2022年07月01日

水曜日の夜・7









「………ちょっと、失礼しますね………」


イツキはトイレに行くと言って、ゆっくりと席を立つ。
重ねた指先と目線が名残惜しそうに小山に絡む。
………どう考えても、誘っているのだろうと……小山が誤解するのも無理は無い。
座敷は良い具合にざわついている。遅れてやって来た参加者がいたらしい。
その賑わいに紛れ、小山はイツキの後を追い、部屋を出て行った。


座敷の隣りにはお誂え向きに、小さな部屋があった。
使っていない座布団やテーブルを片付ける部屋だ。
イツキはわざとその前で立ち止まり、小山が来たのを確かめてから部屋に入る。





最初に会った時からイツキは小山が嫌いだった。
だからと言って、何かをと考えていた訳では無かったが
自分だけにではなく、ハーバルの社長にも横柄な態度を見せていたし
何より、黒川との電話のせいで少々……苛々していたし


色目を使い、少し、からかってやるつもりだった。
大声を上げて人を呼べば、恥を掻くのは小山の方だろう。






もっとも
イツキのこんな企みは、ほぼほぼ上手く行った試しはない。


上げたつもりの悲鳴は隣りの座敷には全く届かなかった。






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2022年07月04日

水曜日の夜・8








「………っや、止めて下さい、おれ、そんなんじゃ…ない……」


予定では、その気になった小山を突っぱね、大きな声を出し人を呼び
被害者ぶったイツキはさめざめと泣き、股間を膨らませた小山に恥をかかせる。筈だったのだが。


予定より、イツキも小山も、酒を飲み過ぎたのかも知れない。


イツキの声は思ったほど張らず、隣りの座敷の賑わいに消え
小山は気が大きくなっていたのか、……イツキが煽り過ぎたのか、勢いが良かった。

狭い部屋に入るなり躊躇せずイツキをねじ伏せ、奥の座布団の山へと押し倒す。
酒と、独特の臭いのある小山の口が、イツキの口を塞ぎ、服の上から体を弄る。



「………や、………ちが……、う、…………おれ……」
「今更、何、言ってんだ。……誘ったのは、オマエだろ?」
「………おれ、男ですよ?………人を呼び…………」
「本当に男かぁ? ハハハ、怪しいもんだな。確かめてやるよ……」



勿論、小山はイツキが男子であることなどは解っていたし、
そう簡単に性行為に持ち込めるものでもないと、一般的には、知っていた。
ただ、綺麗な顔のイツキが驚き慌てる様子が楽しかった。股間を握り締めると、小さく叫ぶ様子も。
抗おうと突っぱねる手には力が無く、逆に、征服欲だけを煽り
イツキの細い体に自分の体重を乗せると、……本能的に、腰が動いた。






「………ヌけるんじゃない?……手でも、口でもさ。……接待しろよ……


…………素股で行くか……、うっかり、入っちまうかもなぁ………」





小山はそう呟きながら、カチャカチャと、自分のズボンのベルトを外す。






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2022年07月07日

水曜日の夜・9








「……お楽しみ中だったかな?」





小山が自分のズボンを下ろし、膨らんだ股間をイツキの太ももに擦り付け
……うっかりイツキがその気になる、その一歩手前で邪魔が……、いや、助けが入る。

扉がガラリと開き、光が入る。……小山なぞはその驚きで射精しそうな勢いだったが…
どうにか堪え、何事かと、顔を上げる。




扉を開けたのは、松田だった。


遅れて会に参加したのだが、丁度入れ違うように、イツキが部屋を出て行ったのを見て
一応、気にして、後を追ってみたのだ。




「………………、た、助けて下さいっっ」




イツキは咄嗟に被害者ぶった声を上げ、小山の体の重みから、逃げ出す。
この一瞬で、松田がどこまで状況を理解したのかは解らないが…、まあ、ともかく
イツキが襲われそうになっている事、そして、それが嫌いな相手だという事は


空気で、解った。







「………いやっ、……何もしてないですよ、私。この子が酔っ払ってて……、なんか、その…
休んでただけですよ。いや、本当。……何も……」





小山は、松田と面識があったようだ。
……会社の、上の、繋がり。有り体に言えば地元のヤクザ。ヤバい相手。
それでなくとも騒ぎを聞き付け、店の従業員や客の数名が、何事かとこちらを伺っている。
あまり大ごとにしたくはないと、着衣の乱れを直しつつ、小山の酔いは一気に冷める。



