2023年11月04日
休暇・7
食事も終わり、黒川が軽く酔い覚ましにと風呂に入ると
そこに、イツキも入って来た。
大人2人でも余裕のある内風呂。バルコニーには小さな露天風呂まである贅沢な造りだ。
「……なんだよ。風呂には入らないんじゃ無かったのか」
一応、黒川は一言いい、イツキはムッとした顔を見せる。
内風呂でパシャパシャと身体に湯を掛けたあと、露天風呂があるバルコニーの扉を眺め、
…行こうか、行くまいか……、自分でも悩んでいるようだった。
「…ふん。オレのせいでケツが痛いんだろう?」
「でも。せっかく…じゃん。マサヤが…連れて来てくれたのに……」
「…こんな所、…いつでも来てやる」
黒川がうっかり滑らせた言葉に、イツキは嬉しそうに微笑み、それでも果敢に露天風呂へと向かう。
ここは、それっぽい設えにはしているが…実は温泉ではない。
下手に効能のある、傷口に良く効く、などという成分ではないのが逆にありがたかった。
湯船に入り、最初は少し染みたのか、身を強張らせたが
それ以上、響くことはなくイツキは肩まで湯に浸かり、ふうと息をついた。
「やば。…きもちいい……」
熱い湯が、身体の緊張を解く。
おそらく自分でも気付いていないのだが、イツキは酷く、疲れていた。
昨夜からの出来事が、頭の片隅でチカチカと思い出される。
両手で湯をすくい、それらを全て流すように、顔を洗う。
「…こっちは狭いな。…ああ、でも上手いこと、外は見えないように出来ているんだな」
そう言いながら黒川がこちらにやって来た。
『狭いなら、来るなよ』
と言うイツキの心の声が聞こえたか聞こえなかったかは知らないが
その狭い湯船に入る。
身体は、否応なく、抱き留められる。
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2023年11月07日
休暇・8
狭い湯船の中でイツキは黒川の腕に身体を預ける。
コポコポとお湯の溢れる音だけが響く静かな空間。
周りを囲う植栽の合間から街明かりが見えなければ、本当に
どこか遠くの、誰もいない星にでも来たようだ。
「……ああ、マサヤ……」
何か言い掛けて、イツキは口を噤む。
三浦のことや、ハーバルの店のこと。…松田に連絡をしようか、などなど
話しておきたい事はアレコレあったのだが、どうしても今という話ではない。
下手に他の男の話をして、また喧嘩腰になるのは嫌だった。
「……なんだ?」
「ん。……いいお湯だなって思って…」
「そうだな」
口数が少ないのは、黒川も同じ思いだったからなのかも知れない。
長めの風呂から出ると、イツキは急激に疲れた出たようで
髪の毛も乾かさず、ベッドの上に四肢を放り投げる。
黒川がミネラルウォータのボトルを持ってベッドに来たころには
すでに寝息を立ている様子だった。
「……馬鹿なやつ……」
と言うのは、黒川の口癖なので大した意味はない。
黒川はボトルの水を半分飲んで、ふふ、と小さく笑って
イツキの濡れた髪の毛に、
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2023年11月14日
休暇・終
「…起こしてくれても良かったのに」
風呂上がりにそのまま寝てしまい、次に目を開けた時はもう翌朝だった。
イツキはせっかくの夜を無駄にしたと、不満げに口を尖らせる。
黒川はすでに着替えを済ませ、ネクタイまで締めていた。
「…それだけ休めたって事だろう。…それが目的なんだから良いじゃないか」
「……でも」
「どうせ、ヤれなかっただろ? ケツが痛いんだもんな」
…セックスが出来ないイツキは、一緒に過ごす意味がないとでも言うのか。
冗談半分。馬鹿にしたように黒川はハハハと笑う。
イツキは不機嫌な顔をさらに顰めて、枕を一つ黒川の方に投げると
そのまま掛け布団を被り丸まってしまった。
「…拗ねてないで早く着替えろ。…下で朝メシ、食っていくぞ」
「……せっかくの、お出かけだったのに……」
小さく消え入りそうなイツキの声が聞こえた。
黒川は床に落ちた枕を拾い、それをベッドに戻す。そして
イツキが入っている布団の膨らみを、ぽんぽんと叩く。
「こんなところぐらい、いつでも、連れて来てやるから」
勿論。行為云々が理由でイツキを起こさなかった訳ではないのだが。
それでも、ただただ、一緒に過ごす時間だけが欲しいのだと
イツキのその想いが、いじらしく思えた。
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2023年11月19日
忙しい日
イツキがハーバルに出社したのは翌日の午後になってからだった。
留守を任されていたパートの横山は、その間の業務をざっと報告し
部屋の隅に山積みになっている、本社から届いた段ボールを指差した。
今週中にすべてのラベルを貼り替えたのち、小分けにして送り直さなければいけないそれを
ため息まじりに確認していると、
気配を察したのか何なのか三浦が挨拶に訪れた。
