2020年04月01日

イツキのおでかけ・6







マンションへの帰り道、ふと
黒川の事務所に立ち寄る。

丸一日留守にして少し後ろめたさがあったのか
裏手にある焼き鳥屋の匂いにつられたか。

事務所には黒川と、一ノ宮の姿があった。



「おや、イツキくん。こんばんは」
「一ノ宮さん!ご無沙汰してます。……イロイロ…、ありがとうございました。
お米とラーメンと甘納豆の箱、嬉しかったです!」
「いえいえ。ちゃんと戻って来られて良かったですね」


久しぶりに会う一ノ宮にイツキは深々と頭を下げる。
一ノ宮には本当に世話になった。実は黒川よりも頼り、頻繁に連絡を取り合っていたかも知れない。
親身にイツキを気づかい、必要なものを宅急便で送ったりもしてくれた。



「お仕事しているイツキくんも良かったんですけどね。ふふ。実は、フェスタで接客している様子、見させていただいたんですよ」
「ええ?……一ノ宮さん、いらしてたんですか?」
「端っこのほうからね。……忙しそうで、楽しそうで……」
「やだー! 声、掛けて下さいよー!」




一ノ宮はイツキに茶を淹れ、そんな話をする。一緒に買い物に行った女性から、もう一つ同じ商品が欲しいと頼まれている、と告げると
イツキは嬉しそうに微笑み、…レモンかな、ユーカリかな、と商品名をメモ書きに残していた。




デスクに向かい書類仕事をしていた黒川は、顔を上げ
「…………そんな話は聞いたことがないぞ…」という風に、一ノ宮をチラリと見遣り
ふんと鼻息を鳴らし、疎外感を誤魔化していた。






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2020年04月03日

おでかけ・最終話








事務所の後は、二人、焼き鳥屋へ向かった。
…一ノ宮は仕事が残っていると、同席しなかった。
おそらく、このカウンター席に三人並んで座るなど……あり得ないと思ったのだろう。

初めは少し不機嫌だった黒川も、コップ酒を3杯飲む頃には気も緩む。


「…電気屋さんも覗いて来た。……オーブントースター欲しくて。パンが、凄く美味しく焼けるんだって…!」
「そんなもん。何で焼いても一緒だろう」
「違うんだって!…外側はパリっと焼けて、中はふんわりなんだって!」


そんなイツキのどうでも良い話を、鼻で笑いながら聞いていた。






マンションの部屋に帰る頃には、結構な酔い具合で
風呂にも入らず、そのまま縺れる様に、ベッドに転がってしまう。
黒川はイツキを腕に抱き、指に髪の毛を絡め、顔を寄せる。
焼き鳥屋の炭の匂いの奥に……、シャンプーの良い匂いがする。
髪型が変わったことには、一応、気が付いていた。


「……小ざっぱりしたな。………いいな」





久しぶりの外出で疲れたのか
そう呟く頃には、イツキはすっかり、寝息を立てていた。





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2020年04月04日

イツキ、物欲と戦う






特に欲しいものがある訳でなかった。
モノに関して言えば、必要なものは揃えられている環境だったし
それ以上のものを望む、そんな心の余裕は、ない状況だったし。

けれど、ここ暫くは……心に余裕が出来たのか……、好きな物が増えた。
それが良い事なのか、悪い事なのか解らないが……
それでも好きな物が手に入った時は、和み、……幸福な気持ちになれた。





「………にまん…、………ごせんえん………」

家電量販店の前でイツキは足を止め、そこから動けなくなる。
トースターの実演販売をしているところで、焼きあがったパンをひと切れ貰い、あまりの美味しさに驚く。
焼いていたパンは、自分もコンビニでよく買う種類のもので、特に高級なものでもない。
朝、焼いて、バターを塗って食べる。それと同じはずなのに、味がまったく違った。

