2021年02月01日

周りの人たち・1







特にこれと言って目立った事柄もなく穏やかな数日が過ぎていたが
イツキの周りの人間たちは、少々、騒がしくなっていた。




ハーバルのはす向かいのショップでは、ユウが、ディスプレイのアクセサリーを直しながら
イツキの様子を伺っていた。
合えば挨拶をする仲だが、休憩時間にべったり一緒にいるほど仲良しではない。
今日、何があったか、何か困っている事はないか、根掘り葉掘り聞き出す訳には行かない。

「………別に、私…、イツキくんを見張っている訳じゃないのよ。でも、ほら、一ノ宮さんが心配なさってたし。
何かあれば、連絡してあげられるじゃない。
……ああ、また、おばさん客に掴まってるわ…。やだ、お釣りのトレーを落としてる。………ガンバレ!」

ユウは心の中でそう呟きながら、展示のネックレスにハタキをかけるのだった。




少し離れた通路では、荷物のカートを押しながら、関が遠巻きにハーバルを眺めていた。
用事も無いのに立ち寄る訳にも行かない。さすがに毎回
荷物が間違っていたと、届けに行くのもオカシイだろう。
ほぼほぼ無関係のイツキと距離を縮めたいと思っても
あまり強引に急いては、ただの、変態になってしまう。

「………クソ。連絡先、交換すれば良かった…、…けど、変か?……女相手でも無いし。
なんか自然にこう…、ぐっと、親密になれる方法が……、……やっぱり飲み会か……」


「…関くん!……関くん!、カート、ぶつかるよ、危ないよ!」


余程ぼんやりと歩いていたのか、押していたカートが通路の観葉植物に当たり
通りすがった茗荷谷が、慌てて、止める。


「気を付けてください。お客様にぶつかったら大変ですよ」
「………茗荷谷マネージャー……、すんません………」





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2021年02月04日

周りの人たち・2







「……落ちてますよー」


関と茗荷谷の後ろから、ミカが声を掛ける。
丁度、入りの時間。店に向かう途中だった。
関が、カートから落とした小さな箱を拾い、渡す。


「……ありがとうございます」
「はーい。おつかれさまでーす」


ミカは関と茗荷谷にニコリと笑って、ハーバルへと向かって行った。






「オハヨ、イツキくん」
「おはようございます、ミカさん」
「ね、ね、今ね、そこの通路でダニーと、…例の、関さんに会ったわよ!」

ミカは仕事の支度を始めながらイツキにその報告をし、ついでに
斜向かいのショップのユウに手を振る。

「関さんってちょっと面白いかもね?……もう、誘われた?」
「誘われませんよ!……俺、そういうの…、……困るんです……」
「何で何で?…カレシが怒るから?……あたし、イツキくんの彼氏の話、もっと聞きたいなぁ…」

ミカはそう言って、イツキの顔を覗き込んで、思いっきりニコリと笑う。
興味があり話も聞きたい、それでも、………まあ、仕事中ということもあるが……、ミカの話はそこで終わる。


ミカは、本当に、人との距離の取り方が上手だとイツキは感じていた。
その加減が自分には丁度良くて

いつかミカには、もっと、色んな話をしてみたい…と思っていた。






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2021年02月05日

今更、不思議







仕事が終わり、イツキは黒川の事務所へ向かう。
『夕方、来い』と連絡が来ては、何があってもそちらが優先。


事務所に着くと、中から何やら、騒がしい物音。
おそるおそる中に入ると、見たことの無い老人が床に手と頭を付き
黒川に謝罪か懇願か、とにかく、泣きながら何かを訴えていた。

黒川は部屋に入って来たイツキを見て
「すぐ終わるから。外で待っていろ」
と言って、手をひらひらと振る。
イツキは「…はぁい」と言って、奥にいた一ノ宮にも頭を下げて
事務所を出て、外の、階段の所で待つことにする。



暫くすると、ガシャンバリンと、物が壊れる激しい音が立ち
少し、静かになって………、数分して、先ほどの老人が階段を降りて来た。
青ざめた、憔悴しきった顔。どこか痛めているのか腹を押さえ、足を引き摺っていた。

イツキとすれ違いざま、イツキを見て
何故こんな若い子がここに、と、怪訝な顔を見せる。

「………あんた、ここに何の用事かね?………こんな場所…。……最悪だよ。
あいつ…、……血も涙もない………、……なあ、あんた……」



老人がイツキに話掛けたところで、事務所の扉が開き、今度は黒川が出てくる。
老人は黒川を見上げ「………ひっ」と小さく悲鳴を上げると、転がる様に駆け出し、逃げて行った。

