2024年03月02日
階段
『イツキちゃん、気にしてたぜ?
赤ん坊、見に行きたいけど、自分は駄目だって。
まあ、気持ちは解らなくもないけどな。
世界に生まれたての、まっさらサラサラ。綺麗で純粋なところに
肉欲まみれのドロドロで穢らわしいモンを近づけちゃ駄目だってな。
相談された?黒川さん。されないか、そうだよな。
イツキちゃんを、そんなドロドロにした張本人だもんなぁ。
そんな事、気にしちゃって、可哀想だよなぁ』
と、言う話でもして、からかってやろうと、松田は黒川の事務所を訪れる。
特に仲良しになった覚えもないが、与太話で酒を飲める程度には付き合いがある。
古い雑居ビル。2階に続く階段を上がると
丁度、事務所の扉が開き、中から出てくる人影が見えた。
まだ「男」と呼ぶには早すぎる、線の細い少年は、一瞬イツキかと思ったが違った。
階段の途中の松田に気づくと、顔を背けるようにして、すれ違って行った。
少し乱れた衣服や、泣き腫らした顔や。そんなものが無くても、そうだと思わせるだけの匂いがあった。
扉の影には黒川が立っていて、
入れ違いに上がってきた松田に気付き、あからさまに嫌そうな顔を見せた。
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2024年03月05日
イツキちゃん
「……何?今の子?」
「……。まあ、ちょっと、な」
松田はなんとなくそのまま事務所の中に入り込む。
事務所の中をぐるりと見渡し
とりあえず、今、ここで情事が行われていたかどうかだけ確認し
ソファの上が妙に濡れていないと解ると、そこに腰を下ろした。
黒川も無下に追い返すのは格好が付かなかったのか、ふん、と鼻息を鳴らし
デスクの椅子に座ると書類などをパラパラと捲り、仕事をしている振りをする。
「……それで、何の用だ?」
「あー。いや、ハーバルのミカちゃんに子供が産まれた話し、聞いてるだろ?
そのうち、イツキちゃんと一緒に様子、見に行ってみようかな…と」
「…行けばいいだろう」
黒川はぶっきらぼうにそう答え、一度、顔を上げて松田を見て、また手元に視線を落とす。
別にやましい事をしている訳では無いのだが、どうにも分が悪い気がする。
こんな時に限り、一ノ宮は帰って来ない。
「…でも、イツキちゃん。会いに行きたいクセに二の足でさ。
自分はキレイじゃない、とか言うんだぜ?……可哀想だよなぁ
黒川さんとしては、どう思う?」
「知るかよ」
「ふぅん。……ところで今の子って、新しい『イツキちゃん』なの?」
松田の言葉に、つい、黒川はまた顔を上げてしまう。
松田は、半分は面白がっているといった様子で、ニヤリと口元を釣り上げていた。
posted by 白黒ぼたん at 21:33
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2024年03月11日
黒川松田焼き鳥屋
「……仕事で使うのに、…仕込んでいる最中だ。お前のところだってあるだろう、そんな話。
ただの商売道具だ。それ以上の感情はない。
…まあ、楽しませては貰ってるがな……」
事務所の近くの焼き鳥屋に黒川を連れ出し、日本酒を数杯飲んだところで
ようやく、言い訳がましい話を口にする。
松田は、空になった黒川のグラスに酒を注ぎ、自分も飲み
次は熱燗にしようと、カウンター越しに注文を入れる。
「へえ。若いコと浮気中かと思ったよ」
「馬鹿か」
「でも、そういうの、イツキちゃんが知ったら嫌がるんじゃない?」
「もう知っているし、イチイチ、気にもしないだろう。
俺と一緒にいる以上、あいつだって解っているだろうよ。
……少し、不機嫌にはなるが…、まあ、可愛いもんだ……」
目の前に注文の熱燗が置かれると、今度は黒川が、小さなお猪口に酒を注ぐ。
黒川にとって松田は、同業者だが活動拠点も離れているし、直接の利害関係もない。
酒の勢いで下らない与太話をするには、丁度良い相手だった。
けれど、今日は少し、飲み過ぎかも知れない。
posted by 白黒ぼたん at 00:07
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2024年03月16日
黒川には勿体無い
「松田、お前、こっちに居過ぎじゃないのか?自分の仕事はどうした?」
飲みの途中で黒川は仕事の連絡を挟み、思いついたように松田にそう尋ねる。
松田も地元では、そこそこの組の幹部だ。それにしては、随分とのんびりしている様に見える。
「はは。こっちには週に2、3、顔出してるだけだ。ちゃんと、仕事はしているよ」
「……暇人だな…」
「黒川さんが忙し過ぎるだけだろ?」
松田は軽く笑い、酒を飲む。確かに、同じような仕事をしている割に、松田の方が気軽に見えるが
それはもう、性分としか言えないのだろう。
「黒川さんも、もっとのんびりすりゃ良いんだよ。働き詰めじゃ、イツキちゃんが寂しいだろうに」
「…馬鹿か」
「はー。勿体無い。俺が黒川さんなら、もっとイツキちゃんと遊ぶぜ? はー、勿体無い」
