2022年02月03日
ヤバイイツキ・2
ある日。
西崎が黒川の事務所に立ち寄ると、扉の鍵は開いたまま。
ノックをしても返事も無し。
「……無用心だなぁ」と、西崎が中に入ると
応接セットのソファに、イツキが寝転び、眠っていた。
西崎は少し離れてパイプ椅子に座り、ヤクザの事務所で呑気に眠る子供を眺める。
子供と言っても、確か先日、ハタチになったのだと聞いた。
自分が知り合ったのは……5年ほど前だろうか。
諸々しがらみで黒川が年端もいかない男女を連れて来ることはよくあったが
イツキは最初から何故か特別扱いだったような気がする。
事実、今は黒川と生活を共にし、まるで恋人か愛人のような立場で振る舞っている。
「……なんだかなぁ…」
西崎は小さな声でボヤく。
実際、黒川とイツキの仲というのは、よく解らないのだ。
解るのは、イツキが、多少ソファからはみ出す程に背が伸びたこと。
それでも、ウチの書庫の上段には手が届かない。成人男性にしては、身体は小さい。
肌も白いし、声も、…女のそれと比べられないが、高いし艶がある。
イく時の上擦った喘ぎ声は、耳に付き、なかなか消える事がない。
昔はただの可哀想な、哀れな子供だった。
その癖ヤリ始めるとどっぷり欲に浸かり、色気を垂れ流すのが面白かった。
今は、どうだ。
妙に穏やかで、柔らかい。屈託のない笑顔なんぞ見せてくる。
これが、……コトに及べば………、今度はどんな顔を見せるのだろうかと…思う。
思うと、年甲斐もなくどくんと、下半身に血が集まる。
「…勝手に触るなよ、西崎」
西崎が思わず、イツキに手を伸ばしかけた時
部屋に黒川が戻り、そう、釘を刺した。
posted by 白黒ぼたん at 09:00
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月07日
コンビニ
駅からマンションへの道すがら丁度良い所にコンビニがあって
いつもイツキは帰り道に寄って、あれこれ買い物をするのが日課になっていた。
食料品や日用品。本当は少し離れた場所にある大型スーパーにでも行けば
種類も、価格も、満足するものが売っているのだけど…なかなか行けるものでもない。
「……マサヤが車、出してくれればいいのにね……」
イツキは小さくボヤきながらコンビニの棚から洗濯洗剤を選ぶ。
いくら最近は争い事もなく穏やかだとはいえ、あの男と黒塗りのヤクザ車でスーパーへ行くのは
まだ少し、色々、早い。
割高な調味料とスナック菓子を2袋。
まだ牛乳は残っていたかしらんと、冷蔵ケースの前で立ちすくむ。
単身者が多いい地区なのだろう、惣菜や弁当類は豊富なのが嬉しく
酒の当てになりそうなツマミと、明日の朝食のサンドイッチもカゴに入れる。
生活をする、と言うのは大変なのだな、とイツキはしみじみ思う。
この先、このままずっと、黒川とこんな暮らしをして行くのだろうかと…ふと、思う。
恋人とも、まして夫婦とも違う。好きだの嫌いだの、そんな感覚も…特にない。
ただ余りにも一緒にいる時間が長過ぎて、全てに、馴染んでしまっていた。
「…唐揚げ5コ。…あと27番の煙草いっこ」
レジのカウンターでそう告げる。
店員が煙草を取りに行く間に、イツキはカゴに、小さなチョコをいくつか入れた。
posted by 白黒ぼたん at 13:40
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月09日
居酒屋会合
その日、黒川は仕事を早めに切り上げて
イツキを連れて事務所の裏手にある居酒屋に来ていた。
鶏の唐揚げとメンチカツとイカリングを注文するイツキに
「見るだけで胸ヤケがする」と、黒川は鼻で笑う。
「……揚げものって、俺、ウチで出来るかな?」
「止めておけ。火事でも起こす気か」
「もうちょっと、ご飯、作れるようになりたいんだよね」
「主婦かよ。料理教室にでも通うか?ははは」