黒川はふんと鼻息を鳴らし、行くぞ、とイツキに声を掛けた。






その後、二人で、近所の焼肉屋に行く。
黒川は普段通り、変わった様子もなく。
イツキに対しては時折、柔らかい表情さえ浮かべるのが
イツキには、不思議でならなかった。






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2021年02月08日

無用なモヤモヤ







焼肉屋の後はホテルに行った。
歩いて数分の距離に自分たちの居住があるのに
わざわざ、そんな場所を選ぶのは

激しい声や物音を立てたり、何か、汚してしまったり…と
……それ、に、没頭したい時に、よく利用していた。


まあ、今日は、さほど酷くもなく。




「…………何?………マサヤ……」
「……いや…」

一度終わって、うつ伏せでベッドに横たわり、呼吸を整えるイツキの
背中に、黒川は手をやる。
肩から、背中。少し、尻の方へ行き、また背中に戻る。
まだ感覚が残っているイツキはそれだけでビクリと反応し、思わず、変な声をあげそうになる。

「………くすぐったいんだけど……」
「…………ふん」

顔だけ横を向けて、困ったようにイツキが言う。
黒川は鼻を鳴らして、笑う。





先ほど、事務所で頭を下げていた男は、借金で首が回らなくなり
後はどう処理しようかと、思いあぐねているところ。
実は、もうすぐ中学生になる息子がいるらしく、なかなか可愛い顔をしているのだと聞く。
……引き入れて、手懐けて……

「イツキ」のような子を作っても、良いかもしれない。

なにせイツキはもう、あまり、外には出せない。……出したくは、ない。





「…お前はもう、……無いからなぁ……」
「………え?………何…?」




そうして黒川は無用なモヤモヤを、イツキに残すのだった。





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2021年02月10日

大衆居酒屋・のん








「イツキ」



朝。神妙な顔を黒川から向けられる。
イツキは目玉焼きとトーストの皿を下げ、コーヒーカップを手に持ち
…今日は帰りが遅くなる、と言った事を責められるのかと…少し、戸惑う。


「…ミカさんと…ご飯に行くつもりなんだけど…」
「ああ。……そんな事、いちいち俺に断らなくてもいい。どうせ夜は、俺も忙しいんだし…」
「あ。……はい」


使った皿を洗い、棚に片付け、手を拭いたタオルを洗濯機に入れ
イツキは、じゃあ行ってきます、と家を出る。


確かに。
主婦でも、子供でもない。行動を制限されている、訳でもない。
もっと自由に、好き勝手にやってよいという事なのだろうけど。









「……イツキくんはさー、束縛系の彼氏さんに、慣れちゃってるんだよねー…」

仕事を終え、約束通りミカと食事に出掛ける。
どこか特別な店を、とも思ったが、結局仕事場の近くの、皆のたまり場になっている居酒屋に入った。
ハタチになり、堂々と酒を飲めるようになったイツキは、ビールを注文する。

「……一緒にはいるんですけど。付き合ってるとか、彼氏とか…じゃ、無いんですよね。
……だから、お互い、自由に過ごして当然なんですけど…、………なんか、良く解らなくて……」

「不安になっちゃう?」



ジョッキに口をつけ、ビールを半分ほど流し込み、……イツキはこくんと、頭を傾げた。






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2021年02月12日

気紛れ








その日の飲みは、2時間ほどで終わった。
イツキとミカは店の前で別れ、イツキは大通りでタクシーに乗り込む。

ミカと話した事を思い出す。

いや、何を話したのか、自分でもよく解っていないのだけど。

とにかく何か、不満と不安があるらしい事は、はっきりした。







『……イツキくんの彼氏さんは、そんなに怖い人なの?イツキくんが……
とにかくひたすらひれ伏して我慢して文句も言えずに三歩下がって付いて行く、とか
そんな感じなの?………今は違うの?

でもさあ。今は違くても、前にそんなコトがあると
なかなか、新しい関係になるのって、難しいんだろうね。
ココロと身体に染み付いちゃってるってゆーの?
………ん?……イツキくん、まだ二十歳なのに、もう、そんな経験豊富な感じ!?

