2020年12月01日
朝の連絡
いつの間にか黒川のベッドに誘い込まれたイツキは
声をあげ、背中を反らせ、さらに奥へと異物を捻じ込まれ、抉られ
痛みの先の快楽にどうにも堪え切れず、腰を震わせ、果てる。
同時に黒川も、イツキの中に精を放つ。
そのまま二人、ごろりとベッドに仰向けになり、息を整えながら余韻に浸る。
もうじき夜も明ける時間。眠るには短いし、起きるには早い。
「……あ。……マサヤ、俺………、今日、帰り、遅くなる……」
「………ああ」
「………理由、聞かないの?」
イツキが黒川に顔を向けると、思った以上に近くにいて、少し、驚く。
つい数分前まで繋がっていた男は、ただ、ニヤリと笑う。
「………ご飯、食べて帰る。……ミツオさんと。……ご飯、だけだよ?」
「ああ」
「………んー……」
行くな、と束縛されても、他の男と会ってどうするんだと詮索されても、嫌だが
何も言われないのも、少し、嫌なものだな…と、イツキは思っていた。
そして、イツキがそう思っていることを、黒川も解っていた。
微妙な表情を浮かべるイツキの、鼻を触り唇を摘み、顎から頬へ手をやる。
「ちゃんと、……帰って来いよ。……それで、いい」
『俺のところに』 と
言いそびれていた。
2020年12月03日
イツキとミツオ
夕方。イツキの上がり時間。
入れ替わりのミカに作業の引き継ぎをしている時に、ミツオが現れた。
ミツオは、ハーバルとは馴染みが深い。
イツキがこうやって働けるようになったのも、ほぼ、ミツオのお陰だった。
お礼と、モロモロ報告も兼ねて、今日はこの後一緒に食事に行く。
「都内の一等地に常設構えるようになるなんて…、ハーバルも売れたなぁ…」
新しい店舗を眺め、しみじみつぶやく。
都内限定だと言うミニサイズのハンドクリームを手に取り、ふふふと笑う。
「内容は、道の駅と変わらないですけどねー。…ミツオさん、今度あたしも、ご飯誘って下さいね」
「ふふ。そうだね、ミカちゃん」
「…じゃあ、ミカさん。お先に失礼します。帰り際に宅急便、出しておきますね」
「うん。お疲れ様、イツキくん」
自分の仕事を片付けて、ミカに挨拶をし、小さな荷物を持ってイツキはミツオの前に立つ。
その様子を、またミツオはしみじみ眺めて、「…イツキちゃんも立派になったなぁ」などと呟く。
イツキは、照れ笑いを浮かべる。
「なんとか、頑張ってます。…ああ、ミツオさん、俺、この荷物出して、着替えて来るんで…そこのホールのベンチで待ってて貰って良いですか?」
「うん」
ミツオとにこやかに話をしてから、スタッフルームに向かい、上着を着替え
集荷窓口に荷物を預け、またミツオのところに戻る。
その姿をどこかで
茗荷谷や、関が見掛けていた事は、また別の話。
2020年12月04日
よくわからない関
もちろん関は同性愛者ではないし、イツキに対して、そう言った感情を抱いている訳ではない。
ただ、目につくだけなのだ。
『……これ、集荷お願いします。伝票、こっちです』
『……………はい』
百貨店の裏側。搬入物の管理をしている窓口に、イツキが荷物を持って現れた。
イツキが急いでいたせいもあるのか。窓口の向こうで椅子に座り、しかも帽子を目深に被っていた男が
先日、倉庫で自分を助けてくれた関なのだとは、気付かなかったようだ。
いや、少し違って。
先にイツキに気付いた関は、何故か咄嗟に下を向き、伝票の処理をするフリをした。
そのせいでイツキは、関の顔を見る事が出来なかったのだ。
『………なんだ、俺。なんで隠れた……?…』
預かった荷物に伝票を貼りながら、関は思う。
やましさや後ろめたさや、なにか…気恥ずかしい気持ちが、心の奥底にあるのかも知れない。
それでも、それでもやはり気になって、イツキが戻って行く後を夢遊病者のように追いかける。
業務エリアと店舗フロアを分ける扉の陰から、伺い見ると
イツキは、何やら若い今時のシュッとした青年と、にこやかに談笑していた。
2020年12月07日
茗荷谷の5秒間
茗荷谷がイツキを見掛けたのは一瞬で、
ミツオと並んで百貨店を出る、後ろ姿だった。
その後、本当に用事があって、ハーバルの店舗へ立ち寄る。
店ではミカが接客を終えたところだろうか、ありがとうございます、と頭を下げているところだった。
「お疲れ様です。ハーバルさん、これ、来週からの歳末キャンペーンの注意事項です」
「ダ………、茗荷谷マネ! お疲れ様です! ありがとうございます!」
いつも元気なミカ。
自分の事を「ダニー」と呼ばれていると知らない茗荷谷は、いつもミカが少し言葉を詰まらせているのを…、…元気な証拠だと思っていた。
「…忙しそうですね。…一人の時間帯ですか?」
「そうなんです。イツキくんとは夕方、バトンタッチで」
「……そうですか」
『…カレ、身の回りのバタバタは落ち着きましたか?
