2024年05月03日

木杭・4









手慣れた様子でホテルのチェックインをし、部屋へと向かう。
部屋は、過度な装飾もない、普通の質素な部屋だった。


浴びるほど酒を飲み、異様に盛り上がり、
ギラギラとしたライトが瞬くベッドルームにやって来たのなら
そのままの勢いで、コトに及ぶのだが

部屋に入った所で、2人、手を繋いだまま
……一瞬、正気に戻り……妙な気恥ずかしさを覚えてしまう。




「……なんか、変な感じだね…」

先にそう言ったのはイツキの方で、くすくすと笑う。

「…お、おう」

佐野もそう答えて笑って、イツキの手を引いて、ベッドへと向かう。
ベッドの縁に並んで座り、備え付けの冷蔵庫にあった缶ビールをとりあえず飲む。


同意の上の行為なぞ、久しぶり過ぎる。


明るい照明を、良い感じに落とすタイミングが、難しい。





「……佐野っち」
「…ん?…」
「……もう、俺とは、……終わっちゃった感じ…?」

「……馬鹿ッ…何、言ってるんだ。そんな訳、ねーだろ!!」




その言葉がキッカケで
ようやく佐野は、イツキをベッドへ押し倒した。








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2024年05月07日

木杭・5








佐野がイツキと最も親密だったのは、イツキがまだ15、6歳だった頃。
その頃に比べれば、イツキの身体も大分変わった。

肌は相変わらず滑らかで無駄な毛の一本も生えていなかったが
肉質というか質感というか、張りのある、男っぽい体つきになっていた。

声変わりも一応、したのだろうか。少し、低くなった。
それでも咄嗟の時に出る声は艶があり、落ち着いたトーンの分、深く耳に馴染み
以前以上に、色気が増したような気がした。




「ん………」




そう。色気が増したのだ。
快楽の縁でもがく様に喘いでいた頃も、それはそれでとても良かったが
快楽を全て飲み込んで、その内側から滲むように漏れる吐息は、甘く
自身どころか辺りも溶かし、また耳の奥へ潜っては、神経を侵す。

ヤバい。
と、思う頃には、制御が効かない。




「…イツキ、お前、……なんか、変わったよな。……社長に、愛されてるからか?」




激しく腰を突き、ハアハアと荒い息を溢しながら
佐野はつい、そんな事を口走ってしまう。
イツキはチラリと視線だけ、佐野に寄越し
少し怒っているという風に、唇を尖らせる。





「いま、俺のこと、愛してくれてるのは……佐野っちでしょ?」






言葉と同時に中が収縮し
イツキは一度、目を閉じて



それからまた、薄く瞼を開け、佐野を見つめた。






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2024年05月13日

木杭・6








終わった後はしばらく恋人同士のように、抱き合ったまま余韻に浸っていたのだけど
退室時間を告げる電話が鳴って、現実に戻る。

「……もう、時間か。……帰んなきゃだな……」
「………ん」

佐野もイツキも、さすがにこれ以上は駄目なのだと解っている。
ぴたりと寄せていた身体を離し、重なっていた足を解き、絡んでいた指先を離した。




身支度を済ませて部屋を出る頃になって、佐野はようやく、冷静になったのか
あらためて、社長の女、に手を出してしまった事を反省する。
もう、以前とは違うのだ。
社長にこの事が知られたら、流石に怒られるのだろうな…と、少し怯える。


