2023年07月01日

夕方のハーバル・6









「……小さいとこだよ。今は駐車場。車2台分のさ。…まあ、そこ、売れって煩くて。
俺、そのつもりは無いんだけど、しつこくてね。
だんだん、脅迫じみてくるしさ。…で、もう相手すんのも嫌で逃げてるだけ」

「…逃げるって言っても…家もお店も…居場所は知られているんでしょ?
逃げ切れる話じゃないでしょ?」

「ああ、まあね。んー。今はジワジワ嫌がらせしてる感じかね、ははは。
その内、本気出して来るんだろうけど。そうしたら、ヤだなぁ」



三浦はあっけらかんとそう話し、ははは、と軽く笑う。
ヤクザ絡みのトラブルだとう想像はしていたが、こう、緊張感が無いのも拍子抜けだ。

もっとも、深刻に悩み重大に受け止めているようなら
日々、その場しのぎ。隣の店舗に逃げ隠れしている場合ではないだろう。




「…それにしても。…どこかできちんと話を付けなくてはでしょ?
このまま引き下がってくれるものですか?」

「くれると良いんだけどねぇ」

「……いっそ、もう…、土地を手放してしまったらどうですか?
交渉次第で、良い条件が引き出せるかも知れませんよ?」

「いや、駄目なんだよね」

「どうして?」




最後の質問には三浦は答えず、また適当な笑みを浮かべて誤魔化している。

イツキはレジの前のスツールに座り
三浦はその奥の小部屋の、隅に置いてあった段ボールに座る。
すでに陽は落ち、店舗の外は薄暗くなっていた。




「……まあ、ね。イロイロ。……ああ、もう帰ろうかね」

「三浦さん、ちゃんと話してもらえないと、俺、どうにもできません」

「…イツキてんちょに、どうにかしてもらう話しじゃないでしょ?」




疲れて来たせいか
若干、三浦の語気が荒くなる。
この問題一番辟易としているのは、当然、三浦なのだ。
そしてこんな押し問答を続けていても、状況が良くなるとは思えないのだ。




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2023年07月02日

夕方のハーバル・終








三浦がいる奥の小部屋から表に出るには
レジカウンターの内側を通るしかないが
そこには、イツキが座っており普通では通れない。

「もう帰るよ」
と、三浦は半ば強引にイツキの後ろ側を通り抜けようとし
イツキの背中をぐいと押す。


若干、足が縺れ
イツキ側によろける。
イツキは小さな声で「………あ」と言う。
三浦は慌てて体勢を整え、どうにかハーバルの出入り口まで行く。

「……もう迷惑掛けないようにするからさ、気にしないでよ、イツキてんちょ……」

そうして最後は振り返りもせずに、店を出て行ってしまった。






残ったイツキは少し呆気に取られる。
勿論、積極的に自分が関わる問題ではないのだけど
仕事にも影響がある事だし…何か、手助けしてやれる事はあるかも知れない。

それでも
三浦にその気がないのなら、それは全くのお節介というものなのだが。


「………もう。……面倒臭いなぁ…」


イツキはつい本音を溢し、ふうと大きなため息を吐いた。







ハーバルを出た三浦は「しばらく休業」と紙の貼ってある自分のカフェを通りすぎ
駅前へと向かい、歩いていた。
おもむろに手のひらを見つめ、こちらもふうと、大きなため息を吐いてみせる。

あの若くて細身の店長に何かを頼るつもりはないけれど

それとは別に、


背中に触れた一瞬の、何とも言えない間合いが、どうにも気に掛かるのだった。






posted by 白黒ぼたん at 23:15 | TrackBack(0) | 日記

2023年07月04日

焼き鳥屋にて









「……馬鹿か、お前は」


基本。イツキは隠し事はしないようにしている。なるべく、だが。
ハーバルの店の経営状態からミカのマタニティライフの話。
そして、三浦の話も。

逐一黒川に報告するようにしている。

仕事終わりに事務所で黒川と待ち合わせ、通り向こうの焼き鳥屋へ行き
食事をしながら、あれこれと話をすると
黒川がそう言うのは、まあ、当然の事だった。



「三浦だか何だか知らんが、もう関わるな。…自分からトラブルを引き寄せるなよ」
「でも、お隣さんだし。…関わりたくなくても、向こうから来るんだよ」
「もう、目を付けられてるんだろう? お前がどうしようが、遅かれ早かれ、カタが付く」