もうさー、いっそ、全部、新しくしちゃいたいよね。
とりあえず一度離れてみるとか。ああ、それも怖いのかなぁ……』






イツキと黒川のすべての事情を、ミカは知っている訳ではなかったが
アドバイスは非常に的を得ていた。
単純な話、黒川との距離感が、解らないのだ。





そのままマンションに戻るつもりだったが、なんとなく手前の
黒川の事務所の近くで、タクシーを降りる。
立ち寄るつもりはないが、建物の前を通り、窓の明かりを見上げてみる。


ああ、そんな気紛れを起こさなければ



黒川が、見知らぬ少年と一緒にいるところなど、見なくても済んだものを。









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2021年02月13日

それも、どうかと







「……お、おおう!……イツキ、久しぶり…」
「佐野っち」



少し、挙動不審の佐野は、まあ久しぶりにイツキに会えたから
という事にしておく。
実際、こんな風に夜に、イツキから連絡を受けて待ち合わせるなど、いつ以来だろう。


「なに? どうした?」
「…んー。…今日は…、飲んで来たんだけど…。飲み足りなくって……」
「あ。お前、ハタチになったんだよな。幾らでも飲めるって事だもんな!」


佐野はぱっと明るい顔になり、向かい合わせの小さなテーブルに、さらに身を乗り出す。
黒川の事務所と、西崎の事務所の、丁度真ん中あたりにある居酒屋。
多国籍料理や地ビールが売りの、少し、若者向きの店。







イツキは、ミカと食事をした後に、……黒川の事務所の階段下で
黒川と、見知らぬ少年を見掛ける。
咄嗟に物陰に身を隠したためあまりきちんとは見れなかったのだけど
……若い、子。中学生か、高校生か…。しかも、泣き顔。
少年は黒川の後に黙って従い、そのまま、滑り込んで来たタクシーに
二人で乗り込み、どこかに行ってしまった。






イツキは、自分が見た光景を、どう処理して良いのか戸惑い……
……いや、答えは、解り切っているのだけど……
このまま、一人、部屋に帰るのがどうにも……嫌で


ケータイの履歴に辛うじて残っていた佐野に、電話を掛けたのだった。





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2021年02月15日

カタギイツキ








「……お前、まだ仕事してるんだ?…何屋だっけ?…服屋?」
「自然派化粧品…て言うのかなぁ。ハーブとかオイルとか。今は銀座の百貨店に入ってるんだよ」
「へー。お前がねー。まあ似合ってるっちゃー、似合ってるか…ぁ?」

酒を飲みながら和気あいあいと近況報告。
イツキは、明るく、上機嫌に見えた。
カジュアルなニットの上にジャケット、チノパン姿のイツキは
確かに、普通に働く、若者に見える。

時折覗く白い首筋だけが、妙に目につく。





いつでも、佐野はイツキとヤりたいと、機会を狙っていたが
一応今は黒川社長のオンナな訳で、あまり強くは押せないでいた。
それを知ってか知らずかイツキは、色気をだだ洩れさせて佐野に近寄って来る。
あまりに隙だらけで、本当は誘っているんじゃないかと思うのだが…

『……今度な、イツキと飲む時には、…こっちにも声掛けろや。
………ちょっと、盛って、連れ込めばいい。…いいな?佐野』

実は、西崎にそう言われていて…、佐野はポケットの中にちょっとした薬を忍ばせている。

イツキを抱いた事がある男たちにとって、イツキはいつまで経っても
欲まみれの、イヤラシイ対象でしか無い。





「すっかりカタギだな。その内、俺らとは世界が違ってくるか…」

「……中身はあんまり変わらないよ。相変わらずマサヤに振り回されてる。
……佐野っちにも、会いたくなる」


イツキはグラスに口を付けたまま、小さく微笑む。






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2021年02月16日

イツキと佐野







イツキは事務所で見かけた黒川と少年の事が気になっていたが…
…まだ漠然とし過ぎて、佐野に、どう尋ねて良いのか解らない。
紛らわすように酒を飲み、あえて明るく笑い、オリーブオイルの掛かったチーズを食べる。

佐野は、イツキの様子が少しおかしい事には気付いていたが…
…どうせ、黒川との痴話喧嘩か何かだろうと…、そして、そんな事でもないと自分にお呼びは掛からないと……それくらいに考え、イツキのグラスに酒を注いだ。

実は佐野自身は、少し仕事でポカをやらかし、西崎に叱責されたばかりだった。
ここで良い手土産でもあれば点数を稼げると、心の隅で思わなくも無かった。
実際、イツキに呼ばれてココに来る時には、一緒にいた仲間連中にうそぶき
『…大物を釣り上げて来るぜ!』と見栄を切った来たのだ。






「……でね、ミカさんがすごく頼りになるんだ。もう、百貨店の事で知らない事はないって感じで…」
「ミカって、向こうのアパートん時から一緒だった女だろ? いい姉ちゃんだな」
「うん。今日も一緒にご飯食べてて……」



