2023年01月07日

ある朝








黒川は一人ベッドで目が覚める。
カーテンの隙間から陽が差し、眩しさに顔を顰める。
となりの毛布はまだどこか温かい。キッチンからは物音が聞こえる。
……イツキがまた頼みもしない、下手くそな朝食を作っているのだろうと、黒川はほくそ笑む。



「……マサヤ、起きて…」



少しして、軽いノックの後、イツキが寝室に入ってくる。
黒川はまどろみながら、しばし、甘いやり取りを楽しもうと思ったのだが…



「早くご飯食べて。片付かないから。お鍋、洗って行きたいんだから……」
「………俺は朝はいらんと…言っただろう…」
「あとシーツ洗濯機に掛けたいから、退いて」
「…………」


黒川が深く鼻息をついている間に、イツキは黒川の身体の下のシーツを引っ張り出す。
勢いで黒川はゴロリと転がり、あやうく壁にぶつかりそうになった。


「俺、今日から向こうで仕事だから。帰りは20時くらい。事務所には寄らないから。
明日も同じ時間。明後日はお休み」
「はいはい」
「冷蔵庫のサラダは食べても大丈夫なやつ。あ、帰りに間に合ったら、デリのお惣菜買ってくるね」
「はいはい」


必要事項を手短に話し、イツキはそこいらをすっかり片付け、出掛ける支度をする。
最後に黒川にコーヒーを淹れ、カップを置き、「じゃあ、行ってきます」と声を掛ける。


「……気を付けろよ」
「ん」



短いけれど深いキスを一つ交わして、イツキは部屋を出て行った。





イツキが一人暮らしをしたいだの何の、騒いで不安定になっていた頃から
実は、半年が過ぎていた。
その半年の間に、色々と、事が動いていた。






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2023年01月10日

2号店








この半年で変わったことは、いくつか、ある。
まず、イツキの職場が変わった。

都内の一等地に進出していたハーバルだったが、もともとは地方の道の駅などに手作り化粧品などを卸していた店。
やはり、客層が違うだろうと戦略を変えたそうで…

商業施設が立ち並ぶ地区から少し離れた、落ち着いた趣きのある住宅街に丁度良い物件を見つけると
するりと、2号店を開店してしまった。

2号店の店長はミカだった。



『1号店は、テナント契約切れたらそこで閉店にしちゃうって。
それまでは百貨店のスタッフが入ってくれるから。

でも、イツキくんは暫く、行ったり来たりだよね。よろしくね。
一緒に頑張ろう!!』



張り切ったミカが拳を握り、イツキを鼓舞したのが3ヶ月前。

そのミカは、今は、店には来ていない




不在のミカに変わり、イツキが2号店の店長になっていた。
責任感というものは、あのイツキでさえ、変える。

この頃はまだ不安定さを残し危うい感じのするイツキだったが
この一件で、ぐっと何か、心に芯が入る。









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2023年01月15日

衝撃の告白









「おはようございます、岡部店長」
「おはよ、横山さん。……ええと、やっぱり岡部店長は止めようよ」
「ええ?じゃあ、岡部店長代理ですか?長過ぎますよ」


店には数時間だけだがパート従業員が入っていた。
当然、イツキの事は『店長』と呼ぶが、未だにそれはどうしても慣れなかった。
横山という中年女性は近隣に住む主婦で、仕事の手際も良く
まだ数ヶ月の付き合いだったが、打ち解け、頼りになる存在だった。




「店長、昨日の本社分の検品、終わってますよ」

「…ありがとうございます。あれね、3コずつに詰め替えて並べるから。水色の箱です。
窓側の棚は今日中に全部片付けちゃいます。銀座店の品が入ってくるので……」


圧倒的な責任感に押しつぶされそうになりながらも
それでもどうにかイツキは業務をこなしていた。
大まかな作業指示は本社から入るし、店舗の営業は今まで通りなのだし。
一つ一つ落ち着いて片付けて行けば、取り敢えず何とかなるようだ。





ミカは

2号店がオープンした二日後に、貧血を起こし、転び、怪我をした。

念の為にと病院に掛かり、そこで

妊娠していることが判った。




『……………えっと、あの。……一応、結婚を前提にお付き合いはしていて………
………イツキくんも知ってる人だよ。


………茗荷谷さん』





ミカの衝撃の告白に

イツキは暫く言葉が出なかった。






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2023年01月17日

定休日








「……カレ、真面目でねー。何度かご飯は行ったんだけど、なかなか先に進まなくて…
そうなったら、後はお酒よね!

で、酔っ払って、良い感じにはなるんだけど…
それでも、『ちゃんと責任を取れるようで無ければ、そういった事は…』とか言うから
逆に、そういった事しちゃえば、責任取ってくれるんですね、って……ほぼほぼ、あたしが押し倒したわよ!

でも、まさかそれで授かっちゃうとは思わなかったけど。

でもねー、カレ、ちゃんと考えてくれて、本当に喜んでくれて
すぐよ、入籍。すぐ。びっくりしちゃった。

タイミング的には悪かったけどね。ん。そこは反省してます。
お店移転でバタバタの時だったもんね。
今はもう安定してるんだけど、カレが無理はするなって。ふふ。
6ヶ月かな、だいぶお腹、目立ってきたかも。予定日は4月だよ」





