2022年08月01日

木曜日の朝・2









「おはよう、イツキくん。昨日はお疲れ様。よく眠れた?
いやー、一度出社してから帰るんじゃ大変だと思ってね。
車、借りられたからさ。送ってあげるよ、東京まで」


つい数時間前に別れたはずの松田は、そんな事を言う。
イツキは何がどうなっているのか良く解らなかったが…、自分は一度、宿泊先まで往復しているのだ
時間的には、おかしくは無いのだろう。


「………あ、ありがとうございます。……でも、大丈夫ですよ、電車で帰れま……」

「…いやー、すみません、松田さん。良いんですか、そんなご迷惑かけちゃって…」
「ははは。俺も向こうで用事があるもんで、ついでですよ、ついで。気になさらず」



一応、断りを入れるイツキに被せ気味に、ハーバルの社長と松田が畳み掛ける。
そこまで言われて、頑なに拒絶する訳にも行かず………イツキは松田の車で、帰京することになった。








「…………どういうつもりですか?」

「んー? 他意は無いよ。送ってあげるだけだよ」

「…………どこか、………手前で、………下ろしてくださいね………」






さすがに、松田と一緒いいるところを黒川に見られるのは……嫌なのだろう。

イツキは口をへの字に曲げ、ふんと鼻息を立てる。

その明からさまな態度が予想通りで、松田は笑いを噛み殺した。






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2022年08月04日

木曜日の朝・3








「イツキくんはさ、本当に面白いよね。ああ、もちろん褒め言葉。
フツーに仕事、頑張ってるかと思えば、妙な色気垂れ流しておっさん誘惑してるし。
でもって、それ、失敗して、大慌てしてるし。
俺の事も、どうなのかなって思えば…エッチは滅茶苦茶エロいし、気持ちいいし。
見てて、飽きないわ。もう、俺のモノにしたい位」



車を運転しながら、松田は軽く、そんな事を言って笑う。
イツキはどこから否定して、突っ込めば良いのか解らずに困る。

自分の行動が多少ちぐはぐな事には、自覚はあるのだが
それが、男の興味をそそる類のものだとは、思わない



実際それは、イツキを抱いた者にしか解らないのだろう。
ある一線を越えると…それも気付かない内になのだが…突然、快楽の渦に巻き込まれ、息も出来なくなる。
それが酷く、癖になる。中毒と言っても良い、感覚。




「………俺が、………マサヤのだって、……松田さん、知ってるでしょ?」
「イツキくんはさ、黒川さんのこと、好きなの?」
「す……………………、きとか、そんなんじゃないんです」
「じゃあ、どんなんなのさ?」




車は二車線の広い道を行く。
イツキに地理的なことなど解るはずもなかったが…それでも大きな標識の地名に見覚えはあった。

東京方面。

とは、逆方向へ進む。






「……松田さん、……どこ、向かってます?」
「………んー?、良いトコ」
「俺、マサヤに連絡しますよ?」
「イツキくん、昨日は、ナイショにしてって言ってたじゃん」






少し、松田に気を許し過ぎたかと……イツキは反省し、警戒し……膝の上の握り拳にきゅっと力を込めるのだけど
そんな事はあまりに良くある事なので…、まあ、何の足しにもならないのだった。







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2022年08月05日

木曜日の朝・4









「……ここからもうちょっと山間に行くと…古い温泉街があって
いわゆる昔の、売春宿みたいなトコがあるんだよね。
そこに、攫って来たイツキくん、閉じ込めてさ、仕事させたら面白いなって…」



車を走らせながら、笑いながら、松田はそんな事を言う。
もちろん、本気だとは思わないが……、かと言って、そうされないと言う確証も無い。
膝の上できゅっと握った手に、一層、力が篭る。
どこか赤信号で車が停車した隙に、ドアを開けて逃げ出そうかとも思う。