腕はやはり折れていたようで、仰々しく包帯を巻かれ、首から吊っていた。
「……イツキてんちょ。……おれ、その、何て言っていいか……」
「…何も言わなくていいです。…横山さんもいますから」
「本当に申し訳ないことをした。どんな詫びでもする」
深々と頭を下げる三浦をなんとか宥め、話は後でするからと、とりあえず帰ってもらう。
…三浦が一体何をしでかしたのだろうかと、横山は興味津々で2人を眺めていた。
三浦が帰ってからものの5分も経たない内に、また扉が開く。
入って来たのは、松田だった。
「イツキちゃん。一ノ宮氏から話は聞いたよ。俺の管理不足だ、…すまない」
「…松田さんの責任では無いと思いますよ」
どうやら事情を知っているらしい松田は、そう言って、頭を下げる。
イツキは松田を見て、横山を見て、また松田を見て
…横山がいる前で、もうこれ以上は喋らないで欲しいと、手をぱたぱたと振る。
けれど、松田にはイツキのジェスチャーは通じないようだった。
「いや、ここの店舗の手配をしたのは俺だよ。一帯の関係者は洗ったはずだったが…
…とにかく、ちょっとカタを付けて……」
「松田さん。その件は後でゆっくり話ましょう。今はおれ、仕事があるんで……」
そう言ってイツキは半ば強引に、松田を外に押し出した。
ハーバルの店の外で松田は一度、イツキをぎゅっと抱き締めて
また夜に連絡する、と言って帰って行った。
ふう、と大きくため息をついて、イツキが店内に戻ると
さすがに何事かと横山が、イツキをじいっと見つめるのだった。
posted by 白黒ぼたん at 00:25
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2023年11月21日
三つ巴
ハーバルでの仕事を終え、横山を帰し、店を締める。
さすがに本社からの無茶振りはキツかったが、イツキにはまだ一仕事残っていた。
小さくため息をついて、少し歩く。
向かった先は、カフェみうら、だった。
「…ああ、おつかれさま。イツキてんちょ…」
「…おつかれさまです…」
店は、営業はしていないものの明かりが付き、珈琲の良い匂いが漂っていた。
エプロンを掛けた三浦がカウンターの中に立ち、
そして、奥のテーブル席には……松田が座っていた。
イツキは三浦に軽く頭を下げ、そのままテーブル席に向かう。
松田は少し不機嫌な顔をしていたが、イツキを見ると、優しくニコリと笑った。
「おつかれ。イツキちゃん。……まあ、だいたいの話は解ったよ。災難だったね」
「いえ。別に。大丈夫です」
「俺がキッチリ締めるよ。預かってる俺の責任だ」
「いえ、本当に。もう済んだ話なので。何もしないで良いです、松田さん」
カチャカチャと音を立てて、三浦がテーブルにコーヒーを置いた。
松田はそれを、解りやすく怖い顔で、睨む。
……イツキが来る前に、尋問と説教は一通り済ませたようだ。
コーヒーを入れる手が不調法なのは、片腕を骨折しているためだった。
「三浦さん、腕、平気?」
「ああ、もう。そんな、全然」
「三浦さんはね、俺のこと、ちゃんと守ってくれたんだよ」
イツキはコーヒーカップを持ちながら、松田にそう言って、微笑む。
そんな事で、あの一件がチャラになるとは到底思えないのだが
意外と、イツキには重要なことだったようだ。
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2023年11月28日
イツキと虎松
数日後。
1人でハーバルにいた昼間、ふいに、二条虎松が姿を現した。
イツキは当然身を強張らせ、カウンターの奥に行き、助けを呼べるようにとスマホを握りしめたのだが
二条は、何もしないよと両手を上げ、穏やかに笑いかけるのだった。
「いや、どうも。…この間は……悪かったね。はは」
「……何のご用ですか?」
「そう警戒しなさんなって。何もしないよ。…いやぁ、上から散々怒られたよ」
二条はカウンター前のスツールに勝手に座り、上着の内ポケットをガサガサとやると
タバコと、封筒を出し、カウンターの上に置く。
イツキは、一応まだ警戒中。
「…コレ、小切手。…土地の契約とは別にね」
「…なんでですか?」
「まあ、迷惑料ってやつよ。…上から色々。…いやぁ、大変だったんだから…
キミさ、ヤバい子なんだったら、もっと解りやすくしなきゃ駄目だよ。ホント…」
イツキがいわゆる「黒川の女」だと解り、それなりの咎はあったらしい。
二条と黒川に面識は無かったが、上を辿れば、何かしらの繋がりはあるものだ。
「……俺、バックがいるから、駄目だって……言いましたよ」
「いやいや。ただのウリとか、そういうレベルじゃないでしょ、まったく」
そう言って、呆れたように軽く笑う様子が、少し、…可愛く思えて
イツキも少し、微笑んでしまった。
posted by 白黒ぼたん at 00:02
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