先日 怪しげな男と車に乗っている所を見掛けましたよ?
今は、若い男と連れ立って歩いていましたよ?
問題はありませんか?大丈夫ですか?……彼は、……何者なのですか?』
と、ストレートに尋ねるにしては……まだ面識も浅い気がして……
茗荷谷は5秒ほど押し黙った後、「…では、失礼します…」とミカの前から立ち去った。
ミカはその日、仕事が終わると友達のユウと遊びに出掛けた。
行った先の飲み屋で、茗荷谷の物静かな口調を真似しながら、状況を説明し
「ダニー、イツキくんに、気があるんじゃなーい?」
などと、言うのだった。
2020年12月08日
断片・1
しばらくは何も無く。
そうは言っても年の瀬まで数週間に迫り、黒川もイツキも、仕事が落ち着かなくなっていた。
2人は普段は、別々の部屋で寝ていた。
寝る時間も、起きる時間も、違い、うっかりすると一日、顔を合わせない日などもあった。
真夜中に突然黒川が、イツキの眠る「巣箱」に入って来た。
一人で寝るにも狭い場所。コトに及ぶなど、もってのほか。
「…………マサヤ。………お酒、臭い………」
「…………………ああ…」
珍しく酔って帰って来た黒川は、どうにか無理やりイツキの隣りに横になる。
酒と煙草の匂い。……これみよがしに甘ったるい、香水の匂い。
黒川が外で、何をして来たのかなどと、聞くつもりもないけれど。
誰と重ねたか知れない唇を、重ね。
まだ感触も消えない指先で、イツキの髪を梳く。
ふいに黒川は起き上がり、巣箱から出て行く。
イツキは…、追いかけて寝室に行こうかと思ったのけれど……
眠たすぎて、無理だった。
2020年12月09日
断片・2
『……お願い! イツキくん。 これ、渡してくれるだけでいいの!
後は私、頑張るから! ね、お願い!!』
仕事帰り、イツキは黒川の事務所に寄り
ユウに、そう言われて預かったメモ書きを、一ノ宮に渡した。
メモ書きにはユウの連絡先が書かれていた。
「………ユウさん。………ああ、東京駅のショップの時に一緒にいた女性ですね。……黒髪ストレートの方?」
「そうです。…ユウさん、一ノ宮さんのこと素敵な人って言ってて…。……あの、どうしても、知り合いになりたいって…」
以前、イツキが小野寺に絡まれた時にあれこれ立ち回ってくれた一ノ宮を見て、ユウはすっかり心を奪われてしまったらしい。
素性も知れない男にほんの数分会っただけだが、その僅かさが、逆にミステリアスで興味を惹くのか。
「…ごめんなさい。困りますよね、こういうの…」
「いえ、構いませんよ。お預かりしておきます」
「……垂らし込んで、どこかに売ればいい。新しい店で、若い女を欲しがっていただろう。……若くもないか、ハハ」
横から、黒川がどうにもくだらない茶々を入れる。
勿論冗談なのだろうが、黒川が言うと、そうとも聞こえないトコロが怖い。
イツキはぎょっとした顔になり、黒川を見遣る。
「雅也」
一ノ宮は黒川に顔を向け、軽く睨み、諫め
イツキには「大丈夫ですよ」と、穏やかな笑みを浮かべた。
2020年12月10日
断片・3
「用事が済んだらさっさと帰れ。お前に付き合っている程ヒマじゃない」
事務所で。
黒川はデスクから顔も上げずに、そう言う。
確かに最近は仕事が忙しいらしい。
通常の年の瀬の煩雑さに加え、松田との何か、事業も進めているようだ。
イツキは一ノ宮に入れて貰ったお茶を飲み終え、つまらなそうにふん、と息をする。
「じゃあ。帰る。……佐野っちとでも、ご飯、食べて来ようかな…」
「…好きにしろ。…あいつも暇じゃないだろうがな…」
「佐野っちは、俺が頼めば、いつでも付き合ってくれるよ」
「…そりゃあ、その後、ヤレると思っているからだろう。……ご自由に」
心にも無い事をペラペラと喋る内に、イツキは、事務所から出ていってしまった。
バタンとドアの閉まる音で、黒川はやっと顔を上げ
おそらく苦虫を潰したような顔をしている一ノ宮に、気付かないフリをして、仕事に戻った。
あえて嫌な事を言っている自覚はあった。
馴れ合い過ぎると離れられなくなる不安もあった。
今更、距離感が解らない、などと言うつもりもないが、
思っている事より先に口が出てしまうのは、まあまあ厄介だなとは…思っていた。
