2023年02月02日
カフェみうら・2
「…もう、あの人、何しにここに来るんでしょうね。仕事の邪魔ですよね」
三浦が自分の店に戻り、イツキとパートの横山は顔を見合わせため息をつく。
実際、三浦のお喋りに仕事の手が止まり迷惑することもあるのだが、どうにも憎めないのだ。
「まあね。…まあ、悪い人じゃ無いみたいだけどね」
この場所で店舗を構えてすぐの事。
その頃のミカはまだ自分の身体の変化に気づかず、店の外で掃除などをしていたのだが
貧血を起こし、座り込み、動けなくなってしまった。
隣のカフェでぼんやりと過ごしていた三浦がいち早くそれに気付き
手を貸し、さらに自分の車で病院にまで連れて行ってくれた。
それ以来、ぐっと距離を縮めたお隣さんになってしまったのだが
まあ、初めての街、新しい店舗でそんな知り合いが出来るというのは
ありがたい話しなのかも知れない。
「でも、この間なんてウチのお客さま……若い女性の方なんですけど
三浦さんが入口に居座ってるものだから、なかなか中に入って来れなかったんですよ。
やっぱりウチみたいなショップに男の人って、ちょっとねぇ……」
「……俺も男ですよ?…横山さん」
「店長代理は違いますよぅ。むしろ若い女の子が寄ってくる感じじゃないですか?」
そう言って横山は笑った。
posted by 白黒ぼたん at 22:00
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2023年02月06日
カフェみうら・3
「おつかれさん」
ハーバルの閉店は少し早くて18時。
窓側のブラインドを下ろし灯りを消し、出入り口に施錠していると
イツキの後ろから三浦が声を掛けた。
「おつかれさまです。失礼します」
「店長、白菜漬け食べる?さっきお客さんに貰ったんだけど」
「………いえ、……食べないので……」
イツキは断ったつもりなのだが三浦の手には最初から、重たげなビニール袋があって
三浦はそれをイツキに差し出す。
グイグイと詰め寄られ、あまりむげに断るのも悪いと、イツキはそれを受け取った。
「ちょっとショッパイらしいけど、酒のアテにも良いでしょ。…ん、店長、飲めるんだよね?」
「……はあ、……まあ」
「今度一杯やろうよ。ウチの店でも良いしさ」
「………そうですね。仕事が落ち着いたら。じゃ、失礼します」
イツキはニコリと営業用の笑を浮かべ、ぺこりと頭を下げ、踵を返す。
一歩踏み出したところで、再度三浦が、後ろから声を掛ける。
「ああっ、待って待って、ビニール袋、漏れてるかも。これ、ホラ、二重にして…」
「…………はあ」
白菜漬けの袋から水気が滴っていたらしい。
三浦は慌てて、持ち合わせていたもう一枚のビニール袋を広げ、イツキが持っている袋の底に当てがう。
悪い人ではないのだ。確かに。
ただ、イツキには馴染みのない人種で、多少戸惑う。
「はい、これで大丈夫っしょ。一味振ると美味いからね」
「ありがとうございます」
「はーい。また明日ね」
三浦に手を振られ
イツキは白菜漬けが入ったビニール袋をぶら下げ
黒川の元へと帰るのだった。
posted by 白黒ぼたん at 23:29
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2023年02月10日
忙しいイツキ
最近のイツキは忙しいらしい。
石鹸屋の店長代理を任されて、張り切っているようだ。
あまり暇を持て余しても、下らない事ばかりしでかすので
適度に忙しい方が気が紛れて良いのだろうが、その加減が難しい。
その立場になってから何度かは、仕事帰りに事務所に立ち寄ったりもしていたが
面倒になってきたのか、それも回数が減って来ていた。
真夜中に黒川が部屋に戻ると
イツキが着替えもせずに、寝室の、大きなベッドで寝ている事が多くなった。
こんな時は、何と声を掛ければ良いのか………黒川は少し、困っていた。
『仕事にかまけ過ぎだろう。もう少し、俺との時間を作れよ』
では、余りにもストレート過ぎる。
朝。
何か違和感を感じ黒川が目を開けると
身体の上に、イツキが乗っていた。
体重を掛け過ぎないようにと多少の気は使っているようだったが
黒川の腰の上に跨がり、自分の腰を擦り寄せ、自慰でもしているようだった。
「…………何だ?」
「………あ、ごめんなさい。………マサヤが、……欲しくなっちゃって………」
「……勝手に始めるなよ。……馬鹿が」
黒川は呆れたように大きく鼻息をつき、取り敢えず
手を伸ばし、イツキの身体を引き寄せ、抱き締めた。
posted by 白黒ぼたん at 23:59
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2023年02月16日
短い会話
「…だいたい、何でこっちのベッドで寝ているんだ?
お前には巣箱があるだろう?
