2020年11月02日
食事会・7
「……可愛いコだったね。お前のお気に入りかい?…何も弄っていない男の子だろう?」
楽しい食事会は何事もなく終わる。
この場は、松田が持つようで、丁重な挨拶をして黒川とイツキは先に店を出る。
残った松田親子は最後にと、バーボンのグラスを頼み、夜景を見ながら傾ける。
「…弄って…?……ああ、どこもメスは入れてないんじゃないかな。ホルモン注射ぐらいは解らんけど…」
「ふっふっふ。一度、お手合わせ願いたいものだね」
「……意外と…ユルいし、…情に脆いところもあるし…、その気になれば機会はいくらでもありそうだけど…」
若い松田はグラスに口を付けて、……一度、イツキを抱いた時のことを思い出す。
……誘いを拒み、貞操を守っていたくせに、職場の女性を守ったつもりか…簡単に身を差し出す。
ビジネスライクに身体を開き、営業用の声を上げ、時間をやり過ごす…その奥で、……感じ、唇を噛みしめ、腰を震わせていた姿は……ナカナカ面白かった。
「…まあ、機会があれば…。けれどそうなると黒川さんが黙ってないデショ。…彼、かなりイツキくんにご執心のようだから…」
「…自分の所の売り物に熱を上げるなんぞ、青臭いところがあるもんだねぇ…」
老いた松田はそう言って、ふっふっふと笑った。
さて。
黒川とイツキは店を出て、エレベーターに乗り込む。
食事中は和やかだった黒川は、イツキと二人きりになると途端に無愛想になり、これみよがしに大きな鼻息を鳴らす。
「……どんな色目を使ったんだ。これ以上、気に入られてどうする。親子丼にでもするのか?」
「ええっ?」
イツキは黒川の言葉の意味が解らずに困惑する。
2020年11月03日
食事会・終
「…… 別に俺、何もしてないよ? マサヤに言われた通りにスーツ着て
ホテルに来て、ご飯食べただけじゃん…」
何をしても黒川の不興を買うと、イツキは若干むくれ、そっぽを向く。
エレベーターはフロントの階に着き、黒川が降りイツキも後に続く。
黒川は用事があるのか、フロントに行き、何やら話をしている。
イツキは少し離れた所にぽつんと立つ。
イツキが特別、松田親子に色目を使った訳ではないことは、黒川も知っている。
色目なぞ使わなくとも、滲んでしまうのだ。イツキは、何かが。
フロントで書類にサインをしながら、少し離れた場所に立つイツキを、ちらりと見る。
相変わらず、黒いスーツがよく似合う。女ではないのに男臭くなく、異質だ。
『仕事』に出していた頃の幼さは無くなり、今は落ち着いた、しっとりとした艶を纏っている。
連れて歩くにしろ、少し考えなければいけないのかも知れない…と黒川は思う。
こんなナリで、売り物では無いと言う方が、無理な話。
「おい、行くぞ」
フロントから戻って来た黒川はイツキに声を掛け、足早に歩き始める。
イツキは「…はい、はい」と小さく返事をして、黒川の後を付いて行った。
2020年11月04日
いじめっ子
食事会の後に黒川は「……飲み直す」などと言って、イツキと一緒に事務所の近くの焼き鳥屋に行き
珍しく最初から日本酒を飲み、飲む内に機嫌も良くなり、ほろ酔いで店を出て
そのままマンションには帰らずに、裏の路地にある小さな古いラブホテルへとしけ込む。
歩いて数分の場所に自分達の寝床があるのにわざわざ、別の場所に行く時は
大きな声を出したり、…あちこちを濡らして汚したり、……とにかく、気兼ねなく行為に耽りたい時なのだ。
この夜も、ご多分に漏れず。
「……………やっ……………あっ…」
何が起きるかある程度予想はしているはずのイツキが、それでも、大きな声を上げてしまう。
黒川は、鏡張りの壁の前でイツキをM字に縛り、晒された穴に……
部屋に備え付けてある棒状のマッサージ機を、捻じ込む。
もちろん、ゴムを付け、穴にも器具にも垂れるほどのジェルを塗っているので、そう酷い痛みはないのだけれど
それでも、酷い。
「……………や、…………だ、…………マサヤ………」
「……………ん?」
器具を咥えながら喘ぐイツキを、黒川は鏡越しに眺め
自分は、何がしたいのだろうな……と、どこか冷めた思いと向き合っていた。
2020年11月05日
女のカン
翌日昼過ぎ。
黒川が目を覚ました頃には、すでにイツキは仕事に出た後で