「……イツキ。今、どこだ?……佐野とは……行かなかったのか。
………角の焼鳥屋でいつもの詰め合わせを買っておけ。……ああ、あと少しで帰る」
しばらくして、黒川が小さな声でそう電話をしているのを聞いて
一ノ宮は少し、驚いた。
2020年12月11日
断片・4
茗荷谷は真面目な男で
仕事一筋。
イツキの事を目で追ってしまうのは
女性ばかりの売り場に入った、若い男性店員で
どうにも危なっかしく、何か問題を起こしては大変…と
気に掛けているためだと、思っていた。
なので、以前の部下で今は良い飲み仲間の、関が
酔いも回った焦点の合わない目で、突然
「ハーバルのあの子とセックスとか、アリだと思いません?」
と言って来た時には、飲んでいた日本酒を鼻から吹き出しそうになった。
「……関くん、酔っ払ってますね。……ハーバルのあの子って…岡部くんでしょ?……男の子ですよ?」
「そう。岡部…カズキ……?……俺、ぜんぜん……イケると思うんすよね…」
「…イツキくんです。…関くん、男の子ですよ?……そんな、変態じゃあるまいし」
世間一般の反応を見せて、茗荷谷は呆れたように笑う。
それでも一応、イツキと、そうなった時の想像をしてみる。
「……俺もね、変なことばっかり考えてると思うんすよ。でも、最近、妙に気になっちゃって。
…この間も、カズキ、チャラそうな男と一緒に歩いてて…
……あれ、こいつら…、……デキてんのか……って、…じゃあ俺もワンチャン、イケるんじゃないかなって
………ハハハ、そう思わせるトコ、ありますよねー」
関はそう言って自嘲気味に笑い、ヨコシマな考えを押し流すようにビールを煽る。
茗荷谷は何を考えていたのか鼻の穴を膨らませ、適当な相槌を打って、こちらも日本酒で押し流した。
2020年12月14日
断片・5
関の言う事を真に受けた訳ではないが
一度、思いついてしまえば、その思いは常に頭の片隅にあって
タチの悪い熱病のように、ふいに、ぶり返し……真面目な茗荷谷を困らせた。
「……大きいワゴンが3台とポップ台を5本。……在庫は3階のバックヤードに。
………テナントさん用の特設レジは中央と一緒で……、抽選券、リトルガールとハーバルさんは…………」
「…………マネージャー?」
「……ああ、いえ。抽選券は緑色のみです。間違えないように………」
来週から始まる歳末セールの準備で、まあまあ忙しい日々。
良く解らない妄想に捕らわれている場合ではないと、茗荷谷は小さく頭を振った。
夕方。
クルー詰め所でイツキを見掛ける。
普通であればこれから夜のピークを迎える時間。この時間に退社する者は少なく、否応なく目につく。
イツキは制服のジャケットを脱ぎ、ふうと溜息を付く。
それからキレイ目のトレンチコートを羽織り、また、ふうと、肩から息を付く。
鼻に手をやり、すする。嗚咽を飲み込むように、口元に手をやる。
顔を上げ、唇を噛む。ロッカーを離れ、詰め所を出て行く。
擦れ違う茗荷谷に軽く頭を下げるイツキは
確かに、泣いている様だった。
2020年12月15日
特別な日
朝はいつも通り。
巣箱から出たイツキは前の日に買っていたデリのスープを温め、朝食を取り
乾燥まで自動で済ませてくれる洗濯機にタオルなどを放り込み
身支度をして、部屋を出る。
黒川は、まだ寝室で眠っていた。
一応、中を覗いて、「……行ってきます…」と声を掛けたが、
肩のあたりが少し動いたくらいで、黒川が起きる気配はなかった。
イツキが働く百貨店ではこの週末から、歳末セールが始まる。
どこもかしこも赤と緑の華やかな装飾に、金色のリボンが揺れている。
ハーバルでも限定商品を用意しており、本社の社長も応援に来ると、張り切っていた。
セールの準備もあり、午前中からミカも出勤し、パタパタと作業を進める。
その最中、真面目な顔をしたミカが、仕事よりも大切という話をする。
「…そんな訳なので。…週末から超、忙しくなっちゃうので。
その前に、イツキくん。……今日、仕事が終わったら遊びに行かない?」
「……えっ?今日ですか?」
「さっきユウちゃんと話してて……急なんだけど。ご飯とかお酒とかカラオケとか?