昼下がり。1月にしては暖かい穏やかな日。
カフェの、陽の当たる窓側の席で、イツキとミカは仕事の相談と確認をしていたのだが

いつの間にか話は、ミカのおめでた話になっていた。

イツキの仕事は忙しく、慣れない業務に気が張る毎日だったが
少しふっくらとしたお腹に手を当て、柔らかく微笑むミカを見ると

そんな疲れなどどうでも良くなるような、そんな気がした。







posted by 白黒ぼたん at 12:28 | TrackBack(0) | 日記

2023年01月23日

目論見通り









イツキがハーバルの仕事を増やしたい、新しい店舗の店長代理になりそうだと
そんな話をした時、当然、黒川は嫌な顔をした。

そもそも昼間の、カタギの仕事に就くような人種ではない。
週に数日、数時間ならば、まあ良い暇つぶしにもなるだろうと放置してきたが
そんな朝から晩まで仕事漬けの、そんな普通の生活などイツキに出来るはずが無い。
無用なトラブルを招くだけだと。


『…解ってる。…俺が、そんなタイプじゃないって事ぐらい。
…でも、今は、頑張りたいんだ。…ミカさん、助けてあげたい。
……駄目?……俺があんまり忙しくしたら、マサヤ、寂しくなっちゃう?』


セックスの途中で目を潤ませて、甘えた仕草で身体を擦り寄せ、そう言う。
これで断れば、まるで理由が、黒川が寂しいからという事になってしまう。

それに、イツキは少々忙しい方が余計な事を考えずに済む。
実質、二人は程よく離れた時間がある方が、お互い干渉し過ぎなくて良いのだ。


『………好きにしろよ』


と、黒川が言うのは、イツキの目論見通りだった。








朝。と言っても昼に近い時間。
黒川が目を覚ますと、すでにイツキは仕事にと出掛けている。

けれど夕方は、割と早い時間に上がれるらしくて、帰り道に黒川の事務所に寄る。

そこで仕事の愚痴をこぼしつつ、ソファでうたた寝などし
黒川の仕事が終わると……終わらなくとも、一緒に帰り、馴染みの焼き鳥屋に行く。


そんな日々を、割と黒川は楽しんでいた。






posted by 白黒ぼたん at 19:19 | TrackBack(0) | 日記

2023年01月25日

相談事










黒川の前では、頑張る、と啖呵を切ったイツキだったが
そんな実力が無いことは自分が一番解っていた。
多少、昼の仕事を覚え、どうにか普通の人の振りをして生きてはいても
自分が異質であることは、重々、理解している。



『俺に出来ると思います?……おれ、…こんなん…なのに……』



ベッドの上で股を広げて男の愛撫を受けながら、イツキはそんな相談事をしていた。


『でも、したいんでしょ? ミカちゃんのために』
『…………ん』


返事か喘ぎかわからない、くぐもった鼻息を漏らして、イツキは腰を揺する。
前はいいから、今度は後ろ、と男の手と舌を誘導しながら、それでも一応、真面目な話し。


『………おれ、ハーバル、好きなんです。……おれ、ここにいて良いのかなって……思わせて…くれて。
だから、できるなら、役に立ちたい………

松田さん、助けてくれる?』

『俺はいつだって、イツキちゃんのこと、助けてるだろ?』

『…………ん』




イツキはうつ伏せになりかけながら、一度、身体を戻し
男の。松田の正面に向き直り、顔を寄せ、唇を合わせる。

舌をちろちろと交わせながら首の後ろに手を回し、頼れるのはあなただけだと頭を垂れる。



確かに、実質的に、ハーバルの業務を助けられるのは、黒川より松田だった。
そして、相談事を茶化さず、親身に受け止めるくれるのも、松田だ。
使い分けと言えば言葉は悪いが、適材適所。イツキは、それを間違えない。
しかも、意識し計画的に、それをしている訳ではない。

それが、タチが悪いと言われる所以。




『………人手が足りないなら手配してやるよ。パートでもなんでも…』

『…………松田さん、おれ………、もう、お尻、………変なんですけど……』






松田の真面目な話を遮って、イツキはもじもじと腰を揺すり

ベッドに身体を横たえると、早く次をと、男を誘った。







posted by 白黒ぼたん at 22:00 | TrackBack(0) | 日記

2023年01月31日

カフェみうら・1









ハーバルが入っている建物は6階建の古いマンションで、
イツキはいずれ、そこに部屋を借りたいな、などと思っている。

「でも意外と家賃、高いんだよ、ここ。こんなボロなのにさ」

と、店先に居座り長話をするのは、ハーバルの隣りでカフェを開けている
三浦という男だった。
歳は30歳半ば。おっとりとしたお喋り好き。勿論、ノーマル。
親の遺産で店を継いだがそんなに繁盛している風でもなく、やる気もないようだ。


「…三浦さん、お店戻らなくて良いんですか?」
「この時間は誰も来ないもの。夕方になるとね、常連さんが2、3人来るけどね。
君んとこも、よくこんな場所に店、開けたよね、実際どう?」
「うちは……もともと通販が主だったので。…名前を知って下さってる方が、来てくれるんです」
「ふーん」


三浦は棚に並んでいる試供品のクリームを手に塗り、くんくんと匂いを嗅ぐ。
奥で伝票の整理をしていたパートの横山は、少し嫌そうな顔でそれを眺める。
そう、悪い男ではないのだが、とにかくお喋りが多く面倒臭い。

ハーバルは、実際の客は少なくとも、商品の注文や配送の手配で何かと忙しいのだ。



「ミカ店長はもう退院したんでしょ?お店復帰、しないの?暫く安静なのかな?
君も若いのに大変だよねぇ。……そうだ、アレ、来た?
なんか、商店街のナントカ会の…、祭り代って言われたけど……」

「……三浦くん、店、やってないの?」




話の途中で、カフェの常連の爺が顔を覗かせ、三浦を呼ぶ。
三浦は仕方が無いなと言うふうに、渋々、自分の店に戻って行った。





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