楽し気に話をしていたイツキが一瞬止まる。

ミカと、食事をしながらした『カレシ』の話や
その後で目撃した光景を、ふっと、思い出してしまった。



「……ん?……どうした、イツキ」
「…………ううん。………少し、飲み過ぎたかも。……おトイレいく…」






そう言ってイツキは席を立つ。




佐野は、ポケットに、手を入れる。







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2021年02月18日

思い出話









イツキはトイレで用を足し、手を洗い、鏡を覗き込む。
顔が赤く目も潤んだように見えるのは、多分酔っているせいだと思う。
不安定なままに佐野を呼び出し、セーブも掛けずに飲み過ぎてしまった。
それでも、佐野は、取り止めのない話をよく聞いてくれた。いつもいつも


佐野は、自分に、優しいと……イツキは本当に思っていた。



「……。お、おおう。大丈夫か、イツキ…?」
「ふふ。…ちょっと飲み過ぎたかもね……」



少しふらつきながら席に戻ったイツキは、そう言って笑う。
佐野は、手のひらの中の小さなゴミを、ポケットに押し込む。


「……も、もう帰るか?……とりあえず、水でも飲めよ」
「うん。………佐野っち、…ありがと…」
「…え?」

「俺、いつも困ったことがあると…佐野っち頼ってるかも。
マサヤのこととか、色々。…だって、佐野っちは、俺のこと全部、知ってるから。
俺の、最初の頃から、全部」



イツキは佐野が用意してくれた水のグラスを手に持ち、思い出話。
妙に感傷に浸るのも、酔っているせいなのだが。



「……まあな。お前の、ぐっちゃぐっちゃな時も、見てるからな…。社長の次に、お前に近いぜ」
「そうだよね。……ありがと。佐野っちがいてくれるってだけで、少し、安心する」




イツキはそう言って、もう一度綺麗に笑って

水のグラスに、口をつける。






「……イツキ…」






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2021年02月21日

一難去って







「イツキ」


呼ばれて、イツキは顔を上げる。
呼んだ佐野はめずらしく真面目な表情。
ふん、と一つ、鼻息を鳴らす。


「………ハハハ。俺もそーと、酔ったわ」


あっと、思う間もなく……佐野はそう言って笑って、同時に
イツキが手に持っていたグラスと奪うと、それを一気に飲み干した。


「……やだ、佐野っち。自分の水、あるじゃん……」
「………んー。…お前と間接チューがしてくてよ」
「………もう!」


怒るイツキに、佐野は自分の手元にあったグラスの水を差し出し
それを飲むイツキを眺め、「……じゃ、帰るか……」と席を立った。

会計に向かう佐野は少し、ふらついているようにも見えた。
イツキは、佐野はそんなに飲んだだろうか…とも思ったが、甘いお酒は口当たりが良い分
飲み過ぎてしまうのかな…と、自分の感覚も交え、思う。

つい飲み過ぎて、正体を無くし、気が付くと知らない場所でセックス中、など
よくある事で、多少はイツキも、気をつけているつもりだ。



「………イツキ、タクシー呼ぶか?……歩いても、すぐだけど……」
「…………歩いて帰る。………佐野っち、平気?」



「…平気じゃねーよな、佐野。べろんべろんじゃねぇか…」







別れ際、店の前で佇む二人に
近付き、声を掛けて来たのは

西崎だった。






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2021年02月22日

また一難








『今度イツキと飲む時には、一枚、噛ませろや』
と、佐野は西崎に言われ
いわく、『ちょっと酔い方の酷くなる薬』を持たされていた。

そして今宵
イツキから誘われ、格好の機会。
点数を稼ぎたい佐野は迷った末に、イツキのグラスに薬を入れ

そしてまた迷った末に、そのグラスを自分で飲み干した。

昔からの馴染みの可愛いイツキ。
昔と今では状況が変わったとは言え、やはり
佐野はイツキを、守ってやりたいと思っていた。




しかし、立ち回りが拙かった。



佐野は、イツキに誘われ事務所を出て行く時に、その場にいた連中に
見栄を張り『大物を釣り上げて来る』と吹聴していた。
その後、事務所に戻った西崎がそれを聞き
まあ他の用事もあり、近所の飲み屋を気にしていた時に
イツキと、千鳥足の佐野を見つけたのだった。