いつも恩着せがましくキッチンに置いてある、破れた目玉焼きも焦げたベーコンも、何も無かった。
「……ふん」
と、黒川は鼻息を鳴らし、水を一杯飲む。
別に、目玉焼きが食べたかった訳ではない。
夕べ、ホテルから戻ってくるとすぐ、イツキは自分の「巣箱」に籠り出て来なかった。
……少々、乱暴にしたかと、黒川も一応、気に掛けた。
酒に酔っていたせいもあるが、どうにも。………子供じみた執着心なのだと、自覚はある。
泣いて懇願して自分にすがるイツキが、自分だけのものだと、確認したかったのかも知れない。
「……まあ、2、3日もすれば機嫌も収まるだろうよ。……何か美味いものでも、食いに連れて行けば…」
そう言って黒川は、空のグラスをカタンと流しに置いた。
「………イツキくん、大丈夫?……なんか、どっか、悪い?」
「……大丈夫です」
「………なんか、怒ってる?」
この日のハーバルは、ミカと二人。
次に始まるキャンペーンの準備などがあったが、営業はそう忙しく無かった。
何をするにも身体が重たそうなイツキに、ミカが心配して声を掛けるも
イツキは若干膨れっ面で、素っ気ない態度。
「カレと、喧嘩?」
女のカンか、不機嫌な時の常套句なのか
ミカがそう尋ねるとイツキは少し驚いた顔をして
そこから堰を切ったように、不満が溢れ出した。
2020年11月09日
まあ、確かに
「…喧嘩じゃないんだよね…。一方的過ぎて、喧嘩ですらないって感じ…
言われた通りにちゃんとしてても、急に怒られたりして。……よく解らない。
それでも前よりはマシなんだけどさ。……その、扱い的に…、かなり良くはなって…
何でもない時は、穏やかだったりもするんだけど……。でも酷いときは酷くて……
昨日は俺、ちょっと………、………」
客のいない昼下がり。
イツキは棚の奥の商品の数を数えながら、愚痴を零す。
ミカは、イツキが黒川という男性と付き合っていると知っているが、絶対的な上下関係や、まして、どうしてそんな関係になったのか……までは知らない。
イツキもそこまで詳しく話すつもりはなく、差し障りのない範囲で、言葉を選ぶ。
「………イツキくん。それって、……DVなんじゃないの?」
「…殴るとか、蹴るとか?……最近は無いよ。……ああ、じゃあ、やっぱりマシになったって事なのかなぁ…」
「最近は無いだけ?じゃあ、前はあったの?…駄目じゃん!」
思わず声が大きくなり、ミカは慌てて口元を押さえる。
誰にも聞かれなかっただろうかと、きょろきょろと辺りを見渡し、イツキに、神妙な視線を向ける。
「…その人、そんなに怖い人なの?…大丈夫なの、イツキくん。ちょっと距離を取るとか、した方がいいんじゃないの?」
ミカは心配した様子で、そんな事を言った。
2020年11月10日
ダニー、再び
「…すみません、茗荷谷マネージャー。…ウチの主任、今日は他所に行ってて…」
「構いませんよ。まだ実害はないのでしょう?…どの車ですか?」
「あの、角の、黒い…。…2、3時間前から停まっていて…」
茗荷谷が搬入口で届いた商品のチェックをしていると、以前、同じ部署にいた顔なじみのスタッフが助けを求めて来た。
建物の、駐停車禁止のエリアに、車がずっと停められているのだと言う。
荷物の上げ下ろしにも支障があるため、様子を見に行くと
中には、怖い顔の男が乗っていて、…ギロリと睨まれただけで、もう、何も言えなくなってしまったのだ。
「…多分、反社とか、そっち系みたいなんですよね。…この辺りは、あまり居ないんですけどね。
…どうしましょう。…警察、呼んじゃっていいですかね……」
「いや、私が、…車を移動してもらうように頼んで来るよ」
「ええっ…でも、ヤクザですよ、きっと。何か、裏取引の真っ最中かも知れませんよ?」
「…はは。ドラマじゃあるまいし。それに、もしそうなら尚更、移動して貰わないと…」
そんな話をして、さて、茗荷谷がその車を眺めてみると…
車に、一人の青年が近寄り、助手席に乗ると、車はすんなり発進した。
なんだ、良かったと、搬入口のスタッフは笑い、騒いで申し訳なかったと茗荷谷に謝り
茗荷谷は、何も問題が起きずに良かった、と軽く手を上げて、その場を離れた。
茗荷谷は自分の仕事に戻り、作業を続けながら
