2023年10月01日

その夜の黒川









寝室から出てきた黒川はキッチンへ向かい、水を一杯飲み、気を落ち着かせるようにため息を吐く。
少し手荒にしてしまったかと思い、いや、それ位の罰は当然だと思い
それでも、やはり、やり過ぎたかと、ベッドの上のイツキを思う。



訳の解らない石鹸屋絡みで案の定トラブルを引き寄せて
痛い目を見るのはあいつだ。別にそれはどうでもいい。
事の始末に呼ばれ、手間を掛けさせ、挙句の果てに
『もっと早く来てくれれば良かったのに』などと言われては腹も立つ。


『…お前の電話にいつでも出られるほど、俺が暇かと思っているのか?』
『…思ってないけどさ。……でも、すぐの時はすぐじゃん。……何で、今日は……』
『……自分から犯されに行くようなヤツの面倒まで見れるか!馬鹿が!!』


軽い愚痴の言い合いから声を荒げての口喧嘩になるまで、そう時間は掛からなかった。
マンションの部屋に戻ると、取り替えず生意気な顔を2、3叩いてベッドへと放り出す。
イツキの口に枷をしたのは、この部屋で泣き叫ばれては困るのと、これ以上無駄な御託を聞きたくなかった為だった。
どんな言い訳をしたところで、今回のことは全て、イツキに非がある。


こいつは

未だに解っていない。

自分の匂いがどれだけ「男」を惑わせるのかを。



口を塞ぎ、衣服を剥ぎ、愛撫も無しにコトを始める。
イツキがいくら腕を振り回したところで何の役にも立たない。
股間はまだ湿っていて、中には、先の男の名残がある。
それを指摘するとイツキは首を左右に振り、怒ったように唸り、そのくせ、中を締めつけた。

『……河岸を変えたところで…、変らねぇな。……お前のケツは、男を咥えるためだけのモノだな。
…結局、好きなんだろうがよ……ヤられるのが。
自分で呼んだくせに、グダグダ文句、言ってるんじゃねぇぞ……』

耳たぶを噛みながらそう言うと、イツキはさらに、反応を良くする。それを、知っている。

目に涙を溜め俺を睨みつけるも、それは、ただの煽りでしか無かった。




何度か突いて、何度かイかせ、何度目かには腕を突っ込み、掻き回してやる。
すっかり緩み裏返ったそこを笑う。

最後にはイツキの口元に挿れ、喉の奥を突く。息が出来ないのか目の焦点がオカシイ。
それでも歯を立てないことだけは褒め、そのまま射精し、そのイツキを放って寝室を出た。







揉め事を引き寄せるイツキに文句の一つは言うつもりだったが
『災難だったな、気をつけろよ』と、労ってやる気も多少はあったのだ。

それなのにどうして、こう、してしまったのか…

黒川は水をもう一杯のみ、ふうと、ため息を付いた。






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2023年10月03日

その夜のイツキ








黒川に怒られるだろうな、とは思っていた。

無用なトラブルには遭わないように気を付けてはいた。
きちんと連絡は入れたし、最悪の事態よりはまだ軽い被害で済んだと思う。

「仕事」をしていた頃はもっと酷いコトを、黒川の指示でしていた訳だし
何をもって黒川に怒られるのかが、今一つ解らなかったのだけど。




迎えに来た時から不機嫌顔。
マンションの部屋に着いた時には、もう、無理だった。
珍しく手を上げられ、口枷までされ、乱暴に扱われる。
激しいセックスは嫌いじゃないけど、快楽に浸る間もない。
泣き叫ぶ余地もない。口には、黒川のものが奥まで捩じ込まれていたし。




ようやく終わって、黒川が寝室を出て行き
イツキはベッドの上で咳き込みながら、身体に残る痛みを数える。
あそこもここも、黒川の残したものばかりだと思うと


何やら、身体が、上書きされたような気になる。


一つ前の男の事など、何も印象に残っていない。




もしかして黒川も、そう、したかったのかもしれない。
そう思えば、痛みは、まるで違う意味のものになる。








しばらくすると黒川が、水の入ったグラスを持って寝室に戻って来た。
無言のままイツキに手渡すと、イツキも何も言わず、それを飲み干した。







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2023年10月09日

休暇・1







「…今日、仕事お休みにしたから、どっか連れて行ってよ」
「………は?」


朝。ベッドの上で目を開けるのとほぼ同時に、黒川はイツキにそう言われる。
黒川は何事かと、気だるそうに髪の毛を掻き上げながら身体を半分起こす。
昨夜は少々乱暴にしてしまい、ロクに話も出来ずに終わってしまった。
…トラブルに巻き込まれて痛い目を見るのは自業自得だ、とか、都合よく俺を頼るな、とか
言いたいことがあったはずなのだが、綺麗に飛んでしまった。


