2020年08月01日

バカンス・26







翌朝。
梶原は遊び切ったぞと言う晴れやかな顔で、旅館を後にした。
イツキはバイバイと手を振り、さてこの後はどうしたものかと考えていた。
黒川は、今日の夕食後あたりに、来るらしい。
それまでの時間をどう過ごすか。また街中に遊びに出ても良かったが…、黒川の持ってくる「仕事」がどんな内容かも解らず、少し気が重かった。



結局、ココで過ごすことにする。
考えてみればこちらに来てから、結構、出歩き、飲み食い、遊んでいる。
本当にゆっくりのんびり、身体を休めるのも良いかも知れない。



昼間の中途半端な時間を狙い、人の少ない大浴場に入る。
大きな大理石の風呂に足を伸ばし、スチームサウナに挑戦し、3分もしないうちに上がると、脱衣所で牛乳を飲む。

「………ヤバイ…」

ふと足元を見て愕然とする。
昨日の海辺で…。全身をすっぽり包むような水着に、出ている素肌には細目に日焼け止めを塗っていたのだが…、足の甲にだけ塗り忘れたらしく……
足首の先だけ、まるで靴下をはいているように色が変わってた。

部屋に戻り、持って来ていたハーバルのクリームをあちこちに塗りたくる。
…旅館のサービスで整体やマッサージもあり酷く迷ったのだが…、…さすがにちょっと怖くて止めておいた。

「…ああ、お客さんスミマセン、指が間違って違うトコロに……ってやつだよね。怖い、怖い」

イツキは独り言でくすくす笑う。悪いオトナの影響か、大分誤解があるようだった。



ハーバルのボディバターはグレープフルーツの香りだった。
ケアが終わりベッドに横たわると、いつの間にか、深い眠りに落ち



あやうく、夕食の時間まで、寝過ごすところだった。







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2020年08月03日

バカンス・27






一応アラームを掛けておいて正解だった。
連日の疲れが出たのか少し転寝のつもりが、すっかり寝入ってしまった。

今日のスペシャルは確か伊勢海老の姿焼きだったはず、と
イツキは浴衣姿から、きちんとした格好に着替え、離れのレストランへと急いだ。

レストランの席はあらかじめ決まっている。
イツキが案内された席に向かうと、そこにはすでに……


黒川が座っていた。





「………えっ、………来るの、夜…遅くじゃなかった…?」



およそ一週間ぶりに会う黒川は、まるで今朝がた別れたばかりというような、普通の顔。
イツキばかりが驚き、髪に手をやって、自分がどんな格好をしてきたのかを確認する。


「用事が早く終わってな。なんだ?…何か不都合でもあるのか」
「…いや、……ないけど。……びっくりした」


きょろきょろと辺りを見回しながら、イツキは注意深く席に着く。
テーブルにはすでに酒と器が用意されている。黒川は先に始めていたらしい。


「……マサヤ、だけ?」
「うん?」
「……相手の人って…、いるの?……仕事って…、……今日、明日?」





不安気な顔でイツキは尋ねる。……その事は重々解っていたはずだが
予定が変わった事で、心の準備が間に合わない。
そんなイツキの様子が面白いのか、黒川はニヤリと笑い…、返事の前にイツキに酒のボトルを差し出す。
イツキはグラスを取り、注いでもらう。手が、小さく震える。






「仕事の話な、……あれは、嘘だ」

薄く笑いながら、黒川はそう言った。



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2020年08月05日

バカンス・28







「………は?………うそ?」
「そう」
「……無いの?……仕事」
「あった方が良かったか?」


事態を飲み込めないイツキ。
勿論『仕事』なんて無い方が良いに決まっているが、急に、予定が変わっても気持ちは簡単に切り替わらない。

豆鉄砲を食らった鳩のように目を丸くするイツキの前に、給仕が、料理をいくつか運んで来る。
先に黒川が注文していたようだ。酒のツマミに丁度良い小皿が並ぶ。
向こうのオープンキッチンで、スペシャルメニューの伊勢海老が焼き上がったと、ベルが鳴る。
黒川は一瞬そちらを見て、それからイツキを見て、ふふんと鼻で笑って、自分のグラスに酒を注いだ。



