2019年11月02日
イツキ沼
終わった後のイツキは実にサッパリと
松田の腕の中からするりと抜け、シャワーを浴びに行く。
戻って来るとすでに身支度を終えていて、横のソファに座り、茶などを飲む。
あまりに普通すぎて、数分前までの出来事が嘘のようだった。
あれだけ身体をくねらし腰を揺らし、艶めいたヨガリ声を上げていたと言うのに
………演技だったのか?
と、一瞬、戸惑う。
それでもそれを口にするほど、松田は野暮な男ではないし…、まあ、イツキにも色々…思うトコロはあるのだろう。
帰り際に、一応、『………悪かったな』と、お決まりのセリフを言うと、イツキは
『………いいえ』
と小さく笑って、首を横に振るのだった。
イツキと別れ、自宅に戻り、一人。
松田は、イツキとの時間を思い出す。
どこから、どこまでが、飾らない素の姿だったのだろうか。
本当はもっと、違う姿が見られたのではないか。
もっともっともっと、イツキを鳴かせ熱くし、自身の手で狂わせることが出来たのではないか。
征服し好きに扱ったつもりが、逆にすっかり、支配されてしまったよう。
とぷりと、沼に落ちる自覚は、あった。
2019年11月04日
得意技
「………もう、準備も完璧だからね、今日はお昼でお終い。
明日は5時出発だからね、ああ、アパートの前まで迎えに行くから…
…ミカちゃん、今日は遊びに行っちゃ駄目だからね! じゃ、お疲れ様」
そう社長に言われて、みな、作業を終える。
「オーガニックフェスタ」を明日に控え、すべきことは全て終えた。
荷物などはすでに発送済みで、後は明朝、無事に起きられるかどうか…だった。
「……イツキくん」
イツキが帰り支度をしていると小森が傍に寄って来て、小さな声で話しかける。
「……昨日、……あれから、大丈夫だった?」
「………え、……あ、……はい」
「…何か様子が変だったから…、……気になって……」
小森の心配は本心からのようだ。イツキの笑顔も、また本当のものだ。
「大丈夫です。……松田さん、ちょっと強引だったので…アレだったんですけど…、別に、何も…。……ちゃんとおウチに帰りましたよ」
「…そうなの?…良かった」
そう言って、小森はほっと胸を撫でおろし、部屋を出て行った。
勿論。
別に何も無かった、訳では無いが…。
まあ、…仕方の無かった事だし、…済んでしまった事だし…と
イツキの中では、踏ん切りが付いていた。
こういった事案を頭の中で整理し、納得させるのは、イツキの得意技。
……そうでもしないと、あの日々を、生きて行けはしなかった……。
セックスなど、穴を貸すだけ。
洗って戻せば、問題ない。
そう黒川が言うのを真に受けている訳ではないが
時には方便。役に立つ。
「なになになに?…イツキくん、昨日、なんかあったの?」
話を小耳に挟んだミカが、興味深々、イツキに詰め寄る。
イツキはまたニコリと笑って、「……なんにも、無いよ!」と答えるのだった。
2019年11月06日
フェスタ・1
朝は4時起き。……の、つもりが、気が付くと迎えが来る時間の10分前だった。
もともと早起きは苦手。鳴った目覚ましを自分で止めてしまったらしい。
顔を洗い、服を着替え、カバンに必要な物を放り込む。
ケータイの充電を確認しなかったのは、ここ一番の、大失敗だった。
ほどなく社長の奥方が運転する車が、アパートに到着する。
6人乗りのワンボックス。助手席に社長。後ろに小森と、ミカ。
「………もう、無理。眠いし…、……ビューラー持って来るの…忘れちゃったし…、最悪……」
ミカも寝坊したらくし、そう零しながら、車の中で化粧をしていた。
会場に入ってからも、大変だった。
諸々の事情でブースが変更になり、棚や商品を全て移動しなければならなかった。
イベントが始まると、予想以上の人の入りに驚くばかり。
その上、社長はまた腰が痛いと言い出し、奥方は運転の疲れが出たと言い、ほぼ使い物にならず、
ミカと小森は前面で、商品の説明。イツキは会計と包装。
休憩も取れずに夕方まで立ちっぱなし、ひたすら、声を出し、動き回っていた。
それでも
「……ありがとうございます。商品、こちらになります…」
「ココの、ずっとネットで見ていたのだけど、実物が見られて良かったわ。やっぱり香りが素敵で……、ありがとうね」
