2020年05月01日

影響






お昼を過ぎたあたりに、イツキとミカは交代で休憩を取った。
施設の二階に社員食堂があり、さまざまな店の従業員が自由に使ってよいスペースになっていた。
イツキは途中にあったコンビニでおにぎりとお茶を買い、おそるおそる、その場所に向かう。
なるべく隅の、ひとけのない場所を選び、もそもそと食事を取る。






そんなイツキを遠巻きで眺めるものが、数人いた。




ハーバルのブースの近くにある、化粧品メーカーの女性店員は
店がオープンしてからすぐに、イツキの存在に気が付いていた。
化粧品や美容関係の商品を扱うこのフロアに若い男性店員がいるのは珍しい、しかも、若くて、可愛くて、……とにかく、目を惹く。
一体何者なのかと、チラチラと、イツキに気付かれないようにその姿を観察していた。


スーツを着た中年男性は、少し離れたフロアにある紳士衣料店の社員。
それは先日、イツキがミカと一緒に、買い物に訪れた店だった。
ハイブランドの黒いスーツを着ていたイツキも印象的だったが、自分の店の、既製品のスーツを着ているイツキも…また印象的で
…ああ、そう言えば下のフロアで働くのだと言っていたなぁ…と、口をぽかんと開けて眺めていた。


たまたま、イツキの斜向かいの席に座った男性は、ちらりとイツキを見て
食堂のうどんを食べ、ケータイを弄り、うどんを食べ、……イツキを見る。
何がそんなに気になるのか、よく解らなかったのだが、何かが、気になる。
少しして、休憩が終わったのかイツキが立ち上がり、男の後ろを通って行く。
……ふと、…柑橘系の良い匂いがした。





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2020年05月02日

セレクトショップ・SATO








東京駅、エキナカのブティック。
女性ものが多いなか、この一角は紳士服を扱っている。
ちょっとした衣料品から、奥には、ブランドの一点ものなども取り扱う店で、客層は外国人観光客から一般までまちまち。
オーナー兼店長の佐藤良夫は、まあ、あらかたの事情には、慣れているつもりだった。





『……イツキくん、これは?……いいんじゃない?』
『………んー……、サイズ、どうかなぁ……』


数日前に来店したカップル客は印象に残っていた。20代そこそこの男女。最初は冷やかしかと遠巻きに眺めていたが、会話の端々から何となく…事情を察する。

『…あたしたち、下の化粧品フロアに入るんです。もー、何、着ようか……困ってるんですー……』


そう言って、女性客は顔を顰めて笑う。連れの男性は、着ていたジャケットを脱いで、店頭の服を数点持って、試着室に入った。



……仕事柄、…脱いだ服を、……こっそりチラリと、見る。
仕立ての良さは、すぐに解る。……ぱっと見、ブランドが解らないという事は、…仕立てから、オーダーメイドなのだと、……気付く。


ああ、確かに。


黒いスーツはとても良く似合っていた。何か特別な仕事に着いているのかとは、思った。
立ち居振る舞いから雰囲気まで、……とにかく……何かが、気になった。


『……すみません、これ、足……、短くしてもらえますかー?』
『…ああ、ええと……一時間ほどいただければ……』












そんなやりとりをした男性客が
数日後、社員食堂の端の席で、コーヒーを飲んでいた。


ああ…、本来ならもう少し……肩幅を詰めるべきだったと
ショップ店長の佐藤良夫は、イツキを眺めながら…、思っていた。





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2020年05月05日

おつかれイツキ







ショップが閉店したのが午後8時。
それから片付けや集計をして、ミカと軽く食事をして、イツキが新宿に帰ったのは午後10時を回った頃だった。
さすがに、クタクタ。二人で回すには長すぎる時間。しかも狭いブースに立ちっ放し。
それでも短期間なのだしどうにか頑張ろうと思う。