黒川は、イツキが貰ったと言うキツネ目の名刺をひらひらさせ、ふんと鼻息を付く。
「二条虎松」は知らないが、組は知っている。不動産を扱う同業者だ。

日本酒のグラスを煽り、空になったと、カウンターの中の店主にグラスを突き出す。
店主は一升瓶から酒を注ぎ、ちょうど焼き上がった盛り合わせと一緒にテーブルへ置く。



「……まあ、そうなんだけど。土地は手放したくないらしくて…揉めてるみたいなんだけど。
まあ、俺の出る幕じゃないのは解ってるんだけど……」


テーブルに置かれた焼き鳥を取り、口に運びながら、イツキは呟く。
積極的に手助けしたい訳ではないが、かといって、放っておくのも忍びない様子。




「………マサヤ、上手く収めてよ」
「……馬鹿か、お前は!」



イツキの無茶な願いは、黒川に一蹴された。








posted by 白黒ぼたん at 23:50 | TrackBack(0) | 日記

2023年07月07日

石鹸の匂い









正直、黒川はイツキに腹を立てていた。
石鹸屋だか何だか知らないが、勝手に遊んでいる仕事ごっこで
さも自立した風に偉そうな顔をして
そのくせ、揉め事を持ち込み、人に片付けてくれだの言い出す始末。

『馬鹿か、お前は』と一蹴すれば
唇を尖らせ、拗ねた素振りを見せ

『……じゃあ、松田さんに相談してみる…』

と言うのだ。





最近、少し、甘やかし過ぎていると黒川にも自覚はある。
つけ上がり、生意気になって来た。身の程をわきまえろと、思う。

無性に腹が立ち、その後はロクに喋りもせず、苛ついた気分のまま帰宅し
少し痛い目に遭わせた方が良いのではないかと、寝室に向かった。








終わってみれば、イツキは黒川の腕の中で小さくまとまり

「……今日のマサヤ、やだ。おれ、死んじゃう…」と、湿った声を洩らし
まんざらでも無さそうに、さらに身体を擦り寄せてくる。

黒川はふんと鼻息を付き、イツキの細い肩を抱く。

イツキの髪の毛からはハーバルの石鹸の良い匂いがした。







posted by 白黒ぼたん at 23:57 | TrackBack(0) | 日記

2023年07月11日

小康状態








それからまた数日間、三浦は姿を見せなかった。
騒ぎを起こし、叱られると暫く身を潜める。
それがもうお決まりのパターンのようだった。

ただ、今までは三浦は、自分の店は少しの時間だけでも開けていたのだが
今回はそれも無いようだ。
「カフェみうら」の入り口には『しばらく休業』と書かれた紙が貼られたまま
真っ暗な店内を常連客らしい初老の男性が覗き込んでいる姿を、時々見かけた。




「……いなきゃいないで、少し、寂しくなりますよね」



パートの横山はふと仕事の手を止め、ハーバルの外の通りを眺め、呟く。
本当に、居れば居たらで面倒なのだが、まるで居なくなってしまうと寂しく感じる。

イツキは「……そうだね」と答え押し黙るが、いやいやという風に頭を振る。
三浦が抱えていたトラブルの事情は解ったが
それに積極的に関わる訳でもなし、まして、当人が居ないのだ。

これ以上、気にしていても、仕方がない。




「……まあ、またひょっこり顔、出すんじゃないかな……
それよりも、仕事。仕事。宅急便、来てたでしょ?」

「そうなんです。本社でボトルのサイズ違いが3箱あって、どうにかして欲しいって…」

「どうにかって言われても…そんなに売れる訳無いじゃんねぇ……」




イツキはわざと明るくそう言って、商品を並べる棚の整理などをしてみる。


店の外の道路を黒い車が通り過ぎ無駄にドキリとするが
それは別に、何も関係のない車だった。







posted by 白黒ぼたん at 13:47 | TrackBack(0) | 日記

2023年07月18日

とばっちりイツキ








その日は特に何の問題もなく、ハーバルは閉店時間を迎えた。
三浦が顔を出さなくなって数日。
静かで良いけれど少し寂しいですね、と、パートの横山は話しながら帰り支度をし
イツキよりも先に、店を出て行った。