イツキが紙袋を手渡すと、年配の女性客はそう言って嬉しそうに微笑む。
その笑顔に和む。
商品を売って、ありがとうと礼を言われるなど、不思議な商売だな…と、改めてイツキは思った。
2019年11月10日
フェスタ・2
『今日からフェスタ。すごい、早起きした』
当日、会場に向かう車の中で、イツキは黒川にメールをした。
最近の連絡はごくごく短い言葉ばかり。
……松田と、……ついうっかりエッチをしてしまい、……後ろめたかったせいもあるのか。
黒川の返事は、イツキよりもさらに短い言葉。
『ああ』とか、『そうか』とか、いつも相槌程度。
「……えっと。ラベンダーのサイズ違い、あります。えっ、小さいのですか? 小さいのは…こっちの…ゆずと、ローズの三本セットになってて……」
イツキが思っていた以上にハーバルの商品は、知名度があり、人気があるようだった。
裏方に回る予定だったイツキも前面に出て、接客の手伝いをする。
お尻ポッケに入れているケータイの、着信を見る暇もない。
「イツキくん、ごめん! 新しい荷物が届いてるみたい。下の搬入口、行ってくれる?」
「……はいっ」
昼近くに小森にそう言われ、イツキは荷物を取りに行く。
追加の商品が入ったタンボールを抱え、急いで階段を昇る。
途中の踊り場で思い出したように、ケータイを確認すると
そこには黒川からの返事が届いていた。
『俺は今から寝る』
「…………あ、そ…」
相変わらず短い黒川の言葉に、イツキは鼻で笑って、忙しい会場へと戻って行った。
2019年11月11日
フェスタ・3
林田が会場に姿を見せたのは、午後になってからだった。
林田の会社が関係しているブースは、ハーバルを入れて3つ。他にも挨拶に回らなければいけない場所があり、なかなか忙しいようだ。
差し入れにとペットボトルが入った袋を渡し、問題などが起きていないか確認する。
「……ハーバルさんは安定だよね。うん。夕方、もうワンピーク来そうだから頑張ってね」
「だったら林田さんも手伝って下さいよぅ」
ミカが泣き言を言う。
朝から立ち通し、しゃべり通し。ミカにすれば本当に良く仕事をしている。
「いや、俺、向こうの…「お茶の吉田」の手伝いに行かないと…。まるっきり、手が足りてなくて…。その代わり、終わったら皆でご飯に行こうよ」
「あっ、ワインのトコね?」
「そうそう、ここの最上階のレストラン。オーガニックワインと地元野菜のコラボメニュー。…試食会だから…なんとタダ!!」
「わぁ…!」
そんな約束をして、慌ただしく林田はどこかに消える。
ミカは俄然元気になり、その後の仕事に精を出す。
イツキも…とても興味があるのだけど…、…自分にそんな食事に行く時間があるのだろうかと…心配になる。
なにせ、今日の仕事が終わったら、また車で3時間かけて家に帰るのだ。
本当に?
「……イツキくん、ごめんなさい…。帰り、運転、無理そうなの…。
近くに泊まるトコ見つけたんだけど……和室にみんなで雑魚寝でも…いいかしら?」
イツキの杞憂を知ってか知らずか、
社長の奥方がそんな提案を持ちかけて来た。
2019年11月13日
フェスタ・4
「では、まだ明日も残ってるけど…とりあえず、お疲れさまっ」
土曜のイベントは何事もなく終わり、イツキとミカ、そして林田は、最上階のレストランへ向かう。
オーガニックワインの飲み放題が付いた、スペシャルコース。
最初の乾杯だけはビールを貰い、後はお勧めのワインをデカンタで貰う。
林田はもっともらしくグラスに鼻を近づけ、テイスティングの振りをして、みんなで笑う。
結局、イツキは、今日はこちらに残ることにした。
こちら…で、勿論……寝る場所は…、……いくつか心当たりもあるのだが……、社長の奥方の提案に乗ることにした。
奥方が急遽見つけた下町の旅館は、学生が合宿などで使うような素朴な場所だったが、むしろ気楽で良いかも知れない。
社長夫婦は他所で食事を済ませ、後で、宿で合流する話になっていた。
「でも良かったよ、イツキくん、その方が絶対、休めるしさ」
林田はそう言い、グラスにワインのお替りを注ぐ。
「…あーあ。あたしも、そっちで一緒にすれば良かった。なんだか、楽しそう」
ミカはそう言い、運ばれて来たオードブルを口に入れた。