『……高温で一気に焼き上げるため中の水分が残り、ふっくらバリっとした焼き上がりに…』

そんな説明を聞きながら、食い入るように商品を眺める。
とてもとても魅力的なトースターに思えたが、……一般的な商品より、値が張る。

けれど残念なことに…、……イツキには一般的な金銭感覚は…無かった。




「…………俺、今…、……一本、いくらだろう…。……前に、知り合いの社長さんにもらったお小遣いなら…、余裕なんだけど……、
ああ、でも…ハーバルのハンドクリームだと…、一本売っても、利益は234円だって言ってたし…、バイトのコの時給は980円だし……、シアワセドーのシュークリームは一個100円だから………。
……1時間で…、素股とオーラルで……、一万円なら……イケるかな……」



そんな、よく解らない計算をしながら、しばらく物欲と戦う。
財布に現金は入っているが、今、これを買ってよいかどうなのかの判断が、付けられなかった。




結局、トースターは保留とし、イツキは売り場を離れた。
その後は老舗の和菓子屋に立ち寄り、大好きな大納言きんつばを二つ買って、帰った。





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2020年04月07日

線引き








都内、某ホテル。
黒いスーツを着込んだイツキは少し首を傾げ…、ふうと溜息を付いて、正面の黒川に視線だけを寄越す。



「……俺、……もう『仕事』は無いと思った……」
「………俺もだ」


黒川もふうと息を付く。納得がいかない様子なのは黒川も同じのようだ。
手をイツキの首元にやり、久しぶりに結んだネクタイを直す。



「……まあ、お前が蒔いた種だろう」
「………まあね」
「……断っても…、良かったんだぞ?」
「んー。でも、……たまには、いいよ。……マサヤも付き合いとか、あるんでしょ」


そう言ってイツキは小さく笑う。……さして、拒絶していない感じを…、意外に思う。


数日前に二人で夜の街を歩いていた時に、昔の馴染み客にバッタリ出会う。
男は挨拶とビジネスの話を少しした後、…最近はめっきり「イツキ」を出さなくなったとぼやく。
付き合い上、重要な人物。無碍に断れない相手。
それが解っているイツキは変な気を遣い……、結局、『仕事』を許してしまう。




イツキは
身体を重ねる行為を、どう区別しているのか。色恋や何らかの情が絡むと駄目なものが、『仕事』と言われると…大丈夫になってしまう。




「…帰りはタクシーで帰るから、マサヤ、待ってなくていいからね。じゃあね、行って来ます」
「………ああ」



まるでコンビニにでも行くような気軽さで、イツキはひらひら手を振って、奥へと消えて行った。





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2020年04月08日

無題







好きでも何でもない男に身体を弄られるのは未だに慣れない事だったが
好きな男に弄られるよりは、……楽だと、思う。
身体の感覚に任せて、流されてしまえば、時間が過ぎる。
相手も喜ぶ。


男は黒川より少し年下といった感じだろうか。
久しぶりの「イツキ」を堪能する。
上に乗せたり下に敷いたり、開いたり折り畳んだり。
乱暴に扱った時に漏れる声が好きらしく、多少…痛みのある行為だったが、まあイツキの範囲内で。
中を抉られながら耳たぶを噛まれると、どうにも溜まらず、口と性器の先端からヨダレを垂らした。



終わった後は
誰にも、見られたくない。
送ってもらうのも、迎えに来てもらうのも、嫌だった。
マンションに戻って、部屋に、黒川がいないのも、助かった。

あえて、そうしているのだとは、知っている。






身体中から男の匂いを消した後に、黒川が部屋に帰ってくる。

お互い、「…お疲れ様」と声を掛けて

ソファで、コーヒーを飲んだ。





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2020年04月09日

戸惑い








「………ぜんぜん平気って訳じゃないけど。………まあ、別に。……特別嫌な相手でも無かったし。………大丈夫」

「………そうですか?」



ある日の夕方、事務所で黒川を待つイツキは、一ノ宮と二人きりになる。
数日前に、久しぶりに客を取らせたという話を聞いていた一ノ宮は、得心が行かないようで、それとなく様子をイツキに尋ねる。