半分ふざけたようにそう言って、テーブルに頬杖を付き、自分だったらどれだけイツキと遊ぶかを語り始める。
旅行も温泉も、景色の良いレストランでも。もうじき春だ、花見に行くのも楽しいだろう。
「そうだ、みんなで、どっか行かね? 俺んとこの山の方とか。良い宿があるぜ…」
「なんでお前と旅行に行かなくちゃいけないんだよ」
「…じゃあ、俺とイツキちゃんの2人で行っても良い?」
大真面目にそう尋ねる松田に、黒川は少し押し黙り……
「駄目だ」
と、やはり大真面目な顔で答えるのだった。
posted by 白黒ぼたん at 19:22
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2024年03月18日
酔っ払い黒川
「……うわ、酒臭いっっ、マサヤ…飲み過ぎ……」
真夜中を少し過ぎた頃、黒川が帰宅した。
イツキはすでにベッドに入っていたのだが、物音で目覚める。
どさり、と自分の隣に横たわる黒川は、珍しく酒に酔っているようで
片手でイツキの肩を抱き寄せると、顔を近づけ、酒臭い息を吐く。
「何?どうしたの?……大丈夫?」
「ああ。…くそ、松田のやつ。……調子に乗りやがって…」
「…松田さんと飲んでたの?」
「…ああ。……ふふ。……おいイツキ、飲み直すぞ…」
黒川はそう言いながらも、半分は寝惚けているようだった。
イツキは呆れ、ため息を付き、自分に回された黒川の手を払うと
ベッドから降り、キッチンへ向かい、酔っ払いのための水を汲んで来てやる。
「マサヤ、水。飲んで、寝なよ」
「……うん?」
黒川は少し体を起こして水を飲み、それからまたゴロリとベッドに横たわる。
イツキはコップを安全な場所に移し、黒川の肩に布団を掛けてやり、おまけにぽんぽんと軽く叩く。
「……イツキ」
「ん?なぁに?」
「…ここにいろ。……俺から離れるな」
「…はいはい」
本当は、自分は巣箱に引っ込もうと思ったのだが…仕方がない。
イツキは面倒臭そうにそう返事をして
黒川の体を跨ぐように乗り越えて
壁際、ベッドの端っこで、眠る事にした。
posted by 白黒ぼたん at 23:54
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2024年03月23日
よく晴れた穏やかな日
それから暫くは平穏な日が続いた。
新しい黒川の「仕事」の相手が気にならない訳では無かったが
特に波風も立たず。
帰りが遅い日などには土産にと、イツキの好きな和菓子や寿司などを持ち帰るので
なんとなく、それで許してしまっていた。
松田は、3日に一度はハーバルに顔を出し、2回に一度はイツキを飲みに誘った。
まあ、それだけで、別にそれ以上のこともない。
本当にただの、良い話し相手といった具合だった。
よく晴れた穏やかな日に
ミカが、赤ん坊を抱いてハーバルの店舗へとやって来た。
早いもので産まれてからもう1ヶ月。今日は、定期検診の帰りなのだと言う。
「もう。イツキくん、全然、会いに来てくれないんだもん。来ちゃったわよ」
ミカは以前と変わらぬ笑顔でそう言って、おくるみに包まれた赤ん坊をイツキに抱かせた。
「おれ……抱っこなんて、無理……」
「大丈夫大丈夫。ねー、まだ、ふにゃふにゃでしょー」
パートの横山や、居合わせた三浦も赤ん坊を覗き込む。
赤ん坊というのはいるだけで、皆を笑顔に、幸せにするのだと知った。
そして夕方。
そろそろ店を締めようと作業している最中に
イツキに、ある、電話が入った。
posted by 白黒ぼたん at 22:58
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2024年03月28日
電話の相手
『……あー、イツキ? 悪いんだけどさ、ちょっと出て来てよ』
「……え?」
電話の相手は聞き慣れない、若い男の声だった。
イツキは不審がり、一度、スマホを耳から離して画面を確認する。
知らぬ番号からの電話に、出るはずはない。
画面には「レノン」と表示されていた。
『……もう、無理でさ。タクシー飛ばせばすぐだろ……、って、おい、聞いてるのかよ』
「え、……レノンくん?」
『そうだよ。誰だと思ってたんだよ』
「いや、なんか…感じが違う……」
とにかく、困った事態になっているから、馴染みのホテルに今すぐ来てくれと
イツキが戸惑う間に、レノンは用件だけ伝え、電話を切ってしまった。
「……え? …何? ……何だろうレノンくん…。ホテルで……また、倒れてるとか…
いや、それにしては威勢のいい声だったよね。俺のこと呼び捨てだったっけ。
…って言うか、声、違う……
……あっ、声変わり?」
イツキは大きめの独り言を呟きながら、大急ぎで店を閉めて
とりあえず、レノンの指定した場所へと向かうのだった。
posted by 白黒ぼたん at 00:28
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