2020年03月01日
一週間・14
酷い一日だった。
仕事が忙しいのは、まあ、仕方が無いにしても……
ミカのちょっとしたミスのせいで、すでに梱包された商品を開き、中をチェックし、また詰め直さなければいけなかったり
道の駅に置いている商品に不具合があったと、客にヒステリックに怒られ、ひたすら頭を下げ謝罪したり
性懲りもなく林田が、また接待の席にイツキを連れて行きたいと頼み込んだり……
あまり、良い感じのしない事ばかりだった。
夕方部屋に帰り、食事もそこそこ、ソファで転寝していると…、玄関のドアをノックされる。
また何か、よからぬ人物が訪れたのかと、イツキは……いい加減勉強したのか……ドアを開けずに、用件を尋ねる。
それは、…隣の住人だった。物腰穏やかに「今日は何か、困ってはいませんか?」と尋ねるので、「……大丈夫です」と答える。
そのやりとりだけで、隣人は自室に戻ったようだが…、どうにも、
違和感が残る。
いくら昨晩、大きな音を立てたからと言って、わざわざそんな事を尋ねに来るものだろうか。
しばらくして……
隣りの部屋から、ドンと、薄い壁を叩く音が聞こえる。それも、数回。時間を空けては、ドン、ドンと……低く、響く。
部屋の模様替えでもしているのか、友人が来て騒いでいるのか。特に意図があってやっているものではないかも知れないが…
ただただ、気持ちが悪くて…、………その夜、イツキは、なかなか寝付く事が出来なかった。
『………俺、そっちに戻ってもいいのかな……、もう、…いい?』
一週間を終えて、夜、イツキは黒川に電話を入る。
珍しく弱気に、そんな事を言い出すのには、それなりの理由があった。
2020年03月02日
一週間・15
土曜日の夜。
昨晩、隣室から聞こえる謎の音のせいでほぼ眠る事の出来なかったイツキは、一日、何をする気にもならずぼんやりと過ごしていた。
買い物に行こうかとも思ったが…、歩いて数十分もかかるスーパーは遠すぎる。……新宿の部屋なら、通りに出てすぐにコンビニがあったのに。
それに、ドアを出たところで、隣人にバッタリ会ったらと思うと…足が竦む。
何かされた訳ではないが、何かされそうで怖い。犯されるくらいなら構わないが、それ以外の事をされると、どうにも困る。
夜になって、黒川に電話をする。
めずらしく一度で繋がる電話。
この一週間の出来事は、さすがに堪えたらしい。
「………マサヤんトコ。……戻ってもいいのかな…。やっぱり、そっちが…、いいなぁ…」
か細い声でそう呟く。
『…そうだな。……まあ、好きにしろよ』
「…………好きにしろって…、………その言い方……」
黒川の返事は、大方の予想通りぶっきらぼうなもので、イツキは言葉に詰まる。
ケータイを耳にピタリと押し当て、黒川の深意を探る。
煙草を吸っているのか、ふうと一つ、息を吐く気配がする。
『………お前が決めればいい。……どこにいたって、お前は、俺の…だろ?