黒川はテーブルに置かれた瓶のビールを2つのグラスに注ぐ。
相変わらず小馬鹿にしたような物言いだが、満更嫌でも無いようだ。
お疲れ、と軽くグラスを鳴らして、ビールを喉に流し
突き出しの小鉢に箸を付ける。
「……うん?……何だ?」
軽い振動が電話の着信を告げ、黒川はスマホを耳にやる。
イツキは少し気にしながら、運ばれた唐揚げにレモンを絞る。
「…ああ。…イツキと一緒に来ている。……ああ、構わないぜ」
短いやり取りだけで電話は切れた。
黒川が顔を上げると、ちょうどイツキと視線が合った。
「イツキ。レモン、絞ったのか?」
「こっち半分だけだよ。…電話、なんだったの?」
「一ノ宮がな…来るってよ…」
「……え?」
少し業務連絡があるのだと言う。
普段なら黒川もまだ事務所にいる時間なのだ、まあ仕方がないだろう。
イツキも一ノ宮ならばと、顔を緩ませる。
やがて店の引き戸がガラガラと開き、
暖簾を潜り一ノ宮と、もう一人誰かが、中に入ってきた。
posted by 白黒ぼたん at 23:00
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月12日
居酒屋会合・2
「申し訳ありません。お食事の席にお邪魔してしまって…」
やって来た一ノ宮はそう言って頭を下げる。
黒川は当然、連れがいることを知っていたので、ふんと鼻を鳴らすだけ。
イツキは少し驚き、「…あっ」と声をあげる。
一ノ宮の連れは、レノンだった。
相変わらず太々しい顔付きをしていたが、一応、ペコリを頭を下げた。
「レノン君が、イツキ君と話がしたいと言っていたので…」
「まあ、別に。…突っ立ってないで座れ。食いながら話せばいい」
「では。失礼します。えーと、私が社長の隣に行きましょうか」
4人掛けテーブルに、黒川と一ノ宮は並び。
黒川の斜向かいに座っていたイツキは一ノ宮の正面。
イツキの隣り座ったレノンは、黒川の正面になる。
妙なな緊張感が漂う。
黒川は、イツキとのプライベートな時間に水を刺され、多少、機嫌を損ねてはいたが
問題は無い程度。
一ノ宮との食事はいつもの事なのだが
ただの「商品」であるレノンと、こう言った場を持つことは無く
これ以上、親しげに馴れ合う気も無い。
レノンの方も、黒川は嫌な雇い主。乱暴で横暴で非道。
人間らしい心を持ち合わせていないと思っていたのだが
目の前に置かれた山盛りの鳥の唐揚げを見ると、ああ、人なのだな、と少し思う。
イツキは、この状況はどういう事なのだろうかと戸惑う。
レノンの状況は気の毒には思うが、自分もとばっちりを受けている。
元凶の男は、労い言葉など、掛けそうもない。
とりあえず手元のグラスが空になり、辺りをキョロキョロと伺う。
一ノ宮は穏やかに微笑み、注文を取りに来た店員に
追加のビールとグラスをもう一つ。レノンにはウーロン茶を頼んだ。
posted by 白黒ぼたん at 23:41
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月14日
居酒屋会合・3
レノンは「仕事」の相談や金の精算やらで度々事務所に顔を出していた。
先日、イツキが、自分と人違いで連れ去られた話は、佐野から聞いて知っていた
『どうせボンヤリ突っ立ってたんだろ。そんなの、俺のせいじゃない』
と言ってはみたものの…やはり、
あの時は自分の身体を気遣い、ホテルに来てくれていたのだ。
多少は……悪かったなと、気になっていた。
レノンが黒川の事務所に行くと、そこには一ノ宮が一人で作業をしていた。
いつも黒川と一緒にいるこの物静かな男は、レノンはそう嫌いでは無かった。
事務所に来た要件は一ノ宮でも事足りたが……レノンは何か言いたげに少し間を置く。
聞けば、イツキの一件を気にしていると言うので、ならば直接…と、黒川とイツキがいる居酒屋に連れて来たのだ。
「…では、私どももご相伴に預かりましょうか。…ああ、店員さん、取り皿を頂けますか?
