2022年12月03日
穏やかイツキ
「…いや、もう地元に戻るんだけどね。その前にイツキくんに会いたくてね」
ハーバルの売り場に松田が現れた時には、一体何事かと思ったのだが
まあ、確かに、こちらの仕事でも関係がある人だったと思いだす。
松田はきちんとミカにも挨拶をし、手土産の良いチョコなどを渡し
閉店時間を待って、イツキを飲みに誘った。
「だって黒川さんに、イツキくんに会いたいって言っても、取り次いで貰えないし」
「…松田さん、マサヤに会ってるんですか…?」
「俺、そっちの仕事もあるもん。…ふふ、色んな話、したよ、彼と」
松田は意味深に笑う。
……イツキと松田が時々…身体の関係になることは、今更話すことでも無いと思うが
では、他に、松田と黒川が何の話をするのだろうかと…、思う。
松田は、不思議だ。
深い仲になったところで、それ以上は求めて来ない。
それどころかそれをネタに、イツキと黒川の恋愛相談までするのだ。
イツキが好き、というよりかは、イツキと黒川の二人の関係が興味深くオモシロイと
以前に、言われたような気がする。
「で?イツキくん、黒川さんと別れる決意、したの?」
「………しませんよ」
「えー? 家、出るんでしょ? 俺んとこ来なよ」
「出ないし、…行きませんよ…」
松田は茶化すように軽く、そう言って笑い
イツキはそんな松田に甘え、………いつの間にかそんな風に心を寄せるようになったのか
穏やかに、微笑むのだった。
posted by 白黒ぼたん at 21:21
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2022年12月04日
良い案
「……来週、業者が入る。
寝室に棚を作って、クローゼットの荷物を全部、そこに移す。
エアコンは付けられんが、通風口を開ける、
マットレスはあのままで大丈夫か?
もう一つ良いのに替えてもいいんだが……」
朝、新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた黒川が話しかけてきた。
イツキはキッチンで皿を洗いながら、一体どうした事なのかと、黒川を見返す。
「…もう少し広い間取りの所に引っ越してもいいんだが…利便を考えるとなかなか、な
このマンションの上の階が空けば良かったが…、まあ、空ける、という手もあるんだが…」
「…マサヤ、引っ越すの?」
「……違うだろ。……お前が、……暮らしやすいように考えているんだろうが」
黒川も新聞から目を上げ、イツキを見る。
あまりに近い距離での生活ではイツキが諸々余計なコトを考えてしまうからと
……そして加熱し過ぎて、暴走しては困るからと……
俺なりに、良い案を、提示しているのだろうが、と。
言わずもがな。
黒川は視線を落とし、新聞を読むフリをする。
「俺の仕事は変わらんが、まあ、ここに持ち込まないようには、する。
お前も細かい事は気にするなよ。そんな事で今更……
俺とお前は、変わらんだろう……」
言葉が終わる頃には、イツキは流しの水を止め、キッチンからリビングへと出て来ていた。
ソファに座る黒川の隣に立ち、黒川を覗き込み、目の前の新聞をガサリと除ける。
「…俺とマサヤの変わらないとこって、どんなとこ?」
「………言わせるなよ」
「……聞きたいんだけど…」
そう言ってイツキは身を屈める。
イツキの柔らかな髪の毛が、黒川の鼻先をくすぐった。
posted by 白黒ぼたん at 22:00
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2022年12月08日
小言
「………最近、お前は生意気だぞ。…俺を試すようなことばかり言いやがって…
自分の立場を考えろ。
お前は、単に俺の…手駒だっただけだろう?……ただの商品だ。
客を取らせて、借金を回収するだけだ。
……そりゃあ少しは…情も湧くが…、それに見合うだけの施しはしてやってるだろう?