部屋に、黒川の姿は無かった。
イツキは、「ただいま。おやすみ」と、短いメールを送り、すぐに寝入ってしまった。



黒川が部屋に帰って来たのは、それから数時間後。
寝室の、広いベッドで寝ているイツキを見て、ふふんと笑う。



「自分の部屋で寝るんじゃなかったのかよ」



大の字に寝ているイツキを端にずらし、ついでに上着を脱がしてやる。
ネクタイも、靴下も、身に付けたまま。余程疲れているのだろう、少し身体を揺らした程度では目も覚まさない。




「……まあ、あんな所に突っ立っているだけも、シンドイだろうよ…」




イツキのネクタイを緩め、とりあえず、キスだけをして

この夜はそれだけ。黒川はイツキの隣りで眠りに着いた。





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2020年05月07日

二日目







朝。黒川が起きた頃にはすでに、イツキは仕事に出た後だった。
キッチンには黄身が破けた目玉焼きとウインナー、それと「行って来ます」のメモ書きが置いてあった。







二日目になると少し、場所にも仕事にも慣れてくる。
お祭り騒ぎだったフェスタほど忙しくもなく、手が空くとイツキとミカはブースの中で、あれこれとお喋りを始める。



「………でね、新しい人が入ったんだけど…結構な歳のおじさんでね……いい人っぽいんだけど…、仕事がねぇ……。前の会社、リストラされちゃったんだって……」
「小森さんはどうしたんですか?」
「ご主人の実家で何かあって、よく解んないんだけど…、でも、もう、あんまり仕事には入れないみたいな事言ってて……」



話の途中にふらりと客がブースを訪れる。もともとハーバルを知る人でなければ、あまり、興味を惹かない品揃えかも知れない。
それでも使っている素材の説明をし、サンプル品を渡すと、『…いい香り』とニコリと笑ってくれる。
まだまだ知名度が低いハーバルだが、こうやって少しずつでも、名前を憶えて貰えればと思う。



「……都内に常設店って話、本当みたいだよ。そしたら、イツキくん、一緒にやろうよ」
「………そうだね。……働けたら、…いいなぁ……。……俺、結構好きなんだよね、…ハーバルの仕事……」




リーフレットを丁寧に折り、サンプルと一緒にまとめながら、イツキはふうと一つ息を吐く。
顔を上げた正面に、見知った男の姿があった。





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2020年05月10日

意外な相手







スーツを着込んだ男達は、明らかに、一般の客では無い集団。
先頭に立つ案内役らしい男は手に資料を持ち、あれこれ指さし説明しながらフロアを回って行く。
向かいの化粧品店のスタッフは知っているのか、集団に気付き、深くお辞儀をする。
どうやらこの施設の上の人間か、その周辺。エライ役回りの人なのだろうと思われる。



その中に、イツキの知った顔があった。



小野寺、だった。






イツキは…気付かないふりをしようとしたが、その前に、お互い目が合ってしまった。



そして、お互い、何でもないふうに、普通の挨拶のように頭を下げる。
それはおそらく…、どちらも、存在が解った上で…、……ここで声を荒げる事は得策ではないと察したからだろう。





「………なんだろうね?…社長さんの見回り、とかかな。……ね、イツキくん…」
「…………そうかもね…」
「……ん。イツキくん、……大丈夫?……なんか、顔色、悪い?」
「……んー。………ごめんなさい、ちょっとトイレ休憩に行ってもいいですか?」







