2022年01月06日
半分
「……えっ、……うそ。……マジ?……ヤダ」
ハーバルの仕事を終え、店舗から出ようとしたイツキが思わず声を上げたのは
正面に、黒川の姿を見付けたからだった。
おそらく半分は、イツキが帰り道にうっかり強姦されるのを心配しての事。
あとの半分は、嫌がらせだった。
「……どうしたの、マサヤ…」
「迎えに来てやったんだろう。とっとと着替えて来い」
「……外で待ってればいいのに……」
「ふん。安っぽい店だな」
そう言って鼻で笑う黒川を尻目に、イツキは急いで奥へ戻り、帰り支度をする。
ショーケースの陰からミカが半分顔を覗かせ、この場所にはあまりに不似合いな客に驚く。
黒川がイツキの「彼氏」だという事をは知っているが
その彼氏がイツキを振り回し、困らせている事も知っている。
とりあえず、視線が合ってしまったので、ミカはペコリと頭を下げる。
黒川は棚の商品の、ガラスの小瓶を指で弾きながら、軽く頭を傾げた。
戻ってきたイツキと黒川が百貨店の外に出ると
正面の道路にはハザードを付けたままの車が止まっていた。
運転席には、佐野の姿。
佐野は、殴られた痕なのか、顔をの半分を赤く腫らせていた。
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2022年01月08日
心の奥
この日、佐野は黒川の事務所に呼び出されて
先日の一件の話をされ、少々、殴られた。
佐野の判断でイツキをホテルに連れ出し
挙句、目を離した隙に攫われたのだ。仕方ない。
ついでに今日は運転手だと、車であちこちを回らせ、こき使い
最後に、イツキの仕事場に向かう。
黒川の迎えに嫌な顔を見せるイツキを、構わず、車に乗せ
後部座席に並び、これみよがしに肩まで抱いてみせるのは
イツキを好きにして良いのは自分だけだという
解り易いアピールだった。
イツキは佐野の顔にある痕が、殴られたものだと気付いていたが
どうにも、気軽に話しかけられない雰囲気だった。
ルームミラー越しに目が合っても、佐野は他所他所しく視線を外す。
『もう、お前は、イツキに関わるな。昔とは違う』
殴られ、そう言われた言葉が、耳に残っていた。
佐野は
確かに、イツキには悪かったなと、反省はしていた。
黒川に叱責されるのも当然だと思っていた。
けれど、やはりどこか…心の奥の奥の隅の暗がりでは
イツキと一番近いのは自分だと思っていた。
イツキが一番辛く、滅茶苦茶な時期に、傍にいてやったのは俺だ
黒川が何と言おうが、イツキと俺は特別な仲なのだと、信じていた。
posted by 白黒ぼたん at 22:31
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2022年01月11日
素直な感想
「…絶対ヤバいと思うの。
前に、東京駅のイベントの時に見た時も思ったけど。
やっぱり、ヤバいと思うの」
その日の仕事上がり。ミカは同じフロアで働く友達のユウと
行きつけのイタリアンの店に来ていた。
お互い、酒好きのゴシップ好き。
フルボトルのワインを並べ、どっさりチーズの乗ったピザを切り分け
今日、見た、イツキの彼氏の話しで盛り上がる。
「あたしも見たわ。彼氏?ホントに?…保護者的な話ではなくて?」
「…んー。あんまりプライベートな事は話せないんだけど。でもー。そー。彼氏だってー!」
ユウは、以前にも、イツキと黒川が一緒にいるところを見掛けている。
なおかつ。その動向を見守っているという一ノ宮とも、密かに連絡を取り合っている。
ミカもユウも、なんとなく、イツキと黒川の事を知っているが
いざ目の前に、並ぶ2人を見てしまうと、妙に興奮してしまう。
あの、イツキと、あの男が、事実、交際し、そんなコトに及んでいるのかと想像するのは
一般的に考えれば、酷く、刺激的な事だった。
「…今さら男の子同士とか、あたし、気にしないけど。でも、あの彼氏さんは…
