けを求めたのだ。
「……お前、そんな事、ばっかりだったな…。……危なっかしいヤツ…」
「……ね。何でだろうね。……もう、慣れっこだから、いいけどさ…」
「慣れっこって…、お前…」
事もなげに言うイツキを、清水は呆れたように見遣る。
イツキはどこか遠くを見るような目をして、静かに微笑む。
この事件の後からか、清水との距離が縮まったのは。
急速に近づき……
……そして、心が千々に引き裂かれる思いで、別れたのだ。
清水が、西崎の息子で、学校での自分を見張るために黒川が寄越したのだと知った時の驚きは…、……もう、今となっては、笑うことくらいしか、出来ない。
「……イツキ、どうした?」
「ううん。……ああ、俺、もう、行かなくちゃ。…梶原たちと約束してるんだ」
「イツキ」
とん、と清水の身体がイツキに触れ、静かに壁際に押し寄せらせる。
決して力を込めてる訳でも、道を塞いでいる訳でもないのに、イツキはその場から動くことが出来なるくなる。
上背のある清水が、イツキの顔を覗き込む。
視線と、キスを避ける様に、イツキは顔を横に反らせる。
塩味
「イツキ。もし、俺ら、何もなくて、普通に、学校で、教室で、普通に出会ってたら…
…もっと、違ったふうに…、なってたよな……」
耳元で囁く清水の声は、解りやすく、甘く。
イツキは簡単に流されそうになるも、頭の奥は、きちんと冷めていた。
勿論、清水を、好きだった。
けれど、それを認めてしまっては、あの時の決意が無駄になってしまう。
嘘を付き通す事が、清水への、一番の誠意なのだと
そこまで、イツキが思っていたかどうかは、解らないけれど。
「……んー。どうだろう…。どうしたって、俺、……マサヤの、だし。…先輩だって、……お父さんが変わる訳じゃない。………でしょ?」
ちらりと視線だけ上げ、悪戯っぽく笑う。
その仕草で、清水も、……イツキが、「嘘」を付き通す覚悟をしていることを知る。
イツキが、こんな事にだけ頑固で、強い意志を持っていることは、不思議なくらいだったが
その芯の強さに、惹かれたのだと、清水は思う。
「……まあな。……そうだよな」
「……………ん」
「……でも、まあ、……遊ぶくらいはいいだろ?……飲みに行って、馬鹿な話で笑って…、ずっと一緒にいたって、いい」
「…………うん」
俯いたイツキの顔を上げさせ、清水は、唇を重ねる。
キスは、涙の、塩味がした。
2019年01月18日
待ち人
梶原は昇降口で、イツキが戻って来るのを待っていた。
すでに約束の時間から5分…10分が過ぎ。……イツキに、何の用事があったというのだろうか。
「………俺、あいつ、…来ないと思う」
隣りに立つ大野が、溜息まじりにそう零す。
「……え?……先、帰っちゃったかな…」
「いや。……さっき。……2階の廊下歩いてんの、見た。……清水さんと」
言い終わってから、お互い、しばらく黙り込む。多分二人とも、同じことを考えていたに違いない。
そうこうしている間にも、知り合いが通り過ぎ、梶原と大野に、一緒に遊びに行かないかと誘いの声を掛ける。
それらを丁重に断り、明るく手を振り、二人はもう暫く、イツキが来るのを待つことにした。
「……やっぱり、清水さんと、…かなぁ。……イツキと清水さんって…、そういう仲だったんだろ?」
ぽつりと大野が呟く。
大野も、勿論梶原も、イツキに好意を抱いていたのに、清水のように一線超えた関係にはなれなかった。
学校の誰よりも親しく、長い時間を過ごして来たと思うのに、そうならなかった事が寂しく、腑に落ちない。
「……イツキってさ、結局、俺らの事、どう思ってたんだろうな。……調子イイ時だけオトモダチで、あとは…………、……うはッ」
愚痴の途中で素っ頓狂な声を上げたのは、イツキが突然、大野の背中を叩いたからだった。
大野は必要以上に驚き、それを見て梶原は
嬉しくて、ホッとして、泣きそうになるのだった。
2019年01月19日
忘れてたけど
「忘れてなかったでしょ」
イツキが帰宅したのは18時を回った頃。
卒業式があり、清水ともきちんと話し、
その後で梶原と大野と三人でファミレスに行き、デザートのパフェまで食べて来た。
…これで最後と、湿っぽくなる事もなく、どうせ近くに住んでいるんだからまた会おうぜなどと、よくある口約束をして
今までと特に変わる事もなく、バイバイと手を振り、普通に別れた。
別れてから、イツキは、ドラッグストアで買い物をして