「……松田さんは……、そんな人?」
「じゃあ、どんな人だと思った?」
「……………結構、………良い人……」



微妙な答えに、松田は声を上げて笑う。
車はウィンカーを上げ、左折し、少し、細かい道を進む。

やがて、山奥では無いが……、大きな風呂屋の看板が見えて来る。
その場所はイツキも知っている。「あ」と小さく声を上げ、きょろきょろと周りを見渡す。




「売春宿も捨てがたいけど、今日はココ。少し、のんびりしたって良いだろ?」




そう言って駐車場に入って行った。
そこは、イツキと松田が最初の出会った場所。
「スーパー銭湯、湯〜らんど極楽」だった。






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2022年08月09日

木曜日の昼下がり









「いいじゃん。もう仕事も無いんだろう?
少しぐらいのんびりしなよ。東京には、夜には、帰れるんだしさ」

「………でも、松田さん。……普通の時間にお風呂には…入れないんじゃないですか、その…」

「あー、刺青?それがさ、奥に、時間貸しの小さな風呂が出来てさ、訳ありでも融通きくんだよね。
それに……」




何だかんだと言葉を並べ、松田は風呂屋の駐車場に車を停める。
イツキはまだ怪訝そうな表情で松田を眺めていたのだが……最後の一言


「今、レストランで、仙台直送牛タン祭りやってるんだよ」


に、心が揺れてしまった。








黒川には連絡を入れなかった。
今日の帰りの時間は、最初から知らせていない。多少遅くなったところで確かに問題はない。
ましてや、松田と風呂屋に寄るなどと、話してもまた、揉めるだけだろう。



「……本当はさ、もう少し、イツキくんと話がしたかったんだよね。
昨日は、そんな暇もなかったしね。……実際のところ、黒川さんとは、どうなの?」



フロントで受付をして、新しく出来たという貸切の風呂に向かう。
松田と二人きりの風呂は気恥ずかしいが、それ以上のことを、すでに昨夜済ませているので
まあ、いい。

半露天の設えで浴槽は檜。大浴場ほど大きくはないが
松田とイツキが端と端に入っても、十分、足も伸ばせるほど。
想像以上に気持ちが良く、イツキは、ふうと大きく息をはく。




「どうも、こうも……何も……変わらないですよ…」
「でも、黒川さんが女とヤったぐらいで、イツキくん、大荒れなんでしょ?」
「……俺だって、マサヤだって……、身体の関係なんて……、大した事じゃないって解ってるけど。
……やっぱり、少しは、イライラしますよね……、なんだろう…、なんでかな…」





熱い湯に浸ると、心の奥底の不満が溶け出すようだった。





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2022年08月10日

木曜日の昼下がり・2








「……本当は嫌なんです。こんな事でグダグダ悩んでるの。気持ち悪い。
ほら、マサヤって……悪い男じゃないですか、そんなの誰よりも俺が知ってて
それでいて、それでも今、一緒にいるって……それだけでも十分、おかしくて」



風呂の湯が少し熱くなって来たのか、イツキは湯船の中の段差になっているところに腰掛け
上半身を出した格好で、つらつらと話を続ける。
ほんのり赤みを帯びた肌。髪の毛からしたたる水滴。つい数時間前に抱いた身体。