「たまにはのんびり過ごすのも…良かっただろう? 
変な知り合いがいる東京よりは、危険も少ないからな。
ただ、羽目を外し過ぎても困る。
……嫌な予定の一つでもあれば、自重するだろ?」



本当に、それだけの理由だったのだ。
実際、イツキは「仕事」を気にし、何もかも忘れぱっと遊ぶ……、まあ、そんな事はしないにせよ…、……ある種の重しとなった事は確かだった。

それでも、それをすぐに理解するのは難しい。



「………意味、わかんない!」



イツキは吐き捨て、呆れるより怒り、手元のグラスの酒を一気飲みして、目の前の料理をガツガツ食べ始める。


それを見て黒川は珍しく、声を上げて、笑った。





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2020年08月06日

バカンス29







「仕事」が無いと解り気が緩みすぎたか、夕食を終える頃にはイツキは真っ直ぐに歩けないほど酩酊してしまっていた。
部屋に入り、黒川にしな垂れ掛かり、融けるようにベッドに倒れたのも、その為だった。

顔を見合わせて唇を重ねて、は、飛ばして。

すぐに一番感じやすい場所への愛撫が始まる。
ちろちろと黒川の舌先がイツキの肌をなぞるだけで、イツキは簡単にイってしまいそうになる。


この男は本当にズルい。と、思う。
意地悪をする時とそうでない時の差が激しい過ぎるのだ。
文句の一つも言う間も貰えず、快楽の底へ引きずり込まれる。
口を開けば出るのは喘ぎばかり。そんなに拡げて、音まで立てて舐められては、困る。






「……マサヤ」
「……ん?」
「……女の人といた…?」





ふと、イツキは思い出す。
2日前に電話で話した時、確かに黒川の傍には女性の気配があった。



「……俺だって、仕事も付き合いもある。メシぐらい食っても構わんと思うがな…」
「……そっか……」



イツキは、本当は黒川は、自分をこちらに追いやって…その間、好き勝手にしているのかと思っていた。
遊んで良いと言いつつ、「仕事」を忘れるなと言い、見張りの様に女将に日々の様子を連絡させて………
……まあ、それはほぼほぼ、正解ではあるのだが……。


黒川の手が深く、イツキの中を抉る。





「……なんだ?……ヤキモチか?」
「…………違うよ…!!」



黒川のくだらない軽口を、イツキは必死に否定する。
黒川はおかしそうに、ふふと笑う。



「安心しろ。……お前の方が、……イイ」



緩んだイツキの穴に黒川は自身を埋め、そう言う。

イツキも、『……俺も竹本さんより、マサヤがいいや…』と言ってやろうかと思ったが。

一週間ぶりの黒川の感覚が、良くて、他の事はもうどうでもよくなっていた。







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2020年08月07日

バカンス・30







実は、夕べ。
部屋にいなかった梶原を探し、イツキが館内をウロウロしていた時。




イツキが売店のあるロビーのソファに座り、少し、ぼんやりしていると…
……向こうから竹本が歩いて来た。

皆が寝静まった真夜中に鉢合わせるなど、普通ならあるハズも無く

お互い、驚く。




『……竹本さん。…どうしたんですか?こんな夜中に…』
『…イツキくんこそ…。……ああ、俺は、今日は大広間の宴会が長引いて、……片づけを手伝ってたら…、……遅くなって…』
『…俺は…寝付けなくて、ちょっと散歩です。……売店に、竹本さんいないかなって…、…丁度、思ってたトコです。
『……はは』