これ以上生意気が過ぎるようなら、俺も考えるぞ?」
と、黒川がイツキの耳元で囁いているのは
すでにイツキが、何度目かのイキの後ですっかり意識が飛び
おそらく、そのまま眠ってしまったと思われる時。
イツキの耳たぶを噛みながら、小言にしては甘い声で囁く。
「……糞。……俺の歳も考えろ。
底なしのお前の性欲に、付き合うのも一苦労だ。
……他所で抜いて来るなら、ありがたい話だが………」
確かに。その夜のイツキを満足させるのは……大変だった。
もっともイツキは黒川の挿入だけではなくとも、手や舌や、言葉や、吐息だけでも
簡単に達してしまう身体なのだが、それでも足りないと行った様子。
不惑の黒川には少々荷が勝ち過ぎているのか。
「………ウワバミめ。……あまり良い声で鳴いてくれるなよ……」
そう言って、黒川は、イツキの耳たぶから頬に唇をズラすと
薄く目を開けたイツキと視線が
絡んだ。
posted by 白黒ぼたん at 00:19
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2022年12月10日
空気感
佐野が西崎の遣いで黒川の事務所を訪れると
そこにはデスクワーク中の黒川と、ソファでくつろぐイツキがいた。
佐野は黒川に書類を手渡し、ぺこりと頭を下げ、脇のイツキを見る。
イツキは久しぶりに会う佐野に笑顔を浮かべる。
「お疲れさま。佐野っち」
「お、おお。…元気そうだな、イツキ」
「まあね」
柔らかく微笑むイツキは可愛かった。
何か、印象が変わったような気もする。
そうは言っても、佐野がイツキとゆっくりと話をしたのはいつ以来だったろうか。
二人きりで話をしたのも、身体の関係があったのも、もう思い出せないほど昔のようだ。
書類をガサガサとやっていた黒川が顔を上げる。
「……佐野、悪いが西崎にな、割り印貰って来い、ココとココ…」
「あ、ハイ」
「……マサヤ、仕事…あとどのくらい?」
「……少しだ。大人しく待っていろ」
黒川は表情も変えずにぶっきらぼうにそう言い
イツキは少し不貞腐れたように唇を尖らせ、また、ソファに深く沈む。
様子を伺う佐野と目が合うと、悪戯っぽくふふふと笑い
「…この後、焼肉屋さんなの」と小さな声で佐野に言った。
事務所を後にした佐野は、イツキと黒川の
何か、空気感が変わったようだとは思ったのだけど
それは漠然とし過ぎていて
まだ、はっきりとは解らなかった。
posted by 白黒ぼたん at 22:21
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2022年12月15日
タン塩からの
「カルビ。…骨つきのも。豚トロ。あと生中を二つ…」
網に乗っているタン塩をひっくり返しながら、イツキは店員に追加の注文を頼む。
向かいに座る、佐野は、ジョッキに口を付けながら、何か変わったイツキの
何かを探る。
結局。
黒川の仕事は終わらなかったらしい。
腹を空かせ、黒川の上がりを待っていたイツキの圧に耐えかねたのか
『佐野と行って来い』と黒川から提案される。
イツキは若干、不機嫌そうだったが
まあ、焼肉とビールの誘惑には勝てず。
佐野には、選択する余地は無い。
「ああ、お前もうハタチだもんな。普通にビール、飲めるんだもんな」
「…いつの話さ、佐野っち。オレ、とっくに、オトナだよ?」
「……ラーメン屋で、オレのビール、こっそり飲んでた奴がなぁ…」
感慨深げに呟く佐野は、年寄り臭く、本人もイツキも、笑う。
……客を取り売春し仕事終わり、真夜中の中華屋で泣きながらラーメンをすすっていた未成年は
いつの間にかに堂々と酒が飲める、いっぱしの男になっていた。
「…本当になぁ。昔は可愛いだけのガキだったんだけどなぁ…」
「……今は?……違う?」
「違うだろ?……なんだ、その……」
佐野は焼き上がった肉を食べ、ビールを喉に流し
ニコリと笑うイツキを正面から見つめ、目を逸らす。
ああ、そうだ。
自分が知っているイツキは、いつもどこか不安気で寂し気で
俯きがちに影を落とし、今にも、壊れてしまいそうな脆さがあった。
今は、違う。
それが……
若干、腹立たしい。
posted by 白黒ぼたん at 00:11
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2022年12月18日
今日、イチ
「…もう一回、骨つきカルビ。レバー。あと生中を二つ…」
「ああ、あと。ホルモン。タレは味噌で……、良かったか?イツキ」
イツキはジョッキを傾け残ったビールを飲みながら、佐野に「うん」と目で返事をする。
ビールも昔は、コソコソと隠れるように飲んでいたくせに、と妙に感慨深くなる。
佐野がイツキと出会ってから、もう5年…6年は過ぎようとしている。
ヤられて泣いてばかりだった華奢な少年も、ただの酒飲みに成長したのか。
「……何?佐野っち。……笑ってる?」
「ああ、いや。…ハハ。俺も歳取る訳だよなぁって」
「何、言ってるのさ。…お肉、焦げるよ?」
佐野はタバコを咥え、ライターをカチカチとやり、笑う。
イツキは佐野の目の前の肉もひっくり返してやりながら、それでも、楽し気に微笑む。
イツキにとって佐野は、特別な、馴染み深い男に違いはない。