本当に。

と、イツキも思うが、気にならない訳ではない。
トラブルに巻き込まれた三浦がどこでどうなろうと、イツキには何も関係はないが
それでも気にかけてしまうのが、イツキの甘い所だろう。


そうやって幾度も、貰わなくても良いとばっちりを、貰う。




店の電源を落とし扉に施錠し、イツキも店を出る。
すでに日は落ち、辺りは薄暗い。
何の気なしに三浦のカフェを覗くが、そこも暗く、人気はない。
ドアに貼られた「休業」の貼り紙は、すでに端が破れ、風に揺れていた。


ふいに


光がよぎる。
ドアのガラスに反射し、旋回する。



それが車のヘッドライトだと気付いた時には、イツキの目の前に一台の車が滑り込んでいた。

車はイツキの行手を遮る。
こんな状況では、必ず嫌な事が起きると、イツキは知っている。
後ずさりして駆け出そうかと…戸惑っている内に、車のドアが開き
中から男が声を掛けてきた。





「まあ、乗りなよ」




それは、三浦が揉めている組の男、二条虎松だった。





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2023年07月20日

とばっちりイツキ・2








「嫌です」


二条虎松の誘いを、一度はきちんと断る。乗る、理由は無い。

「ちょっと、話し、しよう」
「……俺は、話しなんて無いです」
「まあ、そう言わずに…」

この日の男は一人だった。
自分で車を運転し、開けた窓から身を乗り出し、イツキを誘う。
イツキは三浦のカフェの店先と車に挟まれそうになりながらも、脇の隙間へと身体を向ける。


「実は今、俺らと一緒にいるんだよね、…三浦くん」


わざわざ敬称を付けて呼び、それを可笑しそうに言う。
しばらく姿を見掛けなかった三浦は、どうやら、ついに男たちに捕まったようなのだ。


「……俺には、関係ない話しでしょ?」
「そう? ご近所さんだし、仲、良さそうじゃない?」
「特に良くはないですよ」

「ふうん。てっきりイイ仲なのかと思ったけど。
ウリで街中立ってても、見境なしって訳じゃないんだ?」



二条の言葉に、一瞬、イツキも反応してしまう。
言葉と、どこか小馬鹿にしたうすら笑みで、どうやらこの男は自分の素性を調べたのだと、知る。
何を、どこまでかは解らないが…とりあえずそれだけでも、あまり聞こえの良い話しではない。



「…ハーバル、だっけ? あの店でも売ってるの?自分? はは、そんな店?
その辺、引っくるめて、ちょっと話し、聞きたいんだけどなぁ」

「どこまで知ってるんですか?」

「まあ、立ち話もなんだし。…乗りなよ」




二条は顔をクイと動かし、後ろの座先を指し示めした。



自分の素性と、今のハーバル。



その辺りのことを突かれると……さすがのイツキも、弱い。







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2023年07月25日

とばっちりイツキ・3









「…いやにエロいお兄ちゃんだとは思ったんだよ。
まあ、三浦くんの周りは取り合えず洗って置くんだけどね。
店長さんの、意外な経歴にビックリしたよ」


二条虎松は車のハンドルを握りながら、少し可笑しそうに、そう話す。
イツキは後ろの座席。二条の真後ろに座り、不機嫌そうに口を窄める。


「…でも、俺、三浦さんとは何の関係もありませんよ?」
「そう?……まあ、俺らの味方になってよ。三浦くん、説得してよ」
「……土地を売る、売らないの話しですか? そもそも俺、事情とか何も知らないんですけど」