自立するんじゃなかったのか?」
と、黒川は鼻で笑いながら言う。
「…ん。そうなんだけど。
ちょっとこっちで寝っころがっちゃうと…
なんか、マサヤの…匂いって言うか、気配って言うか
なんか、そんな感じがして……
落ち着いちゃうんだよね…」
イツキは、自分でも不思議だと言う風に首を傾げながらそう言う。
「ごめんなさい。こっちで寝ないように……する?」
イツキが尋ねると黒川はあえてぶっきらぼうに
「いや……」
とだけ言った。
posted by 白黒ぼたん at 00:26
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2023年02月18日
面倒臭い奴
以前の百貨店では規定の制服があったのだが
新しい店舗で働くにあたって、イツキはスーツを新調していた。
別段、何かを指定されたわけでも無いが、まあ、気分的に。
銀座の老舗のテーラーで仕立てて貰う服を纏うと、否応なく気分が上がった。
黒の上下は……昔の仕事を思い出せる服装なのだけど
それでも一番、似合う、落ち着くスタイルでもあった。
「ホストみたいだよねー」
隣の暇なカフェの店長の三浦が、ハーバルのカウンターに腰かけてそう言う。
お客様と話がしやすい様にと設えた椅子に、そうやって長居されるのもどうかと
イツキは若干眉を顰めながら微笑む。
「……そうですね。でも、一番のスタイルでお客さまをお迎えする、という点では間違いはないかと
思いますよ。
三浦さんは…お客さまを、お迎えしないんですか?」
カウンターで伝票整理をしながら、やんわりと、イツキはそう言う。
三浦は、髪はボサボサ、カフェのエプロンを掛けたまま。
一応、コーヒーだけは、自分の店で落としたものを持参し、注いでくれた。
それで、帳消しになる訳でもないのだが。
「ウチは夕方からしか、客、来ないし。大丈夫、大丈夫」
「……はあ」
「それにしても、店長代理って、ホント……ホストみたい。そっち系だった?
いやいやいや、じゃないんだったら、そっち系が向いてると思うよ、ホント!」
悪意もなく他意もなく
三浦は、ただ本当に、ふわりと思った事を口にしているだけだったが
若干
面倒臭い奴の、予感は、十分にあった。
posted by 白黒ぼたん at 00:51
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2023年02月20日
嬉しい気持ち
その日のイツキは仕事の帰りに、黒川の事務所に寄る。
決して、冷蔵庫の中身が空っぽなので食事は外で済ませたい、等と思った訳ではなく。
けれど、事務所には黒川の姿はなく、一ノ宮がいるだけだった。
「社長なら小一時間ほどで戻ると思いますよ」
「んー………どうしようかなぁ…」
「まあ、お茶でも淹れましょう。イツキくんのお仕事の様子も聞きたいですしね」
そう言って、一ノ宮は穏やかに微笑み、イツキに熱いお茶と茶菓子を用意する。
そうされて断る理由もなく、イツキはソファに腰掛ける。
いつだって一ノ宮は丁寧で優しい。
黒川の傍にこんな人物がいるのは、本当に良いことだと、しみじみと思う。
「…いきなり店長代理だなんて、大変でしたね。仕事には慣れましたか?」
「まだ全然。助けてもらいながらどうにか…って感じです」
「ふふ。それでも大したものです。イツキくんもいつの間にか、大人になりましたね」
一ノ宮に労われ、イツキは嬉しいような照れ臭いような、胸の奥がこそばゆくなる。
たまには褒めることも大事なのだと、あの男に言ってやりたい。
お茶を飲み、甘い菓子を食べ、イツキはハーバルのちょっとした話しなどを一ノ宮にする。
その様子を見て一ノ宮もまた、どこか嬉しい気持ちになる。
男たちの欲の捌け口でしかなかった惨めな少年が、よくここまで、辿り着いたものだと。
posted by 白黒ぼたん at 23:12
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2023年02月22日
功罪
『駄目です』
と言った時のことを、一ノ宮はまだ覚えていた。
数年前。
ただの暇潰し、適当な玩具だったイツキが
金を工面して欲しいと黒川に懇願した時。
玩具、にしてはのめり込み過ぎているとは思っていたが
ここで数千万単位の金を出し、危ない筋との交渉に自ら乗り込むなど
到底、考えられることでは無かった。
案の定、それ以降、黒川とイツキの関係は複雑に縺れ絡まり混迷し
容易に解くことも出来なくなってしまう。
そんなものは大方、闇に沈み、静かに腐っていくと相場が決まっているのだが
何故だかイツキは今、穏やかにそこに居て、目前の塩豆大福を頬張っている。
「……俺、これ、好き」
「……社長がたまに…買って来ますよ。……ふふ」
功罪を数えればキリがないので、それは止めておく。
黒川が若干、丸くなり過ぎた気もするするが
それはまあ歳のせいにしておこうと一ノ宮は思った。
posted by 白黒ぼたん at 23:00
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2023年02月28日
気になること
黒川が事務所に戻ったのは、予定よりも遅い時間で
すでにイツキは部屋に帰ってしまったと、空いた紙袋を片付けながら一ノ宮が言う。
「社長も今日は上がられますか?」
「…あ、いや。……やりかけの仕事を片付けないとだからな」
黒川は、残念そうな、それでもイツキがここに寄った事が嬉しいような、
少し柔らかな表情を浮かべる。
つかず離れず。干渉し過ぎず放置し過ぎず。
とにかくバランスが難しい二人なのだが、最近はまあうまく行っているようだった。
「…ああ、そう言えば社長。…イツキくんが……少し気になる事があると言っていましたよ」
「……何だ?」
「今の会社…賃借の居抜き物件だそうですが…問題を抱えていないかどうか調べたいと…」
「その辺りは松田が面倒を見たんじゃないのか?」
ハーバルが新しく店舗を構えるに当たっては、地元密着優良ヤクザの松田がかなり手を貸したらしい。
資金面から土地周辺との交渉。ハーバルのオブザーバーとしては当然の仕事だ。
そうやって、クリーンな物件を用意しているはずで、それは黒川も一通り確認はしていた。
「ええ、その筈ですが。何となく……、いえ、はっきりはしないようなのですが、気になる事があるようで…」
「……ふん。あいつはトラブルを呼ぶのが商売だからな……」
黒川はそう言って鼻で笑う。
「ちゃんと話を聞いてあげて下さいね。イツキくんもまだ慣れない仕事で、不安なのでしょう」
「…ああ」
posted by 白黒ぼたん at 00:25
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