時には騙されたり不意打ちに遭ったりして、酷い目にもあったが
汚れて傷付いたイツキに寄り添い、慰めてくれたのも佐野なのだ。
「……佐野っち、お皿。…お肉、入れてあげる……」
「ああ」
傍から見れば、まるで恋人同士のようにも見える二人は
それ以上に、深く、遠い、間柄だった。
「……まあ、さ。良かったよな、イツキ。
社長と、良い感じなんだろ、今。
なんか、ちゃんと、大事にされてるっぽいじゃん…」
「………うん」
イツキは素直にそう答えて
今日一番の笑顔を浮かべるのだった。
posted by 白黒ぼたん at 22:30
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2022年12月21日
黒蜜きなこバニラアイス
焼肉の最後にイツキは大好きなバニラアイスを食べながら
少々、難しい顔をする。
「……俺のも、食うか? イツキ」
量が少なくて拗ねているのかと、佐野が声を掛けるが
もちろん、そんな理由ではない。
イツキは違う違う、という風に首を横に振り
つい先程のとろける笑みとは代わり、昔の、どこか不安気な表情を浮かべる。
「……ちょっと、不思議に思う時があるんだ。
……今はマサヤ、俺のことちゃんと考えてくれてて、俺もそれが嫌じゃなくて
なんか、落ち着いてるけど、……それで良かったのかなって。
俺、結構、酷いことされてたじゃん?
殴る蹴るは当たり前。客を取ってマワされて……まあ、合意の上だけど…
それが無しになっちゃうのって…どうなんだろう……とか。
……そんなんでも、今、一緒にいる俺って……変かな、とか……」
アイスのスプーンを口に咥えながら、イツキはしごくもっともな悩みを口にする。
佐野は、
スプーンを口に咥えるイツキはどう見てもイヤラシイなと思いながら、ふんと鼻で息をする。
イツキと黒川が酷く歪な関係で、それでいて実は好き合っていることは
昔から、知っていた。
それでもどうにか隙を見て自分が代われないかと……、それが無理でも、少しでもお溢れに預かれないかと…
佐野はとにかく、そうやってイツキの傍にいた。
仕事ではあったが、すでに、それ以上の気持ちがあった。
「変じゃ、なくね?……今はそれが一番良いんだろ。…いいんじゃん?」
どんな形であれイツキを想う佐野に
そう言わせる事は
ある意味、酷なコトだったかも知れない。
posted by 白黒ぼたん at 23:06
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2022年12月24日
説明
「…あれ、佐野さん。メシ行ってたんじゃないんですか?」
「……ああ」
イツキとの食事が終わると特に何事も起こらず、佐野は、自分の事務所に戻って来ていた。
少し、仕事が残っていたこともあるが何となく…モヤモヤとした気持ちを持て余していたからだ。
事務所には最近入った後輩が電話番をしていた。
後輩は、佐野が女と食事に行ったのだと思い込んでいたが、それがすぐに戻って来たものだから
……お持ち帰りに失敗したのだと、ニヤニヤと笑う。
その様子に佐野も気付く。
「馬鹿が。そんなんじゃねぇよ。……黒川社長んとこの…だよ」
「……黒川社長の…、ああ、なんか、売り専上がりのガキらしいですね。…うへぇ…」
男同士というのを想像し、あからさまに後輩は嫌そうな顔をする。
新入りで、あまりイツキと関わりもなくまして一度もお溢れに預かったことが無い者だと
まあ、こんな態度にもなるのかも知れない。
「…佐野さんはそいつとヤったコト、あるんですか?……ケツ、使うんですよねぇ?」
「オマエな。この仕事、金になるなら、男とか女とか言ってらんねぇぞ」
「そうですけど。……俺はヤだなぁ……」
そう言って後輩は笑う。
「イツキは、まあ特別だからな。スペシャルなやつだ。社長のお気に入り。金にもなるし。
可愛くてエロくてグチャグチャだ。もう、最悪。
オマエも、ヤってみれば解るけど…まあ、無理だろうけど。
とにかくヤバいんだよ、あいつは。クソ、ヤバ。
……今、無理に手ぇ出したら……、マジ、社長に殺されんだろうなぁ……」
佐野は後輩に「イツキ」の説明をしてみるのだが
若干、言葉が、変になってしまった。
posted by 白黒ぼたん at 00:35
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2022年12月25日
残業
「まだ終わらないの?」
佐野との食事を終えたイツキはマンションには帰らず
また、黒川の事務所に戻って来る。
事務所では黒川がまだパソコンに向かっていた。
「…問題が見つかってな。…クソ、こんな日に限って一ノ宮はいないし…」
「俺、何かすること、ある?」
「無い。……佐野と遊んで来ても良かったんだぞ?」
イツキは退屈そうに事務所の中をうろつき
若干、黒川はそれが気に障るようだ。
暇を持て余しているのなら、そのまま佐野とどこか、何か
出掛けたとしても、それは構わない。
と、懐の大きなところを見せてはみるが
勿論、本心ではない。
そんな事はイツキにも解っていて
相変わらずの軽口に不満気な表情を浮かべる。
「……もっと俺に手伝える事があればいいのに。
そしたら、もっとちゃんと、マサヤの傍にいて良くなるでしょ?