あと何人か集まりそうで。……忘年会がてら…、セール前の決起集会…みたいな?……どうかな?」
目をキラキラと輝かせてミカはイツキを誘うのだけど
「………ごめんなさい。………今日は、…駄目です」
イツキはそう言って、申し訳ないと、頭を下げた。
2020年12月16日
特別な日・2
「………んー、駄目かぁ。…残念。……カレと、用事?」
「……………まあ、そんな感じです」
「…そっか。解った。また今度だね!」
曖昧に微笑み言葉を濁すイツキに、ミカはそれ以上、深く詮索する事はなかった。
イツキが、ちょっと特殊なお付き合いをしている事は知っている。
話せないことも話したくない事も、……まあ、あるのだろう。
イツキは、もう一度ごめんなさいと頭を下げ、セール準備の細かな仕事に戻る。
小さな袋に小さなリボンを結びながら、……実は、今日の予定などは…無いのだけど……と思う。
特に、予定は無いのだけど。
もしかして、予定が入るかも知れない。
黒川がそろそろ、寿司屋に行くと、言い出すかも知れないし
頂き物の良い大吟醸を、開けるかも知れない。
巣箱に敷いているマットが硬すぎると、黒川が文句を言っていたので、新しいものを見に行くかも知れないし
本当に何も無くて、ただ、部屋で、古い洋画のビデオを見るだけかも知れない。
とにかくまだ何も決まってはいなかったが
ミカたちと遊びに行く日では無かった。
イツキは一度、ポケットの中のケータイに、何の着信も入っていない事を確認して
午前中は黙々と、仕事を片付けていた。
2020年12月17日
特別な日・3
昼過ぎ。
あと数時間でイツキの仕事が終わりという頃。
ポケットの中のケータイが震え、メッセージの着信を告げる。
「…こちらのオイルは結構香りが残るタイプです。…夜に、髪の毛に付けるのでしたら、こちらの方が……」
こんな時間にハーバルは謎のピークを迎えていて
イツキはなかなか、ケータイを確認することが出来なかった。
途切れることなく客が訪れ、ミカはミカで、面倒臭い年配の女性に掴まり
店内の端から端まで、商品を説明し、詰め合わせのセットを三度も組み直していた。
ようやく一区切りついた所で、イツキは商品棚の陰で、ケータイを開く。
「あああ、ビックリした。急に混んだねぇ。…もう、おばちゃん、何言ってるのか解んなくて参ったわ……。…………どうしたの、イツキくん?」
「……いえ。何でも無いです…」
ミカに声を掛けられ、イツキはケータイをポケットに仕舞う。
けれど、その顔は怒っている風にも見え、どうにも「何も無い」ようには思えなかった。
それから退社までの時間、イツキは黙々と働いていたが
ディスプレイの商品を倒し、伝票を取り違え、振り返りさま壁に頭をぶつけて
ミカを大いに不安がらせた。
メッセージは、黒川からだった。
時間と場所を指定されるだけの
『仕事』を命じる内容だった。
2020年12月18日
特別な日・4
定時になるとイツキはミカに頭を下げ、そそくさと売り場を離れる。
クルー詰め所に入り、周りに人がいないことを確認してから
黒川に電話を掛ける。
いつも言葉の足りない黒川の連絡。誤解や取り違いは良くある事だった。
「……マサヤ。……何、あのメール?」
『ああ、すまんな。……少々、借りのある奴で、どうにも断れない。
…なに、ちょっと一緒に飯でも食って……あとは適当に………』
誤解では無いらしい。
「……適当にって…、……ヤらなきゃなの?……」
『まあ、軽く……遊んでやってくれ……』
「…俺、今日は……、そんな気分じゃないんだけど…」
『イツキ…』
小さな物音がする。誰か他の人が着替えにやって来たようだ。
