2024年01月04日
所有物
真夜中に帰って来た黒川はキッチンで水を一杯飲み
ジャケットを脱ぎ、ズボンを脱ぎ、寝室へ向かう。
ベッドの真ん中にイツキが眠っていたので
少し体を押し、空いた場所に潜り込む。
その動きでイツキは目を覚ましたのか、んん、と声を上げ薄く目を開く。
「……マサヤ…。おかえりなさい」
「…ああ」
「…………マサヤ」
まだ寝ぼけているようで、イツキは黒川の身体に擦り寄り
しがみつくように抱き付き、また、深くまぶたを閉じた。
いつもこれぐらいの可愛げがあれば良いのにと黒川は思う。
最近は、調子に乗り過ぎている。少し、キツく締め付けた方が良いかも知れない。
首に縄を掛けて、自分が誰の所有物なのかを思い出させなければいけない。
「…マサヤ」
「………何だ?」
「帰り、遅過ぎ。…もっと早く帰って来て…欲しい…」
「……ああ。…そうだな」
そう言ってイツキは
黒川の身体に回した腕に、ぎゅっと力を込めた。
posted by 白黒ぼたん at 22:33
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2024年01月06日
湯気の向こう
「……なんだ、これは……」
ある夜。
部屋に帰って来た黒川はリビングの様子を見て声を上げる。
中央に置いてあったソファは窓際に追いやられ
代わりに、コタツが置かれ、その上にはカセットコンロと鍋が置かれていた。
キッチンの内側からイツキが声を掛ける。
「おかえり、マサヤ。ちょうど良かった」
「…何だ、これは…」
「モツ鍋」
「…そう言う事じゃ無いだろう」
言葉を詰まらせる黒川を尻目に、イツキは取り皿やら薬味やらを用意しこたつへと運ぶ。
再びキッチンに戻り、冷蔵庫から冷たい缶ビールを取ると、それを黒川に手渡す。
「今日、お店に行ったら…なんか欲しくなっちゃって」
「全部、買い揃えたのか。どうやって持って帰ったんだ」
「佐野っち、呼んじゃった。…ふふふ」
そう言ってイツキは笑う。黒川は半ば呆れてため息を吐く。
正直なところ、こんな、家庭的と言うか庶民的と言うか…、腑抜けた場は、嫌いだった。
いや、嫌いと言うか…、馴染みが無さ過ぎて、居心地が悪い気がしていた。
おそらく、それはイツキも同じだろう。
あまりに縁遠い所にいたため、逆に、突発的に、欲しくなってしまったのかも知れない。
「お鍋、良い感じじゃない?」
まあ、こうなってしまった以上、小言を言っても始まらない。
黒川は大人しくコタツに入り、ビールを飲み始める。
今どきのスーパーには鍋用のカット済みの食材が揃い、後は火にかけるだけなのだが
イツキは、自分が準備したと自信満々で、湯気とともに鍋の蓋を開けるのだった。
部屋の真ん中で火を使っているせいか、いつもより暖かい気がする。
熱々の鍋は普通に美味く、冷たいビールが喉に心地よい。
コタツの中で、時折、イツキと黒川の足が当たる。
イツキはその方向に足を伸ばしたいのだと、黒川の足を小さく小突く真似をする。
悪戯めいた仕草に、黒川はふんと鼻息を鳴らし
イツキは、笑った。
posted by 白黒ぼたん at 22:21
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2024年01月14日
前振り
「イツキ。今日はウチの事務所には近付くな。…少し、立て込んでいる。
…ヤバい奴らの出入りも多い。……夕方には来るなよ」
ある朝。
黒川はわざわざイツキに念を押して、出掛けて行った。
イツキは「はぁい」と気の抜けた返事をしたものの、
よくよく考えると、何か、おかしいような気がするのだった。
日中。ハーバルで仕事をしていても、黒川の言葉が気に掛かっていた。
黒川の仕事が忙しいのは良くある事だし、ヤバい人達の出入りもある。
改めて言うような事でもないだろう。
しかも、夕方と時間まで指定されては
逆に、行った方が良いのではないかという気にさえなる。
急に入った注文のため、その日のハーバルはいつもより遅くまで営業していた。
常連の顧客と最後の確認をして、商品を用意し、イツキは壁の時計を見上げる。
もう、夕方と言うには遅い時間だ。この時間なら良いのか、悪いのか。どうなのか。
それに、事務所に来るなと言われても
事務所は、下車駅からマンションまでの帰り道にあるのだ。
よほど遠回りするか、目を閉じながら歩くかしない限り、その様子が目に入ってしまうのだ。
「……馬鹿なマサヤ。言われたら、余計に気になっちゃうじゃん……」
エキナカの店で買った惣菜の袋をブラブラさせながら、イツキは、事務所の前の通りを歩いていく。
一応、道の反対側をゆき、立ち止まることもなく横目で伺う。
黒塗りの車が何台も停まっている訳でもない。まして、怒鳴り声が聞こえて来る事もない。
別段、変わったこともないようだが、強いて言えば一つだけ。
事務所へ上がる階段の途中で、誰かが、うずくまり座っているのが見えた。
posted by 白黒ぼたん at 00:15
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2024年01月18日
メンチカツ
「…おかえりなさい。…割と早いね。仕事、忙しかったんじゃないの?」
夕食を終えたイツキがリビングの…コタツで寛いでいる時に、黒川が帰って来た。
イツキは声だけ掛け、それでもそれだけで、飲み掛けのビールを飲み、面白くもないテレビに視線を向ける。
黒川はネクタイを緩めながら適当に「ああ」と返事をして
