2020年10月28日

食事会・3








待ち合わせのホテルは星がいくつか付くような格式のあるところで
こういった場所に慣れているはずのイツキでも緊張する。

ヤる、だけが目的のホテルなら、何をすれば、どう振る舞えば良いか解るのだけど。
良いホテルで食事だけ、などと言われても…正直、途方に暮れてしまう。



『あと20分で着く。ロビーで待っていろ』



黒川の連絡通り、ロビーのラウンジの端のソファーに腰掛けて待つ。
まあ、今日は、黒川も一緒なのだし、そう問題は起こらないはずだと…
イツキは乾いた喉をこくんと鳴らして、伏し目がちにあたりを伺う。

ターミナル駅に近い事もあって、大きなトランクを持った旅行客が多い。
チェックインの時間は過ぎているだろうが、それでも慌ただしく人が行き交っている。
…また、どこかに旅行に行きたい…などとぼんやり考えていると
……ふと、少し離れた所にいた初老の男性と、目が合ってしまった。





普通ならば、何事もない筈なのだが、イツキは、普通では無いようで。
こんな場所に一人で、ハマり過ぎる黒スーツを着た綺麗な少年がいるのは、どうしたって目に付いてしまうようだった。





初老の男性はニコリと笑い、こちらに向かって歩いて来る。







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2020年10月29日

食事会・4






イツキは別に愛想を振りまいたり誘う素振りを見せたり
無駄な色気を垂れ流したり……しているつもりは一切無かったのだが

どこかで何か、漏れていたのか。
ふと目が合った初老の男性が、こちらに近寄って来る。

男は笑みを浮かべ、イツキのソファの隣りに座り、イツキに軽く会釈をする。
イツキは怪しみながらも、……まだ何の確証も無かったので……、同じように軽く頭を下げ、あとは他所を向いて無視を決め込む。



「……久しぶりに東京に出て来たんだが、人が多くて参るね、はは」


男は勝手に喋り出す。ただの世間話だろうか。


「ここいらも、このホテルが出来た頃はまだ静かだったんだけどねぇ。…昭和の…中ごろの…
…通りの向こうに大きな公園があって、噴水なんかもあってね……」


イツキは俯いたまま指先をくるくると回す。
気の良いおじいさんのお喋りに付き合う気分ではないが、仕方なく、少しだけ話を聞く。


「あんまり賑やかになるのも、好かないけれど。でも、あなたみたいに若い人が集まる街も、良いんでしょうな」


男は穏やかに笑う。イツキは『…そうですか…』と言う風に、ごくごく軽く頭を傾げる。
男はさらに穏やかに笑い、それから少し身を乗り出して、イツキの顔を覗き込む。






「ところで、………やっぱり、そっちのコかな?……お客さんでも待ってるの?」






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2020年10月30日

食事会・5







『……やっぱり、そっちのコ?』

聞き飽きたその言葉にどう返事をするのが正解なのだろうか。

『……そう見えますか?……ふふ』

と、微笑み、余裕で流してしまえば良いのかも知れないが……イツキにはそれが出来ない。





「……な、何の話ですか!……意味が解らない。……変なコト、言わないで下さい!」

顔を赤らめムキになって否定をすれば、相手の思うツボなのだけど。
思った以上の反応に、初老の男は楽し気に笑い、さらに身を乗り出す。

「いいねぇ。まだおぼこい感じなのが、いいねぇ。時間があるなら、私の所に来ないかな?花代ははずむよ?」
「行きません。俺、…そんなのじゃないですから!!」
「そんなのって……、……どんなの、なのかなぁ…」



反応することで肯定しているのだと気付かないイツキに、男は笑い…、……間合いを詰めると、ぐっとイツキの手を掴む。
イツキはそれを振り離そうとするのだが、男は年老いた見た目に反し、力が強い。
強引にイツキの手を握り、………手の中に何かを握らせ、……ついでに手の甲を摩る。



「…………や………」
「……まだ早ぇよ、オヤジ」




イツキが思わず大声を上げようとした時、一人の男が傍らに来て声を掛ける。
どうやら初老の男と知り合いのようで、肩に手をやり、動きを制止する。

イツキは顔を上げ、その男を見て、驚く。




「…………松田さん…!」
「………どうも」


「………なんだ?……知り合いか?」
「黒川さんのとこのイイ子も一緒だって言っただろう?……この子だよ」
「…は。……なるほど…なるほど……」






初老の男は、松田の組の頭で、松田の父で。
今日の食事会の、客だった。









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2020年10月31日

食事会・6







やがて到着した黒川と一緒に、ホテル最上階のレストランへ向かう。
通された奥の個室は壁一面が足元まで窓ガラスで、都会の夜景が広がる一番良い部屋だった。



「はは。可愛いコがいるな、と思ってね。つい声を掛けてしまったんだよ。イツキくんというのかね。まだ若いだろうに…」
「まあ、色々とありましてね。今、手元に置いています。…松田さんとは北部の新路線開発以来ですかね?もう7,8年前ですか……」
「そんなになるかい?……いやいや、まさかこんな形で再会するとはね、ご縁だねぇ」



黒川と松田氏は以前一緒に仕事をしたことがあり、知らぬ仲ではなかった。
イツキと松田を介し、こんな形で距離が近くなるなどと思いもしなかったが、二人の仕事にとってまあ悪い話でも無かった。
始終和やかに宴は進み、合間に真面目な事業の話なども挟み、あとは酒を飲み、イツキをからかう。


イツキは、とりあえず身の危険はないのだと……今日はヤらなくて良いのだと……解り、ホッとする。
黒川の傍らで、黒川のツレですという顔で微笑み、静かに酒を飲んでいた。







「……そろそろ『後は若い二人で…』って、おっさん達は退場する頃だと思わない?」

松田が小さな声でイツキに耳打ちする。
イツキは笑って「……それも良いですね」などと言い、


それが聞こえていた黒川はふんと鼻息を鳴らし、イツキを横目で睨んでいた。






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