2021年10月01日
言わずもがな
黒川は酷い男だった。
親子ほど歳の離れた少年のイツキと、そんな関係になった事は
ひとまず、置いておいて。
そうだとしても、その内容は酷過ぎた。
客を取らせる。
人前でも平気で慰み者にする。
イツキがどんなに拒否する日でも、叩き、縛り
自分に従わせて来た。
身体も心も何度も引き裂かれ、踏み躙られ
それでも離れることは許されず、さらに行為は続いた。
「…それなのに今、こうやってご飯って、おかしくない?」
「そうだな。…お前も余程、阿呆だって事だろ?」
「…その言い方…」
昔のことをツラツラと思い出し、イツキは黒川を睨む。
けれどもう大分酔っているようで、目に力はない。
食事ももう終いだと、黒川は熱い茶をすする。
多少拗ねてヘソを曲げても、メシと酒で解決できるなと、黒川は鼻で笑う。
「やっぱ、酷い。でもこんなに酷いのに、…こうなっちゃうんだよ?
だから、マサヤ。あんまり、レノンくんと…いい感じになっちゃ、駄目だよ」
「なんだよ。やっぱり…妬いてるのか」
「うん」
そう言ってイツキは、小さく笑う。
黒川は急に息苦しくなり、自分もかなり酔っているのだと思った。
2021年10月04日
宵闇
「……ったく。…何で俺がこんな事…」
とあるホテルの駐車場。
車の中で佐野は文句を垂れる。
今日は黒川に、「仕事」をしているレノンの迎えを頼まれたのだ。
イツキの頃とは違い、組でもそこそこの立場になった佐野だったが
黒川から見れば、雑用係。使いっ走りの一人。
そして、未成年であるレノンを扱う以上、信用のおける男でないと駄目なのだ等々
言われてしまえば、断ることなど出来ない。
やがて宵闇に紛れ、裏口からレノンが現れた。
「……迎えなんて、いらねぇ」
「まあ、そう言うなよ。せっかく来てやってんだからよ」
「…あんたもクソ変態の仲間なんだろ?…気色ワリィ…」
助手席に乗ったレノンは一頻り文句を言う。
佐野が迎えに来たのはこれが初めてでは無いのだが、一向に慣れる様子はない。
こんな可愛げの無い子供の相手など、黒川の命令でなければ願い下げだ。
いくら、…頬に傷を作り、濡れた髪に不自然な匂いをさせていようと、…何ら感じる所もない。
「……クソ。ふざけやがって…あのジジイ…」
窓の外を眺めながら、レノンは
低く押し潰されそうな声で、そう呟いた。
2021年10月07日
四方山話
「……あんたさ」
「あんた、じゃねぇだろ。佐野さん、だろ」
「あんたも、あの、イツキって奴とヤッたの?」
レノンは都心から少し離れた場所に住んでいた。
車で送るにしても小一時間は掛かる。
お互い、話しも無いだろうが、無言というのも息が詰まり
なんとなく、口を開く。
「…お前、イツキの事、知ってるのか?」
「この前、会った。…オカマなんだろ?」
「オカマ…とは違うと思うけどな。まあ、可愛い奴だぜ」
佐野の答えは面白く無かったようで、レノンはふんと鼻息を鳴らす。
佐野はハンドルを握りながら、レノンの横顔をチラリと伺う。
本当に。
顔だけ見れば、綺麗な顔をしている。
まだ幼いこともあり、肌も滑らか。体つきも華奢だ。
けれど態度と口が悪すぎる。
さすがの佐野も、手を出してみようとは思わない。
今、客を取らせているのは
ただ若い、というだけの売りだ。
行為に慣れていない身体を開発する楽しみもあるが
レノンの場合、一向にそれが開花する気配が無い。
「……あんなの。…するのも、されるのもどうかしてる」
「ん?…ボクはまだチェリーだったかな? はは、イったこともねぇとか言う?」
「ケツにチンコ突っ込んで、イクも何もねぇだろう!だから変態だって言ってるんだよ!」
そう、レノンは声を荒げる。
経験のない未熟な身体では、行為はただの暴力に過ぎなかった。
2021年10月09日
下世話な話
「……で、よ。あのガキ、まだイった事が無いみたいだぜ?