キッチンのカウンターに置かれていた、何かの紙袋を、怪しげに指で摘む。
「それ、メンチカツ。エキナカの、…前にコロッケ買って、美味しかったお店の…」
「……ああ」
黒川はまた適当に返事をして、その紙袋と、冷蔵庫から出したビールを持って
リビングの、…コタツのせいで脇に追いやられたソファに腰を下ろす。
イツキとは、手を伸ばしてもギリギリ届かない暗いの距離。
ビールの缶を開け、一口飲み、まだ少し温かいメンチカツをガブリと頬張る。
「美味しい?」
「ああ」
「…マサヤ?」
「……何だ?」
いつもと様子が違う様な気がする。いや、違わない様な気がする。
そんな微かな違和感だけで波風を立てるほど、まだ、問題が起きている訳ではない。
「…俺、明日の朝、早いから…寝るね」
「…ああ」
イツキはそう言ってコタツから抜け出し、自分の巣箱へと向かった。
posted by 白黒ぼたん at 23:35
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2024年01月22日
女の勘
「…特に何って訳じゃないんだけど、なんか…変なんだよね」
「ふふふ。イツキくん。…女の勘?」
「女……じゃ、ないよ……」
夕方。
ハーバルに顔を出した松田に、イツキはひとしきり黒川の愚痴。
松田の軽口に口を尖らせ、そっぽを向き、手だけは動かし石鹸の箱詰めなどをする。
「まあ、あんな稼業の人だし、…何かしらやましいことはあるんだろうけど。
……別に良いんだけど。…気になるじゃん。…ね」
「じゃあ、そんな黒川さんは放っておいて、俺と遊ぼうよ」
「………」
松田の誘いに一瞬、視線が揺らぐが
当てつけにしろ、別に、遊びたい訳でもヤリたい訳でも無い。
イツキは首を横に振り、松田は、何がおかしいのか、くくくと笑を堪えた。
本当に。何がどう、という事もないのだ。
黒川の仕事が忙しいのはいつもの事だし、帰りが真夜中なのも、帰って来ないのも、よくある事だ。
付き合いで女を抱く事もあるだろうし、男を抱くこともある。
香水の残り香を付けたまま、酔いに任せて、イツキの巣箱に押し入ってくることもある。
けれども、それ以外に何か。
ああ。妙に何か、少し……楽しそうなのだ。
『仕事が立て込んでいるから、今日は、遅い』と
重い声色で不機嫌そうに言ってみても、僅かな違和感が、イツキには伝わるのだった。
posted by 白黒ぼたん at 23:42
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2024年01月25日
まあまあアタリ
黒川は、イツキに隠れて何か悪いことをしている意識は、まるでなかった。
あくまでこれは「仕事」なのだ。
黒川の元には度々、負債を抱えた…あるいは負債を抱えた者の身内が
そのツケを身体で返すためにやって来る。
それらは商品のように、適所に回されて行く。
店を斡旋したり、直接、人に渡したりするのだが、当然
その前に、その状態を確認する必要がある。
黒川にすれば、その業務をこなしているだけだったが
今回の商品は、まあまあアタリで、黒川自身が掛かり切りになる程だった。
「もしもし、…マサヤ?……まだ仕事?……俺、今日、ご飯食べて帰るから、遅くなる」
「ああ。解った」
素っ気ない電話応対に、イツキは怪訝な表情を浮かべる。
どこに行くんだ?誰と行くんだ?メシの代わりにお前が喰われるんじゃないだろうな、と
いつもの詮索が少し懐かしい。
「まあ、別にいいけど…」と
イツキは通話を終えて、ひとり、小さく悪態を吐く。
黒川が何かをしている事よりも
それを簡単に、自分が察してしまうように振る舞っている事が、腹立たしかった。
posted by 白黒ぼたん at 01:05
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2024年01月30日
イケメン美容師
その夜のイツキは、ミツオに合っていた。
ミツオの勤めている美容院に予約を入れた流れで、食事に誘われたのだ。
ハーバルで働くようになったのも、元々は、ミツオのお陰という事もあり
今でも、たまに連絡を取り、近況を報告するような距離感だった。
「……ちょっと短く切り過ぎちゃったかな?」
「いえ。俺、ちょっとちゃんとしなくちゃって思ってたトコなので、これくらいで…」
「さすが。店長さんだ」
美容院から少し離れたイタリアンバルで、ワインと軽い食事を楽しむ。
ミツオは施術の確認という名目でイツキの髪の毛に触れ、耳たぶに触れ、冗談めかして笑う。
少し、くすぐったくて、イツキは肩を窄める。
仕事柄なのか、ミツオの指先はとてもソフトで繊細で、それでいて自然だった。
耳たぶを掠めた指先はワイングラスに向かうのだが、その時もまた、イツキの手に軽く触れる。
少し足りないぐらいのボディタッチが、計算だと解っていても、心地良い。
「…仕事、忙しい? トリートメントだけでも、もっと頻繁に来なくちゃダメだよ?」
「……はぁい」
「時間とか、気にしなくて良いんだから。いつでも、やってあげるよ」
「ありがとうございます」
人気のイケメン美容師に顔を覗き込むように見詰められ、
優しく声を掛けられ、微笑まれると…さすがのイツキも少し、胸が熱くなる。
けれどもそれ以上にミツオの方が
どこか気恥ずかしそうにはにかみ、それでいて、色気を垂れ流すイツキに
欲情していた。
posted by 白黒ぼたん at 00:15
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