「あ、あのさ……イツキ」

「ごめん、とか、言わないでよね、佐野っち」


つい、言い訳がましい事を言いそうだった佐野を、イツキが止める。







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木杭・終








ホテルを出て、裏の細い路地を並んで歩く。
実は意外と、事務所からもマンションからも近い場所。
誰かに出会したら何と弁明しようかと、佐野は頭の片隅で考える。

そんな佐野の怯えを、イツキは察したようだ。



「…ごめん、なんて言わないでよ?佐野っち。
…別に、悪いこと、してないんだから。
…俺、今日は、良かった。佐野っちと会えて……話せて…」

「……ああ」


大通りに出る手前で一度立ち止まり、イツキと佐野は向かい合う。
イツキは佐野を見上げ、ニコリと笑い…佐野はその笑顔を見て、柄にもなく胸を痛める。



仕事上の付き合いから始まり、途中は多少、酷い事もし
今では社長の恋人なのだとしても

やはり、好きな気持ちに変わりはないのだ。

そしてそれはイツキも同じ思いなのだと、佐野は、確信する。

押し黙り、見つめ合う。
最後にキスをしたかったのだが、街中の目もあり、それはどうにか我慢した。





「佐野っち。…お願いがあるんだけど」
「なに?…何でも……」


次のデートの約束なのかと、佐野はイツキに顔を寄せる。


「ユウくんの事、ちゃんと面倒見てあげてね? 佐野っちの役目だよ?」
「え、…ああ、任せろ…。ちゃんと……」
「良かった。ありがと」



佐野の返事を聞いてイツキはまたニコリと笑い、佐野の耳元にくすぐったいキスをする。
そして、「…じゃあね」と手を振ると、大通りへと歩き出して行く。


佐野は、耳に手をやり、残るイツキの気配に顔を緩め

人波に消えていくイツキの背中を見送った。






posted by 白黒ぼたん at 14:20 | TrackBack(0) | 日記

2024年05月19日

明け方








ふと黒川が目を覚ますと、自分の腕の中にイツキが収まっていた。
昨夜はいなかったはずだ。
帰りの遅い自分を待てずに、イツキは巣箱で眠っていた。
途中で、こちらに移動したのか。

少し体勢を変えるとイツキも目を覚ます。


「……何時?」
「…知らん。……まだ、早い」
「……ん」


それだけ言って、後はまたお互い目を閉じ、身体を寄せた。





次に目を覚ました時には
きっと、行為が始まってしまう。
もしくはつまらない事を言い合って、喧嘩してしまうかもしれない。
……まあ、その後で結局、することはするのだけど……


何もしない、何もない時間は意外と貴重で
黒川とイツキも、それを知っていた。







posted by 白黒ぼたん at 23:13 | TrackBack(0) | 日記

2024年05月20日

蕎麦屋にて








「俺、車の免許、取ろうかな……」

昼食にと訪れた事務所の近くの蕎麦屋で
イツキが突然そんな事を言い出した。
黒川は蕎麦猪口を手に持ったまま、あやうく、麺を吹き出しそうになった。

「……馬鹿か。……お前の運転する車なんて…恐ろしくて乗れる訳が無いだろう」
「でも便利じゃない?何かと。マサヤの事、迎えに行ってあげられるよ?」
「死んでも乗るかよ」

急に何を言い出すのかと黒川は鼻で笑い、瓶ビールを手酌で注いで、喉に流す。

「第一、お前、運転するなら酒は飲めなくなるぜ?そんなの、無理だろう」
「それは…そうなんだけど。でも、あればあったで、役に立つかも……」
「止めておけ」



それ以上は聞く耳も持たないといった様子。
イツキも、食い下がることもなく、自分もグラスのビールに口を付ける。

確かに。好んで酒を飲む人種には、車なかなか相性が悪い。
黒川が酒を飲んでいる場に迎えに行ったとして……一緒に飲み始めてしまうのは、目に見えている。



「でも。……出来ることもあるでしょ?……仕事の手伝いとか…」



それはほぼ独り言で小さな声だったので、黒川には聞こえていなかった。

イツキは、イツキなりに、色々

考えていることがあるようだった。






posted by 白黒ぼたん at 21:00 | TrackBack(0) | 日記

2024年05月21日

パクチー嫌い









蕎麦屋を出て事務所まで、歩く。
これから黒川は仕事なのだ。


「…お前はどうする?そのまま帰るのか?」
「ん。買い物して帰ろうかな。デリのサラダ、買っておく……」
「……パクチーが入っているのは止めろ。臭い」


交わすのは、そんな他愛もない会話ばかりで
肝心なことはなかなか、話せるものではない




黒川の今の仕事はどんなものなのか。あの少年に「仕事」をさせて…
ついでに自分も、遊んでいるのか…どうなのか。
イツキはたまに、遅く帰ることがある。誰と食事をし、酒を飲み、ホテルに行っているのか、行っていないのか。