竹本はイツキの隣りに座る。なんだか、落ち着かない様子。

イツキは、浴衣の袷を気にする。灯篭の形をした薄暗いランプが、イツキの白い素肌を照らす。



『……俺も、……またイツキくんに会えないかなって。……仕事の片づけは本当だけど…、なんか…、………会えたらいいな…って……』


照れ臭そうに、しどろもどろに話す竹本。
勿論、まだイツキを好きとか、そんな気は……自覚していないのだけど…、……興味をもち、気に掛かり過ぎていることは確かなようだ。




イツキは

ちらりと、視線を流す。

黒川に、いいように、雑に扱われたココロとカラダに

悪いスイッチが入る。





ソファの上につかれていた竹本の手に、自分の手を重ねた。





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2020年08月08日

バカンス・最終話








『……あ、うそ。……だ、だめだって……、イツキくん……』


あとは簡単だった。
イツキは竹本に抱き付き、竹本の股間に手を当て、勢いを確認する。
カチャカチャとベルトを外し、ズボンのボタンを外し、ジッパーを下ろし
ぽろんと飛び出して来たものを、口に咥える。


時間にすれば、短いものだったろう。

竹本はソファに座ったまま。イツキが、その上に跨る。
竹本のものはすでに十分な硬さを持っていたし、イツキも……ハーバルのクリームを持っていた。
ずるりと中に収めてしまえば、後の問題は、どれだけ声を出さずに我慢できるかという事だった。

そして

終わった余韻に浸ることもなく、イツキは照れ臭そうに笑って、自分の部屋に帰って行った。
竹本は、立ち上がることも出来ずに、……丸出しのまま、ソファでしばらく放心していた。








まあ、そんな程度の事だったので、黒川と比べるまでもないのだけど…
…とりあえず、今回の「遊び」は、その程度にしておいて良かったと…イツキは思った。



「女よりイイ」と失礼を言う黒川に、ふふふと、笑顔を返す。
黒川はイツキと深く繋げたまま身を屈め、唇を重ねる。



お互い、どれだけ嘘を重ねていても、この一瞬だけは、
目の前の相手のことだけを感じていられる。






「……俺は、…マサヤがいいよ。旅行も…、楽しいけど…。……マサヤと一緒じゃないと……つまんないよ」
「…………ふん」

キスを続けながらイツキがそう言う。

半分、お世辞だとしても…、黒川には過分の言葉だった。





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2020年08月11日

土曜日の朝







遅い朝食は部屋に持って来てもらった。
黒川と一緒だと、なにかと融通がきくようだ。
窓側の、板の間の、ラタンの小さなテーブルにトーストと目玉焼き、サラダにフルーツ。
コーヒーを置く場所が無かったので、それはとりあえず床に置いておく。


「…マサヤ、ここって、いつまでいるの?」
「…月曜の朝までだな。…夜には仕事が入ってる…」
「…海とか、行く? 色々、見るトコあるみたいだよ?」
「俺は休みに来たんだ。…ゆっくりさせろよ…」


黒川はそう言って、手を伸ばして、床に置いていたコーヒーを取る。
窓の外は上天気。夏の日差しが眩しすぎる。

イツキは、寝不足の目を細めて…それでもトーストをもぐもぐとやる。
確かに自分も連日遊び通しなのだし、夜は夜で…忙しいのだし。
部屋でゆっくり休むのも良いかも知れない。
………黒川と一緒で、ゆっくり休めるのかは、甚だ疑問だけれども。
それに迂闊に出歩いて、この一週間、自分がどこに行っていたかを詮索されるのも面白くはないだろう。