警戒している筈の男と、気が付けば風呂場で世間話をしているのだ。
おかしいのはイツキも相当だと、松田は思う。



「だから…もう。…考えないようにしようって思ってるんです。
考えたって仕方ないな、なるようにしか、ならないなって……」

「もうそんな心境に辿り着いちゃったの? ふふ、悟りを得ちゃったかな」

「悟りって言うか……超、強力な磁石って言うか、どうしたって結局
元のところに戻っちゃうんで……、だからもう、それはそれで置いておいて……」


イツキは前で揃えた両手を、置いておいて、と一緒に横に退かせる。
その、置いたはずのものを少し眺めて……、何を置いたのだろうかと…自分でも思う。



「だから。良いんです。別に。何があったって…、いちいち気にしないんです」

「でも、やっぱり気になっちゃって、腹いせに俺と浮気しちゃうんだよね」

「してないです」




語気を強めて言うイツキの顔は、すでに茹って真っ赤になっていて
それを見た松田は、笑いを堪える事が出来ずにいた。






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2022年08月12日

木曜日の昼下がり・3









「………ヤバい。これ、ヤバくないですか?………やだ」


風呂から上がり、お休み処。待望の仙台直送牛タン祭り。
少々、湯あたり気味のイツキはとりあえず冷えたビールを喉に流し
運ばれて来る料理に感嘆の声を上げる。

運ばれて来る、と言ってもここはセルフ方式の食堂だ。
手元のブザーが鳴るたびに、松田がカウンターまで料理を取りに行く。
松田は背中に派手な刺青を背負い、地元では名の通った極道の男なのだが
イツキの前では、それも形無しだった。



「……喜んでくれるのは嬉しいけど。……イツキくん、東京じゃ、もっと良い物食べてるだろ?」
「お風呂上がりにビールと牛タンなんて、最高じゃないですか。それにこれ、本当に美味しい!」
「ネギ乗っけ焼きね……、とろとろタンシチューもあるよ?」
「………!!」


口一杯に頬張ったまま、イツキは顔を上げ、目をキラキラとさせる。
松田はくすくす笑いながら、すぐにそれを、タッチパネルで注文する。


イツキと食事も、何度かした事があるが……セックスと同じか…うっかりするとそれ以上に楽しい。
美味しそうに食べ、美味しそうに飲む。……イツキの奥の欲のカタマリが、熟れて滴るようだ。

しばらくするとまたブザーが鳴り、松田が料理を取りに行く。
タンシチューと、玉子サラダ。適当なツマミに追加のビール。



「…昨日の寿司屋も、まあまあ美味しいって評判の店だったけど。イツキくん、ほとんど食べてなかっただろ?」
「…食べましたけど……、覚えてないかも……。あの人、本当にイヤだったんです。うちの社長にも嫌味ばっかりで…」
「はは、小山さんね、第一商事の。後でもう一回シめておくよ、俺の女に手ェ出したなって…」
「………それは………違いますけど……」




そんな話をして、ビールを飲んで
イツキは、ある重要な事に気が付いた。







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2022年08月16日

木曜日の昼下がり・4








「松田さん…」
「なんだい?」
「松田さん、ビール飲んでちゃ、駄目じゃないですか?」




風呂上がりに美味しい料理が並び、うっかりしていたのだけど…
松田は車でここに来ているのだ。酒を飲んでいてはまずい。

もっとも松田は確信犯のようで、「んー?」ととぼけた様子で手に持っていたジョッキを口もとに寄せた。


「はは、夜には醒めるよ。代行だって、タクシーだっていいし。俺、金持ちよ?」
「………そうですけど…」
「それとも何?、こんな美味しそうな料理とイツキくん目の前にして、酒も飲むなって事?」
「………いえ、まあ……そうですよね……」



若干、困り顔のイツキを松田は笑い、タブレットで次のビールを注文する。
勿論、松田の運転でなくとも帰る手立てはあるのだろうが…、このままズルズルと時間を延ばしてしまいそうだ…。