俺、マサヤと離れてると、ロクな事がないよ?」
イツキは少し酒が残っているのか、ゆっくりとした口調でそう言いうと
ソファに座り、いつの間にか眠ってしまっていた。
posted by 白黒ぼたん at 23:08
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2022年12月28日
傷心
佐野は
事務所で暫く後輩に絡んだ後、残った仕事をやり掛けたのだが
酔いの回った頭では何をすることも出来ずに、潔く諦める。
後輩の車に送らせて、ひとり、自分の住処へと帰って行った。
「…………くそ」
どうにも悪い酔い方をしたようだ。足元に来ている。
頭が痛むが、奥の方は冴え、胃が痛いのか空腹なのか区別が付かない。
ふらふらと壁にぶつかりながら台所に向かい、
取り敢えず冷蔵庫を開け、ぼんやりと中を眺める。
『……佐野っち、俺、ビール。……ラーメンは味噌味にして』
「…………はいはい」
頭の声に返事をして、佐野は缶ビールを取った。
床には脱ぎ散らかした服や、アダルトな雑誌やらが散乱している。
佐野はいつもの様にそれらを足で避け、座る場所を作る。
以前、住んでいた木造アパートよりは、広くて綺麗な部屋だったが
ここにイツキが来たことはない。もう、とうにそんな関係では無いのだけど
やはり、佐野にとって、イツキは特別で
治りかけの傷が疼くように、時折、思い出してしまうのだ。
posted by 白黒ぼたん at 23:51
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2022年12月31日
寝室
とある日の真夜中。
仕事を終え部屋に戻った黒川は、キッチンで水を一杯飲む。
シンク台の上にはラップが掛かった小皿。
…小さなおにぎりと、卵焼きが入っていた。
腹は減っていなかったが、卵焼きだけ摘む。
以前より甘過ぎず、焦げ目も無かったが、塩気も無い。
黒川は鼻で笑い、指先をぺろりと舐め、もう一度水を飲んだ。
寝室に入る。
少し前に、お互いのプライベートを重視しようだ何だと揉めて
イツキが寝床に使っているクローゼットを改造した。
もっとも部屋の広さは変えられないので
棚を外し、空調を効かせ照明を付け、少しはマシな空間にしてやった。
その代わりに寝室は物が溢れてしまった。
うす暗い部屋の中、黒川は荷物に躓かないようにして、ベッドへと辿り着く。
毛布を捲ると、そこには、イツキが丸まっていた。
驚くこともなく黒川は、イツキの体を少し奥に押しやって、自分もその隣に潜る。
「………あ、マサヤ。……おかえり」
「お前、俺と生活を分けたいだ何だ言っていて…、…結局、こっちで寝てるじゃないか…」
「…なんか、向こう、広くなっちゃって…落ち着かないんだもん。狭い方がいい……」
半分寝ぼけた様子でイツキはそう言い、黒川の背中に手を回す。
実のところここ最近は、イツキは、こちらのベッドで寝ている事が多い。
黒川が帰宅すれば目を覚ますし、一言ふたこと言葉を交わして、そのまま身体を重ねることも多々。
結局それが一番落ち着くのだと、一回りして気付いた様子。
「……馬鹿か…」
黒川は悪態と溜息を同時に着くのだが、別に怒っている訳ではない。
イツキの身体をさらに抱き寄せ
一緒に、眠った。
posted by 白黒ぼたん at 00:25
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