あと、揚げ出し豆腐とほっけの開き。…レノンくんはご飯ものがいいかな。
はい。イツキくん、ビールです。社長はもう、日本酒にされますか?」
四人顔を突き合わせ微妙な空気の中、一ノ宮は相変わらず穏やかにあれこれを仕切る。
実を言えば……レノンに話をさせるためにここに連れて来てやった、というよりは
このメンバーで集まったら何が起こるのだろうという、ちょっとした悪戯心があったのかも知れない。
「ありがとうございます。一ノ宮さん。……えーと。…レノンくんが一緒で、びっくりしました…」
「…みなで仲良く食事をする…という間柄でも無いのでしょうが、……まあ、こんな機会でも無ければゆっくり話も出来ないのかなと思いまして。…ね、レノンくん?」
一ノ宮はレノンに取り皿と箸を渡し、水を向ける。
レノンは、まだこの場に慣れていないようで、誰とも視線を合わせないようにしながら
「…あ、いや…」と口籠った。
posted by 白黒ぼたん at 16:00
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月17日
居酒屋会合・4
テーブルに注文した料理が並び、皆、静かに食べ始める。
黒川は別にどうでも良いといった感じで、隣の一ノ宮と仕事の話しを始める。
「…レノンくん、はい。唐揚げ。…レモン掛けちゃったけど」
イツキはレノンの取り皿に料理を取ってやる。
視線を逸らせ、自分とも黒川とも視線を合わせようとしない。
まだ緊張しているのだろうかと思う。
自分に話がある、と確か言っていたが…なかなか、その切っ掛けは訪れない。
仕方がなくイツキはビールを煽り、レノンの、腹の空き具合を心配する。
「幾つだっけ?…14歳?…食べるよねぇ? ああ、洋食の方が好きかな。俺、よく佐野っちとファミレスとか行ったよ。…甘いものも好きでさ…」
「そうやって、何でもペロリと喰っちまうんだよなぁ。ああ、喰われるの間違いか」
まるで部外者だった黒川が急に割って入り、茶々を入れる。
レノンをリラックスさせるためにわざと多弁になっている事を、解らない訳ではないだろうに。
イツキは黒川を、ムスッと睨み
黒川は鼻で笑い、コップの熱燗を啜る。
さらに「…頭から、丸呑み」などと呟いて
隣の一ノ宮からも、睨まれる。
「……………っす」
「……えっ?」
やっと開いたレノンの口からは、小さな小さな声が漏れる。
「………15…です。……洋食でも、和食でも……食べられます。
…………あの、………この間のこと、………スイマセン」
posted by 白黒ぼたん at 10:23
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月19日
居酒屋会合・5
普段は威勢が良く、やや乱暴な言葉遣いをするレノンだが
今日は大人しく、神妙。慣れない敬語なぞ使ったりする。
それだけ、一応、先日の一件を気にしているのだろう。
レノンだけが悪い、と言う話でもないのだけど。
「……俺と間違えて…仕返しされたって聞いて。…なんか…
あの日は…俺のこと心配して来てくれてたのに…悪かったなって……」
「あ。いや。まあ…」
『気にしなくていいよ。大したことじゃ無いから』と、言うほど些細な話でもないが
イツキにしては…割と良くある話で、酷く深く傷付くほどの事件ではない。
それよりも、その事に対して、素直に謝罪をしてくれる気持ちが嬉しくて
イツキは妙にソワソワしてしまう。
「…どっちもどっちだ。恨まれるほど下手糞なセックスなんざ、聞いたこともない。
イツキも。ぼんやり突っ立ているから、連れて行かれるんだ。迂闊過ぎる」
独り言にしてはやや大きな声で黒川はそう言う。
再度、イツキに睨まれても、ふんと鼻で笑うばかり。
「……そもそもマサヤが悪いんじゃない?…マサヤが…色々、教えたんでしょ」
「客の鼻を殴れとは教えて無いぜ?」
「……じゃあ、やってる事自体に無理があるんだよ。だから、問題が起きるんだよ」
「……まあ、まあ…」
軽く言い争いになるイツキと黒川をに、割って入り宥めるのは一ノ宮の役目。
とりあえず、空のグラスに酒を満たす。
「…あの日は不運が重なりましたね。…イツキくんには申し訳なかった。
レノンくんも、ちょっと、暴れ過ぎちゃいましたか。
……社長には佐伯氏から電話があったのですから…、きちんと確認するべきでしたね」
posted by 白黒ぼたん at 21:47
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月21日
居酒屋会合・6
「………なんだよ。俺も悪いのかよ」
一ノ宮に嗜められ、黒川はつまらなそうに呟き、酒を煽る。
まあ本当に責められている訳でも、機嫌を損ねている訳でもない。
その様子を見て、レノンは少し驚いた様子だった。