車に乗り込んだ、ハーバルの男性従業員の事を考えていた。
2020年11月11日
別れのワルツ
「おつかれさまでーす」
店内に閉店の曲が流れてしばらくして
ミカが中央レジに、ハーバルの売り上げ集計に訪れる。
店舗を構えているとはいえハーバルのレジは、百貨店の内側と一緒。
すべでが独立しているテナント店とは違い、最終的な処理など面倒は多いが…
その分、任せたい時には全て任せられるメリットは大きい。
「はーい。これが電子マネーとクレジットの内訳でーす。ざっと見たんで、大丈夫だと思いまーす。
あ。ダ………、茗荷谷マネージャー、お疲れ様でーす」
閉店業務のチェックに茗荷谷が訪れる。
ハーバルのミカを見掛けて、軽く、挨拶をし………、何かを思い出したように、傍に寄る。
「ハーバルさん、お疲れ様です。ミカさん。………えっと…、もう一人…岡部くん……、でしたか……」
「岡部?………ああ、イツキくんの事ですか?……何かありましたか?」
「いえ、……あー。………帰り際に見掛けたんですが…、少し、様子が違ったようで……、どうしたかな……と…」
先刻、見掛けたイツキが気になりつつも、確信が持てない茗荷谷は奥歯に物が挟まったような、どうにも…はっきりとしない様子。まあ、
何を、知りたいのか、本人にもまだ解ってはいない。
そこを、妙に察しの良いミカが、フォローする。
「………え。………あー。イツキくん、今ちょっと、………バタバタしてるみたいなんで…」
「……バタバタ?」
「……カレが、………あ、いやいやいや、……おウチで、揉めてるみたいな感じの雰囲気…カモシテましたけど平気です。大丈夫です!」
付き合っている同性の彼氏が、とも言えずに適当にオブラートに包む。
……その適当な感じが、後々、面倒を起こすのだけれど……それはまた別の話。
「……家で揉め事…そうですか。……あー、ハーバルさん、お客様対応も良いようなので…この感じでよろしくお願いします。おつかれさました。
「はーい」
ミカも、茗荷谷も、適当なところで話を切り上げ、軽い笑顔で、おつかれさまと声を掛け合った。
2020年11月13日
二度見
仕事を終えたイツキがケータイをチェックすると、黒川から着信が入っていた。
イツキは、仕事中は電話には出ない。売り場には持って来ているが、見ている暇がないし
見ることも忘れてしまう。
本当に緊急の場合は、売り場の直通電話に連絡をして欲しいと言っているが
まあ、黒川がそんな場所に電話を掛けて来ることは無いだろう。
着信は、2時間ほど前。
何か用事でもあるのかと、イツキはジャケットを着替えながら慌てて電話を掛けた。
『………ん。…終わったのか。…ああ、今、裏側の……トラックの出入りする所にいる』
黒川は
気紛れで仏心を起こしたのか、イツキを食事にでも連れて行こうと、百貨店の近くに車を停める。
けれど生憎、仕事が何時までなのかを知らなかった。
繋がらない電話に悪態をつき、煙草を吸い、近寄って来た見知らぬ男を一睨みし
あと10分待って来なければ帰ろうと思い、そのまま………つい、寝入ってしまった。
そして、イツキからの着信で目を覚ます。
イツキに居場所を告げて改めてケータイを見ると、時間が、思った以上に過ぎていて
黒川はケータイを二度見してしまった。
2020年11月16日
幕間
酷く乱暴に扱った、その後は
しばらくは、大人しく、優しい。
その繰り返しに、慣れてしまった。
『暴力男とは距離を取った方がいい』と
ミカに言われたところで
黒川と距離を取ることなど、考えられない。
心も身体もすっかり混ざり、癒着している。
「……もし、俺が、マサヤから離れたい…って言ったら、どうなると思う?」
事務所で。
一ノ宮と二人だけになった折に、そんな事を聞いてみる。
一ノ宮は仕事の手を止め、顔を上げ、静かに笑う。
「案外、簡単に手放すかもしれませんよ?…勝手にしろよ、などと言って……」
「………そうかな…」
「ただ、私が引き止めます。……イツキくんがいなくなると、社長は、仕事になりませんから」
一ノ宮の言葉に、今度はイツキが笑う。
意外と、黒川は自分を必要としているのだと、……少しは、知っていた。
「はは。だったらさ、マサヤも、ちゃんと言えばいいじゃんね。ずっと傍にいてくれって。それで、もっと、優しくすればいいんだよ、俺に」