ああ、チンコはイクけど、中イキってやつは未経験。
そりぁ、その良さが解らねぇなら、ケツ掘られてもつまんねぇよな。
イチから仕込んで開発するのが楽しみっちゃ、楽しみかも知らねぇけど
ちょっとなぁ。…ガキ過ぎるよなぁ…。
この間はよ、大暴れして、相手の顔蹴っ飛ばしたんだとさ。あっはっは」
「…佐野っち。…声、大きいよ」
「お、ワリィワリィ」
昼休み。百貨店近くのカフェで。
どうしても。どうしても話しがしたいと佐野から連絡があり、
夜ではまた問題が起きそうな気もして…
あえて、昼間の短い時間ならばと約束をしたのだが
話の内容は酷く下世話なものばかり。
イツキは早くお開きにしようと、ランチのミートソースを掻き込む。
「話、お終い?…俺、そろそろ仕事、戻らなきゃ」
「マジか。…なあ、お前的にはどうなの?レノンって」
「どうもこうも無いよ。あの子だって訳があってこんな事してるんだから…。佐野っち、あんまりふざけちゃ駄目だよ」
イツキは三つ折りで口元を拭きながら、少し怒った様子で、佐野を睨む。
その仕草さえどこか艶かしくて、佐野はニヤニヤ笑う。
「イツキ。仕事は何時までだよ?やっぱり夜、会おうぜ?
…でさ、レノンに教えてやるっていうのはどう?こう、作法というか極意というか
お前の妙技、みたいなヤツをさ」
「…しない。じゃあね、佐野っち」
「免許皆伝!みたいな。…ああ、イツキ、もう行っちゃうのかよ」
佐野の話を遮って、イツキは自分の伝票を持ち、席を立つ。
そして、少し話すくらいならとここに来たことを、激しく後悔した。
2021年10月12日
セクハラ案件
「……ミカちゃん。…セックス好きですか?」
と、職場の男子が職場の女子に尋ねたら間違い無くセクハラ案件になる
非常に失礼な事をイツキが口にしたのは、
すでにビールを、ジョッキで何杯か飲んだ頃。
百貨店近くの、
居酒屋。
仕事の後、ミーティングを兼ねて軽く食事のつもりが
イツキとミカの2人はいつも、つい、飲み過ぎてしまう。
答えるミカも、同じだけの酒を飲んでいた。
「やだー、イツキくんったら!何、聞くのよー」
「あっ、ごめんなさい!…変なこと聞いてますね、俺。いやっ、あのっ」
イツキは酔っ払いついでに、つい口走ってしまったようだ。
慌てて謝り、何を言っているのだと猛烈に恥じる。
誤魔化すようにビールをあおると、ミカが顔を近づけ、小さく囁く。
「…ふふ。好きに決まってるじゃない。何?今度は何があったの?」
「何って訳でも無いんですけど…。ああいうのって…向き不向きがあるのかなぁって…」
「相性的な話? そりゃあね。…ああ、でも、全然興味が無いって感じの人もいるわよねぇ…」
そう言ってミカは、同じ店内の、奥の席に座るグループをチラリと見る。
そのグループには、茗荷谷がいる。
「イツキくん。悪いんだけどさ。…同じこと、あの人にも聞いてくれない?」
「ええー!」
「あの人、そういうの、全然っぽいのよねぇ…」
「まあ、確かに…」
イツキとミカはそんな話をして、
くすくすと、二人で笑っていた。
2021年10月15日
気になる相手
同じ部署の仲間内で飲んでいた茗荷谷だったが
少し離れたところの席にミカとイツキの姿を見つけると
つい、そちらばかりを伺ってしまう。
「…茗荷谷さん、次、何飲みますか?…茗荷谷さん?」
「あ。…ハイ。……えっ?」
問いかけにも上の空。
とりあえず、同じ日本酒の熱燗を頼み、手酌しで煽った。
『…向こうの席って、ハーバルさんだよね。あそこの店員さん、男の子も女の子もカワイイよね』
『あの2人って、付き合ってんのかね?さっきトイレに行くのに傍、通ったらさ
エライ、顔近づけてて…、なんか、話しててさ…』
グループ内でもそんな会話が聞こえ、茗荷谷ははっとなる。
顔を上げ、辺りを見回し、慌てて視線を逸らせ、また酒を飲んで
何故自分が慌てているのか、不思議に思う。
気にかけ、姿を追っているのは
ミカなのか、イツキなのか。
すでに茗荷谷には解らなくなっていた。
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2021年10月17日
いやがらせ