イツキはふふ、と微笑みながら…、……それでも、ここまで来て「自分の部屋」に帰れないのは…寂しいと感じていた。
さらに…心配なのは…
夕方からイツキのケータイが、電池切れになっている事だった。
フェスタ・5
「…電池切れかぁ…。あたしとイツキくん、ケータイの機種が違うんだよね…」
程よく酔いが回ったか。ミカはのんびりした口調で、そう話す。
充電用のケーブルを借りようと思ったのだが、生憎、林田のものとも合わないようだ。
「多分、コンビニで売ってると思うよ…?」
「…んー、じゃあ、帰りに寄ってみます。…もう一杯、カベルネヴェネト、貰ってから…」
「あー、あたしもあたしも!」
3人共、飲み放題、しかもタダとあって…ついつい、飲み過ぎてしまう。
フェスタは明日もあるのだからと、どうにか自制して、21時でお開きとする。
若干ふらつく足取りでレストランを出て、下の通りでタクシーを拾う。
イツキは、社長夫妻が待つ旅館のメモを持って、じゃあまた明日と、ミカに手を振る。
林田は、本当はイツキを送ろうと思ったのだが…、大丈夫と、断られてしまった。
代りに、ホテルが同じ方向だったミカと、一緒のタクシーに乗り込む。
実はこの後、この二人はもう一軒、飲み屋に寄り……そのまま一夜を共にしてしまうのだが、
それはまあ、どうでもよい話。
「………すみません。…ここの住所までお願いします。……あ、途中でどこかコンビニに……」
イツキは一人、タクシーに乗り、運転手にメモ書きを見せる。
どこかでケータイの充電ケーブルを買おうと思っていたのだが……
車が走り出して暫くして…、……コンビニより確実に、充電ケーブルがある場所を思い出した。
2019年11月14日
フェスタ・6
部屋は真っ暗で誰もいなかった。
安堵か、落胆か、イツキはふうと息を一つつく。
充電ケーブルの調達先は…、……新宿の、マンションだった。
こちらには近寄るなとキツク言われてはいたが…、まあ数分の事。すぐに立ち去るつもりで、タクシーも下に待たせている。
黒川に知られれば怒られるだろうが、土曜日のこの時間は仕事で部屋にいない事が多い。
その読み通り、やはり黒川は不在。
「…………ん。………まあ、いないと思ったから…、……来たんだしね……」
寝室も、リビングも、そう散らかってはいない。むしろ、生活している雰囲気がない。
それが嬉しいのか哀しいのか解らない。
自分がココに居なくても、何も、変わらないのだろうか。
数か月ぶりの自分の部屋に、感傷に浸る間もなく、イツキは棚の引き出しの奥から予備のケーブルを探し出す。
ついでに、着替えを何枚かまとめ、そこらにあったコンビニの袋に突っ込む。
何気に冷蔵庫を覗くと、日付の過ぎた牛乳が入っていたので
これみよがしに流しに流し、中を洗って、水切りに立てかけた。
滞在時間は5分も無かっただろうか。
イツキは部屋を出て、急ぎ、エレベーターに乗る。
一階に着き、扉が開き、目の前に黒川の姿が見えた時は
本気で、心臓が止まるかと思った。
2019年11月16日
フェスタ・7
「………ひっ」
目の前の黒川に驚いたイツキは、声にならない悲鳴を上げる。
もっとも、驚いたのは黒川も同じで、ぎょっとした顔でイツキを見る。
「………お前、……何で……」
「ちょっと寄っただけ。ケータイの充電器が無くて…。本当に、ちょっとだけだから、すぐ行くから!」
咄嗟に、黒川に怒られると思ったのだろう。
イツキはとにかく委縮し、言い訳を口にして、エレベーターの籠から出る。
何でもないから、という風に手を前でひらひらさせ、黒川から距離を取る様に壁際を這い、マンションを出ようとする。
「…大丈夫。何も問題、起こしてないし。ちゃんと、やってるから……」
「…イツキ」
「…ぴゅーって行くから、じゃあね、マサヤ」
「イツキ」
イツキは、黒川に背を向けエントランスの扉をくぐる。
その直前に、黒川がイツキの腕を掴む。
ぐいと引き、そのまま背中ごしに抱き締める。
怒っている、のか、表情は見えない。
それでも
「バカか、お前は」
その口調は言葉ほど、厳しくは無かった。
2019年11月18日
フェスタ・8
「………あ、ハイ。……すみません。……こっちの…知り合いの所に泊めて貰うので大丈夫です。……はい。……明日、8時集合ですね、了解です」