…それが解っていればいい。
………まあ、………手を伸ばせばすぐに抱ける場所にいるのが、一番だけどな…』
2020年03月04日
一週間・16
黒川の言葉の後は、少し、沈黙が流れる。
『お前が決めればいい』とは、また、身勝手に、放り出す言葉だな…とイツキは思う。
そうやっていつも重要な決断は他人に預け、そのくせ、それが意にそぐわないと機嫌が悪くなるのだ。
それでも
本当は、『手を伸ばせばすぐ抱ける場所』にいるのが良いと……言う。
「………マサヤ。俺、………傍に、………いてあげようか?」
そんな尋ね方をしたのは、賭けの一つだった。
返事は、「勝手にしろよ」か「偉そうに言うな」か、……もしくは素直に、「ああ」なのか。
『………ああ、そうだな』
「……えっ」
まさかの返事に、逆にイツキは驚く。素っ頓狂な声は、辛うじて、黒川には聞こえなかった。
『………そっちの仕事が片付くんなら、戻って来いよ。……お前がいると面倒も多いが…、………ふふ、飽きないからな』
「…………あ。………うん。………じゃあ、……そうする……」
そう言って、電話を終えてから暫く
イツキは今の言葉を反芻しながら、……黒川は何か悪いものでも食べたのではないだろうかと…、……素直な言葉を疑うのだった。
2020年03月06日
一週間・最終話
日曜日は、昼過ぎまで寝てしまった。
昨夜の黒川の言葉が頭にずっと響いて、うとうとしかけた頃に隣の部屋からまた、あの低いドン、ドンという音がして、満足に眠る事が出来ず
気付いた時にはカーテンの隙間から陽光が差し、イツキの顔を照らしていた。
「………暑ぅ……」
思わず、呟く。
もうじき7月。季節はすっかり夏なのだ。
ここに来た時は4月の半ばで、新宿より少し寒い土地柄に、毛布を被って夜を過ごしたものだったが…
今ではその毛布も、すっかり足元に追いやられている。
倉庫代わりだったこの部屋にはエアコンも無い。
これ以上、この部屋にいるなら、真夏をどうやって過ごそうか…と
ふと、考えて、すぐにそれを止めた。
もう、そんな心配をする必要は無かったのだ。
戻る、事が、これほど嬉しくて安心出来ることなのだと
それを決めて初めて、思い出した。
しかも、それが、黒川の求められて、と言うのがミソで
その意思を、言葉にして言われたのは、青天の霹靂といったところ。
「………違う、別に、そんな意味はなくて、ただ言ってみただけ。
買い物とか、食器洗うのが、面倒だとか、そんな理由かも。
……別に、……傍に居て欲しいとか、そんなんじゃなくて……、いや
そんなの、マサヤに思われたら、……そんなの大変じゃん…!」
イツキはどうにも落ち着かず、布団に包まったまま右に左にと転がり
あれやこれやと言葉を並べては、零れだす笑みを、誤魔化そうとしていた。
元鞘
「……まあ、いい頃合じゃないのか。……笠原も光州会も大人しくなったしな。
……だいたい、あいつは、どこにいたって問題を起こす。……すぐに色目を使って男を咥え込む。身に染みたんじゃないのか。どう足掻いたところで、結局、そういうコトになるってな。
……諸々後始末を考えれば、俺の手元に居た方が都合がいいだろう」
「はあ」
事務所で。黒川はイツキがこちらに戻って来る旨を一ノ宮に説明する。
その内容は、イツキに電話した時のものとは違い、いつもの横柄な、人を馬鹿にしたようなものだったが
一ノ宮はさして気に留めていない。
「すぐにですか?……荷物も増えたでしょう、迎えに行った方がいいのかな?」
「いや。来週以降だとよ。仕事の引継ぎがどうの、こうのと…。石鹸屋だかなんだか知らんが、……偉そうに。
はは。イツキに、身体を売る以外に出来る事があったとはな、驚きだよな。いい暇つぶしだったろうよ」
「イツキくん、意外と様になっていましたよ? 所作も綺麗ですし…女性相手の接客業は向いているのかも知れませんね」
