2024年07月03日
覗き穴
勿論、すぐに扉を開けた訳ではない。
少し様子を伺い、覗き穴から景色を確認し、消え入るような声を聞いて
ようやく、鍵を開け、客を招き入れた。
「………1人で来たの?……ユウくん」
「…下まで、……誰か、タクシーで送ってくれて…、……ここで待ってろって……」
それは今、絶賛売り出し中の、ユウだった。
どこかで『仕事』の後、とりあえず誰かと一緒にホテルを出たようだが、ここで放り出された。
相変わらず扱いが雑で、気の毒に思う。
ユウをソファに座らせ、温かいコーヒーを淹れてやった所で、イツキのケータイが鳴る。
電話の相手は黒川で、自分の到着が少し遅れること、もしかして、ユウがそちらに行くかも知れないと言う。
「ん。もう、来てる。…このまま待ってればいい?」
『ああ。あと1時間も掛からないと思うが…』
「いいよ、大丈夫。…じゃあね」
電話を切ると、少し落ち着いた様子のユウが、イツキの事を静かに見ていた。
少し前に、レノンに呼ばれてユウの世話をした事があったが、2人きりで向かいあうのは初めてのことだった。
「……あー、ええと。……身体は、平気? 少し、待ってられる?」
ユウはこくんと頷き、イツキが淹れたコーヒーを飲む。
歳は16だと言っていただろうか。アイドルのような可愛い顔立ちをしている。
「……あの。イツキさん……」
「うん?」
「…イツキさん、……黒川社長の恋人って本当ですか?」
ユウの質問にイツキは少しだけ間を開けて
「…うん。まあ、そうだね」
と、答えた。
posted by 白黒ぼたん at 19:15
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2024年07月09日
悩み相談
「……聞いたんです。
イツキさんも以前、俺と同じように…仕事、してたって。
それで、その内、恋人同士になったって……」
「まあ、そう……かな」
「そんな事、あるんですか?だって…、あの人…酷いッ」
そこまで話して、ユウは何かを思い出したようで
身を強張らせ、唇を噛み締めた。
話を聞かずとも想像はつく。
何も知らない素人の少年をこの道に引き摺り込むには、それ相当の行為があったのだろう。
イツキも、今ではすっかり感覚が麻痺してしまっているが
相当、酷い事をされて来た。
「…ユウくんは、…どうしてマサヤの所に来たの?
「……うち、親、いなくて。婆ちゃんがアル中のパチンコ好きで…借金嵩んで…
…稼げるバイトがあるって紹介されて……」
「…こういうのは…、…初めてだった?」
「当たり前じゃないですかッ……信じられない……、こんな……」
ユウは、ぎゅっと目を閉じ、それでも気を落ち着かせようと深く息を吐く。
もろもろ自身に起きた不運を、ある程度は受け入れてはいるのだ。
それでも納得の行かない部分を誤魔化し、誤魔化し……どうにかここまで来ている。
その芯の強さが
何より、魅力的なのだと、本人は気づいていないのだが。
「……自分が、……変になっていくのが…、解るんです……
その先、……あいつの事、好きになっちゃうとか……それはあり得ないなって……思うんですけど……」
「……いや、それは無くていいよ」
ユウの悩み相談は、まだ続く。
posted by 白黒ぼたん at 00:24
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2024年07月13日
奇妙な感覚
「…イツキさんも、すごい嫌だったんでしょ?
