2023年04月04日

翌日の朝









翌日の朝。
黒川は車を出し、イツキを仕事場まで送ってやった。

寝坊したと大騒ぎするイツキが煩かったせいもあるが
まあ、本当にイツキが気にするような「何か」があるのかどうか、少し見てやろうと思ったのだ。

家から仕事場までは高速を使う距離ではないが、やや飛ばして30分ほど。
商店街は短く、奥はもう住宅街。
パチンコ屋もホテルもない、健全な文教地区といったところ。



「……駅前と言っても寂れた所だな。こんなので商売になるのかよ…」
「都心からのアクセスは良いでしょ。ネットで知ってるお客さんが来てくれるんだよ。
後は今は、事務仕事が多い……ああ、そこ、駐車場……」


ハーバルの店舗がある駅前の通りから少し離れて、コインパーキングに車を停める。
黒川は辺りの景色を眺め、ふぅんと唸り、それから小さな欠伸を噛み殺した。
この場所には何も無い。
やはりイツキの杞憂は、ただの気のせいなのでは無いかと思う。
それでも「何か」と言うなら、それは余程、イツキが引き付けているのだと思う。

イツキは助手席と運転席の間から身を捩り、後部座席に置いていた大きなカバンを取る。


「…ありがとう、マサヤ。行って来るね」
「………ああ」


そう言って、車のドアに手をかけるイツキを

一度、引き寄せて、顔を近付ける。

心配という程の事でも無いが、気にならない訳でもない。

首に縄を掛け手元に置いておけないのは不便だな、と改めて思う。



「まあ、何かあったらすぐに連絡しろ。……あってからじゃ、遅いがな……」
「…………ん」



そうして、軽く唇を合わせて

イツキは車から降り、仕事へと向かうのだった。







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2023年04月09日

うるさい男








「イツキてんちょ。今日、車で来てたでしょ?」

昼過ぎ。早々に顔を出した三浦はイツキにそう尋ねる。
確かに今朝は黒川の車で来たのだが、わざわざそう言われるのは良い気がしない。

まるで見張られているようだ。


「ゴミ出しに行くとき見掛けてさ。裏の駐車場。良い車だったよね、黒塗りベンツ?」
「……今日は送って貰ったんです」
「誰?あれ?家の人?…父親って感じでも無かったよねぇ」


イツキはちらりと三浦を見て、少し不機嫌な風を纏って、手元の作業に戻る。
もうこれ以上は話をしたくないと、普通なら感じる所なのだろうが
あいにく三浦は感じない。


「カレシだったりして」


三浦は冗談めかし、ギャハハと笑う。
イツキは一瞬、動きを止めムっとする。


「何、言ってるんですか。違いますよ」
「そ? じゃあ、誰?」
「……知り合いです」
「えー?何のー?」


三浦の言葉は止まらない。


イツキてんちょって、ちょっと謎だよね。ホラ、この前の人…松田さん?
あの人ともさ、なんか、雰囲気あったじゃん?…あれさぁ…」


「……いい加減にして下さい!」




ついに声を荒げたのは

イツキ、ではなく、奥で仕事をしていたパートの横山だった。

以前から仕事の邪魔をされるのを良くは思っていなかったのだ。



「来たかと思えば下らない話ばっかり!もう!
三浦さん、自分のお店は良いんですか?
ちゃんと仕事した方がいいですよ! ちょっと迷惑です!」





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2023年04月15日

新しい客









「……わたし、ちょっと強く言い過ぎちゃったですかねぇ……」



ハーバルに入り浸る三浦に、迷惑だと、パートの横山が言って以来
今日で3日ほど三浦は顔を出して来なかった。
おかげさまで店内は静かで仕事は捗る。
新規で来店した上品なマダムとも落ち着いて話をする事が出来た。

それでも、慣れというのは怖いもので
夕方には、三浦がポットに入れて持ってくるコーヒーが懐かしくなる。
横山は、マイボトルのお茶を飲みながら窓の外に目をやり
自分が言った言葉のせいで三浦が来なくなったのだと、少し落ち込んだ。


「……そんな事ないでしょ。三浦さん、かなり失礼だったでしょ。
横山さんがああ言ってくれて、俺、助かりましたもん」
「……んー。ですよねぇ。でも、ちょっと気になりますよねぇ……」


少々、図々しく、空気を読まない感のある男だったが…基本的には悪い男ではないのだろうと
お互いそんな事を思ったのか、イツキと横山は顔を見合わせて笑った。






そして夕方。
ハーバルの閉店時間の間際に
窓の外に黒い人影が立ち、少し中を伺った後、
店内に入って来た、

一瞬それが三浦かと思った、イツキと横山だったが
すぐに人違いだと気付く。


黒い背広を来た狡猾そうな、キツネ顔の男と、後ろからもう一人、派手な上着を来た大柄な男。
見るからに怪しげな風体の男達はハーバルの店内をぐるりと見渡して


「ここに、三浦って人、来てるでしょ?」


と言った。





posted by 白黒ぼたん at 10:18 | TrackBack(0) | 日記

2023年04月18日

やな感じ









狡猾そうなキツネ目の男と、派手な上着の大柄な男。
それはイツキでなくとも、その筋の怖い連中なのだと解る。
パートの横山は一瞬身構え、心配そうにイツキの顔を伺う。
イツキは突然の来客に驚いた様子だったが、横山が思うほど、動揺してはいない。