さすがに平常心ではいられず、イツキはブースを出る。
小走りでフロアを離れ、スタッフ用のトイレに向かう。

……人前に出る仕事をするのならば、……いつかは、知っている人に会ってしまうかもとは……思わなくも無かったが……
その一番最初が小野寺だとは。

確かに小野寺は、新しく都内の百貨店を手掛けるなどとは……言っていたようないないような………。




「…………いや。でも、まあ………。………まあ、………すぐにどうこうじゃ、…ないだろうし………
……したって、俺、別に……、もう、関係ない………よね?」


とりあえず落ち着け、と……イツキはトイレの洗面所で顔をバシャバシャと洗った。




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2020年05月11日

気掛かり







小野寺の事は酷く気掛かりではあったけれど
そればかりを考えてもいられなかった。

午後になるとそれなりに仕事は忙しく
イツキもミカも無駄口を叩く暇もなく、真面目に働いた。

閉店間際に、ミツオがやって来た。
せっかくだからと仕事が終わるまで外で待ち、イツキとミカに夕食をご馳走してくれた。



「……えー、あたしも一緒に良いんですかー?」
「勿論。2人ともお疲れさま。まだ明日もあるもんね、頑張ってね」




本来ならミツオは、イツキと二人きり…静かに酒が飲める場所でゆっくり…したかったのだろうが、……明日の仕事もある。
同じエキナカのビストロで、グラスワインを一杯だけ飲み、早々に解散した。


イツキがいやに大人しく、静かに微笑んでいるだけなのが気になったが
慣れない仕事で疲れているのだろうと……思った。






イツキが部屋に帰ったのは、23時近く。
たまたま黒川も仕事が引けたようで、同じような時間に、部屋に帰って来た。


イツキは風呂に入り、寝間着替わりのシャツを羽織り、ソファの、黒川の横にぴたりとくっつく。


「………何だ?」
「……………んー。……何でもない。………先に、寝るね」
「ああ…」


そう言って、この夜は、寝室の隣の納屋の、狭い自分のベッドに潜り込む。
大事な話は、明日の仕事が終わってから話すことにした。





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2020年05月12日

袖丈






隠し事をするつもりは無かったけれど
小野寺に遭遇し、不安を覚えたなどと話せば…
……仕事に行くな、と言われそうで…、嫌だった。

とりあえずまあ、まだ、実害は無いのだし。



「おはよー、イツキくん。最終日だねー。今日も頑張ろうね!」
「はい。…あ、追加の商品、来てましたよ。袋に詰めちゃいますね」



明るく元気なミカと、忙しく働いていられるのが良かった。
日曜日なだけあり来客数も多く、ありがたい事にイツキは無用な心配事に捕らわれずに済んだ。

小野寺の件は、もう少し後に、動き出す予定。






「…こんにちは。ハーバルさんって今日でお終いなんですか?…あたし、前にネットで商品買ったことがあって……」

と、向かいのショップの女性店員が声を掛けてくれた。初日から気になっていたが、タイミングが掴めず、なかなか話しかけられなかったと言う。
最初はミカと話していたが、イツキをチラチラと伺い、「……あのー、……モデルとかされてる方なんですか?」と聞く。

イツキはまさか、と首を横にふるふると振る。そして、自分がそんな風に見られている事を、初めて知った。


昼過ぎの少し落ち着いた時間に、佐藤良夫もやって来た。
ミカもイツキも最初は誰なのか解らず、化粧品コーナーをウロウロする中年男性を訝し気に眺めていた。


良夫は偶然ハーバルの前を通りかかったという風に商品を覗き込み、それからイツキを見て、わざとらしく驚く。


「……ああ!この前、服、買ってくれたカレ。……ほら、ここの3階の…セレクトショップで。……このフロアで働いてたんだ」
「………あー、どうもー」
「今、着てるのもそうだよね?……やっぱりブルー系で正解だったね。シャツの袖丈は大丈夫だった?」


どうにか取っ掛かりを作りたいと、佐藤良夫はにこやかにベラベラと喋り、また買い物においでねと、イツキにショップの割引券を手渡した。





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2020年05月13日

語るに落ちる







夕方、事務所で。
黒川と一ノ宮はいつものようにアレコレ仕事中。


「……ああ、そう言えば東京駅のイツキくん、今日が最終日でしたか?」
「………さあな」


相変わらず黒川は興味の無さそうな口ぶり。
実際、この三日間、イツキとロクに話もしていないので、イツキの予定など解らないのかも知れない。


「今日は特に予定もありませんし…、……ちょっと様子を見に行かれてはどうですか?……イツキくん、頑張っていますよ、きっと」
「………あんな女ばかりの売り場に行けるかよ。しかも、臭い」
「そうですね、海外ブランドの化粧品屋が多い場所は、ちょっと独特な匂いがしますね。……外の通りからは、姿、見えないんでしょうかねぇ…」
「……少しはな」