「……馬鹿か。俺は仕事だ……」
「たまにはお休みしよう。温泉とか良いんじゃない?」
「……馬鹿か」


イツキは黒川の隣で、頬杖をついて寝転がっていた。
顔と、腕に、切り傷と青馴染みが付いていた。
昨日の暴行で付いたものか、それともその後に黒川が付けたものかは解らない。

いずれにせよ、ダメージを負った翌日のこの回復力。

まあ、それ位でなければ、イツキは生きては来られなかった。



「マサヤ。今日はおれ、マサヤと一緒にいたい。……だめ?」
「それなら事務所に来ればいいだろう」
「…………ふーん」


イツキは解りやすく口を尖らせてそっぽを向き

足の指で、黒川の足を、引っ掻いたりしていた。






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2023年10月12日

休暇・2








「…おや。今日は随分と早いのですね」
「………ああ」


そう一ノ宮が声を掛けるのも当然だった。
まだ昼だと言うのに黒川が事務所に現れ、机の上の書類をガサガサとやる。
必要なものを選り分け、どこぞに2、3、電話を掛け、口早に次の指示を出す。
どこか忙しない様子。


「社長?…何か、問題でもありましたか…?」
「いや。まあ、…そうだな。…今日はこの後、出掛ける」
「おや」


本来なら夜から軽い会合が入っているはずだった。
それらをキャンセルしてまで何があるのだろうかと、一ノ宮は疑問の目を向けるが
それ以上の詮索はしない。
「後は頼む。悪いな」と黒川は言い、事務所を出て行った。








「終わった?マサヤ」


事務所の前に停められていた車に黒川が戻ると
助手席のイツキが呑気に声を掛ける。
黒川はイツキを一睨みし、ふんと鼻息を付き、何も言わずにエンジンを掛けた。




事務所の一ノ宮は一応、窓から外を覗き、黒川の車を確認する。


助手席のイツキに気付き、イツキも、一ノ宮に気付き


お互い、黒川に解らない程度に、小さく手を振るのだった。





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2023年10月19日

休暇・3








到着した先は事務所から車で一時間も掛からない場所。
普通の、都内の、ホテルだった。
いわゆる温泉宿では無いと、イツキは一瞬、不機嫌さを滲ませるも
案内された部屋を見て、その気持ちは吹き飛んだ。


「……すごいねー…」


その空間に一歩足を踏み入れれば、もう、そこが都心のど真ん中だとは思えないほど。
狭過ぎず広過ぎず丁度良い室内は、和の趣で
窓から見えるのは良く手入れのされた木々ばかり。
その奥に、部屋専用の露天風呂もあるらしく、脇にはサウナまで付いているようだ。


「近くに、こんなホテル、あったんだ…」
「出来たのは最近らしいがな。まあ、悪くない」
「来たことあるんだ?マサヤ?」
「……いや」


歯切れの悪い返事をする黒川にイツキはチラリと視線を流すも、それ以上は何も言わない。

朝、どこかに行きたいと言い出し、それから直ぐに本当に、連れて来てくれたのだ
嬉しい気持ちの方が当然勝る。


「ウェルカムドリンクも置いてある。ほんとに、ちょっと旅行に来た気分になるね」
「…まあ、たまには良いだろう。…お前も、バタバタしていたしな……」


黒川はそう言いながら上着を脱ぎ、そこいらに放り投げる。
イツキは早速、窓の近くのカウチに横になり、猫のように伸びをしているところだった。



意外と、デカくなったと、黒川は思う。

自分の手の内で収まり、泣いてばかりいたガキだった筈だが……どうした事か。

今は伸ばした足をカウチからはみ出させ、それからまた、器用に丸め

誘うように、笑顔をみせた。





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2023年10月23日

休暇・4









夕食は、館内のレストランでも良かったのだが、…部屋で取ることにした。
人目にもつかないし、ゆっくりと時間を掛けることも出来る。

そう、食欲もない2人は適度に食事を楽しみ、酒を飲み
近況を報告し、酒を飲み、酒を飲み

ようやく、本音を漏らし始める。




「三浦さんの事はマサヤ、どうにかしてあげてよ」
「……は?」
「あの人、馬鹿で。…土地、売らなかったのも結局、近所のおばーちゃんの為とか言って…
……でも、解る気もするんだよね。…だから…」
「馬鹿はお前だろう。そんな事でイチイチ身体を張ってどうする……」