まさか今更、行為を強要した訳でもないだろう。
しかも相手は、大金が絡む程の重要人物、でも無いのだ。
笠原や光州会からの誘いは、はぐらかし、断っていたくせに
何が良くて、何が悪いのか、線引きが解らない。

イツキも黒川も、性行為自体には、大して意味がないことは知っているが。



「……最近の社長は…イツキくんを気にかけていましたから。……少し、意外でしたね」
「んー。……でも、そーゆー時はあるでしょ?……しなきゃ、いけない時は」
「まあ、付き合いと言うか…、……そうですね。イツキくんはウチの一番の…め…、」


「目玉商品」と言いかけて、それはあまり言葉がよろしくないと、一ノ宮は口を噤む。
もっともイツキは聞こえていなかったのか、どこか他所の方を向いて、少し考えこむ。





「………だから、……たまには、いいんだ。別に、ヤるくらい。
なんか、それくらいの方が…、落ち着く。……急にマサヤに優しくされても…、…怖い。
ふわふわし過ぎて…、変な気になる。一緒にいる理由が、解んない。
『仕事』で役に立つから、傍にいる、ぐらいに思ってるほうがいいんだ」

「…そうですか…」





確実に変わって来ている二人の関係に、まだ慣れず、戸惑いを見せているのは
おそらく、イツキだけでは無いのだろう。




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2020年04月10日

武松寿司







イツキは黒川に連れられ、寿司屋に来ていた。
以前、暮らしていた街のあたり。今の場所からは少し離れているのだが
お土産で持たせてくれる厚焼き玉子がイツキの好物で、たびたび、話題に上っていた。



「……お店、来るの、久しぶりかも…!……嬉しい!」



古い店内。黒川は顔なじみの大将に軽く頭を下げ、今日はカウンターではなく小上がりに座る。
奥まったこの席で何度か、イツキは隠れる様にして酒を飲んだのだが…、ようやく最近は、………そうは言ってもイツキが成人するまでにはあと半年あるのだけど………、気にせず酒を飲めるようになった。
変におどおどと、辺りを気にする素振りを見せなくなった。




「……マサヤはよく来るの?……俺がこっち戻った時も、ここのお土産、あった……」
「…この先に…、面倒を見ているクラブがあって、……その用事ついでに、寄るくらいだな……」
「……ふーん」



あくまで「ついで」と言い張る黒川に、イツキは鼻で答え、目の前に並んだ小鉢に手を付ける。
酒のツマミに簡単に用意されたものだが、どれも旨い。



「…煮物?美味しい。冷たいけど。……この、ぷるぷるしたの、何?」

「…そちらは、アナゴの煮凝りですよ。…はい、今日のおススメ、スズキの昆布締めです。……黒川さん、八海山のいいのが入ってますけど、いかがですか?」

「………ああ、貰おうか」



静かな寿司屋で酒を飲んでいると、とたんに自分がオトナになったような気がする。
イツキは気付かれないようにふふふと笑いながら、小さなグラスを手に持ち、黒川の酌を受けた。






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2020年04月11日

コンビニでバッタリ







事務所の近くのコンビニで、佐野は、イツキを見掛けた。



イツキがこちらに戻って来ていることは、風のウワサで聞いていた。
『結局イツキは、ウリしかやるコトが無いんだろ』と、西崎が下品に笑っていた。

イツキとは、二週間前に、一人暮らしをしていたアパートに押し掛けて以来。
暗闇で驚かせて、そのまま…コトに及んで、多分、怒らせて
結局、ろくな話も出来ず、笑顔の一つも見れずに、別れてしまった。


別に、意地悪しようと思った訳ではない。
けれどまあ、お調子者なのと悪ノリが過ぎたのは否めない。



冷蔵ケースの前で立ち止まり商品を眺めているイツキを、佐野は少し離れた場所から見る。
声を掛けたいけれど、イツキは、自分を許していないかも知れない。
……社長にもバレているかも知れない。その事で怒られたり、何か……
もしかしたらそれが理由で、イツキはこちらに、連れ戻されたのかも知れない。