ヤバい系の人でしょ? それが仕事場まで来ちゃうってどうなの!」
「溺愛?…溺愛されてるの?それとも束縛されてるの?」
「それって紙一重よねー!」
きゃあ、とミカとユウは黄色い声をあげ
グラスのワインを飲み干した。
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2022年01月16日
佐野っち昔話・1
佐野の運転で黒川とイツキが向かったのは、少し離れた通りにある焼き肉。
駐車場に車を入れると、佐野にはそのまま、車で待てとの指示。
帰りの運転手は必要だし、今は、3人仲良く食事をとる雰囲気では無いのも解るが
さすがに気の毒だと、イツキは佐野を伺い見る。
「佐野っち…」
「……いいから、早く行けよ、イツキ」
「…うん。…ね、佐野っち、その顔の…殴られたのって、…マサヤ?」
「ああ。……いや、この間は悪かったな。俺が、悪い」
確かに、あの一件は、佐野の不注意がキッカケだったのだし
制裁を受けるのは仕方がない。
佐野は少ししょげた様子でイツキにも詫び、
黒川が待っているのだから早く車から降りろと、ひらひらと手を振った。
「ふん」
黒川とイツキが店内に入り、佐野は一人車内で鼻息を付く。
まあどうせ2、3時間だろうと煙草に火を付け、窓を開け、煙を吹かす。
イツキが黒川のものだと
解ってはいるのだけど。
佐野の中ではどこか、自分だけは、特別な関係のような気がして
その都度、それを正され、思い知らされる。
「…いや、でも、俺とイツキって…長い付き合いだしよ……」
佐野はひとりごち、ぼんやりと、昔の事を思い出していた。
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2022年01月17日
昔話・2
最初にイツキの『仕事』の送迎を頼まれたのは、西崎経由だった気がする。
黒川が気に入っていた子供だったが、負債が嵩んだか何かで、
外に、ウリに出されたようだった。
この頃はあまり、黒川とイツキが一緒にいることは無かった。
まあ、ただの「商品」なんだろうと気にも留めなかったが。
確かまだ、中学生だ。
ホテルの入り口まで車で送り、事が終われば、誰にも見られ無いように回収する。
濡れた髪。青白い顔。噛み締めた唇。
いちいち干渉していられないが、何度顔を合わせれば、情も湧く。
『…なんで、こんなコトしてんだ?』
『…お父さんの仕事が…駄目で……、マサヤに、助けて貰って…』
『はーん。良く聞くヤツだな』
車の中でそんな話しをするようになる。
借金で雁字搦めにして本人や子供を搾取するのは、この商売の常套手段。
けれどその相手に、マサヤと、名前で呼ばせているのは
違和感を感じた。
特別なのか、そうでは無いのか。どうでも良いのか。
佐野がイツキとうっかり関係を持つようになったのは、割と早い時期だった。
ホテルの部屋に迎えに行って、まだ収まらない身体を捩らせて
ベッドの上で湿った声を上げるイツキに
欲情するなと言う方が無理な話しだ。
イツキも大人しく抱かれていた。
下心のあるクソみたいな優しさでも、多分、あの時には必要だったんだろう。
posted by 白黒ぼたん at 20:00
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2022年01月18日
昔話・3
『……やだ、…やだ、……や、や……もう、や…… ぁ…』
『……イツキ。もう終いだよ。……帰るぞ』
『……や……』
安っぽいサテンのカバーが掛かった毛布を頭の上まで引き上げて
泣く、イツキを、宥める。
見知らぬ男にただヤられるだけでも嫌だろうし、それ以上に嫌な事もされるのだろう。
毛布ごと抱き締めて、大丈夫大丈夫と、耳元で声を掛ける。
気が昂ぶるのか、何か悪い薬でも使われたか、まだパンパンに腫れている股間に手を伸ばす。
『俺…だめ……、変……、おかしいの。……おれ、…だめなの……』