何気にそう話して、少し間が空く。
黒川が一ノ宮を見ると、一ノ宮は柔らかく笑う。



「いつの間に?……見に行かれたんですか?」



黒川はふんと鼻息を鳴らす。


別に隠すつもりもないが、言うつもりも無かった。
イツキの様子が心配で覗き見たわけではない。……初日に、イツキを仕事先まで送ってやった時に、ついでに少し、姿を見ただけだ。


黒川がそれ以上語ろうとしないので、一ノ宮もその位にしておく。あまり詮索しては機嫌を損ねるに決まっている。



「……何時まで仕事ですかね。…たまにはこちらに寄ってくれれば良いのですけど。イツキくんの好きな焼き鳥屋さんに行くのも良いですね」


そう、笑いを堪えながら、一ノ宮は言った。





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2020年05月15日

最後の最後で







「……ハイ、金券オッケイ、過不足もゼロ。残りの商品は箱に詰めましたね。ハイ、お疲れ様です!」
「おつかれさまです」



最終日の営業も無事に終わった。
イツキとミカは施設の二階の社員食堂で、最後の細かな事務仕事を片付けていた。
目が回る程忙しい、事もなかったが、慣れない場所での仕事はそれだけでも疲れるだろう。
……ましてやイツキには、……少々心配事もある。今日もあの、嫌な男の姿を見掛けるのでは無いかと……、気を張っていた。

「……ミカちゃん、おつかれー」

フロアで向かいの店にいた女性が、ミカに、親し気に話しかけてきた。
昨日の今日ですでに仲良くなり、連絡先なども交換したのだと言う。
…誰とでも気さくに話が出来き、打ち解けられるミカはすごいな…とイツキは思う。
そんな彼女だから、自分もこれだけ距離を縮める事ができたのだな……と思った。




「……イツキくんこの後どうする?、ユウちゃんが一緒にご飯行こって……」
「……あ、ごめんなさい。……俺、今日は帰ります」
「…そっかぁ…。……また連絡してもいい? ハーバルの社長も直接話したいって言ってたよ。……本当の、東京進出の件だよ」
「………ん。……了解です」



少し顔色の優れないイツキを気遣い、ミカは、それ以上無理に誘う事はしなかった。

イツキとミカ、それと、ユウと呼ばれた黒髪ロングの女性は社員食堂を出て、スタッフ用の通路を進む。
出入口は何か所かあるが、売り場フロアに近い場所まで戻る。そこからミカたちは、地下のレストラン街に行くのだと言う。


じゃあ、ここでバイバイね、とミカがイツキに手を振り、外に出ようとした時



中から、見掛けないスーツ姿の男が、イツキたちの元に駆け寄ってきた。






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2020年05月16日

呼び出し






「……ああ、良かった。間に合った。……ハーバルの子だよね、ちょっと来て貰っていいかな? 部長が呼んでるんだよ」
「……え?……何ですか……」
「…さあ、私は頼まれただけだから」


外へ出る扉の内側のイツキと、すでに外に出てしまっていたミカは……顔を見合わせる。
何の用事かは解らない。けれど、呼び出されている以上、断ることも出来ない。
…一応、先輩のミカは自分が…とポーズを見せるのだが、その実、気持ちはすでに地下のレストラン街に向かっている。
スーツ姿の男は、もう半分踵を返しながら、急かすようにイツキに手招きする。


「早く、早く。……私が怒られちゃうよ!」


本当にちゃんとした用件にしろ、そうでないにしろ、この流れでは断れそうもない。
「…俺が、行くんで…」と、イツキはミカに声を掛け、男の後を付いていった。






当然、「ちゃんとした用件」な筈はない。
男は確かに、内容も解らずに頼まれただけだったが、それは、「ハーバルの男の子を連れて来る」というものだった。





「……んんん、やっぱあたしが行かなきゃダメだったかなぁ…悪い事、しちゃったなぁ…」
「大丈夫じゃない? 結構、どーでもいい用事で呼ばれたりするよ。…ここのポスター、剥がしておけ、とかさ…」
「……そうなのー?」


