2020年04月20日

ごくごくたまにほんの少し







数日の内にイツキはクロゼットを片付け、人、一人眠れるスペースを確保する。
家具屋で適当なベッドを見繕い、昼の内に搬入して貰ったらしい。
黒川が帰る頃には形になっており、「自分の部屋が出来た」と浮かれて話す。


思えば、今まで、自分で自分の身の回りを整えるという事を、してこなかった。
品川のマンションにいた時も、すべてが与えられた器で、自分が決めた事ではない。
黒川の傍を離れ、ハーバルのアパートで暮らした日々で、少し、何かが芽生えたのか。
ようやく、自立心が芽生えたのか。……それは遅すぎる話なのだけど。


イツキは、冬生まれ。あと半年もすれば、二十歳になる。
いつまでも黒川が勝手に扱う、オモチャでは、いられないのか。
いつかは手放す日が来るのかと、黒川は……、ごくごくたまにほんの少し、思う。




さらに2,3日経ち。
真夜中に黒川が部屋に戻ると、イツキは、寝室のベッドで眠っていた。
黒川が布団に潜ると、寝ぼけた身体をもそもそさせて、黒川の身体に抱き付いて来た。


「………なんだよ。……自分の部屋で寝るんじゃなかったのか?」
「…なんか、……あのベッド、…寝にくい。……堅い…」
「…安物のマットだからな…」


半分、寝ぼけたような、小さな声。黒川は鼻で笑って聞き流す。



「………やっぱり、マサヤの横が、いい……」



それだけ言って、イツキは勝手に、寝入ってしまった。





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2020年04月23日

イツキとミカ







期間限定ショップの開催を週末に控え、イツキとミカは、管理するテナントと事前打ち合わせをしていた。
ミカは今日から一週間、近辺のビジネスホテルに泊まり込み。本当はこのまま、都内に居着いてしまいたいと思っていた。



「……では、このスケジュール通りで。初日搬入は8時から。最終日は18時まで。休憩には3階の社員食堂を使って下さい。あ、IDカードは常に首にかけておいて下さいね」
「……了解です。……よろしくお願いします」


イツキとミカは担当者にぺこりと頭を下げて、部屋を出る。
さすがに二人とも緊張したようで、ふうと大きなため息を付き、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた。


「………なんか、ドキドキするね。イツキくん。……あたしたちだけで、大丈夫かなぁ…」
「……そんな事、ミカさんが言わないで下さいよ。……俺の方が、ドキドキですよ…」
「……でもさぁ……」


ミカは改めて、…一か月ぶりに再会したイツキを見直す。
今日のイツキは……黒いスーツを着ていた。

イツキは、相変わらず、……着る服に関して無頓着だった。何を着て良いのか、よく解らない。
普段は、アイロンもいらない綿シャツに、チノパンツ。ハーバルにいる時はそれに、作業用のスモッグを着て仕事をしていた。

今日は、ちゃんとした場所で、ちゃんとした仕事の話だと気負い…、イツキの中で一番ちゃんとした服を着て出向いていた。

ブランドもののイタリア製の生地を使い、採寸から仕立てまで老舗のテーラーに任せているそれは、見る人が見れば明らかに格の違いが判るものだ。
………もちろん、イツキには……、そんな違いは解らないのだけど………



「……なんか、今日のイツキくん、キマってるし。都会の人って感じ?」
「……そんな事、無いですよ……」



イツキは黒スーツの襟元に手をやり、…今日はコレでは無かったのかも…と、少し、思った。






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2020年04月24日

ファッションショー






部屋に帰った黒川は、リビングにいくつも置かれた紙袋に目をやる。
奥の部屋から出て来たイツキは「おかえり」と声を掛けただけ、あとは黒川を放ったまま。
ガサガサと紙袋を開け、何枚か服を取り出し、持っている自分の服と合わせたり羽織ってみたり。


「……何やってるんだよ」
「……んー。……カッチリしすぎないけど、ゆるすぎない服って……、どんなのかなって……」
「買ったのか?」


黒川はソファに座り、そこいらに投げてあった、まだタグの付いたままの服を拾い上げる。
チェックのシャツに、薄手のニット。質の悪そうなペラペラのTシャツ。


「…打ち合わせの後、ミカさんと買い物行ったんだ。……俺、普通の服ってあんまり持ってなくて…、……解らなくて……」
「はは。どうせすぐに、ハダカになるからな」


いつものくだらない冗談を言う黒川を、イツキは、横目で睨む。それでも、そんなものを相手にしている暇はないといった感じで。
…このジャケットの中には、この色のシャツはオカシイかな……と鏡の前でくるくる回る。




