2024年02月04日

帰り際の









食事も済み、ボトルのワインも飲み干し、イツキとミツオは店を出る。
少し酔っているのか躓きそうになるイツキの、腕を、ミツオが支える。

「…こういうさ、2階のお店って、酒飲むと階段が怖いよね」
「…俺、そんなに酔っ払って無いですよ…」
「……そ?」

言いながら、絡めた腕でそのまま壁に押し当てて、唇を重ねる流れが実にスマートで
何の不自然もないような気がする。

生温かい舌が唇を割り、中で絡み、湿った吐息を漏らし
それでいてすんなり離れて行き、思わず、声が出てしまう。



「じゃあ、このまま帰る、なんて、言わないよね?」
「……んー…」


はい、とも、いいえ、とも言わず、イツキは曖昧に笑って、階段を降り始める。


実は、ミツオの美容室からほど近いこの場所は、黒川の事務所の目と鼻の先だった。


別に見られている訳でもないのだが、なんとなく、気になるのも事実で


今更そんな事を気にしている俺も馬鹿だなと、イツキは胸の奥で少し呆れた。





「……ミツオさん」





階段を降り切り開けた通りに出たところで、イツキは一度立ち止まる。
そして、くるりと振り返り、半歩後ろにいたミツオに抱き付いた。


それは、急にミツオに甘えたくなった訳では、勿論、無く


通りに、見たくない人影を、見つけてしまったからだった。







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2024年02月08日

そんな感じ









「……イツキくん?」

急にイツキに抱きつかれたミツオはきょとんとする。
別れが惜しくて、という訳でも無さそうだが…とりあえず、イツキの肩に腕を回す。

「……どうしたの?………、もっと話し、聞く?」
「いや、……あの。…違います」

2、3分間を置いて、イツキはミツオから身体を離す。
ゆっくりと通りの方を振り返り、先ほど見掛けた人影が、もう無いことを確認する。
その様子を見て、ミツオも何かを察したらしい。
一緒になって、きょろきょろと左右を見渡し、イツキに「大丈夫?」と声を掛ける。



イツキが見掛けたのは、黒川だった。
それも、一人で歩いているならまだしも……、傍に、誰かを連れていた。

中性的な服装で、ぱっと見では女か男かも解らないような、華奢な佇まい。
体格や年齢差を考えれば、親子といった様子だが、黒川に限ってそれは無いだろう。

自分もよく黒川と並んでいる時に、事情を知らない外野からは、親子かと聞かれる事があった。

そんな、感じ。

そうだとすれば、この関係もおそらくそうなのだろうと確信めく。



「…大丈夫、イツキくん。…誰か、いた?……彼氏?」
「……いえ。大丈夫です、すみません。……帰りますね」
「え、あ。……待って、待って……」



ミツオの声と腕を振り払い、イツキはぺこりと頭を下げ、一人で歩き出して行ってしまった。






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2024年02月13日

玄関先








以前から黒川の周りには、商売上の付き合いのある女性や男性の姿がチラついていた。
こういった稼業なのだから、ある程度は仕方が無いだろう。
イツキのような「商売道具」にするといって訳アリの子供を引き入れ
その教育という名目で、何かをしていることも解っている。

そんな相手をイチイチ気にして、腹を立てたところで仕方がない。
嫉妬と言われても、癪なだけだ。自分には関わりないことと、放っておけばいい。






「…マサヤ、あれ、誰? 今日、見ちゃった。一緒に歩いてるとこ。
まだ若い子だよね? 男の子? あの子さ、ちょっと前に事務所の近くでも見たよ。
…最近、事務所で何やってるの? その子と、遊んでるの?
だから、俺に、事務所に来るなって行ったの? 仕事が忙しいなんて、嘘じゃん?」



放っておこうと思っていたのに。
どうぞご自由に、と、余裕の素振りを見せようと思ったのに。

真夜中を過ぎて部屋に戻って来た黒川を見るなり、言葉が、口を突いて出てしまった。
待っている間にワインのボトルを一本空けてしまったせいかも知れない。



「…何を言っているんだ、お前…」
「……誰なの?」


玄関先で、
仁王立ちになるイツキに捲し立てられ、黒川は少し面食らったようだったが
身に覚えがある事なのか、言葉を濁す。



「……解るだろう?……「商品」だ。……別に珍しい事でもない」
「…そうだけど…、それにしてはマサヤ、最近、…楽しそうにしてる」
「まあ、なかなかの素材だからな。……ああ、いや、仕事としてな…」