そう言われ、一ノ宮はイツキの仕事の様子を知っているのかと、黒川は不審の目を向ける。
一ノ宮はそれをさらりと流し、ふふと、静かに笑う。
「とにかく。良かったですね。これであなたも一安心でしょう?」
何をどう言っても一ノ宮には見透かされているような気がして、黒川は、ふんと一つ鼻息を鳴らした。
2020年03月08日
それから
それからは、忙しかった。
ハーバルの社長に仕事を辞める事を伝え、イツキが受け持っていた作業を整理する。
ここに来て三か月にもならなかったが、意外と受け持ちは多く、結構な仕事量だった。
新たに補充すると言っていた人員とも顔を合わせ、仕事を引き継ぐ。
「……あたしは、嫌!……イツキくん、ずっとここに居てよ!」
ミカはそう言って泣いて、駄々を捏ね、どうにかイツキを引き留めようとしていた。
もっとも、最初から…いつかは帰ってしまうと解っていたのだし、…どうにもならない事だった。
あまりイツキに関心が無さそうだった小森でさえ、寂しくなるわねと肩を落とし
「…リーフレット封入は…ミカちゃんより丁寧で早かったのに…、……残念」と溜息を付いた。
林田を招いて送別会も催された。
林田も、寂しくない訳はないが、今はミカと付き合っている手前…それを大っぴらに表すことも出来ない。
イツキは隣りの席で酒を飲み、頬を赤く染め、「……イロイロ、お世話になりました」と言って、意味深にニコリと笑う。
「………いや、………俺こそ、………イロイロ……」と林田は口籠り…、湧き上がる気持ちを誤魔化すように手元の酒を一気に飲み干した。
松田にも、新宿に戻る事を伝える。
僅かな時間を縫い、一緒に夕食を取る。
「……急だね。……まあ、でも、黒川さんが放っておく訳ねーもんな」
「…でも、まだちょっと…、迷っちゃいます。……ここも、好きだったので…」
「…ん? それは、俺のこと? 俺が好きだったってコト?」
そう言って、松田はハハハと、笑った。
2020年03月09日
即答
夜。
相変わらず隣の部屋から物音が聞こえたけれど、それもあと少しの間と思えば、まあ、気にならなかった。
次の日、イツキが玄関を開けると、隣人も、段ボールの束を持って外に出たところだった。
お互い、ぺこりと頭を下げたところで隣人が「……そうだ、夜、うるさくなかったですか?……俺、ちょっと…家具、組み立てていて……」と言う。
確かに、手に持っていた段ボールに「組み立て式・ハイチェスト・5段」と書かれていた。
結局、怪しげな隣人は、ただ、怪しいだけで……イツキに直接、害を及ぼすことはなかった。
「……明日の午前中、最後の挨拶に行って、社長に部屋の鍵返して、その足で電車に乗るつもり…」
いよいよ、ここを引き払う前日。
イツキは黒川と電話で話す。
こうやって、離れた場所から相手を想うのも今日限りかと思うと…
……何かのプレイのようで感慨深い。
『……荷物はあるのか?』
「そんなに無いよ。服とか、細かいのだけ…。宅急便で送っちゃうよ。……買ったソファも置いていっちゃうし…」
『……車で行ってやろうか?……俺は忙しいが…、……佐野あたりに…』
「佐野っちは、や」
即答で佐野を拒否するイツキを、黒川は少し、不思議に思った。
2020年03月10日
惜別
「……本当にお世話になりました。ここで働けて、良かったです。ありがとうございました」
最後の日。
イツキはハーバルの社長にアパートの鍵を返し、深々と頭を下げる。
本当に、……黒川に突然放り出された時には、どうなる事かと不安で仕方が無かったが……、ミツオに助けられ、ハーバルに居場所を見付け
周りの人たちのお陰で、日、一日、繋ぐことが出来たのだと思う。
もちろん、ミツオにも、ハーバルを辞めることは連絡した。
ミツオにすれば、イツキが新宿に戻ってくるのだから、それはそれで、良い話で