黒川はふんと鼻息をならし、シャツを放り、ソファから腰を上げる。


台所に入り、冷蔵庫の中を覗き


………今日は、……メシは無いのか……、と、少し、不機嫌になった。





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2020年04月27日

意地悪







意地悪をしようと思った訳ではない。





大きな契約がまとまりその後の酒の席で、イツキの話が出る。
昔からの太客。無碍にはできない相手。一緒に酒を飲むだけで良いと駄々を捏ねるので仕方なく……、呼び出す。
イツキは唇を尖らせ不機嫌な顔を見せていたが、まあそこは、なんとか。適当に誤魔化し丸め込む。
最近はイロイロ我儘も聞いてやっている。これくらいは許容内だろう。

席につけばイツキはプロらしく、穏やかに微笑み男の杯を受ける。膝の上に置かれた手が腰に回りもぞもぞと這い回っても、上手にあしらう。


別に、それ以上の接待を強要した覚えはない。
男がイツキの耳元で『…上に部屋を取ってあるよ』と囁いていたが、それは俺には聞こえない話。
一度、イツキが困った顔をして俺にそっと目配せをしたが、……そんな事、自分で判断すればいい。

飲みの席がお開きになると、男とイツキは、どこぞへと消えていた。





事務所に戻って一仕事し、明け方、マンションの部屋に戻ると
イツキは寝室の横の小さな自分の部屋で眠っていた。
風呂に入りそびれたのか黒いスーツのまま、狭い部屋に酒の匂いが籠る。
物音に気付き目を覚ます。時間を確認し、一度手足を伸ばしてから、ベッドから起き上がる。

「…ん。…おかえり、マサヤ……」
「………おつかれさん…」
「……マサヤ、俺、お風呂入ったらすぐ出掛ける。…今日から、仕事なんだ…」
「…今日から、か…?」



イツキはこくりと頷き、大きな欠伸をしながら、風呂場へと向かった。





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2020年04月28日

意地っ張り






風呂に入り、諸々汚れをキレイさっぱり洗い流し、新調した普通のスーツに身を包む。
リビングでコーヒーを飲んでいた黒川は顔を上げ、イツキを見て、特に何も言わずに、またコーヒーに戻る。


「……マサヤ、俺、今日明日明後日は忙しいからね。ああ、でも夜は9時ぐらいには帰ってくるけど…」
「……ああ」
「……新しいスーツ、どう?……社会人っぽい?」
「……安物だな…」


相変わらずの受け答えにイツキは、口をアヒルのようにして、小さく鼻で息をする。
それでも今から言い争いをする気は無い。「……まあ、いいや」と軽く流して、出掛ける支度をする。

身を屈めると…、少し、身体が痛んだ。
昨日の仕事はいつもに比べれば軽いものだったが、多少は……残る。
無理を言う黒川に弱みを見せたくない、だとか、借りを作りたくない、……などと、そんな事を思っている訳ではないが

そこはイツキなりの、…意地のようなものなのかも知れない。





「……じゃあね、マサヤ。行ってきます……」


そうイツキが声を掛けると、おもむろに黒川がソファから立ち上がる。
珍しく玄関まで見送るのかと思えば、車の鍵を手に取り、後を付いてくる。


「……東京駅だろう、……送ってやる。………丁度、そっちに、…用事がある」







意地っ張りは、イツキだけでは無いようだ。




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2020年04月29日

知らない人







東京駅構内にある大きな商業施設。その一角に、期間限定で様々なショップが入るブースがあった。
今回のハーバルは三日間。
けれど所詮、田舎の石鹸屋。ネットで多少、名が売れ、「オーガニック・フェスタ」で好評だったからと言って…、まだまだ、メジャーとは程遠い。




「……ヤバイ、イツキくん。……あたし…緊張してる。…手、めっちゃ震える……」
「……俺もです。……ヤバイです……」


準備などでバタバタ動いているうちは良かったが、いざオープンして辺りを見渡すと…急に怖くなってくる。
フロアにはイツキでも名を知っている様な有名ブランドが並び…、働く人は皆、スタイリッシュでハイセンスでスマートでラグジュアリーに思える。


「………あ、あたしたちには…、……まだ…、早すぎた……」


苦虫を噛み潰したような顔でミカが呟く。
そんなミカを見て、イツキも余計に不安になる。






それでも昼前には数人の客が訪れた。
ホームページの告知を見て、来てくれたのだと言う。
「…ハーバルさん、いつも都内にお店出しててくれるといいのに。…この香り、好きなの」
と、声を掛けてもらい、イツキもミカもやっと緊張の糸がほぐれてきた。


「ありがとうございます」と、イツキはブースの外まで出て、客を見送る。
ふと、向かいの店の鏡に映った自分の姿が目に入る。
見慣れぬスーツを着て、こんな明るい綺麗なフロアにいる自分が、まるで知らない人みたいで……


自分でも驚いた。




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