ミカとユウはそんな話をしながら歩いて行く。
仕事場だったフロアの先に、レストラン街へ降りるエスカレータがある。
フロアはすでに閉店時間。通りに面したそこには透明な扉が下りていて、…ああ、もう終わってしまったのか…と、人が、中を覗き込んでいた。





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2020年05月18日

ついでの用件







イツキ達が使っていた社員食堂の奥には事務室や、他にいくつかの部屋があった。
「早く、早く」と急かされ、イツキは会議室に通される。
会議室には別の男性がいた。
立場のありそうな佇まい。スーツの襟には役職名らしいピンバッヂ。

案内役の男はぺこりとお辞儀をし、イツキを残して退出する。テーブルの上には何やら紙袋が置かれていた。



「これね、ハーバルさんの販促物。悪いけど持って帰っちゃって。展示のポスターは処分しちゃったけど、良かったかな」
「……あ、はい……」
「ああ、あと景品のミニタオルも余ってたから、あげる。……ちょっとかさ張るけど…」
「……ありがとうございます…」


紙袋を覗くとそこには別の場所で配っていたサンプル品や、細々としたものが入っていた。
本当にこんな用事だったのだろうかと、少し拍子抜けする。

けれど

顔をあげると、男と視線が合う。男は上から下まで舐める様に……イツキを眺めていた。
……嫌な気配を感じたイツキは早々に立ち去ろうと、頭を下げる。


「……じゃあ、……失礼します……」
「あー、いやいやいや、まだだよ。本題はこっちだから…」




男は、ちょいちょいと手招きし、入ってきたのとは違う扉へイツキを誘う。

扉を開け、軽くイツキを押し、有無を言わさず中へ入れる。

次の部屋はさらにきちんとした設えで、応接室や何かといった様子。



その革張りの偉そうなソファに、偉そうに、小野寺が座っていた。





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2020年05月19日

嫌味







部屋に一歩入ったところで、イツキは立ち竦む。
正面のソファには小野寺が構え、イツキ見て笑う。
ここの施設の役職らしい男は、小野寺とイツキの顔を交互に見遣り、様子を伺う。……この男は、小野寺の性癖までは知らないようだ。

系列企業のトップで、ホテル経営などを手掛ける小野寺。昨日、今日と視察に訪れていたが、知り合いの子がいるようだと、イツキを呼び出して貰ったのだ。



「…やあ、イツキくん。こんな所で会うなんて驚いたよ。……オシゴト、替えたのかな?」


まるで普通の挨拶のように、小野寺がにこやかに話しかける。
イツキも普通に、ぺこりと頭を下げる。


「……ちょっと、……お手伝いに来ただけです」
「……ふぅん。……ふふ、……売るものが、違うでしょうに。……ああ、柳くん、車を回しておいてくれるかな、イツキくんを送って行くから」


小野寺はそう言う。柳と呼ばれた男は「はい」と答え、部屋を出て行く。
イツキも一緒に出て行ってしまえば良いのだが……


小野寺だけは、本当に駄目で。
今までに起きた酷い出来事が腹の底に黒く沈んでいて、身体が、思うように動かなくなる。





「………俺、……小野寺さんとは、行きませんよ…」
「まあ、まあ。せっかく会えたんだから、食事ぐらいいいだろう?」
「……俺のことは、……マサヤを通してくれないと…、駄目です」
「通したら、いいのかい?………へえ、そう!」




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2020年05月20日

虚勢







万が一でも、そんな事はないと思うのだけど
小野寺が黒川に、『……今、イツキくん、借りてもいいかな』と
電話を入れ、それが了承されるのではないかと……肝を冷やす。

小野寺なら、すぐに電話をしそうだし
黒川も、………そう、返事をしそうだと……
………思わないが、少し、……思う。



「……面倒は、嫌なんだけどね。……ちょっと話したいだけ、だよ。
…ハーバル、だっけ?……化粧品屋さん?……ふふ
驚いたよ、可愛いコがいるなって思って…二度見しちゃったよ。…、イツキくん、普通のフリして、立ってるんだもんなぁ……」

