2024年08月01日

痴話喧嘩・2







イツキは別に、そこまで黒川に怒っている訳では無かった。

黒川が飲みに行くのも、帰宅が何時になるか解らないのも
どこかで女性に会って、何かをしているかも知れないのも

今までにもよくある事だったし、ある程度は諦めも付いている。

ただ、腹立たしいのは黒川が、それらをイツキが許すというのを解っていて
適当な誤魔化しやおべちゃんらで、流そうとしている事だった。
機嫌を取るための手土産も、おそらく、そこらにあったものを代用しただけで
自分で選んだものでは無いのだろう。



「……なんだか、雑に扱われてるのが…解るんだよね。…なんかさ…」


イツキは、仕事の合間に顔を出していた三浦に、つい、愚痴を零す。
今日は、パートさんは、休みの日。


「でもさ、イザという時はイツキくんの事、ちゃんと守ってるじゃん。
それはやっぱり、大事にされてるって事でしょ」

「そんなイザって時ばっかりの話じゃないでしょ。
……解ってるよ?別に。年がら年中、優しくされたいなんて言わないよ?
でもさ、なんかさ……ムカつく時もあるんだよね…」




イツキは膨れっ面のまま、三浦が淹れて来てくれた熱いコーヒーを啜る。




三浦は先日の自分のトラブルの折に、イツキが男に犯されている場面を見ているわけで


実は内心、穏やかではない。






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2024年08月06日

痴話喧嘩・3








三浦は良くも悪くも、世間一般の常識というものにそう囚われない人種で
同性同士の恋愛や、少し変わった趣向にもあまり偏見は無かった。
そういったものを好む友人もいたし、そちらに、誘われた事もある。
自分はあくまでもノーマルだが、気持ちは、解らなくはない。


それでも、先日の
目の前でイツキが犯された光景は、衝撃的だった。
三浦の中の深い場所には、楔のように熱が残り
……実際、それで……、眠れない夜を過ごしたこともあった。



まあ無理もない話だろう。
イツキは、そういう、毒なのだ。
触れたものを、腐らせていく。





「…俺とマサヤが変な関係なのは解ってるけどさ。…もうちょっと、フツーに…
……普通に、……穏やかに、……なんて。

………はは、……無理か…」


イツキはコーヒーを飲みながら独り言のように呟き…
自分の言葉に呆れたのか、最後には笑ってしまった。
黒川の不誠実を糾弾出来るほど、自分は誠実ではない。
それも知っていた。


「…はは。……イロイロあるんだな、イツキくんも。
……なあ、今日さ…、この後、飲みに行かねぇ?……もっとさ
ちゃんと、話……、したいな…、とか。………駄目?」




若干の下心を滲ませ、三浦はイツキを誘う。


イツキはそれに気づいたのか、それとも全くの無意識なのか


視線を揺らし、一度伏せ、それからゆっくりと戻し、三浦を見つめる。






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2024年08月10日

痴話喧嘩・4








「駄目です。俺、この後、予定があります」



三浦の下心はバッサリ切り捨てられてしまった。








その頃の黒川は、事務所で真面目に仕事に励んでいたのだが
ため息と鼻息の多さと大きさに、一緒に仕事をしていた一ノ宮が若干、呆れていた。
不機嫌さを滲ませる理由は、大概が「イツキ」絡みなのだろうと解っている一ノ宮は
特に話を振る訳でもなく、淡々と自分の仕事をこなす。


こうやって黒川が色恋に身を持ち崩す姿は
……実は、結構、面白くて好きだと

間違っても口には出さないが、一ノ宮は思っていた。

少しはこうやって、人のような感情に身を焦がした方が良いのだ。

それは、自分には無い感情な分、余計にそう思うのかも知れない。




「…一ノ宮。この損失分の計上はどこに入れたんだ……」
「……ああ、はいはい。……こちらの、特別会計です。前年度から引き続いて……」



真面目に
仕事をする振りをして
いつ、本当にしたい話を切り出すのか
それを見計らっている間合いも




一ノ宮は、割と好きだったりする。







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2024年08月17日

痴話喧嘩・5









事務所での仕事も一段落つき、黒川はデスクを離れ、ソファに座る。
テーブルの上に置いたままになっていた洋酒のボトルに手を伸ばし、グラスに注ぐ。
一ノ宮も一息ついたのか立ち上がり、部屋の隅の流しに向かうとグラスに山盛りの氷を入れ
戻ると、黒川のグラスに氷を半分分けてやり、残りのグラスに洋酒を注いだ。


「…お疲れさまです。…今日はもう、終わりにしましょうか」
「……ああ」
「明日は18時から会食が…赤坂の月丸亭ですが、直接、向かわれますか?」
「……ああ」


一ノ宮は手帳をぱらぱらとやり業務連絡をするも、黒川はどこか上の空。
グラスを空にするともう一杯酒を注ぎ、少し不機嫌そうにため息を吐く。




「…明日の、坂尾様。……以前からイツキくんを呼んで欲しいと言っていましたね。
……そちらはもう、大丈夫なのですか?」

「…あー、知らん。……いや、呼んでやるかな。…たまには、いいだろう。…ふん。
たまには、イツキにもガツンとしないとな、…生意気が過ぎる…」

「おや。珍しい。まあ、坂尾様に貸しを作って損は無いと思いますよ。
では、その後の部屋も予約してきましょう。赤坂でしたら良いホテルがあります。バーもあるので……」

「いやいやいやいや。嘘だ。イツキは呼ばん」



サクサクと話を進める一ノ宮を黒川は慌てて止め、横目でギロリと睨む。


一ノ宮は笑そうになるのを堪え、自分のグラスを傾けながらようやく、
黒川の不機嫌の理由を、聞いてやることにした。








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2024年08月24日

痴話喧嘩・6









黒川がマンションの部屋に戻って来たのは深夜2時。
事務所での仕事を終えて、一ノ宮と裏の焼き鳥屋に行って
もう一件どこかにと誘うも断られ、渋々、帰って来たのがその時間だったが
イツキはまだ、帰宅していなかった。


