2019年11月26日
フェスタ・14
しばらく経って、会はお開きになる。
皆、最後のグラスを空にして、帰り支度を始める。
「……あれ、……イツキくんは?」
同じ車で帰るもの同士で集まってみると…イツキの姿が無い。
少し前まで、松田の隣りで笑っていたところまでは…解るのだけど。
ミカが、松田に尋ねてみると、トイレに中座し、あとは見掛けないと言う。
「…そっちの席に戻ったのだと…思っていたんだけど……」
「……えー、大変―。イツキくんが行方不明―?」
まだ、そう、事を重大に構えていないミカは、明るくそう言う。それを端で聞いていた、「お茶の吉田」の従業員が声を掛ける。
「うん?イツキくんって、ハーバルさんの若い男の子? その子、さっき、トイレ出たトコで誰かと話してたよ?」
「…えー? 誰ですかー?」
「なんか、見掛けない人。…ちょっとコワイ感じ…。……一緒に外に、出ちゃったみたいだけど……」
そんな事を、言う。
ミカと林田、社長夫妻は顔を見合わせ…、どうしたものだろうかと…考える。
もともと、こちらに住んでいたのだ。バッタリ知り合いにでも会ったのだろうか。
イツキに電話をしてみた林田が、「……出ないっすね」と、首を横に振る。
まさか誰にも何も告げずに、どこかに行ってしまったのだろうか。
「……コワイ感じの人って、もしかして、イツキくんの…カレ、かな?」
ミカが小さな声で林田に尋ねる。
2019年11月27日
フェスタ・15
様子を伺っていた松田は怪訝な表情を浮かべる。
イツキとの話を思い出す。
こちらでトラブルを抱えている為、身を隠している事。
本当は帰ってはいけない部屋に、昨夜、こっそり帰ってしまった事。
黒川とはその時に会っている。それが、今日また、こんな場所に現れるものだろうか。
それは違うと、経験で、解る。
「…ああ。イツキくん、そんな事、言ってたかな…。いや、実は俺、ちょっと知り合いでね、その…イツキくんの………と。
…後は俺が面倒見ますよ。まあ、もともと、こっちの子だし。大丈夫でしょ。
久しぶりの都内で、タカが外れたかな…ハハ」
冗談めかして松田がそう言うと、社長夫妻は申し訳ないという風に頭を下げる。
ミカは、まだ、戸惑っている様子。
林田は「…じゃあ、俺も残ります」と食い下がるも、松田にジロリと睨まれる。
「……いいから。素人は帰れ」
邪魔者を追い払うようにそう言う松田は、林田が初めて見る「男」の顔だった。
「………さてと。………どうしたものかね…」
あたりに人がいなくなってから、松田は一つ、溜息をつく。
別に松田が面倒を見る義理はないのだけど、放っておくほど、知らぬ仲でもない。
2019年11月29日
フェスタ・16
松田は店の外に出る。
銀座の大通り。人も車も多く、多少の騒ぎなど簡単に掻き消してしまいそう。
一応、イツキに電話をしてみるのだが、やはり、応答は無く。
仕方なく、もう一つの連絡先に、電話を掛ける。
交換した連絡先が、こんな事で役に立つとは、お互い思わなかっただろう。
『…………はい?』
見慣れない番号からの着信に警戒してか、不愛想な声。それでも繋がるだけ良い。
「…ああ、黒川さん?……俺、俺。……松田…」
『……誰だ?』
「…ええっ、酷いなぁ。一緒に飲んだでしょう、風呂屋で。…イツキくんと一緒に」
名前を告げてもしばらくピンと来なかったようだ。
しばらく間をおいて、やっと思い出したと言う風に、「……ああ」と言う。
『…何か、用か?』
「いや、今さ、イツキくんと一緒に銀座にいたんだけど…」
『………ハァ?、どういう事だよ』
「いやいや、オーガニックフェスタの、…俺、世話役でね。……ハハ、地域密着の優良ヤクザなもんで…、まあ、それで、…ちょっと顔、出してて…」
ざっと状況を説明する。
黒川は大人しくそれを聞いているようだ。
ふんと、呆れたような鼻息。カチカチと、ライターを回す音。辺りには、他に誰もいないのだろうか。
『……それで、何だよ?……イツキは貸さないぞ?』
少なくとも今、黒川の隣りにイツキはいないらしい。
「……いや、さ。イツキくん。どっかに消えちゃったんだよね…」
2019年11月30日
フェスタ・17
松田の隣りで酒を飲んでいたイツキ。
松田は妙に上機嫌で、くすくす笑いながらイツキにチョッカイを出して来る。
かわすように酒を飲んでいると飲み過ぎてしまう。ふわりと来る、松田の男の匂いにも…困る。
『………俺、ちょっと…、……トイレ』
とにかく一度、傍から離れた方が良いと、イツキは立ち上がり席を離れて行った。
松田は内心「逃げられたな」と思ったが、まあ、急くものでもないと後は放っておいた。
「……アブナイ、アブナイ…」
用を足し、手を洗い、濡れた手で髪をちょいちょいとやる。
酒が回ると、ゆるい身体が余計にゆるくなる……自覚はある。
「……もう、今日は飲まない。止めとこ…」
そう自分に言い聞かせ、両手で頬っぺたをぱちんと叩いた。
トイレを出ようと扉をあけるも、何かにつかえて、少し押し戻される。
確か、前は細い通路。誰か人にでも当ててしまったかと、今度はゆっくり扉を開け外を伺う。
そこにはスーツ姿の男がいた。一瞬のことで顔は解らないが、体格の良い…いかつい感じ…。
「………ッ」
イツキが警戒する間もなく、男は足で開きかけの扉を蹴り身体を捻じ込んでくる。
狭い部屋。
肩をぐいと入れられ身動きが取れなくなる。片手で腕を掴まれ、片手で口を塞がれる。
「…ああ、もう。そんなに乱暴に扱うんじゃないよ。……大事なコ、なんだからね」
もう一人、別の男が、扉の向こうに立っていた。