2019年09月22日
笠原
「…光州会さんは…、以前から繋がりがありましてね。…今回、ご縁で組むことになって…。そうしたら、イツキくんの問題が出て来て…」
「白々しい。最初から、それ狙いだろう」
「…ははは。…まあ、光州の高見沢さんが大っぴらに動けないと言うんで、替わりに、俺が…と思いましてね」
お互い声を荒げる事も無く、静かに淡々と話を進める。
「イツキくんの経歴、面白いですね。…父親に売られた格好ですか?…ふふ、それを黒川さんが搾取した?」
「……」
「…ずい分、荒稼ぎしたようじゃないですか。4,5年前からと言ったら、イツキくん、まだ中学生でしょ?……酷い男だなぁ…」
勿論、同業者の笠原とて、同様の酷い事はしてきているのだろうが、あえてそこを煽ってみる。
もっとも、それ位で揺らぐ黒川ではないが。
「……それがどうした。……よくある話だろう」
「……ウチにも権利があるんじゃないかって事ですよ、イツキくんの」
「…ねえよ。…光州会とはきちんとカタを付けた話だ。それを後からグダグダと。…しつこいにも程があるぜ、みっともない」
黒川の反論を、笠原は薄ら笑みを浮かべながら聞く。
そう言われることなど、百も承知と言ったところか。
「……いやぁ、黒川さんにそこまで言わせるイツキくんも、スゴイですね。アレですかね、愛ってやつですかね、ははは」
2019年09月24日
黒川
馬鹿にしたような笠原の笑い声。
以前のやりとりの時もそうだった。未成年の男娼に本気で入れあげていると。冷静な判断も出来ない程のめり込み、溺れていると。
そうやって笑い、見下し、黒川ほどの男がそうであるはずが無いだろうと言わせ、それならば、気軽に売ればいいのだと、誘導する。
けれど、今日の黒川は、以前とは少し違う。
ウイスキーをロックで煽っていたが、まだ、酔いが回る程ではないだろうに。
「………愛か。………笠原さん、あんたもカワイイ事を言うな……」
「………は?」
「………まあ、確かに、………そんなモンかも知れんな」
それは笠原に、というよりは、自分自身に言っているような口ぶりだった。
言って、ふふ…と笑い、手に持っていたグラスを空にする。
「まあ、そんな訳でな。……イツキを他所に出す気は無いんだよ」
「………は…」
黒川の言葉に笠原は、多少、驚く。
笑い飛ばしてやろうかと口を開けるも、変な息しか出て来なかった。
その動揺を悟られないようにと、笠原も自分のグラスを空にする。
カウンターの奥にいたウェイターにお替りの酒を用意させ、一呼吸置き
次の手に出る。
2019年09月25日
あの手この手
「……借金のカタに手に入れた未成年に身体を売らせて、荒稼ぎして。……今では自分専用、…溺愛ってヤツですか?………また、それは……ずい分と……」
どこか歯に物が詰まったような言い様。大袈裟に息をついて、やれやれと、首を横に振って見せる。
「羨ましい話ですね。……本当に。……いくら父親の借金の肩代わりとは言え……こんな事をさせると、あらかじめ了承を?……人権問題だなぁ…。
……まだ学校もあったでしょうに。……拘束してセックス漬けにしたんですか?……自分好みの、完璧な商売道具に仕立てて…。…ああ、アダルトビデオも撮ってましたね、……いや、スゴイ…」
…概ね、間違いではない。イツキに関して、大分調べ上げたようだ。
笠原はグラスに口をつけ、羨ましいと言う割にはちっとも羨望の目を寄越さず、冷ややかに横目で、黒川を伺う。
「…何が言いたいんだ?」
「いえね。…出るところに出たら、結構な問題ですよね。あなたも、親も、イツキくんも」
「は。……同業者のあんたがそれを言うのか?。あんただって、叩けば埃が出る身だろう?」
「まあね。ただ、そうなった時に失うものは、俺と黒川さん、どちらがデカいかって話ですよ」
笠原の言葉に、今度は黒川が冷たい視線を寄越す。
似たり寄ったりの同業者だ。そんな事をすれば自分の首を絞めかねないことは百も承知だろう。
それでも、確かに、そこを突かれるのは、弱い。
それだけ酷い事を、黒川はイツキにして来たのだから。
2019年09月28日
潮目
「……笠原さん」
しばらく黙っていた黒川が重たい口を開く。手元のグラスの氷がカランと落ちる。
「……池袋の…駅前パーキングの土地と、A倉庫は俺が押さえている。…あんたが欲しがっている所だろう?……その辺りで手を打たないか?」
「……それは、また……、イツキくんはそれ程の価値って事ですか…」
「これ以上の面倒は御免なんでね。……逆を言えば、この機を逃したら、あの土地は一生あんたの手に渡らんようになるぜ」
黒川の提案に、笠原の顔色が曇る。
確かに、狙っていた土地。どこでどう嗅ぎ付けてくるのか、実にいやらしい場所を黒川は突いてくる。
「笠原さん。……俺としても…叔父貴の手前、あんたと揉めたくは無いんだよ」
「ああ、それは黒川さん、……俺も…」
「それなら」
笠原の言葉を遮る様に、黒川が語気を強めて口を挟む。
途中、ふんと鼻息を鳴らす。……本当にもう、厄介だといった様子。
「くだらんゴタクを並べて人のオンナに手を出すのは止めろ。
譲歩してやっている内に話を呑め。
潮目を見誤ると、……後は無いぞ?」
2019年09月29日
ひとまず終了
用件は済んだと、黒川は残りの酒を飲み干しテーブルに代金を置く。
『……結構ですよ?』と言う笠原に、
『…あんたに奢ってもらう義理はないよ』と言う。
黒川が椅子から立ち上がると、俄かに…周りがざわつく。
事を荒げる気などない。笠原は手の平を広げ、それを制する。
「……いや。……黒川さんにそこまで想われているイツキくんは…、幸せ者ですね。……あ、いや、どうなのかなぁ……」
最後に、まだ笠原が口を開く。
黒川は面倒臭そうに、視線だけをくれる。
「……だって、そうでしょう?……あんなに酷い扱いを受けていた相手に。……イツキくん自身に聞いてみたいなぁ…、…今の状況をどう思っているのか…」
「……無駄だ。……イツキは今、いないぜ…」
「それもあなたの恩情なんでしょう?……いやいや…」
笠原の長広舌を背に、黒川は店を後にする。
本当は扉やら壁を蹴り上げたい程、腹が立っていたのだが、それはとりあえず…今は止めておく。
もっとも、腹が立っていたのは笠原も同じで。
黒川の姿が見えなくなると「……クソ」と悪態を付き、鬱憤ごと、テーブルの上のグラスをなぎ払うのだった。
帰り道。黒川はタクシーの中でケータイを開く。
着信履歴の「イツキ」に指を向け…、……暫く間を空けてから
その近くにあった「一ノ宮」に電話を掛けた。