「……な、何も……してない……」


「あんた、……小山さん、だよね?。知ってる知ってる。
高崎のキャバの子がさ、あんたに貸しがあるって騒いでたよ? 南町のツケも溜まってるって。駄目だよ?
こんなトコロで……素人相手にウサ晴らし? 感心しないなぁ。
あんたん所、幸町ショッピングモールの出店が控えてるんでしょ?
せっかくこの間、部長さんが頭下げに来たのに……台無しにするつもりかな。

ちょっと、考えちゃうよ?」







イツキが思う以上に
松田と小山は、仕事の上で繋がりがあるようだった。

松田に諭され小山は、親に叱られる子供のように項垂れ


ただただ、「いや、その、すみません…」と謝罪し、出した股間を引っ込め、詫びを入れるばかりだった。






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2022年07月08日

水曜日の夜・10









「……なんかイツキくんってさ、いつも危ない事に首突っ込んでるよね、趣味なの?」
「………………違います…」


松田の登場でイツキの危機は一応、回避されたらしい。

酔っ払った勢いで若い男の子相手に股間を晒すという、まあまあ恥ずかしい状況を仕事の関係者に見られ、
小山は大慌てでその場を立ち去り、宴席には戻って来なかった。


「………あの人、嫌味言ったり、うちの社長を馬鹿にしたりで……イヤだったんで、ちょっとからかってやろうかなって……」
「そう言うのね、ミイラ取りがミイラになるって言うんだよ」
「……………まあ……、………そうですね……」



イツキと松田は座敷に戻り、小声でそんな話をする。
確かに、危ないトコロだった。イツキの酔いも少し冷め、自分の軽率な行動を反省する。

見るからにしょんぼりと項垂れ、水割り用の水を啜るイツキを、松田は可笑そうに眺める。







宴会が終わると松田は車を呼び、イツキを送ると言う。
借りが出来てしまったイツキは、それを断ることが出来なかった。






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2022年07月12日

水曜日の夜・11









「………松田さんは……、優しいですよね」
「まあね」


タクシーの後部座席に並んで座り、イツキはぽつりと言葉を溢す。
謙遜するでもなく即答するのが、まあ、松田の良いところなのかもしれない。


「……何だかんだで、俺のこと、助けてくれるじゃないですか…。前の、…笠原さんの時も…」
「ああ、あれは凄かったね。イツキくんを助けるナイトのようだったよ、黒川さんが」


冗談めかしてそう言って、松田は笑う。

……自分にチョッカイを出す割には…、困っている時にはきちんと対応してくれる。
黒川ともいつの間にか距離を近付け、仕事も一緒にする仲になっている。
友人、という感じでもないのだが…、不思議な付き合いなのだ。

イツキは推し量るように、松田を伺い見る。


「……何?……俺に惚れた?」
「違います」
「…ははは」



松田は笑う。
途中、身を乗り出し、タクシーの運転手に道を伝えたりする。
街頭の灯りも少ない市道。時折すれ違う対向車。
イツキは地理的なことなどサッパリだったが、一番最初に、ここで暮らしたアパートは
この近くだったろうか……などと思い出す。



「………俺はさ、イツキくんが好きだけど、…黒川さんも好きなんだよね。
二人、見てると、面白くて。ああ、別に悪く言っているんじゃないよ。なんか、こう…
箱推しって言うのかな、ひっくるめて、好きって言うか……

だからイツキくんの事は、フツーに助けてあげたいわけよ」


「…………………松田さん?」


「……あー、でも。それとこれとは、話が別ね」








そんな話をしながら、タクシーが着いた先は
暗がりの景色に悪目立ちする派手なネオンのホテルだった。







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2022年07月14日

水曜日の真夜中・1









「………ちょっと、…意外。……本当にいいの?イツキくん」
「…………」



田舎町の外れた道路沿いに建つ、少し悪趣味な装飾のラブホテル。
フロントの年配の女性従業員は、男二人の利用客を物珍しそうに眺める。
部屋はいかにもと言った感じ。中央の大きなベッドにはフリルのサテンのカバーが掛り
天井には、ミラーボールに似た照明が吊るされていた。