黒川の返事に納得の行かないイツキは頬を膨らませ、不機嫌顔を見せる。
黒川はイツキの頭を軽くポンポンと叩き「…まあ、気にするな」と言う。



「…仕事だ。それ以上の事は無い。…そう、勘繰るなよ…」
「……マサヤが新しい子を連れて来ると、俺…、…替わりになっちゃうのかなって…ちょっと思う」
「馬鹿な奴だな。そんな筈は無いだろう。お前は………、別だ」




そこまで言わせて、ようやくイツキに笑顔が戻り

黒川は、玄関から部屋に上がることを許された。








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2024年02月20日

好きだの嫌いだの









黒川に抱かれながらイツキは
こんなにも黒川の挙動が気になるのはなぜなのだろうと考えていた。

好きだの嫌いだの。もう、そんな感覚はどうでも良くて。
仕事で、黒川が他人を抱くのも、まあ仕方がないのだと割り切ってはいる。
…自分だって、他で身体を開いているのだ。今更、セックスの有無は問題ではない。

とりあえず今は、一緒にいたいと思って一緒にいる。それだけで十分なのだと。

解ってはいるのだけど、どこか落ち着かない。その理由が解らないのは



……まあ、まだ人生経験の浅いイツキには仕方のない事なのかも知れない。





「…そう拗ねるなよ。……お前を忘れている訳じゃない……」
「……拗ねて、ない。……俺が、知らないのが……嫌なだけ」





黒川は、イツキの愛撫に勤めていた。
性急に腰を進めるだけではなく、指と舌を使い、丁寧にその箇所を解きほぐしていた。
『お前には関係がない。黙っていろ』と、一蹴しても良さそうなものを
そうしないのは、多少の後ろめたさを感じているからか。

きちんと、イツキの言葉を聞く。

それだけでも、大した進歩なのだ。




「…マサヤ」
「……うん?」

「…俺、…別に、怒らないから。……内緒事は、いや。

……言って? …なんでも」



手をやり、黒川の動きを止め、黒川と視線を絡めながらイツキはそう言う。




言いながら




今度はイツキが黒川に覆い被さり、黒川の股ぐらに顔を埋めた。






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2024年02月23日

内緒の話









その日
黒川が珍しく早い時間に部屋に戻ると
イツキはキッチンで、鼻歌混じりに鍋を掻き混ぜていた。
テーブルには他にもデリカの惣菜やサラダ、良いワインなどが並ぶ。



「ミカちゃん、産まれたって。女の子。
すごいよね、俺、知ってる人が子供産むなんて、初めてで…
ちょっと感動した」

「ミカ?……ああ、石鹸屋の女か。…ふぅん」



黒川にすれば別に関係のない話。
適当に相槌を打ち、ネクタイを解き、ソファに座る。

まあ、それでも、イツキが興奮するのも多少は解る。
本来、身体の交わりは、そのために必要なものなのだろうがそれ以外で行使している身としては…

思うところは、ある。




「ふふ。なんか、嬉しくて…奮発しちゃった。
ビーフシチュー、温めるだけだけど…A5ランクの牛肉なんだって!
…今日、マサヤ、早く帰って来てくれて良かった。
…本当は電話しようかと思ったんだけど。……良かった」


イツキは始終にこやかで。
温めたシチューを皿に盛り、それをテーブルに運ぶ。

黒川は、ワインボトルの栓を抜き、グラスに注ぐ。

隣に座ったイツキが、ミカの、産まれたての子供の写真を見せてくるのを、大人しく眺める。








これで暫く

イツキも、そちらに気が行くだろうと

黒川が思ったのは、内緒の話。






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2024年02月27日

そういう事









ハーバルの事務所に松田が来ていた。
あれこれ、仕事に関係がありそうな話をするのだが
単純に、イツキと話がしたいだけだった。

それでも、ミカが無事に出産を終えた事を伝えると
意外に素直に喜び、穏やかで優しい空気になる。

子供が産まれるというのは、そういう事なのだろうと、イツキは思った。



「会いに行くの? 病院…は、さすがにアレかな。でも、落ち着いたら行くでしょ?」

そう尋ねる松田に、イツキは少し、言葉を詰まらせる。

「ん。……でも、俺とか……駄目じゃないかな」
「なんで?…車で送ってあげるよ?」
「俺、そういうの……向きじゃ、ないじゃん?……あんまり……」


『きれいじゃないから』と言いかけて、さすがにそれは声には出さなかったが
そういう事をイツキが気にしているのは、松田にもなんとなく伝わった。


自分の過去を卑下する訳ではないのだけど
無垢な赤ん坊と対面するのは、いささかハードルが高い。というのも解る気がする。



「……そんなの、気にすることじゃないと思うぜ?
それを言ったら、俺だって、ロクなもんじゃ無えだろ」

「ん。まあ、そうなんだけどね…」


そう言って、イツキはふふふと笑った。







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