「……それに…」


コーヒーを飲みながら黒川が続ける。
イツキが顔を上げると、黒川は……何かイツキの悪さに気付いたのか、ニヤリと笑う。



「……外に出て、これ以上、日焼けされても困るからな。
……まったく。……小学生かよ」

「……あっ、……これは…その…」




イツキの足先は甲の部分だけ真っ赤に日焼けしていて
それを見て黒川はくすくすと鼻で笑い

イツキは慌てて、足を、手で隠す素振りなどする。






穏やかな土曜日の朝。






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2020年08月16日

昼の黒川








朝のコーヒーを飲み終えると、黒川はまたベッドに戻ってしまった。
ここには休みに来た、というのは本当だったようだ。
寝転がり、しばらくは新聞を読んだりテレビを眺めていたのだが
いつしか、寝入ってしまう。

イツキはベッドの縁に座り
黒川の寝顔を眺める。
あまり、昼の光の似合わない男。
無防備な姿。


憎いだの、殺したいだの、そんな感情はもう無いが
変わりに、何があるのかは、解らない。
振り回されてばかりの日々が面倒臭いと言えば、面倒臭いが
嫌なこと、ばかりではない。
それで全てを帳消しにして良いほど、簡単な話でもないのだけれど。




「……ま、今は……いいけどさ……」

イツキはぐっと身を乗り出し、黒川の寝顔を眺め、そう呟いてみる。
あまりに呑気に寝ているので、とりあえず、鼻をきゅっと摘んでやった。







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2020年08月17日

転寝







黒川が転寝から目覚めると
目の前でイツキが寝ていて、軽く驚いた。
ベッドの縁に腰掛け、上半身だけ倒す格好。
鼻息が聞こえてきそうなほど、呑気な寝顔。



良くも悪くも、こいつは馬鹿だなと、黒川は思う。
自分も含め、悪い男が多過ぎる。決して良い事ばかりの日々ではない。
それでも、呆れるほどの透明度で、こんな穏やかな顔を
簡単に晒す。
何も考えていない馬鹿か、忘れっぽいのか。もしくは全てを許す慈愛に満ちた何かか…



「いや。…ただの馬鹿だな。……俺には丁度いい…」



黒川はイツキに手を伸ばす。
軽く髪の毛を引っ張るとイツキは顔をしかめ、それを見て黒川は、笑った。





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2020年08月19日

持っているイツキ







「……お兄ちゃん、また会っちゃったね。…俺に会いに来たのかな?」
「…………違います」



間合いの悪さについてはイツキは呆れるほど「持っている」というヤツで。
トラブルに事欠かない。





夕方、ふいに黒川が外に食事に行くと言い出した。
水曜日にイツキが訪れた観光ロード。ここでしか飲めない地酒があるのだそうだ。
イツキは一応、チンピラに絡まれた件を、黒川に報告しておく。
『…相変わらずだな…、お前、何か、滴らして歩いているんじゃないのか』と笑われた。

さすがに男と出会った店は避けた方が良いと、違う場所を探す。
2つ向こうの路地にも良い店がありそうだと、黒川が覗きに行く。
イツキは少し、……ほんの少し余所見をしていて、黒川と距離が空く。
その一瞬で、あの男に声を掛けられたのだ。

当然、イツキも警戒はしていたのだけど…今日の男は、先日の甚平姿ではなく
柄シャツにチノパンという普通の格好で、腕を掴まれるまでそれとは気付かなかった。





「……離して下さい。俺、今日、連れがいます」
「……へえ!……誰? どれ?……また1人で飲みに来たんじゃないの?」
「…本当にいるんです。……見つかったら、大変なんだから……」
「じゃあ、その前に、どっか行っちゃうっていうのはどう?」


「………何がどうなんだか……」





気付くとすぐ背後に黒川が寄って来ていた。
男は、本当にいたツレに驚き、イツキはすがるような目で見上げ、黒川は飽き飽きといった風に鼻で息を付き


男の手から、イツキを引き剥がし、自分の傍に寄せ




「俺の女に何か?」



と、言った。








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2020年08月21日

嫌がらせ








旅館には大浴場の他に、時間で貸し切りに出来る家族風呂があって
夜はそこを利用した。
今更、風呂で肌を見せるのはハズカシイだの何の、言い出すのもおかしな話だが
イツキは常に身体にタオルを巻き付け、緊張しているようだった。