「……なんか。……違う。……もっとヤな奴だったのに……」
「………ん?………マサヤの事?………うん、ヤな奴だよね…」
思わず小さな声が漏れたレノンに、イツキも小さな声で答え、くすくすと笑う。
普段「仕事」絡みで接する黒川と、今、目の前の黒川とでは、まるで雰囲気が違うのだろう。
イツキは…自分がまだ、レノンの立場だった頃を思い出す。
怖くて怖くて恐ろしくて、何もかもが嫌だった頃。どうにもならない状況の中で
……ほんの少しの心が緩む瞬間が……どれだけありがたかった事か。
「あんた、……あいつの恋人なの?……売春させられてたのに、好きになったの?」
「……えっ、……いや。……あー、でも、……そういう事なのかな………」
「…………物好きな奴。………頭、オカシイだろ……」
イツキへの謝罪を終えようやく落ち着いたところで、レノンの毒舌が戻って来た。
posted by 白黒ぼたん at 20:23
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月22日
居酒屋会合・終
食事も終わり、イツキも黒川も丁度良い酔っぱらいになる。
一ノ宮も飲んでいた筈だが、そう雰囲気は変わらない。
イツキは、少し位は、レノンと打ち解けたのではないかと思う。
仲良しコヨシになって、だからどうだという話でもあるが
常に喧嘩腰で、トラブルが起きても何も相談も出来ない、よりはマシだろう。
「……では社長。明日は16時から。車は向こうが手配するそうです。
書類は私が預かっています。会長への手土産は事務所に置いてあるので…」
「ああ」
「歩いて帰られますか?お気をつけて。…私はタクシーでレノンくんを送って帰ります」
どんな時もきちんと仕事をする一ノ宮に、イツキは感心する。
「レノン。週末は出掛けて貰う。そのつもりでいろ。今度は下手を打つなよ」
会計を済ませて席を立つ。帰り際に黒川がレノンにそう告げた。
楽しげな時間を過ごしていても、レノンだけが使役される立場なのだと思い出す。
レノンはふと視線を落とし、「解ってるよ」と低く吐き捨てる。
隣でそれを聞くイツキまで、胸が苦しく、重くなる。
もう少し、どうにかならないものかと…イツキは黒川を見遣り、黒川もその目線に気付くが
なら、お前が替われよと言わんばかりに鼻息を吐く。
「…レノンくん。私がイロハを教えましょうか?
社長より教えるのが上手かも知れませんよ?」
場を和ませる為の冗談なのか、それとも、実は本気なのか
最後に一ノ宮がそんな提案をして
居酒屋会合はお開きになった。
posted by 白黒ぼたん at 22:48
| TrackBack(0)
| 日記
2022年02月25日
スプリングセール
ハーバルの店舗が入る百貨店で、春のセールが始まった。
全館上げての大売り出し。普段、そう忙しくはならないハーバルでも
良い商品が安くなり、人の流れも多くなり、それなりに忙しくなる。
仕事を始めた頃のイツキは右も左も分からず、ただ慌て、ミカに迷惑を掛けることも多かったが
今では手慣れたもので、ちょっと面倒な客でも上手くあしらう事が出来る。
商品の管理なども任され、在庫をチェックするタブレットなども扱えるようになった。
黒川が、ここでのイツキの働きぶりを見れば、おそらく多少は驚くだろう。
「…ごめん、イツキくん。お店終わったあとも、仕事、残ってて……」
「いえ、大丈夫です。ここの、ラッピングまで終わらせて行きます」
「ありがとう」
店舗の営業時間が過ぎても、まだ雑務が残っている。
注文された品物を包み、箱に収め、伝票を用意し……しながら、ミカとここ暫くの出来事を報告しあう。
普段、イツキとミカは交代で店に入っているので、2人で話をする時間は実はそう無いのだ。
先週訪れた焼肉屋の話から、隣の店舗に配属されたイケメンの話。下のパン屋の新商品の話。
ミカが久しぶりにハーバルの本社に顔を出した時の話など。
「……でね、……林田さんから連絡があってね、ヨリを戻さないかって」
「林田さん………………。ああ、林田さん」
「でもね、断ったの。そしたら、『都会で働くと違うんだな』なんて言うのよ、酷くない?」
「そろそろ閉館時間になります。みなさん、作業、終わりますか?」
ホールマネージャーの茗荷谷が、あたりの店舗に声を掛けながら通路を横切る。
別れのワルツの曲もすでに止み、フロアは段々と灯が落とされる。
茗荷谷はハーバルの中を覗き込み、「…時間ですよ」と声を掛ける。
そして、ミカに小さく手を振り、ミカも茗荷谷小さく手を振った。
「…林田さんをお断りしたのは、マネージャーがいるからですか?」
「……んっ?」
ミカは手元の商品に可愛いリボンを掛けながら、ふふふ、と笑った。
posted by 白黒ぼたん at 21:00
| TrackBack(0)
| 日記