聞いても良いが、聞かなくても良い。

そんな些細な事柄にこだわるような関係では、もう、無い。

と、思ってはいても、多少、胸の奥にザラザラとした嫌悪感が残る。

先に口に出した方が負け。などと、強がるのも………



「…イツキ。遊びに行くなよ」
「…マサヤが早く帰ってくるなら、行かないよ」
「…ああ」



強がるのも、もう面倒臭くなって来たところ。

事務所の前で軽くキスをして、イツキは手を振り、黒川を見送った。






posted by 白黒ぼたん at 22:50 | TrackBack(0) | 日記

2024年05月26日

黒川と松田







事務所には一ノ宮と、……松田がいた。呼んだ覚えはない。
訝しむ目つきで眺めていると、それを察したのか松田が弁明する。


「…いやっ、黒川さん。大久保の新店の視察に行くってゆっててじゃん。
俺も行こうかな…と、俺も関わったんだし……」
「…あんたも、暇だな…」


黒川はふんと鼻を鳴らし、ソファに座る。
先日立ち上げた店は、土地の売買などを黒川が、店舗の企画などに松田が関わっていた。
特別に馴れ合っている訳でも無いが、何となく利害が合うのか都合が良いのか
いくつかの案件で、一緒に動く事があるのだった。




「社長。…松田さん、今、部屋を探しているそうですよ?」


黒川の前にお茶を用意した一ノ宮が、そんな話を振る。
黒川が来る前に、ひとしきり、相談に乗っていたようだ。


「…こちらに来る機会も多くなりましたからね。拠点があった方がよろしいでしょう」
「そうそう。そうなんだよ。どこか、無いかな?」
「…知るか。勝手に探せ…」


相変わらずの仏頂面。
けれど、その対応もすべて想定内といったところ。


「…ここの近くがいいな。イツキちゃんにも、すぐに会えるし…」


そう軽口を叩く松田を、黒川はチラリと睨み、松田はイヒヒと解りやすく笑う。




この二人は案外気が合うのだなと、一ノ宮は思った。





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2024年05月30日

夜の店








さて。
新店の視察が終わり、接待がてら、黒川と松田はそのまま店で飲む。
ホールの奥、一段高い場所にあるVIP席。
席では、店のナンバーワンと、ツーが、黒川と松田のためのグラスを作り
ライトに照らされた正面のステージでは、ほぼ裸のダンサーが腰を揺らしていた。



「……下品な店だな…」

ごく小さな声で漏らした黒川の言葉を、松田は律儀に拾う。

「まあ、こういう賑やかな店も良いデショ。解りやすく、遊んでいる気になる」

松田はハハハと笑い、ホステスからグラスを貰う。
サービスなのか演出か、近くまで寄って来たダンサーに喜び、大きく手を叩き
腰元の、頼りなく結んだリボンに、チップを捩じ込んでやる。


勿論、黒川とて、こういった店が必要なのは理解している。
ただ、好みではないだけだ。



「…黒川さんは、いつも、どこで遊んでいるんですか? 静かに、酒飲んでるだけ?」
「別に。遊びも何も…無いな。仕事が忙しくて、そんな暇は無い」
「あー。イツキちゃん一筋な訳だね。重い、重い」


そう言って茶化す松田を黒川は横目で睨むも
松田はすでに隣に座るホステスの方を向き、新しいグラスを貰っていた。

まあ今更その程度の軽口はどうでも良い、……それくらいの仲にはなっていた。

黒川もグラスを煽る。隣のホステスが慌てて次の酒を作る。




「…松田」
「はいー?」
「お前、今回、いつ、こっちに来た?」
「……はい? 今朝ですよ、新幹線で。いや、2時間って言っても地味に遠い。やっぱ、早いとここっちに拠点が欲しいんすよね……」

「ふぅん」




posted by 白黒ぼたん at 13:26 | TrackBack(0) | 日記