何の連絡も無しにイツキが帰らないことは稀だったが
昨夜の喧嘩の後の軽い嫌がらせなのだろうと、黒川は思う。
大体、どこに行くだの、何時に帰るだの、そんな事をイチイチ報告する必要もないのだ。
誰と何をしようが構わない。

一緒にいられる時に、ただ、一緒にいる。その位の関係で良い。





『まさか本気でそんな事を言っているんですか、雅也?
ああ、まさか、それをイツキ君に言いましたか?

もう、そんな間柄では無いことは、お互い解っているはずでしょう。

面と向かって告白しろとは言いませんよ。ただ、あなた方は……
……色々あった上で、今も、一緒にいるのですから
もう少し、愛情を……表に出しても良いと思いますよ』





冷酒のコップを傾けながら説教臭く一ノ宮が零す、言葉が耳に残る。
馬鹿が。イツキ相手に、これ以上何をどうしろと言うんだと、笑って答えるが

今更、どう接して良いのか解らなくて困っているとは、黒川本人ですら気付いていない。




『……またイツキくんに家出されては嫌でしょう?…お忘れですか?雅也』




半分、冗談めかして言う一ノ宮の言葉を思い出し、胃が、すくむ。
イツキがこのまま帰って来ない、そんな事は万に一つも無いと思っているのだが
その確証は、無い。



黒川は台所で水を一杯飲み、ふうと、深く息を吐く。




ガチャリと、玄関の扉が開く音がした。







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2024年08月27日

痴話喧嘩・7








イツキは帰って来ないかも知れない。
裏を返せばそれは、他の男と会っているのかも知れない。
そうでな無かったとしても、昨夜の喧嘩の後だ、気まずい空気が流れるのだろう。
愛だの恋だの思いやりだの、そんな言葉には反吐が出る。
一ノ宮に何を言われようとも、真面目に取り合う気はサラサラ無いぞ、と
黒川は斜に構え、イツキを迎えるつもりだった。






「…ただいまぁ。ああ、マサヤ、起きてたんだ?
もう、今日、大変だったぁ、…夕方にハーバルの社長が来たんだけどさ…
荷物取りに来たって、段ボール抱えた瞬間にまたギックリ腰になっちゃって…
でも、どうしても向こうに帰らなきゃ行けないって言って、仕方ないから
一緒について行ってあげてさ…、向こうで病院行って、奥さん呼んで…なんてしてたら
最終の新幹線に間に合わなくなっちゃって、
タクシー呼んじゃった。……いくらかかったと思う?
5万だよ、5万! ああ、もう、そんなにするとは思わなかった……」


部屋に入り黒川の顔を見るとイツキは本当に安堵したように息をつき
流しの前の黒川の、隣に立ち、手を洗い、冷蔵庫からビールを取り
飲みながら、一息に、事の顛末を語る。



「5万円って…デカい。スプリングコフレが10セット買える…
泊まって行けばって社長の奥さんが言ってくれたんだけど…、でも、帰りたかったんだけど
でも、5万。……まあ、俺が一回、ヤればいい値段?」


イツキは、イツキなりの冗談を言って、もう一口ビールを飲んで、黒川の顔を見る。



黒川は、いやに神妙な顔をして、イツキをまじまじと見つめる。





「……イツキ。そういう時は俺を呼べ。迎えに行く」

「あ。……うん」

「あと、遅くなる時には連絡をしろ。…心配する。
……俺も、遅い時は、連絡する。…今度から」

「…ん」






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2024年08月31日

痴話喧嘩・最終話








イツキは確か夕方までは、黒川に怒っていた。
女物の香水の匂いをさせて真夜中に帰ってくる不誠実な男に。
ハーバルの社長との待ち合わせが無ければ三浦の誘いに乗って、自分も、何か悪い遊びをしてやろうとさえ考えていたのに
ギックリ腰の社長の介抱で、もう、そんな事はどうでも良くなっていた。



「……マサヤだって、昨日は遅かったのに…」
「ああ。だから…、悪かったな。嫌なものだな、帰りを待つというのも…」
「……マサヤ?」



珍しく殊勝な言葉にイツキは驚き、目を丸くし、嬉しいと言うよりは気味が悪くて
黒川の顔を覗き見る。
この男が本気で反省をするとは思えないが、まあ、何かしら思う所があったのだろうか。



イツキは何か言おうとして、でも、下手な事を言うものでもないと思って
ビール缶を口に当てて、ビールを飲んでいる振りをする。


黒川は、そのビール缶に手をやり、脇に外し

空いた、イツキの唇にキスをした。










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