2024年06月02日

張本人









黒川は、イツキが外で遊んで来る事を禁止している訳ではない。
イツキも、何かがあったとしても、そうそう表に出す事もないのだけど

まあ、気配で解る時もある。

その相手が誰なのか、問いただしても良いが
あまり詮索が過ぎ、嫉妬でもしているように見えるのも嫌で
薄く探りを入れつつ、気にならない素振りを見せつつ、不機嫌になりつつ。

けれど、そのあたりの加減がおそろしく下手糞なのだと

最近ようやく少し、自覚して来ていた。






「…まあ、良いんだがな。誰と遊んで来ようが…、遊ばれようが…」
「そうなんだ?黒川さんって寛大だよね。まあ、そうじゃなかったら、俺もイツキちゃんに会えなくなっちゃうから困るんだけどさ」



つい、口が軽くなるのは、酒に酔ったせいなのか、その振りをしているだけなのか。



「……でも、本当は嫌でしょ?そりゃ、嫌だよね?」
「……別に。ケツでヤっても妊娠する訳じゃないしな」

「そりゃ、そうだけさ。…ああ、イツキちゃんが良く言ってるよ。
自分はただの穴だって、ずっと言われて来たって。使っても、洗って返せば良いって。
そういうモンなのかね…」





勿論。松田は、そういうモンなのだとは思っていない。


そう言った張本人はどう思っているのだろうかと、様子を伺うと


少し眉を顰めて、手に持っていたグラスの酒を一気に飲み干していた。






posted by 白黒ぼたん at 23:41 | TrackBack(0) | 日記

2024年06月06日

その言葉







「洗って返せば問題ない」


それは、かつてイツキに酷い仕事をさせていた時に
黒川が言っていた言葉だった。
そこにはありきたりの倫理観など無く、それがあるのだと、気付かせる事もなく
ただの道具として、行為をさせるための言葉だった。


今のイツキがどれだけ、その言葉を忠実に守っているのかは解らない。

遊ぶための言い訳なのかも知れない。

それでも、あの時期、あの言葉は逆に、イツキがイツキ自身を保つのに必要なものだった。

何をされても「綺麗に洗えば」大丈夫なのだと、そうやって自分を護って来た。

繰り返された言葉はすっかり芯に染み付き、簡単に、無かったことには出来ないだろう。







真夜中に黒川が帰宅した時にはすっかり酩酊し、千鳥足だった。
まだ起きていたイツキは少し驚き、少し呆れ、黒川が上着を脱ぐのを手伝ってやる。

「珍しいね。酔っ払いだ…。ああ、ネクタイ…、解いて……」
「……松田がくだらない事ばかり言うからな……くそ」
「松田さんと一緒だったんだ。なんだ、俺も一緒に行けば良かった」

普通にそう言うイツキを黒川は睨むが、その目はぼんやりとしていてさほど威力はない。
イツキが持って来たグラスの水を、ぐいと一気に飲むと


片腕をイツキの首元に回し、そのまま抱え込むようにして、ベッドに突っ伏した。






posted by 白黒ぼたん at 23:36 | TrackBack(0) | 日記

2024年06月11日

攻防








「…やだ、マサヤ、酔っ払い…、重い……」

イツキにしてみれば急に腕を回され、ベッドに倒され、まるでプロレス技でも掛けられている気分。
のしかかる黒川はすでに半分眠っているようだ。

けれど、イツキが黒川の身体を押し除けようとすると、さらに腕に力を込めてくる。

「も……う、重い…ってば……」
「…イツキ、……松田に会うなよ」
「ええ?…会わないよ。約束してないもん」
「松田だけじゃない。誰とも…会うな…」


どうにか少し、楽になる体勢を見つけて、イツキは黒川と向かい合う。
寝言を言っている…訳でも無さそうだ。

酩酊したフリをして言いたい事を言っているのか……単に歯止めが効かないだけか。


「…どうしたの、マサヤ。そんな事言うなんて…珍しい……」

「………駄目だ」

「……………何が?」






酔いに任せて黒川が何を言いたがっているのか、イツキには解っているようだった。
それを聞いてみたい気もして、あえて問いかけてみるのだが

なかなか黒川も、口が重い。





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2024年06月16日

失言








翌日。
黒川が目を覚ました時には、隣にイツキは寝ていなかった。
起き上がり寝室を出ると、キッチンから物音が聞こえ…


どこかへ行ってしまってはいないのだと、少し安堵する。


けれど、それも束の間。
黒川と目を合わせたイツキはニコリともせず、ついと視線を逸らせ
何かを炒めているのか、フライパンをガツガツと揺する。


怒っているのだろうか。


黒川もキッチンへ入り、冷蔵庫の水のボトルを取る。
やはり、昨日は少し飲み過ぎていたのだろう。
酔いに任せて、つい、口を滑らせてしまった。
軽口を言うのはいつものことだが、間が悪い時もある。