…なのに、今は、好きになったのって……何でですか?」
「…え…、何でだろう。…ちょっと、優しかったり…したかな…」
「そんなのあり得ない。あんな……男……!」
色々と思い出すことがあったのか、ユウはわっと泣き出してしまう。
イツキは少し戸惑うのだが、棚にあったタオルを見つけるとソファの隣りに座り
ユウに差し出し、肩に、手をやる。
抱き締めるほどのことは出来なかったが、それでも寄り添うことは出来る。
ユウの感じている怒りや悲しみの感情は、イツキも痛いほど知っていた。
「……すみま…せん。…俺、全部、…覚悟してたはず…なのに…
…やっぱり……つらい……」
泣きながら、しゃくり上げながら、ユウは言い、イツキに貰ったタオルで顔を覆う。
震える肩が実に儚げで、イツキは奇妙な感覚を覚える。
今ここで泣いているのは、ユウなのか、自分なのか。
未だに消えない男に抱かれる嫌悪感と、その向こうにある…禁忌の快楽との間で
自分が何か違う性の生き物になってしまうのが怖くて、身を震わせている。
まるで自分ごとのように、同じように不安を感じながら、同時に
この可哀想な少年を、どうにか慰めてあげたいと……そんなことも思う。
posted by 白黒ぼたん at 23:36
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2024年07月21日
焼肉な2人
「……なんだ?」
「……何でもない」
イツキと黒川は焼肉屋にいた。
昔から変わらず、肉を焼くのは黒川の仕事。
変わったことと言えば、イツキが堂々と酒を飲めるようになった事ぐらいか。
網の上に肉を並べ、ひっくり返し、焼けたものからイツキの皿に乗せていく。
黒川の手際と顔をイツキはまじまじと見つめ、黒川に訝しがられる。
「……ちゃんと焼けてる。これ位の方が良いんだ…」
「…焼き加減を心配してるんじゃないよ」
「じゃあ、なんだよ?……追加なら自分で頼めよ」
そう言って黒川はジョッキのビールを煽り、また、網の上に肉を乗せていく。
イツキは、そんなんじゃないのにな…という顔をしながら、それでもメニューをパラパラとやる。
「…骨付きカルビと…上ロース。……マサヤ、野菜盛り、食べる?」
「ああ。…椎茸、入ってたか?…無ければ単品で頼んでくれ」
「うん。…あ、あと、シシトウも良いね……」
通りがかった店員に追加の注文を伝え、イツキもビールを飲み、黒川が焼いた肉を食べる。
イツキの取り皿にはいつも、ちょうど良いタイミングで、肉が置かれている。
食べ盛り、という訳でも無いのだが、年齢的なものもあるのか、食べる量はイツキの方が多い。
それらの丁度良い加減を、黒川は上手く、見計らっている。
別に
肉を焼いてくれるから、満足に食べさせてくれるから
この男の事が好きな訳ではないのだろうが
焼肉のトングを持つ手は、結構、好きかも、と思う。
「……だから、何だ?…今日はいやにジロジロ覗き込むな?」
「…んー。…マサヤの、お肉焼くとこ、好きだなって……」
「………そうか」
珍しく素直に、思ったことを口に出してみた。
posted by 白黒ぼたん at 00:12
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2024年07月23日
問題は無く
食事も終わってセックスも終わって一眠りした後。
イツキは変な時間に目が覚めてしまい、ベッドを抜け出した。
キッチンで水を一杯飲んでから、リビングのソファに座り
テレビを付けると、静かな語り口の、ドキュメンタリーのようなものが流れていた。
『………誘拐され、監禁されていた彼女は、その極限下において
いつしか、その犯人に同情し、愛情を感じていると…錯覚してしまい……』
何年か前に、実際に起こった事件なのだそうだ。
誘拐された若い女性は、発見時には、特に拘束されていた訳でもなく
逃げ出そうと思えば逃げられる状況だったのだと。
『……一種の洗脳状態だったのでしょう。そうでなければ、自分に危害を与えた人間を許すなど…
まして、愛情を感じるなど……あり得るはずもなく……』
イツキはしばらく、その番組を眺めていたのだが
さして興味もないようで、小さなあくびをして、テレビを消した。
寝室のベッドに戻り、黒川を少し端に寄せて、その隣に潜り込む。
黒川はすっかり寝入っているようなのだが、それでも腕を上げイツキの肩を抱いた。
イツキも身体を丸くして、その中に収まる。
この気持ちが、洗脳された挙句のあり得ない感情なのだとしても、別に、問題は無く。
posted by 白黒ぼたん at 23:03
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2024年07月30日
痴話喧嘩
喧嘩の理由は大した事ではない。
イツキが夕食を作った日に、黒川が連絡も無しに飲みに出ていたとか泊まって来たとか。
スーツのポケットにクラブのカードが入っていたり、避妊具が入っていたり。
機嫌を取るために買ってきた和菓子が、イツキの苦手な柚子入りのこし餡だったり。
「…俺がコレ、苦手なの知ってるじゃん?」
「そんなのイチイチ気にするか!…嫌なら食うな!!」
明け方に、そんな下らない口喧嘩をして
イツキは膨れっ面のまま、仕事へと出掛けて行った。
黒川は面倒臭そうにため息を付いて、とりあえず熱いシャワーを浴びて
昼過ぎまで、眠ることにした。
一緒に暮らしているだけで
女房気取りされても困る。
踏み込んだ感情のやり取りをしたい訳でもない。
愛情だの温もりだの、あるだけ、感覚が鈍る。
夕方になり
黒川が仕事に行く時間になっても
イツキは帰って来なかった。
posted by 白黒ぼたん at 23:06
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