「………そんな事をされては、………逆にイツキくんは、どこにも行けなくなってしまいますよ?」
そう言われてイツキは
確かにその通りだな、と思った。
2020年11月17日
幕間・2
「また、イツキくんと何か、…ありましたか?」
事務所で。
今度は一ノ宮と黒川の二人。
仕事の手が一段落したところで、一ノ宮が、お茶のついでに尋ねる。
黒川は熱い緑茶を啜り、どれの事だろうかと考える。
一ノ宮が「また」と言う程だ。思い当たる節は多い。
「………さあな。……何だ?イツキが泣き言でも吐いたのか?」
「あなたと、お別れしような、と」
一ノ宮の言葉に黒川は思わず、口に含んでいた茶を吹き出しそうになる。
一ノ宮はそれを横目で眺め、「……嘘です」と言う。
「…まあ、そんな様な事です。イツキくんも、……自分自身の事をアレコレ考える様になりましたからね。
今までとは勝手が違うこともあるでしょう。
……新しい仕事もあることですし……、もう少し、気に掛けてあげても宜しいかと思いますが……」
「くだらん。十分過ぎるほど見てやっている。これ以上、イツキごときに割く時間があるかよ。
だいたいアイツは我儘過ぎる。自分を何様だと思っているんだ……まったく」
鼻息も荒くそう言う黒川を、一ノ宮はまた横目で眺めて、
はあそうですかという風に小さく息をつき、お茶を、すすった。
2020年11月19日
ラザニア
黒川は元々、他人と深く関わるタイプの男ではない。
苦手なのか、そういう感覚が無いのか、薄情なのか、……未だ、その対象となる人間に出会っていないだけなのか。
こんな性格は黒川の仕事には、大いに役に立つものだった。
情を挟まず、ビジネスの損得だけで動くことが出来る。
そのやり方で今まで困った事はないし、この先も別に、困ることは無いだろう。
ただ、イツキに関しては
少々、距離感がおかしくなっていると、自覚はしている。
手持ちの商売道具で、都合の良い玩具。そう扱っていた筈なのに
それ以外の、感情があるのは確かだった。
それが愛情なのだと言われれば、まあ、百歩譲って……それに似たものだと認めてやってもいい。
だから最近は、イツキの希望を通してやったり、酷く嫌がる「仕事」を振らなくなったり…
ちゃんと、気に掛けてやっているだろう、と、黒川は思っていた。
「……これ以上、…何だよ。クソが」
イツキを庇うような事を言う一ノ宮に、黒川は若干、腹を立てる。
悪態をつきながら部屋に戻る。すでにイツキは、自分の巣箱で眠っていた。
キッチンには夕食で食べたのか、デリカの惣菜がいくつか……黒川の分が取り分けて残されていた。
この店のラザニアが美味いと、以前自分が言って以来、イツキは必ずこの店に行くとそれを買ってくるのだ。
黒川はラザニアのチーズを指でつまみ、ペロリと舐め、小さく笑った。
2020年11月20日
静かな夜
おそらく、真夜中。
巣箱で寝ていたイツキは喉の渇きで目を覚まし、キッチンへ向かうと
リビングに小さな明かり。
「………あ。マサヤ。おかえり」
「…………ああ」
ガラスシェードの卓上ランプ。淡い光が、ソファに座る黒川を照らす。
テーブルにはワインボトルと、イツキが買って来たラザニアの皿があった。
黒川は、ちょいちょい、とイツキを手招きする。
イツキも、寝ぼけたフリをして素直に、黒川の招きに応じる。
「…遅かったね。仕事、忙しい?」
「…ああ」
「ラザニア。季節のきのこたっぷりバージョンもあって迷ったけど、やっぱり、いつものにしたよ」
「…ああ」
黒川も酔ったフリをしているのか、イツキを隣に座らせ、肩を抱く。
一つしかないグラスにワインを注ぐと、それを、イツキの口元にやる。
大人しくイツキが、こく、こく、とそれを飲むと、満足げに笑い
空になったグラスにもう一度ワインを注ぎ、今度は自分が飲み干す。
「…飲みやすい、赤、だね。……軽くて…」
「…ああ…。そうだな」
特に何も喋らない黒川だったが、イツキは、……まあ、いいかと、気にしない様子。
何もない、穏やかな時間が、この二人には必要なのだ。
そのまま肩を寄せ合い、静かな夜を過ごした。
2020年11月22日
ミカ姐さん
「イツキくん。話し、聞くよ?