「………じゃ、止めます?」
「いやいやいやいや」


イツキは上着のジャケットを脱ぎ、ぽすんとベッドに腰掛ける。
松田は備え付けの冷蔵庫を開け、缶ビールを2本取り、ひとつをイツキに手渡す。








ラブホテルの前で停まったタクシーは、二人を降ろし、行ってしまった。
こんな夜中にこんな場所佇んでいても、ホテルに入る以外の選択肢は見つからない。


『…松田さん、……優しいですねって話、したとこだったのに』
『はは。まあ、いいじゃん。……行こ?』

『……マサヤには、内緒にしてくれます?』


松田はイツキの背中に手をやり、押し出すようにホテルの入り口をくぐる。
猛烈に反抗され、腕を掴み引き摺るように中に連れ込む……ことも考えていたが、そんな事もなく、

大人しく従うイツキからは、何か思い悩むような、小さな小さな声が漏れた。






松田はベッドの脇に立ったまま、缶ビールの蓋を開ける。
お互い、一応、乾杯と缶を合わせると、……イツキは一気にそれを飲み干すのだった。





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2022年07月15日

水曜日の真夜中・2








ベッドの縁に腰掛けたイツキはビールを一本飲み干すと
空き缶をサイドテーブルに置き、はすっぱに、手の甲で口元を拭う。
それから、自分のズボンのファスナーを下ろし、くしゅくしゅっと脱ぎ足先で放り投げる。
シャツのボタンを外し、肩のあたりまで肌を晒すと、後はご自由にと身を横たえる。


投げやりな様子と微かに匂う色気が、ちぐはぐ過ぎて
……こんな状況に慣れている松田でさえ、戸惑う。

イツキが、こうやって男を誘う商売をしているのだとは……解っている。
解ってはいるのだけど、そう思う以前に、どこかの何かが掻き乱される。



「………イツキくん、……酔ってるでしょ?」
「………………駄目…ですか?」
「いや。…………ぜんぜん……」



誘っておいてしかも据え膳。断る理由もないが、……本能的に何かの罠ではないかとも思う。
事実、肩に触れた手は、そのまま吸い取られてしまうのかと思うほど馴染み、滑り
同時にイツキが目を閉じ、ん…、と言葉にならない息を吐くと
これ以上を求められているのだと、変な責任感に似た感情まで生まれてくる。


何度か、イツキを抱いた事はあるが、その都度、感触が違う。
どれが本当の姿なのだろうかと………、探るのは危険だと、知ってはいるのだけど。



唇を重ねると、一瞬、拒む様子を見せたりする。
それでも開き、舌を絡める。そのくせ…身体は強張り、手をきゅっと握りしめたりする。



松田はその手を、指を、一本づつ解きほぐす。
いちいち、イツキが甘い吐息を吐くのが、………気に触る。






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2022年07月19日

水曜日の真夜中・3









「……松田さんは、……女の人と、する?」
「……え?……ああ、そりゃあ、ね…」
「…………そうだよね」


適当な愛撫を繰り返して、今度はイツキが、松田のものを口に収めていた。
松田は枕を背に、少し体を起こし、自分の股ぐらに顔を突っ込むイツキの髪の毛を撫ぜる。
イツキの問いには流れで答えてしまったが、それは、質問のための質問だったと後から気付く。


「……何?……女性問題?………黒川さんの?」
「…問題って程じゃないんでしょ?………するのなんて…」
「まあ状況にもよるだろうけどさ。……何?黒川さんの浮気?」


松田が茶化してそう言うと、イツキは上目遣いでチラリと睨み、……松田のものに軽く歯を当てる。
勿論それは痛みを感じる類ではない。むしろ、可愛い仕草で、松田は思わず腰を浮かせてしまう。

イツキは上手にそれをいなしながら、さらに丁寧に、舌を絡ませる。
まさかこれだけで達してしまうのではないかと、松田は少々、危機感を覚えた。

話を続けるのは、誤魔化すためでもあったのか。



「……それで、イツキくんはヤケを起こして、あんな事、してたのかな?」
「…ヤケなんて、…起こしてないです。……別に」
「…で、俺とヤルのも、当てつけか何かなのかな?
「…………」






イツキが答えあぐねている間に、松田はイツキの頭をぽんと押し上げ、自分から離す。

イツキの身体を巻き込むように身を起こし、今度は松田がイツキの上に覆いかぶさる。







「……そんなんで抱かれるとか、……あまり、良い気がするもんじゃぁ、無いね」



そう言う松田は、少し、怒っている様にも見えた。







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2022年07月20日

水曜日の真夜中・4









松田は全体重を掛けるようにイツキに覆いかぶさり、少々乱暴なキスをする。
イツキの髪の毛をくしゃりと掴み、痛いくらいに引く。
機嫌の悪さはアピールなのか本心なのか、松田にも微妙な所。