『イツキ。大丈夫だって。こんなの、ただ勃ってるだけだから。フツーだから』
『だめなの。………おれ、欲しくなっちゃ……だめなの……』
イツキは、確かに、変だった。
佐野とて、この商売をしていてそれなりに、欲にまみれ溺れる人を見て来たが
イツキはその度合いがまるで違う。
どぷんと沼の底に落ちて、辺りにその芳醇な匂いを撒き散らす。
端にいるこちらが巻き込まれる。隠しているはずの一番原始的な欲が、
否応なく、掻き立てられる。
尻の間に手をやると、前の男の名残かイツキの粘液か、まだ濡れそぼっていて
境目すら解らず、ずるりと指が、中に入る。
ただ誘われただけなのに、『嫌』と言うイツキの声が、妙に背徳感を煽る。
『…おまえ、まだ…ぐちゃぐちゃじゃんか。……足りない分、…やるよ……』
『……や。……だめ……』
イツキの『駄目』はアテにならない。
解っているのに、まんまとハマる。
慰めているか誘われているのか、どっちに分があったのか解らないが
取り敢えず、この頃のイツキと佐野の距離は、
心も身体も、ぐっと近くなっていた。
posted by 白黒ぼたん at 18:32
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2022年01月21日
昔話・4
佐野とイツキの仲は、黒川公認だった。
黒川にしてみれば、汚れたイツキの後始末、中を、洗う、ついで。
その手間賃、ぐらいの感覚なのだろうと思う。
普通に過ごしていれば、中学3年生の歳。
当然、家にも居場所がないイツキは、佐野のアパートに身を寄せることも多かった。
狭くてボロい木像アパートで、一つしか残って無かったインスタントラーメンを
分け合って食べていた時などは、まるで、訳ありの恋人同士のようで
佐野は、満更でも無かった。
『…俺、この後…仕事なんだ……』
『うん?…紫苑か?……また迎えに行ってやるよ』
『ううん。今日は別の所、連れて行かれるみたい。……人が…いっぱいいるんだって……』
イツキは事もなげにそう呟いて、少し、寂しそうに笑う。
すべてを納得し、受け入れているとはいえ、嫌なものは嫌だろう。
本当に黒川は、何故、ここまで酷い仕事をイツキに回すのだろうかと思う。
余程、金払いがいいのか…。それとも、いっそ、イツキが憎いのか…と、思ったりもする。
そんな事を考えている最中に、黒川から電話が入り、佐野の心臓が止まりかける。
『………イツキと一緒か?』
『……あ、…いや、……あ、…………ハイ』
『……あまり飯を食わせるなよ、この後全部、出すからな。はは。
……黒スーツを着せて、事務所に連れて来い』
『はい』
電話を切ると隣のイツキは内容を察しているのか、わざと床に寝転んで、駄々をこねる振りをする。
その上から覆いかぶさり、抱き締めてやるのだけど
たった数分、そうやっていただけ。
腕の中からイツキは小さな声で、「…もう、行かなきゃ」と言うのだった。
posted by 白黒ぼたん at 13:20
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2022年01月25日
昔話・5
こんな生業だ。酷いのは百も承知。まして、イツキは商品だ。
ヤルだけヤって、使い捨てでもおかしくはない。
いちいち可哀想だの何の、言う方が間違えている。
でも、これだけ一緒にいて、情が沸くのは仕方ない。
「……やっぱ、俺が、一番、イツキの傍にいたよな?
あいつだって俺を頼ってたよな。
あの頃、俺ら、本当に相思相愛だったんじゃね?
あの頃、2人で、どっか逃げちまえば良かった。
社長は、どう考えても、ヤバかったよな…ヒド過ぎたわ、鬼だわ。
イツキが嫌いだったのか?そうでもなけりゃ、あんなコト、出来ねえよな?
それが、何だ?今になって、良くなったのか?
イツキが家出したり、ガッコー行ったり、働き始めたり…で
自分の手から離れると思って、惜しくなったのか?