イツキが急に腕を伸ばし、ヒヤリとするも、
後ろの棚の皿を取るだけだった。
フライパンから、焦げて破れた目玉焼きを移し、カタンと音を立てカウンターに置く。
ロールパンの入った袋を開け、皿の隣に並べる。


それは黒川の朝食だったようで、イツキは初めて顔を上げ、どうぞと促す。
その一瞬の表情に、黒川はイツキの機嫌を探った。








『…イツキ。…他の男と、ヤるなよ。……それ以上、穴が広がったら、使い物にならなくなる』





昨夜。
つい、そう言ってしまった。

イツキは反論するでもなく、『あ、…そう』とだけ言って

呆れたような溜息をついて、黒川に背を向け、寝てしまった。








posted by 白黒ぼたん at 01:14 | TrackBack(0) | 日記

2024年06月18日

朝の会話








「……イツキ。今日は、仕事は?」


キッチンのカウンターで黒川は、イツキの焼いた焦げた目玉焼きを突きながら、聞く。
イツキはすでに朝食は済ませたようで、コーヒーの入ったマグカップを持ち、ソファに座っていた。


「俺、今日は、休み。…買い物に行くけど、何か足りないもの、ある?」
「いや。……ああ、この間あった…胡桃のパンが美味かったな……」
「あの、ちょっと硬めのやつ? 美味しかったよね。買ってくるね」


普通に、そんな話をする。
昨晩の失言は、別にどうでも良かったのか、どうなのか。気にすべき事でも無いのか。
敢えて、蒸し返す事も出来ず。

サラリと流れてしまうのなら、それでも良い。



「コーヒーは?ヨーロピアンブレンドで良かった?挽いて貰って来るよ」
「ああ」
「晩御飯は食べる? あの御強屋さんの二段弁当、買って来ちゃおうかな。
マサヤ、中華お強と、もう一つって言ったら…何にする?」
「何でもいい。ああ、いや、……イツキ」




『昨日は悪かった。言い過ぎた。
お前が、他の男とヤルのが…気に入らなかった。ただ、単純に…
お前が、俺以外のヤツに抱かれているのが…嫌なんだ。おそらく…

お前を、俺だけのものに、しておきたいんだ」



と。勿論、弁明できるはずもなかったが




何も言わずとも
ニコリと笑ってくれるイツキに

ただ、甘えるばかり。





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2024年06月23日

イツキの問題








ある日の夕方。イツキは黒川の事務所に向かっていた。
仕事上がりに待ち合わせ、どこか食事にでも行こうと言われたのだ。

最近、黒川は良くイツキを誘う。
一緒に暮らしているのだし、そんな必要も無いのにと…思う。



「…少し、束縛気味なんじゃない、マサヤ。俺が浮気でもすると思ってる?
別に、しない。たまに、えっちしちゃう時はあるけど、それは違うでしょ?
穴が広がるとか、無いし」



歩きながらイツキは、声に出さずに独り言を言う。
たまに自分が他の男と逢うのを、黒川が気にしているのは知っている。
けれど今更、身体の関係の一つや二つや三つで、何かが変わるとは思えない。
それ以上の事を、黒川はさせて来たのだから。



「……気になるなら、もっとちゃんとした理由を言えばいいんだよ。馬鹿」



事務所の階段をカツカツと音を立てて上がる。

不安定な関係も、お互いの、敢えて言葉にしない気持ちも、なんとなくは解る。



「ああ、でも、面と向かって言われても困る。…なんか、…怖い……」



階段を上り切ったところでイツキはふうと一つ息を吐く。


相手を求めたり、求められる事を求めたり。
程度や加減や距離感が解らないのは、


イツキだけの問題では無い。








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2024年06月30日








最近になってようやく、イツキは事務所の鍵を貰った。
今まで持っていなかったのが不思議なくらいだが、そこは、それ。
黒川と良い仲とは言え、仕事場に自由に立ち入られては困ることもあるのだろう。

それらの懸念も、もう構わないと思ったのか
どうしてもの留守中に、電話番や、荷物の受け取りをさせたかったのか。



「……まだ、いないんだ……」

待ち合わせの時間より少し早かったためか、事務所には誰もいなかった。
イツキは鍵を開け中に入り、照明と空調のスイッチを入れる。
少し散らかっていた新聞などを整え、ソファの背もたれに放ってあったジャケットをハンガーに掛け
ビールの空き缶で溢れていたゴミ箱を片付ける。

こういった細々とした作業は、ほぼ、一ノ宮がしているのだが
一ノ宮自身、他の仕事もある。手が回らない時だってあるのだろう。
…ここの事務員にでもなろうかと…イツキはたまに、真剣に思う。
ハーバルの仕事が嫌な訳ではないが……やはり、こちらの方が…気が楽な面もある。


けれどそれは、意外と、黒川が許さないのだった。





事務所の扉をバンバンと乱暴に叩く音がした。






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