そのくせイツキはと言えば気にする様子もなく、松田の背中に手を回したりする。



「…俺は、…黒川さんの替わり?」
「……違いますよ?」
「じゃあ、黒川さんのこと、考えるの止めなよ。目の前の男に、失礼だろ?」
「……松田さん」



鼻先が触れるほどの距離で、松田はそう言う。
部屋の明かりは暗くても、男の視線が険しいことは解る。
肩口まで覗く、極彩色の刺青。本来なら
今日、イツキに手を出した小山などより余程危険で、怒らせてはいけない相手。


ふと、イツキは手を延ばし、松田の頬に手をやる。
そのまま上に上げ、耳から頭へ。ワックスで固めた髪が、指の間を通る。




「……松田さんだから…、マサヤのこと、話せるんですよ? 
他には誰にも、こんな事、言えないじゃないですか………

頼りにしては………、駄目ですか………?」


「…………いや………」


「……俺、……意外と、松田さんのこと、好きなんです」







聞きようによっては酷く失礼な言い回しなのだが

耳につく湿った甘い声でそう漏らし、儚げに小さく微笑まれると


つい、松田も……気を緩めてしまう。




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2022年07月24日

水曜日の真夜中・5








松田は暫くイツキを見つめるのだけど、その真意は一向に解らない。
その場しのぎの遊び相手なのは、一体、どちらの方だったろうかと…迷う。

そんな中でイツキは小さく腰を揺すり、もう我慢出来ないと言った風に顔を顰める。
身体を反らせ、覆いかぶさる松田に無理矢理にでも摺り寄せる。
そして硬いものが当たると、はしたなく悦び、そのすぐ後に、恥じらう顔を見せる。



イツキが、男を誘う事を生業としているのは知っているし
松田も、そういった類の人種を扱う仕事をしているのだけど



「…………イツキくんは……、ほんと、ヤバいよなぁ………」
「……おれ、………欲しがり過ぎですか……」
「……ああ」



もう、考えても答えの出ない事を考えるのは面倒だった。
イツキは、そう、なのだ。考える前に、欲に持って行かれる。

……いつの間にか、最初からイツキが仕込んでいたのか……、
すぐ手の届くところに潤滑剤のボトルが置いてあって

それを塗るだけでイツキは良い声を上げるので、逆に松田が、慌ててしまう程だった。




「………ヤバいよなぁ………」




熱と、ぬるりとした感触と。すっかり中に収めてから松田は再度つぶやくのだが


それが何に対してなのか、考える余裕はすでに無かった。





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2022年07月25日

引き算










まずイツキから黒川を引く。
それから、仕事だの一般的な生活だのを引く。
知性も理性も、およそ普通の感情を全部引くと

残るのは純粋な、濃厚で濃密な性欲だけになる。



「……ここからもうちょっと山間に行くと…古い温泉街があって
いわゆる昔の、売春宿みたいなトコがあるんだよね。
そこに、攫って来たイツキくん、閉じ込めてさ、仕事させたら面白いなって。

もう、ヤル以外、何も考えられないの。
結構、薬漬けにされちゃうコはいるんだけど、イツキくんなら素で平気でしょ?
薬漬けイツキくんも、楽しそうだけどさ。

とろっとろで、ケツの穴開きまくってても、初心な可愛さは残してて
あっという間に売れっ子になると思うんだけど、どう?」



冗談とも本気ともつかない顔で、松田がそう言うと
イツキは、……少しむっとした様子で


「最初の引き算が間違っています」


と言ってみるが


それがあっても無くても実は、意外と有り得る話かも知れないなと…


自分でも、思った。






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2022年07月27日

木曜日の朝








朝。
松田を残して、イツキはするりと帰ってしまった。
ホテルからタクシーを呼んだようだった。

無防備で抜けているようで、きっちり出来る事は出来て、それでも、緩い。

そのバランスの悪さが癖になるのだな…と、ようやく松田が気がついた時には、すでに手遅れだった。




イツキは大急ぎで、自分の宿泊先のホテルに戻り、荷物をまとめる。
もう一度、シャワーを浴びたかったのだけど、そんな時間は残っていなかった。
精算を済ませると、また、タクシーに乗り……今さっき来た道を戻る。
帰る前にハーバルの本社に顔を出さなければいけなかったのだ。


「…………行ったり、来たり……馬鹿みたい。………おなか…空いた…。
挨拶したらまた、新幹線の駅に戻んなきゃなのに……」


少々愚痴を溢して、欠伸を噛み殺して、それでもこんな事になったのは自分のせいだと言い聞かせる。

松田と、するつもりは無かったのだけど、………まあ、してしまったのは、仕方がない。





「……おはようございま…す」





ハーバルに到着したイツキは、一瞬、頭が混乱する。
そこには、朝、別れたはずの

松田の姿があった。






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