「…来なくても良かったのに…」
「なんだよ。俺が来たら迷惑か」
「…迷惑じゃ…ないけどさ…」
ミカとの楽しい飲みが終わりに近づいた頃。
イツキのケータイに黒川から連絡が入る。
『なになになに?』とミカは興味深々身を乗り出し、
イツキは非常に気まずい様子で声を潜める。
百貨店近くのこの店で飲んで帰ると、話しはしていたのだけど。
『……もう終わりにするトコだよ。……いいよ、迎えなんて来なくて。
………えっ、もうお店の前にいるの?』
たまたまか偶然か嫌がらせか知らないが、諸用で車を走らせていた黒川が
店の前まで来たと言う。
イツキは慌てて、会計を済ませて、ミカに詫び、店を後にする。
賑やかな繁華街。明らかに邪魔な場所に停められた黒塗りのヤクザ車。
イツキの背中を見送りながら、ミカは思わず、ひゅーと声を上げた。
「……仕事仲間はオンナか。ふふ。挨拶でもすれば良かったかな?」
「やめてよ。マサヤ。あんまり…こっちに、来ないで欲しい…」
「うん?何か悪さでもしているのか?」
半分馬鹿にした様子の黒川を、イツキはチラリと横目で睨む。
「……俺とマサヤのこと、ミカちゃんは知ってるんだし。
…なんか、照れちゃうじゃん。恥ずかしいよ…」
唇を尖らせ、もじもじと、イツキはそんな事を言う。
黒川は思わず顔を緩め、危うく、赤信号を見落としそうになった。
2021年10月20日
顔馴染み
一応、イツキは
黒川の事務所にはあまり立ち寄るなと言われている。
あまり素行のよろしくない人種がいる場合もあるし
イツキ自身、何度か嫌な目にも遭っているし。
それでも、待ち合わせだの荷物を取りに来いだの、何だかんだと用事が出来る。
用事が無くともそもそも、最寄りえきから自宅マンションまでの途中にあるのだ。
どうしたって、近寄らざるを得なかった。
「……お。イツキじゃねぇか」
まだ昼の明るい時間だったので、そう警戒はしていなかった。
事務所前の道路に停められた、車。
後部座席のウィンドが下り、顔馴染みのヤクザに声を掛けられる。
気付かないフリをして通り過ぎれば良かったと、顔を合わせてから、思った。
見知っているのは顔だけではなく、身体も、なのだ。
イツキは曖昧な笑みを浮かべて、軽く、頭を下げる。
「久しぶりだな。最近、全然、ご無沙汰だよなぁ」
「……そうですね」
「たまには付き合えよ。飯、だけでも良いからよ」
男はニヤニヤと笑い、窓から手を出し、チョイチョイと手招きをする。
もう、そんな誘いに乗ることもないが、突然腕を引かれ、車に連れ込まれても困る。
「……マサヤに言って下さい。もう、行かないと思うけど…」
「…黒川の許しがあれば良いんだな?」
「……許しは、出ないと…思います」
「……んー?」
微妙な間合いに、男は可笑しそうに口の端を吊り上げ
イツキは、もう一度頭を下げ、さよならと足早にその場を立ち去った。
幸い、今日のところは
車がイツキの後を付けて来ることは、無かった。
2021年10月22日
懲りない男
黒川が部屋に戻って来たのは深夜0時過ぎ。
イツキがもう寝ようと、洗面所で歯を磨いている時だった。
少々、酒の匂いをさせ、台所で水を一杯飲む。
洗面所から出て来たイツキと鉢合わせた。
「おかえり。俺、もう、寝るよ」
「…お前、今日、三橋に会ったのか?」
「…三橋さん。…事務所の前ですれ違ったよ」
「……ふぅん」
何か可笑しいのか、ただの酔っ払いなのか、黒川はニヤニヤと笑う。
当然イツキは、良い気はしない。
「……まさか、マサヤ。話、通した訳じゃないよね?」
「何の話だよ」
「……仕事。……三橋さん、マサヤに聞くって…言ってたし……」
「ああ。電話があったぜ。……まあ、あいつには借りもあるからなぁ……」
そう言う黒川に、イツキは一瞬、以前のような……臓物が冷え込む感覚を覚える。
紆余曲折アレコレあって、もう、以前のような事は無いとは思うのだけど。
「……しない…でしょ?……もう、俺」
「したくないんだろう?」
「……。させないでしょ?マサヤ」
「…お前がそう言うなら、な」
黒川が、どこか小馬鹿にしたような嫌な笑い方をするので
イツキは、ふんと大きく鼻息を鳴らし、巣箱へと入って行った。