イツキは声を潜める、ケータイを耳に押し当て、ロッカーの陰に身を隠す。
「…ねえ、…マサヤ……俺…」
『いいから、行け。そういう時もある。…石鹸屋だ、何だとお前のワガママも聞いてやってるだろう。
…時間は守れよ、お前の「仕事」だ、いいな!』
一方的に捲し立て、黒川の電話は切れてしまった。
こんな横柄な命令など、聞いてやるものかと、頭では思うのだけど
従順な所有物としての生き方が、深く身体の芯にまで染みついているイツキは
そうそう、黒川には逆らえない。
鼻水を啜りながら、制服のジャケットを脱ぎ、服を着替える。
詰め所を出る時にマネージャーの茗荷谷とすれ違う。
「お先に失礼します」と声を絞り出し
イツキは顔を見られないように、下ばかりを向いて立ち去った。
2020年12月19日
特別な日・5
時間通りに、指定されたホテルに向かう。
ロビーで待っているとボーイが近寄り、直接部屋に来るようにとメモ書きを渡される。
……一緒に食事をして…良い雰囲気になり、流れでセックス……より、話が早くていい、とイツキは思う。
どうせ、する事は同じなのだ。…早く済ませて、早く帰るに越したことは無い。
「…イツキくん?…時間、ぴったりだね。さ、入って入って」
部屋にいたのは丸っこい、普通のおじさんといった感じの男だった。
人懐っこい笑みを浮かべ、イツキをソファに案内する。
テーブルにはルームサービスで頼んだのか、冷えたボトルワインとオードブルが並んでいた。
「急に来て貰って悪かったね。ふふ、あちこち忙しくしていてね。……今しかない!みたいな感じで。
イツキくんとは3年くらい前にも一度会ってるよ?覚えてない?…佐和田って言うんだけど…」
「………あ。…ごめんなさい、覚えてないです…」
「覚えてないかー。残念。イツキくんの記憶に残れなかったかー」
男は冗談めかして笑い、グラスにワインを注ぎ、イツキをもてなす。
軽い口調、和やかな笑顔。黒川と同業とは思えないような、柔らかな態度。
それでも、そんなものが信用できる程、優しい世界ではないと知っている。
「……じゃあ、まあ、飲んで飲んで。……今日のエッチは、忘れられないくらい、スゴいのにしてあげるから。ね」
2020年12月21日
特別な日・6
男は、まあ普通だった。
イツキにワインを2,3杯飲ませ、軽く酔わせた後にベッドへ連れてゆき
灯りは落とさず、自分は服は脱がず、イツキだけを裸にして足の指先から舐め上げる。
持参したという潤滑剤はチリチリと熱く、痒みのあるもので、奥までたっぷり塗り込められ
それが馴染むまで、男は、局部だけを晒し、イツキの口の中にねじ込んだ。
髪の毛を掴まれ、乱暴に押し付けられる。
喉の奥に触れえずく。鼻が塞がれ、息が出来ない。
口の中のそれが外され、咳き込み、涙を零す。
男は楽し気に、「……どう?、……どう?」と尋ねるので
イツキは腰を上げ、もじもじと足を開き、
「……焦らさないで。………ね、早く。ココに下さい……」
と言ってみせる。
挿入してからは、早く。男は単純に腰を振って、果てる。
それでも最後の最後で、唇を重ねられ、犬か、と思う程、顔をベロベロと舐められ
「………良かったかい?………気持ち良かったかい?……うん?」
と、尋ね、返事を要求されるのは
本当に、嫌だった。
「仕事」を終え、イツキはシャワーも浴びずにホテルの部屋を出る。
当てつけに、この臭いカラダのまま、黒川の事務所に行ってやろうかとも思ったが
それはそれで、嫌味を言われそうなので、止める。
タクシーに乗り、自分のマンションに戻る。
黒川はまだ帰宅しておらず、イツキは急いで、風呂に入った。