「…………あっ…」




佐野がウダウダと悩む目の前で、イツキが手に取ったペットボトルを床に落とした。
咄嗟に佐野は傍に寄り、そのボトルを拾い上げる。
イツキは「…すみません…」と言って顔を上げ、ようやくそれが佐野だと気付く。
佐野は「………ああ」と、照れ臭そうに笑う。




「…やだ!佐野っちじゃん!!………久しぶり!…ああ、俺、こっち戻って来たんだよ?
……なんか、生活変わって変な感じ。まだ慣れなくて……ふふふ」




佐野の杞憂を吹き飛ばすように、イツキはそう言って、笑った。





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2020年04月12日

腐れ縁







「…水?…コンビニで買ってんのか?……結構、重たいだろ?」

佐野は、イツキが持っていた買い物カゴを手に持ち、驚く。2リットルのペットボトルが2本入っているだけで、すでにズシリと腕に食い込む。

「んー。でもここが一番近いし。何でも揃うし。……本当は大きなスーパーも行きたいんだけど…」

牛乳と小さなパッケージの洗剤と、食パンをカゴに入れる。確かに、生活全般の買い物をするには不便だった。

「…でも、歩いて行っても荷物が大変でしょ?……マサヤに、車で行って、とも言えないし」
「…あー……、そりゃ、そうだよなぁ……」


レジに並びながらそんな話をして、笑う。
黒川が黒塗りの車でスーパーに買い物に行く姿は、なかなか、見ものだと思う。
それでも、そんな想像が出来るほど、黒川とイツキの生活が安定しているのだと
買い物の袋を持ち、マンションまで送りながら、佐野は思う。




「………良かった。なんか、落ち着いてて。俺、…お前、どうしてるかなって…、その…、ヒデェ事もしちゃったし…、……怒ってるかなーって思ったけど……」
「怒ってるよ」


イツキは即答し、チラリと佐野を見る。唇を尖らせ、不機嫌そうにしてみせる。
それでもそれは本当に怒っている顔ではない。


「でも、まあ、いいや。……その代わり、今度佐野っち、俺になにか、してよ?……何か、いいこと……」
「…お、…おお! するする! 何でもする!」




多少悪さが過ぎても軽率でも、それで終わりになるほどイツキと佐野の縁は浅くない。

マンションの下に着き、部屋まで荷物を持って行こうかと言う佐野を軽くいなして
イツキはまたね、バイバイと、笑った。




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2020年04月13日

主婦イツキ







イツキと黒川は同じ部屋に暮らしているとは言え、生活全般の必要な仕事を、明確に分担している訳ではなかった。

夫婦でも、あるまいし。

黒川は仕事が忙しく、部屋にいる時間は短い。
そう、散らかしもしないし、食事は外で済ませられる。
洗濯も、クリーニングに出せば良いし、タオルや下着やら細かいものは乾燥機付きの洗濯機に放り込むだけで良かった。

イツキは最近、ちょっとした食事を作ったり、新しい炊飯器を欲しがったり
使ったタオルを脱衣カゴに集めたり、何かと、細々とした家事をするようになっていた。

『……メシなんて作らなくていい。所帯じみた真似はするな』

と、言うのは、照れ隠しが半分と……あとの半分は結構本気で、鬱陶しいと思っているようだった。






その日も、イツキは部屋に一人。
風呂を沸かし、酒のツマミになるような皿を2,3つ用意し、乾燥機に入っていたタオルを畳みながら黒川の帰りを待っていた。
基本、黒川からは何の連絡も無い。

意外と夜は長い。

イツキは畳んだタオルを棚にしまいながら、自分が本当にしたい事はなんだろうと考えて…
ふうと溜息を付き、ケータイの着信を確認し、



届いていた一通のメールを開いた。





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2020年04月15日

ミカのメール







『イツキくんお疲れ様です♪ 東京はどうですか?
こっちはイツキくんいなくなって寂しいよ!

そんな訳でして!