イツキが知っているのは、三浦がどこぞに車2台分の土地を持っている事。
それを売れと、この男達に強固に迫られている事。それだけだった。



「…俺らも悪徳じゃ無いんでね、結構、イイ条件出してるんだよ?
でも、三浦くん、頑なでね。話し合いにも乗ってくれなくてね」


そうしながら、車はどこか建物の地下の駐車場に入っていく。
二条は車を停め、表に出ると、後ろの扉を開け、エスコートするようにイツキに手を伸ばす。

イツキは手に持っていたスマホをポケットにしまい、ふんと鼻息を付く。
泣き喚く可愛げなど勿論とうに無いが、フリをすることすら、すでに忘れていた。



「三浦くん、説得してくれたら、店長さんのコトも内緒にしておくからさ」




そんな安易な交換条件が成立するとは、誰も思っていなかった。





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2023年07月29日

とばっちりイツキ・4








エレベーターも無い、古びたマンション。
階段を上がり、2階の一番奥の部屋へと向かう。

イツキは勿論、黒川に連絡をしていたが
こんな時に限り、返信は無い。
あったとしても、連れ込まれた正確な場所も解らないし
事が起きる前に助けに来られるほど、足が早くも無いだろう。

連絡は一応
『自分が出来ることはちゃんとしたんだよ』という
イツキなりの、保険だった。



「…二条さんは、俺のこと、どこまで調べたんですか?」
「あんまり詳しくは解らなかったんだけどね。新宿のヤクザ絡みで、売春してるんでしょ?」
「俺、バックに結構、怖い人ついてますよ?」
「はは。怖い人には内緒にしといてよ。それが取引ってやつだよ」


二条の持っている情報はその程度だった。
…まあ、それだけでもハーバル的にはよろしくないのだが
いっその事、黒川の情夫だと知られた方が、対応が出来るのにと思う。




錆びた鉄の扉を叩くと中から鍵が開き、派手な上着を着た小太りの男が出迎える。
二条はイツキの背中を押すように、部屋の中へと入れ、後ろ手でドアの鍵を締める。
入ってすぐが、ダイニングキッチン。最低限のものだけ置かれた殺風景な部屋。

奥に、もう一部屋。



そこに三浦は軟禁されているようだった。








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2023年07月31日

ばっちりイツキ・5








部屋は、これまた殺風景な洋室。三浦はぽつんと置かれたパイプ椅子に座らされていた。
手首の片方にだけ手錠が掛けられ、パイプ椅子に繋がれている。
その外では常に誰かしらが見張っていて、逃げ出せる状況ではない。

三浦は一昨日の夜からここに連れて来られていた。





「……あのさぁ、いくらこうされたって、俺の意思は変わらないよ?
それに、コレ、犯罪でしょ?脅迫でしょ? ヤバいでしょ?」


部屋の扉が開き、人の気配がすると、三浦は何度も言い続けた文句を繰り返す。
顔を覗かせた二条は、三浦の態度が一向に変わっていない事にため息をつく。


「ウチとしても困ってるんだよ。これでも出来る限り丁寧にしてるんだぜ?
あんな狭い土地、売ったって構わんだろ? なあ?」
「……嫌なもんは嫌なんだよ」
「解らねぇなぁ…、タダでくれって言ってる訳でも無いのになぁ」


「なあ?」と、二条は同意を求めるように、視線を横に向ける。
二条の隣にもう一つの人影が見え、三浦は心底、驚いた。


「…イツキてんちょ…、なんで?」
「……なんでだろ。……もう。…ね」


三浦の問いにイツキ自身も答えられず、困ったように呆れたように、ふうとため息をついた。
それでも、取り合えず三浦が無事でいたことにホッとする。

その、少し力の抜けたイツキの肩を、二条はまるで親しいと言った風に抱き寄せる。



「なんで、は無いだろ? あんたを説得しに来てくれたんだよ?
本当に、イイ子、だよなぁ…」


腕に力を込め、さらに顔を近付け、二条はそう言う。
手付きがイヤラシイと思ったのは、イツキだけでは無かったようだ。






posted by 白黒ぼたん at 20:22 | TrackBack(0) | 日記