結局、イツキは黒川と一緒に、部屋に戻って来てしまった。
無理を言って路上に待たせていたタクシーには、金を払って帰って貰う。
内心、まだ怒られるのではないかと思うイツキは少し、身を強張らせる。
「……まあ、来ちまったものは…、仕方ないだろう…」
黒川は、そんなイツキを見て、軽く鼻で笑った。
宿泊先で待っているだろう社長夫妻に連絡を入れて、ようやくイツキは一息つく。
ソファに座る黒川の隣りに座り、今日の出来事などをざっと説明する。
「……ちょっと、ワイン…飲んで来たんだ。…フェスタの会場の上に…」
「…ああ、一ノ宮が言っていたな。……オーガニックワインか、……ふぅん」
黒川はビールを飲みながら、ほろ酔いのイツキの肩を抱き寄せる。
『今回、都内で、イツキとは接触しない』と
自分で言っていたくせにこの有様かと、苦笑する。
どだい、無理な話なのだ。
引き合う力が強すぎる。
「……来ちゃ、駄目って…言われてたのに。……ごめんなさい」
「…………いや」
「やっぱり、マサヤに会いたかったのかな……、俺」
「……ああ…」
『…俺もだ』
黒川の言葉の続きが、イツキにだけは、聞こえた。
2019年11月20日
フェスタ・9
「………あの、馬鹿…」
早朝。イツキは黒川が眠っている間に部屋を出て行ったようだ。
黒川は傍らの冷たい枕に手を伸ばし、悪態を付く。
ここに来てしまったのは仕方がないにしろ…無防備に一人で出歩くのを許した訳ではない。
まあ、最近は笠原に目立った動きもない。おそらく問題は無いと思うのだが…。
「………ふん」
心配か、それとも呆れてなのか、…寂しいのか。黒川は短く鼻息を鳴らした。
あれだけ激しい行為をして、よく寝坊をしなかったと、イツキは自分で自分を褒めていた。
震えるだけのアラームで目を覚まし、隣の黒川を起こさないように、そっと抜け出し、部屋を後にした。
もう少し、ここにいたかったのだけど。
離れている間、何度か黒川と会う機会もあったが
やはり、本当の、自分たちの部屋で…するのは、……格別だった。
二人の部屋、二人の空間。今まで過ごしてきた、二人の時間。
それがどれほど、当たり前の事で、自分の身に染みついているか、改めて思い知らされる。
「………やっぱり、………帰りたいな……」
イツキは小さく呟いて、少し苦しい胸を抑えて、今日のフェスタへと向かうのだった。
2019年11月21日
フェスタ・10
フェスタ二日目。
イツキはきちんと時間通り会場に入り、社長夫妻と準備を進める。
家に幼い子供がいる小森は、今日は不在。
人数が減り、忙しいことは解っているのに…、ミカは、30分の遅刻。
『寝坊しちゃった』と舌をぺろりと出し、急いで支度に取り掛かる。
実は、ミカは、昨晩、林田と過ごしていた。
以前から好意を寄せていた相手に、酒の力と旅先の高揚感が手伝ったとは言え、ようやく思いを伝えたらしい。
少し、手が空くと、何かを思い出し…幸せそうに微笑み、…そうかと思うと…憂いを帯びた溜息を、肩から、つく。
そして、それは、イツキも同じで、気付くと二人とも同じような顔で、仕事の手を止めぼんやりとしていた。
「どうしたの?ミカちゃん、イツキくん! もう疲れちゃった? はいはい!頑張って!」
社長夫人はそう鼓舞して、二人の前に商品の入った段ボールを置くのだった。
そうやって
皆、それぞれ、自分の仕事をこなし
フェスタは盛況の内に閉幕となる。
最後の商品を手渡した時など
イツキはうっかり、泣きそうになってしまった。
自分に、こんな仕事が出来るとは、今まで自分も含め誰も知らなかった。
きちんと働き、人の役に立てる。「ありがとう」と言われる。
それがこんなにも嬉しい事だと、イツキは、初めて知ったのだった。
2019年11月22日
フェスタ・11
「お疲れさまっっ」
無事、フェスタも終わり。
会場近くのちょっとした飲食店で、夕食会が行われていた。
ハーバルの社長夫妻、ミカ、イツキ。フェスタに参加していた「お茶の吉田」の従業員。
他、見慣れない4,5名と林田。……そして、名目、世話役の松田。
もっとも松田は、自分が場違いな事を承知しているのだろう。
少し外れた席で、静かに微笑むのみ。イツキは、小さく、ぺこりと頭を下げる。
「いやー、良かったよね!…ぶっちゃけ、こんなにお客さんが来てくれると思わなかったですよ、俺は!…良かったですよ!!」