それからタクシーを拾って、部屋まで帰ってきた。
ずいぶんと長い一日だったため、うっかり忘れかけていたけど
昨晩は黒川が、怪我をして帰って来たのだった。
「病院行った?……どうせ行ってないんでしょ?……消毒薬とガーゼと、大きな絆創膏…。
……傷、どう?……痛い?」
黒川はソファに座り、パソコンを開いていた。
こめかみには夕べのガーゼが、血を滲ませたまま貼り付いていた。
イツキはソファの後ろに回り、黒川を覗き込む。
黒川は、大した事じゃないという風に顔を逸らし、仕事の手を止め、煙草に火を付けた。
「…少ししたら、事務所に行く。……絆創膏だけ変えてくれ」
「はーい」
「……くだらんガッコーも、……今日で、終いか」
「……ん」
そう言って黒川は、笑う訳でも、馬鹿にしたような鼻息を鳴らすのでもなく、
静かに紫煙を、吐き出すのだった。
2019年01月22日
記憶の澱・1
絆創膏を貼り直して、黒川は出掛けて行った。
イツキは一人部屋に残り、やっと少し落ち着いたように、肩で息をする。
風呂の支度をし、合間に部屋を片付け、風呂に入り、上がった頃にはすでに23時。
冷蔵庫からビールを取り、さっきまで黒川が座っていたソファに座り、ぼんやりとテレビを眺める。
「……つかれた…」
意識せず、呟いてしまった。
夕べからの出来事を思えば、それも仕方がなかった。
目を閉じると、頭の奥がチカチカと光る。
あやうく、自分が誰で、今どこにいるのか解らなくなる。
多分今はそう不幸ではないけれど。
全てを、納得して受け入れた訳ではないけれど。
2019年01月23日
記憶の澱・2
イツキが黒川と出会ったのは、イツキがまだ12歳、…中学一年の頃だった。
父親の仕事の取引相手として、顔を合わせる程度だったが、その数回後には
騙され、呼び出され、乱暴された。
よくよく考えれば…考えなくとも、酷い話だと思う。
それ以降も、親の仕事が無くなるだの、替わりに妹を犯すだの、理由を付けてはイツキを呼び出し、好き勝手に扱った。
「……犯罪、ビョーキ。……マサヤ、変態………」
イツキはソファでまどろみながら、そう呟いては、独りクスクスと笑う。
笑い話にするには、かなりの時間と、気が遠くなるほどの苦悩があったはずだが
イツキはそれらもろとも、ビールと一緒に飲み込んでしまう。
むしろ、そうでもしないと、イツキは生きて来られなかった。
中学二年の冬。
父親は、黒川とは別の組織との仕事で多額の負債を抱え、焦げ付かせ
もう自身の保険金でしか償えないという瀬戸際で、黒川がその仲裁に入った。
肩代わりした借金は、イツキが黒川の元で働いて返す「契約」だった。
一体、いくらのレートで、何度男に抱かれれば、全額返済出来るものだったろう。
実際、その頃の事は、……あまりに酷すぎて…イツキもよく覚えてはいない。
ただその頃の黒川は、確かに、いつも辛く厳しく、イツキに接していた。
『………それは、あの人のプライドが…許さなかったのね』
2019年01月25日
記憶の澱・3
黒川と「契約」を交わした後、……中学三年の頃は、とにかく、ヤってばかりで大変な時期だった。
前触れもなく呼び出されて連れ出されて、見知らぬ男達の相手をした。
ピンで留められた標本の虫のように、身体を開かれ、弄られ、貫かれ
嫌、嫌と首を振って涙を零しても、誰も助けてはくれず、皆笑ってばかりで…
それでも最後には、………良くなってしまって、
悪循環。
客は喜び、欲望のまま、さらに激しくイツキを抱いた。
そんな日々を過ごしていては、当然、自宅にも居づらくなる。
イツキは黒川にマンションの部屋の鍵を渡され、時間の殆どをここで過ごすようになっていた。
「……代々木、…品川、…新宿…。三つ目かぁ…。マサヤ、どんだけ部屋、持ってるんだろう……」
ソファのイツキは部屋をぐるりと見回して、そう、言う。
付けっ放しのテレビ、テレビを置いているローボード。いくつかある小さな引き出しは、今も秘密を隠しているに違いない。
『………ごめんね、………起こしちゃった…?』
あの時。
酷い仕事の後で家にも帰れず、黒川のマンションの部屋で、ソファに沈み込んでいた。
汚れた身体を洗うことも出来ず、軋む身体を誤魔化し、少しだけ眠りにつく。
物音で目を覚ます。
部屋には見知らぬ女性がいて、長い髪の毛を掻き上げながら、テレビが置かれたローボードの、引き出しを覗き込んでいた。