部屋では、黒川が、待っているかも知れない。

待っていないかも知れない。ああ、もう、その事を考えるのは無しにすると決めたのに。



「………イツキくん、赤城牛ステーキ入りコロッケとメンチカツ、どっちにする?」
「……………メンチカツで……」


とりあえず、出された料理と酒を飲んでから考える事にする。


やはり、一応、黒川に連絡だけしておこうと、スマホを覗くとそこには



画面一杯に、黒川からの着信とメッセージの通知が並んでいた。







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2022年08月17日

木曜日の昼下がり・5








最後にスマホをチェックしたのは朝、ハーバルの本社を出た時。
松田の車に乗り、黒川に連絡を入れようかどうしようか…悩み、結局そのままポケットに入れてしまった。

それから風呂に入り、2時間…3時間が経っただろうか。
何度かの着信とメッセージの通知。内容を確認するのも空恐ろしい。


「どうしたの? イツキくん?」


注文の料理を取りに席を立っていた松田が戻ってくる。
スマホを持ったまま固まるイツキに声を掛ける。


「メンチ、レモン絞っていい? 熱い内に食べな。ん?」
「…………マサヤから、連絡が来てて………」


メッセージの一つを開くとそこには短く『今、どこだ』と。
イツキは顔を顰めながら、とりあえずビールを流し込む。
……今は、……そう悪い事もしていないはずだが…、こうも急に動向をチェックされると、何かやましい気分になる。
居心地が悪い。



「ふふ。イツキくんのことが、気になるんだねぇ」
「…でも、急にですよ。……今までさんざん放っておいて…」

「だって、俺、連絡したもん。イツキくんと風呂屋に行くって」





松田の言葉に、イツキは思わず、ビールを吹き出しそうになった。





「だって、下手に隠すのもアレでしょ。…昨日の事は別として。
イツキくんだって、普通にしてれば良いんだよ。でしょ?」

「…………まあ、…………そうですけど…………」




あっけらかんと話す松田に、うっかり、イツキも乗せられてしまう。
…昨日の事は別として、確かに、そう、後ろめたい、やましい気分になる事は無いのかも知れない。


『仕事は終わったんだけど、松田さんとスーパー銭湯に来ています。夜には帰る予定です』


黒川にメッセージの返信を送ると、何故かイツキは鼻息を荒くして
メンチカツをガツガツと頬張るのだった。






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2022年08月19日

木曜日の昼下がり・6









イツキは
明らかに動揺しているようだった。
メンチカツを一気に掻き込み、それをビールで流し込む。
新しい通知は無いかとスマホを覗き、ふんと鼻で息を吐き、タブレットに次の注文を入れる。

松田はその様子を可笑そうに見ていた。




何だかんだ言っても、イツキと黒川は、お互い好き合っているのだ。
立場や年齢や性別や、諸々……自分の気持ちに素直になれない要因はあるにせよ
ハタから見ると、すれ違い過ぎていて、なかなか組み合わないパズルを解いているようだ。



「……黒川さんってさ。………面倒臭いでしょ?」
「…まあ。そうですね。………俺に、勝手にしろって言うくせに、勝手にすると怒ってばっかり…」
「じゃあ、もう、別れればいいのに。……俺にすればいいじゃん?」
「…………しませんよ…」


イツキは唇を尖らせて、空になったジョッキを啜る。
松田は笑い、そしてまた注文の品をカウンターまで取りに行き、新しい酒をイツキの前に置く。





特別、怪しい薬を使った訳ではないが

出張の疲れと風呂上がり、妙なテンションでの飲み方のせいで

イツキが酔い潰れるまでに、そう時間は掛からなかった。






「……………べつに、………そんなんじゃ…ないです……」





ふと漏らした自分の声でイツキは目を覚ます。


覚まして…、見慣れない周囲の様子に……、自分が今どうなっているのかと、戸惑う。


微かな振動と独特の匂い。
どうやら、車の後部座席に横になっているようだ。





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2022年08月21日

木曜日の昼下がり・7








酔い潰れて寝てしまい、気付いたら車で移動中、は
流石にイツキでも肝を冷やす。
薄く目を開け、辺りを伺い、今、自分がどういう状況なのかを探る。

今度こそ本当に、どこかに連れて行かれたとしても、おかしくはない。




「………えっと…、ごめんなさい…、俺、………飲みすぎ…た…?」




イツキは身体を起こして、座席にきちんと座り直す。
助手席の後側に寄り、斜め前の運転席の男に声を掛け……息を止める。



「………本当にな。飲み過ぎにも程がある。馬鹿が」



車を運転していたのは、黒川だった。








黒川が湯〜らんど極楽に到着したのは
酒を飲み過ぎたイツキがテーブルに突っ伏してから程なくしての事だった。
3時間ほど前に、松田は黒川に連絡を入れたのだが
それから直ぐに車を飛ばして、丁度の頃合いだ。