「………林田さん、もう、飲んでる?」
「飲んでないっす!嬉しいんです、俺は!!…地場産業が盛り上がるって、イイコトですよ!ハーバルさんも、吉田さんも!あと…えーと…「絹塚和装」も!…俺、あのショールが当たるとは夢にも思わなかったです!!」
「はいはいはいはい」
最初からテンションが高めの林田。
フェスタの成功が余程嬉しかったのか、それとも、他に忘れたいことがあるのか。
乾杯から強い酒を煽り、とにかく、場を盛り上げる。
「いやッ、でもハーバルさんは本当に反応が良かったです。デパート側から常設ブースの提案もありましたよ?これを機に、都内進出も……」
「いやいやいや」
林田は、ハーバルの社長に日本酒を注ぎながら、そう言う。
老社長はまんざらでもない様子。隣で、この後車で家まで送り届ける奥方が苦笑いを浮かべる。
イツキもミカも、後は、車で送ってもらうだけ。
若干、気の抜けた様子で、一緒くたに酒を飲む。
「………ね、ねえ、イツキくん?」
「ん?…フェスタ、人が一杯でしたね、俺、こんなに混むと思わなかったです」
「………じゃなくてさー、……ふふ。……やっぱり、都内は、イイよねー…」
ミカが笑う。……イツキもつられて笑う。
ミカは、林田との一夜をイツキに話したくてうずうずしているのだが…なかなかその機会は訪れない。
まあ、イツキは
グループの外で静かに、一人酒を飲む松田が気になって、…ミカの話しどころではないのだけれど。
2019年11月23日
フェスタ・12
「へー…、ショールって…絹なんですかー?……わー、さらさら…。これ、欲しいですーっっ」
今更、地元から一緒に出品していた商品をミカが褒めちぎったあたり。
すでに場はそこそこ酔いつぶれ、良い感じに出来上がっていた。
車で送る係の奥方などは、そろそろお開きにならないかしらと、心配顔。
「……ね、ね、イツキくんは、昨日、どこに泊まったの?」
「………えーと……」
泥酔したミカが尋ねる。イツキは苦笑いを浮かべる。林田は、聞こえているけど聞こえないふりを決め込む。
離れた席に座る松田が、ニヤニヤと笑う。
笑っているだけなら、普通の、どこかの俳優にでも似た良い男だと…イツキは思う。
イツキは松田を見て、ニコリと笑う、松田も、笑う。
林田は、その二人の柔らかな笑みを見て、少し、不思議な顔をする。
イツキは松田はいつの間に、こんなに親し気になったのだろうか。
しばらくすると松田がグラスを持って、イツキの隣りに席を移して来た。
「……フェスタ、お疲れ、イツキくん。無事に終わって何より。俺の出番は無かったなぁ…」
「そうですね。その方が、良いのでしょ?」
「ふふ。……で?……イツキくんは夕べは……黒川さんとお泊りだったのかな?」
そう尋ねるとイツキは肩をすぼめ、照れ臭そうに嬉しそうに微笑む。
つい、2,3日前に自分とセックスした少年の、初心な姿に、松田は少し驚いた。
2019年11月25日
フェスタ・13
「自分の部屋なんですけど…、今はまだ、…本当は帰っちゃ駄目なんですけど…」
飲みながら、イツキはぽつりとつぶやく。
良くも悪くも、一度身体を重ねた相手には、どうにも気が緩んでしまう。
まあ、すでに松田は、イツキが訳アリで地方に一人で暮らしていると知っているのだし。
黒川と敵対している相手でもない。
「……ふふ。俺とヤったのは、バレなかった?」
意地悪く尋ねる松田に、イツキはむっとして、横目で睨む。
「バレてないです。でも、別にバレても大丈夫です。…まあ、バレないならその方がいいけど……」
松田に弱みを握られたくないのか。そんな言い回しで強がりを言うイツキが面白くて、松田はくすくすと笑う。
イツキはなぜ松田が笑うのかが解らなくて、さらにむっとした顔を見せていた。
林田は、イツキと松田が楽しそうに話をしているのを、離れた席から眺めていた。
隣に座るミカがそれに気づき、何を見ているのかと尋ねる。
「……あ、いや。イツキくん…、松田さんと…前から知り合いだったのかな……、すごい、仲良さそう…」
「えー?接点無いんじゃないのー?…たまたま、気が合うとか。だってイツキくんって……」
ミカは少し下世話な想像をしたようで、それを誤魔化すように、酒のグラスに口を付けた。