「……小野寺さんも……、普通の人のフリ、でしょ……、だったら、俺とは、関わらない方がいいと思いますよ……?」




どうにか声を絞り出し、イツキは小野寺と対峙する。
精一杯の虚勢を張り、小野寺を遠ざけようとするが……効果はあまり無い様子。

小野寺はソファから立ち上がり、イツキの傍へと歩み寄る。

すぐ、目前に立ち、舐める様に見下ろす。

頬に、手を当てられても、イツキは顔を反らせることもできない。




「……私の心配より、キミの事でしょ?……キミみたいな子が、こんな場所にいちゃ、駄目でしょ?
……すくに男に股を開いて、性欲ダダ洩れの、淫売が……、普通に働く、とか、ずうずうしいにも程があるデショ?

身の程を、知りなさい」





耳元で静かに話す小野寺の言葉は、深く、イツキに、沈む。






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2020年05月21日

土壇場







過去に酷く、心も身体も傷付けられてしまったものは……、例え状況が変わったとしても、それに歯向かう気など起きなくなってしまうらしい。
どうせ駄目だと足が竦む。怯えで身体は硬直する。

他の客をあしらうように、軽口を言って翻弄するような真似が、小野寺相手には出来ない。



車の用意が出来たと、先ほどの柳という男が部屋に戻って来る。
小野寺は静かにイツキを促し、部屋を出る。




「………俺、…いや、……です」

それでもイツキは声を絞り出し、扉から出ようとしなかった。
小野寺は、イツキの二の腕をガシリと掴み、引く。


「……ここは、大人しく言う事、聞いた方がいいと思うよ?」
「……いやです」
「……ふうん?……真面目なお仕事関係の皆さんに、キミの事、話してもいいのかな?」


一番嫌な所を突かれてイツキがどうにも…堪らず、折れそうになったところだった。






「……あー、イツキくん。いたいた!」


視界の先。会議室から社員食堂へ抜けるあたりに、ミカと、一番最初にイツキを案内した男。


それから、黒川の姿が見えた。






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2020年05月22日

少し前の話







『最終日ですし。労いも兼ねて。皆で食事にでも行きませんか』と
黒川は一ノ宮にそそのかされ、嫌々仕方なく、イツキの仕事場を訪れていた。

けれど時間が遅かったのか………黒川がギリギリまで出掛けるのを渋ったためだったが………、売り場は閉まっているようで、透明なシャッターが下りていた。

黒川は舌打ちしながら中を覗き込む。一ノ宮は少し、困る。
ふと、向こうから若い女性が二人歩いてくる。ミカとユウだった。
先日のフェスタも見に行った一ノ宮は、イツキと一緒に働いていたミカを覚えていた。



「………すみません、……ハーバルの従業員さんですよね?」
「………えっ、……は、はい…?…」


あまり化粧品売り場には縁のなさそうな、スーツ姿の男に声を掛けられて、ミカは身構える。
声を掛けて来た方はまだ、物腰穏やかな風だが、……もう一人の男は明らか険しい、怖い雰囲気。



「私共、岡部イツキの身内なのですが。……イツキくん、もう、帰ってしまいましたか?」
「えっ、……あっ…、………ああっっ」



ミカは、イツキにカレシがいる事を知っている。
咄嗟にこの二人のどちらかなのだろうと思う。思うが…、……いや、歳が離れすぎているのではないかとも思う。
しかも向こうの男は不機嫌そうで、怖すぎる。……ああ、イツキくん、怖い人と付き合っていると言っていた……と、考えがぐるぐる回る。

慌てるミカの代わりに、ユウが、通用門を指さしながら答える。



「……彼、なんか、呼び出されちゃって。……まだ中にいると思いますよ」






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