当事者同士でぐるぐるしてると、オカシイ事があっても、気付かないんだよ。
あたしじゃ不安だったら、ちゃんとした相談の窓口とかあるよ? DV被害者のシェルターとかさ…」
閉店後。従業員用のスペースでノベルティの袋詰め作業をしていたイツキに、ミカが言う。
小さな石鹸を箱詰めし、しおり型のサシェとリーフレットと一緒にビニール袋に入れ、細いサテンのリボンを結ぶ。
こんなちまちまとした細かい作業は、実は、イツキは好きで
無心になって手を動かしていて、うっかり、ミカの話しを聞きそびれてしまった。
「……えっ、何?……ミカさん…」
「暴力彼氏の話だよ。……イツキくん、ちゃんと考えないと!」
「ああ。………いや、あの………」
一つ前の袋にサシェを入れ忘れた気がして、イツキはカサカサと品物をチェックする。
あと30分で、コレを、120個作らなければいけないのだ。
「……あの…。この間は俺、ちょっとナーバスになってたけど…。………大丈夫だから」
「えええええ。そうやって、ズルズルと駄目になっていくんだよ?」
「いや、本当。……確かに、悪い時もあるけど、……良い時もあるし。……昔に比べたら、全然マシ。…だから、大丈夫。……本当」
「………そうなの?」
ミカは、
本気でイツキを心配してくれているのだろう。
イツキを覗き込み、この可愛い弟分に何か問題は無いか、悩み事はないかと、探る。
その優しさが、イツキには、嬉しい。
「……俺って、…変なので……、みんなと違う事も多いんですけど……
でも、今は、大丈夫です。
もしまた困った事が起きたら……相談に乗って下さいね、ミカさん」
「……うん」
イツキとミカはふふふ、と笑い、残りの作業を続けるのだった。
2020年11月23日
ツイスターゲーム
さて
作業はどうにか終わり、イツキとミカは後片付けをして解散する。
イツキは最後に、資材の入った段ボールを、バックヤードに片付けに行く。
箱はそう重たくは無いが、両手で抱えるほどの大きさ。
イツキは足元に注意しながら廊下を進み、その場所に辿り着くのだが…
ハーバルが使える資材置き場の前に、他のテナントの商品が積まれたカートが置かれ
どうにも、困ってしまった。
「……これ、……退かせられる?………。動く?」
もとより、力仕事なぞ期待も出来ないイツキだが、とりあえず…カートを押してみる。
けれど山積みにされた箱に何が入っているのか、カートはぴくりも動かない。
ならば、脇の隙間からハーバルの荷物を入れられないかと、手を伸ばしたり頭を突っ込んだりしてみるのだが、
それも無理なようだ。
「…いや、でも。…斜めに入れればなんとか……、あ、手が……届かない。いや、あれ……
あ、………、足が抜けないかも……」
「………何、やってんすかー?」
一人、格闘するイツキがバランスを崩し、尻餅をつきそうになった所で
誰か、若い男が声を掛けて来た。
2020年11月24日
思い出し笑い
「遅くなりました、マネージャー。お疲れさまです」
「ああ、お疲れさま、関くん。先に始めちゃってるよ」
百貨店近くの気軽な居酒屋で酒を飲んでいたのは、茗荷谷。
遅れてやって来たのは関と言う、以前、茗荷谷と同じ部署で働いていた若い男。
関は今は荷物の搬入を管理する部署にいるのだが、先日、違法駐車の車の件で顔を合わせ、久しぶりに酒でも飲もうという話になったのだ。
百貨店勤務の者には馴染みの居酒屋は、銀座という場所に似合わず、安くて早くて美味い、大衆の味方のような店で
特に飲み会の予定が無くても、独身の茗荷谷などは、ほぼ毎日ここに通っていた。
二人、適当に飲み、適当に食べ
近況や共通の知り合いの結婚話、会社の経営状態。今の上司の愚痴などを零す。
茗荷谷と関は、歳は10ほど離れているが、なかなか気が合うらしい。
休みの日には近場の神社仏閣を巡り写真を撮りまくる、という趣味も同じだった。
その関が、途中、……ふいに笑い出す。
よほど酔いが回ったのか何なのか、茗荷谷がぎょっとした目で伺い見ると
関は、いやいや、と手を前にやり「…すんません、ただの思い出し笑いなんです…」と言い
それでも笑いが止まらなくなってしまったのか、目に涙を浮かべるほど、笑い続ける。
「……いや、…すんません。マジ…、急に思い出しちゃって。
……マネージャー、2階の新しく入ったハーバルって店の男子店員、知ってますか?」