「…なんだよ、佐野。お前が酔っ払ってどうする」
「……あー、すん…ま……せん…、いや、…あー…」 

みるみるうちに酩酊する佐野。
ただの酔っ払いか、他に何か理由があるのか、どちらにせよ

この機会を逃す西崎では無かった。





「悪りぃな、イツキ。コイツ、送って行くからよ。
ちょっと手ぇ、貸して貰えねぇか?」






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2021年02月23日

よくある話







結果だけを言えば、結局
イツキは、西崎に、ヤられてしまった。
よくある話。
どうしようも、無い。






『…こんなに酔っぱらうのも珍しいな、佐野。ハハ。事務所に、寝かして置くか。
すぐ近くだ、悪いな、イツキ。……扉、開けてくれるか? 今、誰もいなくてよ…』

まさか自分に盛ろうとしていた薬で佐野が酩酊したとは、思いもせず。
一緒に飲んでいた相手が酷く、酔えば、多少の罪悪感は沸く。
西崎に頼まれるまま、佐野を抱える様にして一緒に、西崎の事務所に行き
泥酔した佐野をそこらに放ると、あとは……、部屋に、西崎と二人きり。

正直なトコロ、イツキも、記憶が曖昧で
どうして、そうなってしまったのかは、定かではない。
ふと気づいた時には、西崎の上に跨り、腰を振り
無理にでも快楽を引き出す。………もやのように掛かる不安を、なぎ払うように。





西崎は、まあまあ、上手なのだ。何にしろ
そうでなければこの仕事はやって行けない、といった所。






そして、イツキも






嫌いではない、この、行為自体は。



自分が、……性欲や鬱憤を溜めていた事を、知っている。
佐野を呼び出し……結果的に相手は西崎になってしまったが……欲求を晴らそうとした浅ましさも解っている。

汚い気持ちを、汚いもので払う、その方法を
知っている。


それしか知らない事も、知っている。






「……………ん」




あれこれ酔いも醒め意識の戻ったイツキは、西崎の
適当な言い訳を、適当に聞き流し



ソファから身を起こし、タオルで、濡れた個所を拭き拭った。







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2021年02月25日

意地悪を言う黒川







特に気にした訳では無かったが
イツキが黒川と顔を合わせたのは
あの、西崎との夜から、2,3日経っての事だった。

黒川は真夜中に部屋に戻り、少し眠り、またすぐに事務所へ向かう。
仕事が忙しいのは本当のようだ。

……何の仕事なのかは、……イツキは知らないけれど。



珍しく昼間に、リビングに二人揃う。
イツキはコーヒーを淹れ、新聞を広げる黒川の前に置く。




「マサヤ、最近、忙しそうだね」
「………ああ」
「……どんな仕事?」



黒川はコーヒーカップを持ち、一瞬、イツキを見て
また、すぐ、新聞に視線を戻す。
ふん、と小さく鼻で笑われたのは、気のせいだったろうか。



「…別に変わり映えもない。…適当に人とカネを動かしているだけだ。…イツキ」
「………ん?」



今度はイツキが黒川に視線を向ける。
今日の空気は、どこか、痛い。




「……週末な、また松田に会う。…少し、付き合ってやれ。
………佐野と遊ぶくらいだ、どうせヒマだろう」






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2021年02月26日

微妙な空気







週末の百貨店。
夕方のピークの、少し前の時間。
特に問題が無くともフロアマネージャーの茗荷谷は
ホールを回り、各々の店舗に声を掛けるのが日課だった。



「……オツカレさまです。ハーバルさん。変わりはないですか?」
「…………あ。ダニー。…………ハイ、別に……」


店舗前で少しぼんやりしていたミカに、茗荷谷は声を掛ける。
ミカがどれほど呆けていたかと言えば、茗荷谷をあだ名で呼んだことに気付かない程だ。

そしてお互いぺこりと軽く頭を下げて
そのまま、少し、間が空いてしまう。

店的には変わりも無いし、連絡事項も何も無いが、
気に掛かる事が無い訳ではない。






ミカはイツキを心配していた。
午前中の仕事を終え、自分と入れ替わりで帰って行ったイツキの
様子が少し、変だった。
物静かというか落ち着いた風。どこか冷めても見え、寂し気。心ここに在らず。
かと言って、問いただす程でも無い気もする。ちょっとした違和感。

茗荷谷は、その仕事を終えたイツキと、詰め所で擦れ違っていた。
制服を着替え、いつぞやも見た黒いスーツを着込み
『お疲れ様でした』と言って、横を通り過ぎる時に
ちらりと、視線だけ流して微笑む姿が、異様に艶めいていた。








「……ねえ、このボディクリーム、小さいサイズは無いのかしら?」



ミカと茗荷谷が微妙な空気を醸す中、ふいに中年の女性客が声を掛ける。

ミカと茗荷谷は我に返り、慌てて、自分の仕事に戻るのだった。






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