今度ね、東京駅のエキナカで、ちょこっとお店開くんだって。
フェスタみたいな感じ。一週間の期間限定
でね、イツキくん、お手伝いに来てくれないかなーって。

明日にでも社長から電話があると思います。
考えといてくださーい。じゃあね!』




ミカから、そんなメールが届いていた。
こちらに戻って3週間。黒川との暮らしもそろそろ…馴染んで…
……何か、……何かをしたい…と、思い始めた頃。

こちらでハーバルの手伝いが出来るなら、それはありがたい話で、ぜひ受けてみたいと思った。
問題は、当然、黒川がどう言うかだった。








日付が変わってしばらく経って、黒川が帰って来た。
ソファでうとうととしていたイツキは身体を起こす。
黒川は上着を脱ぎ、ネクタイを解き、テーブルの上のラップの掛かった皿を横目でチラリと見た。


「待ってなくてもいい。…メシも……いい」
「……ん。……おかえりなさい」
「……布団で寝てろ。俺の事は気にするな」
「………んー……」


イツキは眠たそうに眼を擦り、呆けた頭を醒ますように頭を2,3度振り、それでもまだぼんやりとした様子で黒川を見上げ

甘える様に、せがむように、黒川に向かって手を伸ばす。






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2020年04月16日

スネ夫







「……なんだよ」


言う、黒川は、小さく笑う。手を伸ばすイツキの、ソファの傍に寄り身を屈める。
イツキは黒川の首の後ろに手を回し、黒川はそのままソファに崩れる。


「……寝ぼけているのか、イツキ。それとも、酔っ払ってるのか?」
「……飲んでないよ。……マサヤ帰ってくんの、待ってたんじゃん…」
「待つなよ。……俺の仕事を知らん訳じゃないだろう。……今日は、早いぐらいだ…」
「………そうだけどさ……」


半分、唇を重ねながら、そんな話をする。
黒川はイツキの身体を横にずらし、どうにかソファに腰を下ろす。
ソファに寝転ぶには少し窮屈になったイツキは、足を折り曲げ頭を黒川の膝に乗せた。

黒川はテーブルに並んでいた冷めた揚げ物をつまみ、口に入れる。
何か飲み物をとテーブルの下を覗き込み、置いてあった2リットルのペットボトルの水をラッパ飲みする。


イツキは黒川を見上げ、おもむろに、顔に手を伸ばす。
手の平にザラザラと、伸びた髭が当たる。


「……ヒゲだ…」
「…一日経てば、ヒゲぐらい伸びる」


その一日が、長い。




「……マサヤ、俺、ヒマ。ご飯も作らなくていい、待って無くてもいいじゃ、あと、何してればいい?」
「…知るかよ。……掃除でも、洗濯でも…、……ああ、風呂場の鏡でも磨いてろよ」
「やだよ、そんなの!」



イツキが声を上げ頬を膨らませると、黒川はくっくと可笑しそうに笑う。
もう一口水を飲み、「…行くぞ」と立ち上がり手を引き、


寝室に向かった。




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2020年04月17日

知らないイツキ







ベッドに横になるイツキに覆いかぶさり、シャツの端から手を滑らせる。
素肌の感触を確かめると、くすぐったさを我慢するように顔を横に反らせ、……その無防備になった首筋に、唇を這わせる。
何度も、何度も、辿った行程だが、イツキは慣れることもなく、恥ずかしそうに目をきゅっと閉じ、もじもじと身体を揺すってみせる。

何度も、そうしているのに。
知っているイツキの身体なのに。

イツキはふいに顔をこちらに向け、じっと見つめる。
ニコリと微笑み、背中に腕を回されしがみつかれると…、……まるで知らない、初めてのカラダを抱く気になる。



どれほど仕事に疲れ、深夜に帰って来たところで、容赦はない。
酷い話だ、と、黒川は思う。



飾りにもならない胸の突起に歯を当てると、痛い痛いと喚きながら悦び
少し優しくしてやれば一瞬、気をゆるめ………、その隙に勝手に独りで達し、黒川を巻き込む。
ペースに飲み込まれまいと堪える黒川に、イツキは視線を投げ、誘うように笑う。
いつの間に、こんな顔を見せるようになったのかと、少し、驚く。