始まる黒川の小言に、解ってる、という風にイツキは手を挙げ、
その手でそのまま酒のボトルを取り、黒川と自分の空いたグラスに注ぐ。

「俺のカラダなんて別に、どうでも良いじゃん。別に、……どうでも」





『どうでも良くないだろう』とは、黒川は言えない。





「三浦さんはさ、なんか、助けてあげたいなって思うんだよね。俺のことも、助けてくれたし…」




「ふん」
と鼻息で返事をするのは黒川の、虚勢だった。

今更、イツキの身上を心配しているなどとは自他共に認めたくは無いだろう。
その上で、自分よりイツキを心配する存在がいるとは、認めたくも無いのだろう。


この男は


認識が足りていない。


それは


本人も、よく解っている。






「……マサヤ、俺さ。…ちょっと思った事がある」



食事もああらかた終わり、イツキは酒のグラスを傾けながら
目は虚ろに、そして黒川と視線を合わさずに、言う。












posted by 白黒ぼたん at 00:43 | TrackBack(0) | 日記

2023年10月25日

休暇・5








「…俺さ、ちょっと思ったことがある」


と、イツキにしては真面目な面持ちで、ぽつりと呟く。
黒川は一瞬何事かと思うが、それもまた顔には出さずに、酒を飲む振りをする。

イツキはチラリと黒川を見る。黒川はあまり興味のない様子をしているのだが、
それが逆に、話し易いのかも知れない。



「…俺さ、本当にもう今さら、誰かとヤルのなんて…どうでもいいじゃん?
痛いのだって怖いのだって散々、して来たから、別にもう、どうでも…
特別、大変な事じゃないと思ってたんだけど……、なんか…」


イツキは言葉の合間に、グラスに口を付ける。
自分でも、自分の気持ちを説明するのは難しいようだ。
酒を飲み、言葉を探す。……推し黙ると少し、眠たくなってしまう。


「…なんか、今回、違った。……なんか、ふいにマサヤの事、考えちゃって…
……ああ、連絡無かったかな、とか、後で怒られそう…とか、そんな事だけどさ……

でも、それで、マサヤの事思い出したら……、……他の男とヤルの、すごく嫌になっちゃった」



そこまで話して、もう一度黒川を見ると、今度は黒川もイツキの方を見ていて
少し、驚いたような、意外な話を聞いたという風に、イツキを見据えていた。





「……何だろうね、こういうのって。ね、仕事になんないじゃんね。
…ああ、もう、仕事なんてしないけどさ」





少し照れたように、そして困ったように、イツキはそう言って微笑む。
イツキの話につい聞き入ってしまった黒川は、咄嗟に良い返事を思いつかず


「本当だな。いつ『仕事』になるかも知れんのにな」


など、冗談にもならない言葉を返すのだった。





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2023年10月31日

休暇・6








「……風呂でも入るか」


急にそう言い出したのは黒川だった。
……さすがに自分が下手な事を言ったと自覚したらしい。
イツキも押し黙り静かになった場を、どうにか変えようと思ったのだろうか。


「あまり飲んでからでもアレだしな。…内風呂でも広い…、ここの売りだからな……」
「…おれ、入んない…」
「……ハァ?……風呂に行きたいと行ったのはお前だろう?」


イツキはナッツ盛り合わせの皿にフォークを突き刺しながら、少し不貞腐れたように、言う。
望む言葉を黒川がくれる筈も無いことは解っているのに、やはり本当に、無いと知るのは寂しいもので。


「無理。お尻、痛いもん。昨日のマサヤのせいで……」
「………俺のせいかよ」
「そうだよ。……マサヤが………」



言いかけて、口を噤んで、イツキは……ふんと鼻で息を付いて、酒を煽った。
言いたいことも言わせたい事も、色々とあるのだけど、それをするのはまだ、今では無いような気がする。

言葉の代わりに、空になったグラスを前に差し出すと
黒川は黙ったまま、そのグラスに酒を注ぐ。







その姿はまるで
主人に忠誠を誓う僕のようだったが

それには誰も気が付いてはいない。






posted by 白黒ぼたん at 00:31 | TrackBack(0) | 日記