戻ってから、ゆっくり会って話をしようと、約束をしていた。
「こちらこそ。短い間だったけど、助かったよ。フェスタもあったしね。
……ウチね、もしかしたら都内にショップを出すかも知れなくて…、…もしそうなったら、また手伝って貰いたいなぁ…。……連絡しても、いいかな?」
「あ。……俺、……どうなるか解らないですけど…、でも……連絡、欲しいです」
社長とそんな話をし、お互い何度も頭を下げる。
隣りではずっとミカが、ぐずぐずと泣いているので、思わずもらい泣きしそうになる。
社長夫人に、お餞別にと、小さな包みを貰う。
駅までにと呼んであったタクシーが到着し、クラクションを鳴らす。
「じゃあ。行きます。本当に、ありがとうございました」
最後にもう一度、深く頭を下げ、イツキはハーバルを出て行った。
「…………楽しかったな…、……ここ……」
タクシーの中で頂いた紙袋を覗いてみると、電車の中で食べられるようにと、お茶と、おにぎり。
それに、ハーバルの製品が詰め合わせになったものが入っていて
そこからイツキは、涙が止まらなくなってしまった。
2020年03月12日
帰郷
夕方。マンションに帰り着く。
フェスタの時に一度立ち寄っているのだし、そう懐かしいという程では無いが…、感慨深い。
途中、黒川の事務所に顔を出そうかとも思ったが、手荷物もあるし、疲れたし。
何より、黒川の、『打ち合わせ中だから、来るな』のメールが気に入らなかった。
「……俺が、今日、帰るって…知ってるのに。……まあ、迎えに来なくていいとは…言ったけどさ……」
それでも、部屋に入れば、憂鬱な気分は嘘のように晴れる。
本当に、自分の家に帰って来たのだ。嬉しくない筈はない。
台所とリビングと寝室を覗いて、何か変わった所はないか確認する。
冷蔵庫の中は空っぽだった。……タッパー詰めの総菜があっても、困るところだが。
洗面台も、風呂場も、見る。
自分が使いかけだったローションが、使いかけのままの状態でそこにあって、安心する。
陽も落ち、窓の外にはきらびやかなネオンが灯る。
向こうとは、比べる事もできない派手な景色。
その中で生きて来た時間は決して、幸福なものばかりではなかったけど、今はただただ、安堵感で一杯だった。
少し経って、黒川が部屋に帰ってきた。
「あ。おかえりなさい、マサヤ」
「………ああ」
そう言ってイツキは、離れていた時間など無かったかのように、ニコリと笑った。
ただいまとかおかえりとか
黒川はキッチンの棚から日本酒とグラスを取り、ソファに座る。
グラスは一応、2つ。それに酒を注ぎ、あとは新聞とケータイを確認する。
イツキは黒川の様子を眺め、どうしたものかと…少し戸惑い、とりあえずソファの黒川の足元に座る。
いつもの場所。いつもの空気。
「………電車、……意外と楽だったよ。新幹線乗って、一回乗り換えで……」
「高崎まで出ればな。……湘南新宿の快速なら、一本で着く」
「へー」
「……時間は掛かるけどな。まあ、もう、使うことも無いだろうよ」
黒川は新聞を畳み、テレビをつける。普通の、情報番組。しばらく流して、目新しいニュースも無かったのか、テレビを消す。
映画でもやっていれば、なんとなく間が持つものの、この時間では無いようで。
部屋が静かになると、何を話せば良いのか、困る。
………今まで、何を話していただろうか。……いや、その前に、ただいまとかおかえりとか、話す事があるのではないかと……思う。
「…イツキ」
「…え?」
「忘れていた。……台所に、ツマミがある」
二杯目のグラスに口を付け、黒川がそう言う。
言われて、イツキは腰を上げ、キッチンに向かう。
流しの横に、黒川が買ってきたらしい包みが置いてあって、そこには
イツキの好きな「武松寿司」の、厚焼き玉子が入っていた。
2020年03月13日
緊張