2021年10月25日
ホテル紫苑
『…悪ぃ、イツキ。頼む。助けてくれ。俺じゃどうにもなんねぇ』
佐野からの誘いにはもう何があっても乗らないと…軽く誓っていたイツキだったが
ちょうど仕事上がりの時間。たまたま出てしまった電話で
切羽詰まった声でそう懇願されては…つい、話を聞いてしまう。
「……なに?」
『頼む。今から「紫苑」に来てくれねぇ?』
「…ホテルじゃん。…行かないよ」
『いやいやいや、違うんだわ。……レノンが、ヤバいんだわ』
どうやら、このホテルで仕事を終えたレノンが、酷い状態なのだと言う。
佐野はレノンを迎えに来たのだが、レノンは泣き喚き、挙句バスルームに立て篭もり、手に負えないのだと。
嘘か本当か疑わしい所だけど…もし本当に何か、身体にダメージを負っているのだとしたら
その痛みを嫌というほど味わったイツキには、放って置くことが出来なかった。
ホテルに向かう前に、一応、黒川に連絡を入れて置く。
黒川からは短く、「面倒を見てやってくれ」とメールが入っていた。
佐野の話は珍しく、本当だった。
言われたホテルの部屋に入ると…そこはまだ、どこか湿った、独特の臭いがしていた。
ベッドのシーツは乱れ、酒のグラスが倒れ、床はあちこちが濡れていた。
自分がここで、どんな目に遭わされたか、イツキは思い出し…少し吐き気を覚える。
それを、佐野も、感じているのか。イツキに申し訳ないと詫び、
それでも頼むと、レノンが籠ったバスルームに視線をやった。
2021年10月27日
ホテル紫苑・2
「……レノンくん。……俺、イツキです…」
バスルームは内側から鍵が掛けられていた。
中からはシャワーを出しっ放しにしているのか水音と、時折、うめき声のようなものが聞こえる。
イツキは扉をノックし、どうにか鍵が開かないだろうかと取手をガチャガチャとやり
「……大丈夫? レノンくん」と、声を掛ける。
「俺が来た時にはまだベッドに寝てて。でも、目ぇ覚ましたら半狂乱でさ。大騒ぎだよ」
「…それだけ、大変な目に遭ったんでしょ…。……怪我とか、無いかな…」
「あー、血の付いたティッシュが丸まってたな。…処女か? アハハハハ」
イツキの隣で佐野が下らない冗談を言う。
イツキは冷ややかな目線で佐野を一瞥し、さらにバスルームの扉を叩く。
「…レノンくん。…とりあえず、出て。身体の状態、見ようよ。このままじゃ、風邪引いちゃうよ…」
「……ざ…けんな…。……クソ……。………ブッ殺す……」
「…もっと、お腹、痛くなっちゃうよ?……レノンくん…」
「こいつ、本当に可愛げ無いんだわー。コトの後的な色気もねーし…」
「佐野っちは黙ってて。向こう行って!」
イツキに叱られ、佐野は「へいへい」と言いながらバスルームを離れる。
冷蔵庫の上のポットに水を入れ、お湯を沸かしておく。
レノンの心配をしていない訳では無いのだが…つい茶化してしまうのは、悪い癖だった。
「……全部、出た?……そしたら、身体、拭こう。ね?」
イツキは足元のカゴからバスタオルとバスローブを出す。
やがて諦めたようにシャワーの水音が止み、カタンの錠の開く音がして、扉が開いた。
2021年10月31日
ホテル紫苑・3
細く開いた扉からレノンが顔を覗かせる。
照明が付いていないせいもあるが、酷く、顔色が悪く見える。
「……なんで、…あんたが…ここにいるんだよ…」
「佐野っちに呼ばれたんだよ。いいから、とりあえず、出よ?」
「………なか…に……」
レノンの声はごくごく小さく、消え入りそうなものだった。
威勢の良い子という印象だっただけに、その差がさらに悲壮さを増す。
今までの自分を全て打ち壊され、踏み躙られる事を…されたのだろうなと想像がつく。
自分も、そうだったのだから。
「……中に、ローター、…入れられて……まだ、…出なくて…」
「…今は、お腹、痛い?」
「…いたくない」
「じゃ、大丈夫。そのうち、おトイレで出ちゃうから」
奥深くまで入ったコードレスの玩具が取り出せないのだと、困るレノンに
問題無いと、経験者のイツキはニコリと笑って言う。
扉の隙間からバスタオルを差し出すと
ようやく、それを身体に巻いて、レノンが風呂場から出て来た。