「馬鹿か、お前は。お前のハダカなぞ、見飽きているぞ」
「いや、でも…なんか、お風呂って違うじゃん……」


イツキは隠れるように手早く身体を洗い、外に向かう。
樹木が茂る中庭。大きな岩に囲まれた露天風呂。
こぽこぽと溢れる湯と立ち込める湯気が風情をそそるも

生憎、風呂はそう広いものでも無かった。


やがて黒川もこちらにやって来る。
何の気も使う様子もなく、タオルすら引っ掛けず、すぐにイツキの隣の湯に浸かる。





2人で風呂に入るのは、イツキが
自分が、身体を見られて恥ずかしいから嫌なのではなく
裸の黒川が目前にいることが…気恥ずかしくて嫌なのだ。
あの手も、胸も、腰も、よく知っている。
振り落とされないようにしがみ付いて、声をあげたのは、ほんの数時間前のことなのだ。





黒川は
イツキがそんな事を思っているのを、実は知っていた。
自分と目を合わせないようにするイツキを、鼻で笑って
半ば嫌がらせのように


腕をイツキの身体に巻き付け、ぐっと抱き寄せるのだった。






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2020年08月24日

爪痕








一通りコトが終わって、黒川は起き上がり
ベッドの縁に座り、タバコに手を伸ばす。
イツキは寝転んだまま、黒川の背中を見上げる。
バカンスも、今日が最後。明日の朝には、現実に戻らなければいけない。



「……俺、ずっと…こんな風でもいいな……」
「何がだよ」
「……知らない場所で、マサヤが一緒で。…お風呂に入って、…ご飯食べて…」
「どれだけ暇人だよ。……まあ、お前はいいよな、それでも…」


ベッドの横には擦りガラスの丸い照明があって
その淡い光が黒川の背中を浮かび上がらせる。
右肩に1つ、赤い線があるのは、さっきイツキが引っ掻いてしまった爪痕だろう。






あまりにも
黒川が大きく抉ぐるものだから
イツキはこのまま、身体が裏返ってしまうのではないかと思った。
痛みと違和感は快楽に呑まれて、熱と体液が垂れ流される。
どうにもならなくて振り回した手が、黒川の肩に当たる。
そんな事で黒川を止められるはずもないのに。






「……誰も知らないとこで、マサヤといるのって……、好き。
なんか、世界に、2人だけって気がしない?
……その方がマサヤも優しい気がするし、俺も、…気が楽。
……他に何も、考えなくても…いいんだもん……」


まだ身体に熱が残っているのか、うかされたようにイツキが呟く。
黒川は煙草を吹かし、イツキの戯言にふんと鼻を鳴らし、もう一度紫煙を吐き出す。




「そうだな」




そう言って黒川は煙草を灰皿に押し付けた。








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2020年08月26日

不機嫌な黒川









黒川とイツキにはシガラミが多過ぎる。
出会いからして最悪だった上に、重ねた年月もまあ、悪い。
その分、この先の未来が明るいものかと言えば、そうとも言えない。
何もかも不安定で不透明。
自身のココロと身体も、思うようには動かせない。

だからこそ

ほんの旅先でも。日常から切り離された場所で、二人きりで過ごせる時間は
良いものだったのかも知れない。
どれだけ甘く優しい素振りを見せたとしても、それを知るのは、二人だけなのだ。