「………気持ちいい……」
上気した頬。ふうと息をつき、イツキは思わずそう呟く。
湯船に足を伸ばし、蒸したタオルを顔に乗せ、固まった背骨を伸ばすようにカラダを反らせる。やはり、自宅の風呂はいい。
アパートの部屋では、一応、風呂はあったが…、体育座りのように足を折り曲げないと入れないほど狭く、とてもリラックスできる状態ではなかった。
「…湯〜らんども良かったけど…、ウチがいいや。………このまま寝ちゃいそう…」
目を閉じると、本当に溶けてしまいそうだった。
久しぶりに食べる武松の玉子焼きは、美味しかった。
『買ってきてくれたんだ?』と聞くと、黒川は『ああ』とだけ答えた。
愛想が無いのは、もう今更。気にするほどの事ではない。
それでも、こうやって好物を用意してくれるのだ。……単純に嬉しい。
うっかり、本当に眠ってしまいそうになり、慌てて湯船から飛び出した。
手早く髪の毛を乾かし、素肌に、ハーバルのクリームを塗る。
大きな白いタオルを肩にかけたまま、台所で、牛乳を一杯飲む。
リビングに黒川の姿は無い。寝室に移動したようだ。
その、黒川が待つ寝室に向かう、……感じが久しぶり過ぎて…、……イツキはまるで初めての『仕事』の時のように、緊張する。
2020年03月14日
似たもの同士
寝室の明かりは付いていて、黒川はベッドで身体を起こし、何か、書類に目を通していた。
イツキが来ると顔を上げ、まとめた書類をサイドチェストに置き、淡い光だけを残して電気を消す。
イツキは小さく息を飲んで、ベッドに上がる。どっこらしょと黒川を乗り越え、壁側のスペースに身体を潜り込ませる。
「……何だ?……何の匂いだ?」
「………あ。…ハーバルのボディバター?……期間限定モヒート風、フレッシュミント…」
「…なんだ、そりゃ……」
イツキの答えに、黒川は可笑しそうに鼻で笑う。
それでも、香りはいい。キツ過ぎず、体温でほのかに立つ。
「…いろいろあるんだよ。オイルも…季節ごとに違う香りで。…定番のグレープフルーツも好きだけど、…先月までストロベリーが出てて…、甘くて美味しそうで……。
仕事中に付けてたら急にミカちゃんが、お腹が空いたって言い出して……」
「……ふぅん」
布団に入り、もぞもぞと身体を動かし、そう話ながらイツキは自分の居場所を見つける。
黒川は横向きに寝そべり、イツキを眺めながら、ニヤニヤと笑う。
「………ベッドで、……そんな話か?………他にあるだろう? 話が」
「…………あ」
黒川が腕を伸ばすと、簡単に、イツキに届く。抱き締められて、本当に、ここに戻ってきたのだと思う。
「…………冷蔵庫の、牛乳も、新しいのだった。………マサヤ、買っといてくれた?」
そんな話に、黒川はもう返事をするのも馬鹿らしいと言う風に
イツキの唇を、キスで、塞いだ。
2020年03月16日
雌猫
このマンションの部屋は、一般的な物件よりさらに、防音対策がきちんと施されている。
夜間にピアノを弾いても音が洩れないと、担当の不動産屋は豪語していた。
確かに、普段の生活で、騒音を立てたり立てられたりの心配は無いのだけど
それでも、限度がある。
「…………あっ、………だめ、………もう…」
思わず、イツキは自分の口元を手で塞ぐ。
これが、あのアパートの部屋ならば、間違いなく隣人が怒鳴り込んで来るレベル。
けれど口を押えても、何をしても、与えられる刺激にどうしても反応してしまう。
声でも出して気を逸らせなければ、身体がどうにかなってしまいそうだ。
黒川はまだ服さえ脱がずに、四つん這いのイツキの後ろから愛撫を続ける。
何か潤滑剤を使ったのか、すでに穴は緩み、とろけ、黒川が指を抜き差しするごとにくちゃくちゃと音を立てる。
イツキの身体の隅々を知る黒川は、イツキの一番良い箇所を知っていて、あえて、そこは外し……弄ぶ。