「ここにさ、三浦って人、来てるでしょ?」
「いえ。来ていませんが…」
「そう?ここに入り浸ってるって聞いたけど」
「たまに見えることもありますが、…ここ最近は……」


キツネ目の男はイツキと話しながらハーバルの店内をうろつき
レジカウンターの奥などを覗き見るようにしている。
大柄な男は不必要に店内の物を触り、下らない商品だと馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「ふぅん。まあいいや。……また来る…よ…」


どうやら本当にここにはいないと解ったのか、…それとも最初からただの様子見だったのか…
案外あっさりと引き、男達は店から出ようとする。

その前に、キツネ目の男はもう一度イツキに目をやり、イツキの上から下までを眺め見る。


勿論イツキはまだ、1ミリの色気も垂れ流していないし思わせ振りな視線も送っていない。


男は、数秒そうやって眺めた後、何が気になったのかが解らないままハーバルを出て行った。






「あ、あれ、ヤクザさんですよねぇ。やだ、三浦さん、何やってるんでしょうねぇ」
「そうだね。……何だろうね……」
「やだ…。やな感じ…」


男たちがいなくなった後イツキと横山は顔を見合わせ、そう呟いた。





posted by 白黒ぼたん at 12:38 | TrackBack(0) | 日記

2023年04月22日

甘い喘ぎ







あの男たちが何の用で三浦を探しているのかは知らないが
おそらく、あまり良く無い用件なのではないかと思う。
そして、そういった案件に巻き込まれやすいイツキは
この先、どう対応していったら良いかと、迷う。


「なんだ、小難しい顔だな。お前に悩み事なんてあるのかよ?」


目の前の黒川はそう言って馬鹿にし、酒を飲む。


「また、新しい男の話か?」
「そうだよ」


イツキはそう言って答え、自分も酒を飲む。
明日は店は休みなのだ。そう思うとついつい、杯が進む。


「………なんだよ、もう何か、引き込んだのか」
「まあね。まだよく解らないんだけど、面倒な事になるかも。
俺、なんでそんなのばっかり、出会っちゃうかなぁ……」


イツキは虚な目で遠くを見つめ、ため息をつく。


黒川が事の真相をすっかり聞き出すまでには、まだまだ、酒が足りないようだった。






無意識に色気を垂れ流し、そういった趣向の輩を引き寄せる。
最近、纏っている、爽やかな石鹸の匂いさえ、いやらしい景色を想像させる。
トラブルを招くのは自業自得だ。痛い目に遭うのすら、好きなのではないか。

イツキは、そうなのだと、育てた黒川自身が一番良く解っているが



「………なんか、困ったことになったら……マサヤ、助けに来てね」



甘い喘ぎを溢しながらそう懇願されては

返事は、「ああ」しか、無かった。










posted by 白黒ぼたん at 15:10 | TrackBack(0) | 日記

2023年04月26日

コソコソ話








「……もう一度、あの辺り一帯を調べろ。
男は素人らしいが…目を付けられる以上、裏があるんだろう。
親戚と交友関係と。ギャンブルで借金があるとか、女関係とか……」

「へえ」





まだ日の高い内から黒川の事務所に呼び出された松田は、黒川の要求に、気の抜けた調子で返事をする。
その様子に黒川は一睨みし、不満げに鼻息を鳴らす。


「だいたい、お前の仕事だろう? 石鹸屋のケツ持ちじゃ無かったのか?
越して早々で、目ぇ付けられやがって……」

「いや、でも。黒川さん。…隣のオッサンが何かトラブってるかもって話だろ?
そこまでは俺だって感知できねぇわ。それにまだ何も……」

「起きてからじゃ遅いだろうが。……まあ、構わんが……。面倒は持ち込むなよ」




松田に指示を出すだけ出して、黒川は煙草に火を付け、デスクに向かってしまった。
今度は松田が小さく溜息をつき、部屋の隅の書棚の前にいた一ノ宮と顔を見合わせる。

一ノ宮は困ったような呆れたような、申し訳ないといった様子で、ぺこりと頭を下げる。
松田はつつつと一ノ宮の側まで行き、小さな声で耳打ちする。




「…まあ、良いんだけどさ。俺の仕事だしさ」
「……こちらでも調べてはいますが…、すみません。社長が面倒をお掛けしています」
「いや。でもさ、俺に任せちゃっていいの?俺だってイツキくん、狙ってるかもよ」
「そこは……、信頼しているのでしょう。意外と社長は松田氏を気に入っているのですよ」



「………聞こえてるぞ」








一ノ宮と松田のコソコソ話は、黒川の耳に届く。

まあ二人とも、隠そうとも思ってはいなかった。






posted by 白黒ぼたん at 08:57 | TrackBack(0) | 日記