『……こうやって、マサヤと2人きりで過ごすの、…いいな…』


そう呟いたイツキを、もっと抱きしめてやれば良かったと
黒川は思った。
決して離れないように全てを繋ぎ止めていれば良かったと。


いなくなってからでは、遅いのだ。

イツキが傍にいないというただそれだけの事が
黒川の胸の奥に、深く暗い影を落とすのだった。











「………マサヤ、そろそろ着くよ。品川駅」


旅先からの帰りの列車で、寝入っていた黒川を起こそうと、イツキが声を掛ける。
黒川は2、3瞬きをして、夢とも解らないぼんやりとした思いから目を醒ます。

目の前のイツキを確認し、驚いたように目を見開き、それから…深いため息を吐く。
あやうく手を伸ばし抱きしめそうになるのを、理性でどうにか、ねじ伏せる。




「………もっと早く起こせ。…馬鹿が…」




寝起きの黒川の機嫌が悪い理由は、イツキには解らなかった。








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2020年08月28日

バゲットと目玉焼き








バカンスが終わってもイツキと黒川はそう変わらず。

あの二人きりの甘ったるい時間が、何か関係を進展させる要因になるかとも思ったが……、気のせいだった。
黒川は夜の一時を除けばほぼ不愛想で、イツキを雑に扱い、コーヒーが不味いだの文句を言い、
イツキは部屋中の洗濯物を掻き集めたり、簡単な掃除をしながら、それでもまあ気軽な生活を楽しんでいた。



遅い朝食はバゲットと目玉焼き。
今日の黄身は、破れなかった。





「俺、今日は研修の日。…夕方には戻るけど、マサヤ、いない時間かな?」
「…そうかもな。俺のことは構うな。用事があれば連絡する」
「…はぁい」



ハーバルの販売員の仕事は特に反対される事もなく、話が進んでいた。
某百貨店の常設ブース。
営業時間の全てにいなければいけない訳ではないので、ミカと二人で時間を区切りながら、どうにか回して行く段取りになっていた。
多少、面倒臭い事務仕事も増えるため、現地での研修も始まっていた。



「…後で買い物に行くけど何か必要なものってある? …俺、やっぱり靴が合わなくて。ミカちゃんなんて、よく一日ヒールで過ごせるなって…」
「そんなものは慣れだろう。ああ、磨き用のクリームが無かったな、買っておけ」
「キウイの黒の? はぁい」



先に食べ終わったイツキは自分の皿を下げ、仕事用に新しく買ったジャケットを羽織り、行って来ますと部屋を出る。
黒川は顔も上げずに、ああ、とだけ言い、後は新聞をガサガサと広げていた。




何の変化もなく、ただ普通に日々を過ごすことが
この二人には稀で、貴重な、穏やかな時間だった。





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2020年08月29日

必要悪







変わり映えのしない穏やかな時間を過ごすイツキと黒川だったが

その中に、ほんの少しの毒が混じるのも、また日常だった。

黒川の仕事柄、どうしても避けられない付き合いというものがあり

……イツキが呼ばれる。それは、最低限の必要悪で、イツキも諦めていた。





きっちりと黒いスーツを身に纏い、指定されたホテルの部屋に向かう。
まるで知らない得体の知れない男が相手ではない。それなりの立場の人物だ。
命の危険は無いし、時間通りに終わらない、ほどの事もない。
好き嫌いや、趣味の悪さは……まあ別の問題なのだけど。

『…イツキくん、こんなに…セックス好きなのに、どうしてもっと…しないの?
勿体ない。……こんなに、………スゴイのに………』

身体の穴を弄られ濡らされ広げられて、最大級の誉め言葉を囁かれるが、返事をするには酸素が足りなかった。
途中、黒川の顔を思い出しては嫌だな…などと思ったが、そんな暇も無かった。

ありがたい事に
始まってしまえばイツキは、止まるまで、止まらなかった。






終わって、少し眠って、それから全ての匂いと気配を洗い流して
呼んで貰ったタクシーに乗って、黒川の事務所へと帰る。
すでに外が白み始める時間。事務所には黒川が一人、仕事をするフリをしていた。

「……オツカレ。……朝メシでも行くか?」
「………焼肉がいい…」
「この時間にか?…はは。…まあ、いいか…」


そう言って二人は、外へ出て行くのだった。






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