長すぎる愛撫。イツキは祈りのポーズのように頭を下につけ、涎を垂らし、高く上げた腰を左右に振る。
欲にまみれ溺れ、あられもない姿を晒し、次を欲しがるイツキが
黒川は好きだった。
自分の手の中で堕ちて行く様が、自分の欲望に、丁度似合っていた。
もろともに乱れ絡まり底なしの沼に沈んでいく、その感覚が……いい。
「………イヤラシイ身体だな…。相変わらず…、………こっちが、急かされる…」
半ば開いたままになった穴に黒川が指を突き立てると、粘膜が絡み…すぐにきゅっと喰い付いてくる。
そしてそんな些細な刺激では足りないという風に、イツキは腰を浮かせ、盛りのついたメス猫のように黒川を呼ぶのだった。
2020年03月17日
限界
ようやく黒川も服を脱ぎ、ベッドに寝転がる。
イツキは黒川の足元から擦り寄り、その中心のものを口に含む。
すでに愛撫の必要も無いほど張りつめたそれは、イツキの喉奥に刺さり、苦しいほど。
力強さの分だけ、自分が求められているのだと思うと、それだけで感じる。
「……マサヤ。……俺、もう、我慢出来ないんだけど……」
黒川の返事を待とうかと思ったのだが、黒川は楽しそうにニヤニヤと笑うだけだった。
イツキは…、我慢の限界というふうに腰を揺すり、黒川の腰の上に跨り、黒川の先端を自分の入り口に押し当てる。
「……おいおい。…がっつき過ぎじゃないのか?……お前、向こうに行っている間に…、余計、淫乱になったんじゃないのか?」
「………………そう…かも……」
一息つく間に、イツキは腰を沈め、ずぶずぶと黒川の物を飲み込んで行った。
久しぶりの自宅に久しぶりの黒川。
感度が増すのは当然のコトだと思う。
……そう、自覚は無かったのだが……
以前は毎晩のように、男に抱かれていたイツキなのだ。
……向こうでの生活は……、欲求不満だらけだったのだろう…。
この衝動ばかりは、…ココでなければ、満たされない。
繋がった個所をさらに押し当て、イツキは黒川に懇願する。
「………マサヤ、……お願い。………俺、滅茶苦茶に…なっちゃいたい………」
そう、請われるまでもなく黒川も、すでに限界というところだった。
2020年03月19日
チャージ中
小休止、とばかりに黒川はベッドから抜け、台所で水を一杯飲んでいた。
ウワバミのイツキに付き合うのは、中年男にはなかなか、酷な話だった。
勿論、時間を掛けた愛撫で、イツキは何度かイカされていたし
優しく手を滑らせたり、唇を寄せただけでも、身体を震わせていた。
内臓を抉る様な挿入では、悲鳴のような喘ぎ声をあげ、失神しかけ、
それでもまだ足りないのか、腰を揺すって、「んんん…」と甘ったるく呻る。
「………性欲の塊かよ、…手に負えねぇな…。ふふ、………飽きない奴だよ…」
そう黒川は呟き、空になったグラスにもう一度水を注ぎ、寝室に戻って行った。
ベッドの上ではイツキが、手足を縮め身体を丸め、横たわっていた。
そんな格好でもしていないと、身の内の熱が垂れ、収拾が付かなくなるようだ。
黒川はイツキの肩に、冷たいグラスの底を当てる。
イツキはピクリと動き、重たい瞼をゆっくりと開き、黒川が自分の為に水を持って来てくれたことを知る。
「………あり…がと。……マサヤ…」
「騒ぎ過ぎだ。どれだけ溜まってたんだよ。まだ足りないとか、言うなよ?」
「……足りないよ、………ぜんぜん」
イツキは身体を起こして、コップを手に取る。水を一気に飲み干し、口元を手で拭う。
「……身体の中、全部、マサヤにする。そうしたら、やっと……俺、ここに帰って来たって…気がする……」
「………そうか?………それなら、もう少し……時間を掛けないとな…」
黒川は、イツキの手からコップを受け取り、脇に置き、それからイツキの肩を抱き締める。
髪に指を絡め、頬にキスをする。イツキは黒川の背中に腕を回す。
互いの、虚ろを、互いで埋める夜。