『おお、早かったじゃない、黒川さん』
『……松田。……何のつもりだよ』
『仕事、終わったイツキくんと風呂に来ただけだよ。何もないデショ?』


確かに。何もないのだ。今日のところは。


『でも、迎えに来てくれたんだ? 優しいね、黒川さん』



そう言って松田は、ふふふと笑うのだった。








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2022年08月23日

木曜日の昼下がり・8








黒川は松田の向かい、テーブルに突っ伏したイツキの隣に座る。
タクシーや誰かの運転ではなく、自らが車を飛ばして来たと聞き松田は驚く。


『……そんなに慌てて迎えに来なくても…、俺、何もしないよ?』
『潰れるまで酒を飲ませて、良く言う』
『イツキくんが自分から飲んでたんだよ。イロイロ、疲れちゃったみたいだよ?』


松田はそう言って笑う。黒川は隣のイツキの寝顔を眺める。
慣れない仕事で疲れたのか。……妙な勘ぐりで気を揉んだのか。
………自分が女を抱くことを気にして、いちいち酔い潰れているようでは……
この先が思いやられる。


『イツキくんは面白いね。見ていて、飽きないよ』
『……ただの、馬鹿だ……』
『それが可愛くて仕方がないんでしょ?』


「ああ」と言いそうになるのをどうにか止める。
確かに、電話一本でこんな場所まで迎えに来てしまうのだ。
自分もヤキが回ったものだと、黒川はふんと鼻で笑う。


『……もう、傍に居過ぎて…、良く解らなくなって来たが、な。
いないと、……落ち着かん……』

『そういうの、ちゃんとイツキくんに言ってあげてる?』







まさか、と言うふうに黒川は口の端を吊り上げ

ジョッキに半分ほど残ったイツキの飲み掛けのビールに口を付ける。

一応、運転手だという自覚はあるようで

それはほんの少し、喉を潤す程度だった。





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2022年08月26日

木曜日の昼下がり・終








さて。

黒川の運転する車の中で目を覚ましたイツキは、しばらくポカンとし、どういう状況なのかを考える。
黒川からの連絡を気にしながら、不安を押し流すように酒を飲んだのは覚えている。
潰れ、引き摺るように抱きかかえられながら車に乗ったのはなんとなく覚えているが
それが黒川に似ていた気がしたのは、ただの自分の夢なのかと思っていた。



「………まったく。……出張が聞いて呆れる。仕事が終わったのならとっとと帰って来ればいいものを。
………真昼間から風呂屋に行って、飲み潰れている馬鹿がいるか。しかも、松田と。
どこまで心配をさせる気だ。馬鹿が」



黒川はイツキを見ずに…、まあ、運転中なので当然なのだが…、常套句のような悪態を並べる。



「………心配して、………迎えに来てくれたの? マサヤ」
「…………ものの、ついでだ……」



勿論、こんな場所に来る「もののついで」などある筈もない。
黒川は不機嫌を装い、ふんと鼻で息を吐き、曲がり角でウィンカーを上げハンドルを切る。

イツキは

このタイミングで黒川に会いたくは無かった。

真面目な仕事中にバランスを崩し、酒とセックスに転んでしまったのは…元はと言えば黒川のせいなのだ。

黒川の悪さも、自分の悪さも、まだ整理が付いていない。こんな状態で、どう接して良いのか解らない。




「…………マサヤ」







何を話して良いのか解らなかったけれど、気付いた時にはイツキは
運転席と助手席の隙間から身を乗り出し、黒川の身体に抱きついていた。


これには黒川も流石に驚いて


あやうく運転を誤り、道端の電柱に突っ込みそうになっていた。






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