なんだよ、糞。
好きで大事で手元に置きたいなら、最初からそうしとけよ。
紛らわしいんただわ。
イツキもイツキだ。
自分がどんだけヒデェ目に遭わされたか、忘れたのかよ…」
「……何をブツクサ言っている」
「…はっ…いやっ…」
独り、佐野が車の中で不満を垂れている所に、黒川とイツキが戻って来た。
posted by 白黒ぼたん at 00:05
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2022年01月26日
昔話・6
黒川とイツキを後部座席に乗せて、佐野は車を出す。
先ほどの愚痴は聞かれていなかったかと、鏡越しに、後の様子を伺う。
イツキは程よく酔っ払っているようだ。黒川の肩にもたれかかり
黒川はご機嫌のようだ。視線が合いそうになる。
佐野は慌てて前に向き直り、まあ大丈夫だろうと、運転に集中する。
この光景も、何度か見たと、佐野は思う。
イツキの『仕事』の後。黒川と一緒にいるところに迎えに行った。
イツキは今みたいに酔っ払っているか、仕事に疲れて憔悴しているかで
黒川に身体を預け、黒川はそれを抱き止める。
『……マサヤ。……おれ、もう、……いや。……しごと、したくない…』
消え入りそうなイツキの声。
どんなに酷い目に遭わされても、普段は泣き言を言わないけれど
ごくごくたまに、2人きりの時に………こんな時の佐野はいないも同然だから………
イツキは黒川に懇願する。
『……なんで、おれに…しごと、させるの?』
『……うん?』
甘えた声で泣き、見上げるイツキを抱く、黒川は
どこか楽しそうで、嬉しそうだった。
『……お前はヤられている時が一番イイ顔をするからな…』
そんな事を言う黒川は、やっぱり酷いと思う。
posted by 白黒ぼたん at 23:41
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2022年01月28日
昔話・最終話
鏡越しに映るイツキと黒川はぴたりと身体を寄せ合い
まるで世界に2人きりしか居ないようで。
甘い言葉も囁く声も、息も、空気さえ……もはや必要がない。
昔、見た景色と、今、見える景色が重なる。
佐野はハンドルを握る手に、奇妙な汗をかく。
この2人は、結局。昔も今も、そう変わらないのかも知れない。
どう自分が画策しようと、間に入る余地など、ありはしないのだ。
解っているのに、つい忘れて、近寄り過ぎて、また思い知らされる。
距離を取るのは難し過ぎる。
黒川は業務上のボスだし、イツキとは、深く付き合い過ぎた。
やがて車は黒川のマンション前に着く。
黒川は酔っ払いのイツキの腕を引き、車を降りる。
「…佐野。今日はこのまま帰っていいぞ、西崎には言ってある」
「……了解っす…」
黒川は今日の手間賃だと、スーツの内ポケットから数枚の万券を出し、佐野に渡す。
顔を上げたイツキはニコリと笑い、じゃあねと佐野に手を振った。
「……結局、どうしたって離れらんないのは……俺も一緒だよなぁ…」
佐野は小さな声で呟きながら、部屋に帰る二人の背中を見送った。
posted by 白黒ぼたん at 20:10
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2022年01月31日
ヤバイイツキ
「こんにちは」
「おう、イツキ。久しぶりだな。なんだ?ヤられに来たのか?」
イツキが西崎の事務所に入った途端に、西崎の声が掛かる。
商品を値踏みするように上から下まで睨め付け、ニヤニヤと笑う。
「…違います。マサヤのお遣いです。西崎さん。
昨日の書類にハンコが無かったって。契約書の2ページ目。
あと、ここに押してあるの、ミトメじゃなくて実印だって」
「……ハァ?…なんだよ、佐野。確認しろって言っただろう!」
その作業の担当は佐野だったようで、西崎は部屋の隅にいた佐野を怒鳴りつける。
佐野は慌てて立ち上がり、替えの書類をガサガサとやる。
「すぐ、出来ます? 俺、貰って来いって言われてて…」
「ああ。すぐすぐ。…待ちがてら、ちょっと遊ぶか?」
「遊びませんよ」
相変わらずの軽口をさらりとかわして、イツキは、ふふと笑う。
「あと、横浜で使ってファイルが欲しいんですって。黄色の表紙の」
「…あ、ああ。あれな。…そっちの書庫の一番上にあるぜ」
言われてイツキは書庫に向かい、一番上の棚に手を伸ばす。
届くか、届かないか、ギリギリの高さ。目当てのファイルに指先を引っ掛けるも、取れない様子。
ぴょんと跳ね、「あっ」と小さな声を漏らし、悔しそうに唇を尖らせる。
もう一度、手を伸ばす。袖口から白い手首が覗く。
「……ほらよ」
見兼ねて、西崎がファイルを取ってやると、イツキは喜び
「ありがとうございます」と素直に頭を下げた。
用事を終え、イツキが帰ると
西崎は佐野に向かい、深妙な顔つきで
「……イツキは、…ヤバイな。…よく解らんが、……なんだかな」
と言うのだった。
posted by 白黒ぼたん at 23:48
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