「………ウチでずっと待ってるのも…、寂しいし。………マサヤ、…忙しそうだし…。
………俺、なんか…、また、……仕事でも……しようかなぁ……。」

「……好きにしろよ…」

「……本当?………実はちょっと、話があってね……」


まだ熱の残る身体を黒川に摺り寄せて、イツキはふふ、と微笑んだ。






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2020年04月18日

芋ようかん







「…東京駅の…駅ビルのどっかで…、ちゃんとした店舗じゃなくて、期間限定のブースで…。なんかね、小森さんて、主婦のパートさんが今、お休みで…人が足りなくて…
作業所もフェスタの後で注文が増えて、忙しくて…、こっちにはミカちゃんが来るんだけど…、……俺に一緒に、やって欲しいって…」

「…………ふん」



翌朝。マンションの近くの店で朝定食を食べながら、イツキは誘われた仕事の説明をする。
四角いトレーの上にはご飯と味噌汁。小さなサバの塩焼き、玉子焼き、小松菜の煮びたし。
口直しに芋ようかんが付いているのが、嬉しいセット。


黒川は味噌汁を啜りながら、適当な相槌を打つ。
昨日の寝物語より、ずいぶんと話が具体的だと…、……少し気付く。



「……お前、笠原の件が収まったからと言って、……他に問題が無い訳じゃないだろう?
……どんな客が来るかも知れん…。お前のケツを掘った奴に、バッタリ会うかも知れないんだぞ?」
「………マサヤ、心配する?」
「…そのままどこぞに連れ込まれて、ヤられる様ならな。……お前の十八番だ」
「…………」


いつもの癖でつい、強い言葉を使ってしまう。
返事に詰まったイツキは唇を尖らせ、軽く黒川を睨む。

一度視線を逸らせて、また、向き直って
イツキは…、………ニコリと笑う。


「でも、そうなったら、……マサヤが助けてくれるんでしょ?」
「…………知らん」




黒川は鼻息を鳴らし
自分の芋ようかんを、イツキの皿に移した。




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2020年04月19日

付かず離れず







イツキを、疎ましく思っている訳ではないが、慣れ合おうとも思っていない。
一緒にいる時間が長すぎるが、将来を誓い合った仲でもあるまいし、必要以上に束縛するつもりもない。
……まあ、多少の情は沸く。以前のような、酷い「仕事」はさせない。
それでもイツキは自分から、最低限の仕事は請負うと言う。いい心がけだ。

付かず離れず。丁度良い距離感で、バランスで。傍にいればいい。








「……俺、……寝るの、別の部屋にしようかな…」
「…は?」
「……マサヤが書斎にするって言ってるトコ。……あそこ、片付けて、ベッド入れようかな……」

イツキは急にそんな事を言い出した。
寝室の横に大きめのウォークインクロゼットがある。廊下からも入れる扉がある。
3畳ほどだろうか納戸と言われるような部屋で、今は適当に荷物が放り込んであるが、いずれ黒川はデスクと本棚を入れ、仕事部屋にすると言っていた。

「……俺とマサヤ、結構、寝る時間が違うじゃん。部屋、分けてもいいかなって……」
「あんな窓もない部屋か、……狭っ苦しい…」
「いつも一緒にいると、いつも、……エッチしちゃうでしょ?マサヤ」
「………俺か?俺のせいか?」

思わず、大きな声が出てしまう。それを見て、何故かイツキは楽しそうに笑う。

「………する夜は、……ちゃんと寝室に行くよ」








丁度良い距離感と言うものを、イツキも探っているのだろう。
従順なペットとは違う、蜜月の恋人同士とも違う、何になれば良いのか、落としどころを探る。

最近は、イツキの方がその答えを見つけたようで……どうにも、調子が狂う。






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