2024年09月12日

お喋りな一ノ宮









「最近、マサヤが変」




ある日。
仕事帰りのイツキが事務所に寄ると、そこには一ノ宮のみ。
黒川は外に出ていて、戻るのはまだまだ先だと言う。
別に、特に、約束をしていた訳でもない、ただ帰り道に寄っただけなのだし
待っている必要もない。帰って、部屋で待っていても同じなのだけど

ソファに座ったイツキに一ノ宮はコーヒーを淹れ、イツキはふうと深く息を吐く。



「お疲れさまです。お仕事の様子はいかがですか?」
「あー、まあ、ふつう。いや、面倒くさい。…もう、辞めたいかも…」
「ははは。イツキくんは良く頑張っていると思いますよ。…まあ」



話しながら一ノ宮も自分のコーヒーを持ち、休憩とばかり向かいのソファに座る。
うやうやしく前に差し出す綺麗な箱には、イツキの好きそうな上等のチョコレートが入っていた。

一つ、つまむと、甘みが広がり、イツキは思わず目を閉じる。
ため息の理由は、仕事、では無いことは、自分でも知っている。




「最近、マサヤが、変。なんか……優しい…」
「ええ? 優しいのなら、良いでしょう」
「そうなんだけど。ほら、今までが今までだったじゃん…」
「はは。確かに…」



熱いコーヒーを飲みながらイツキは、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ


黒川との暮らしの中で色々と思うことがあっても、それを話せる相手もいない。
話せたとしても、それを本当に理解し、共感してくれる相手は、そういない。

一ノ宮はおそらく数少ない、その中の、1人なのだろう。





「なんかさー、喧嘩してたんだけどさー、なんか、終わっちゃうんだよね。
…いや、良いんだけどさ、喧嘩なんか別に、したくてするわけじゃないからさ。
でも、とにかく、なんか、マサヤ、変なんだよね、なんか……、なんだろう…

昔に比べて、なんか、………チガウ」




「それは、社長が…、あなたを愛していると自覚したから、だと思いますよ」






イツキの問いに答えた一ノ宮の言葉に


イツキは、目を丸くするばかり。







posted by 白黒ぼたん at 18:18 | TrackBack(0) | 日記

2024年09月17日

お喋りな一ノ宮・2








黒川が自分を愛している、と言われて
思い当たらないことも、無いわけではないけれど
それらを全て丸のみ鵜呑みで、納得は出来ない。


「いや、でも。まあ、最近のマサヤは…そうかなって感じも…あるは、あるけど…
でも、こうも態度が変わると、ちょっと…付いていけないと言うか…
俺も、どう応えていいのかわかんなくて……困る」


イツキの困惑の半分は、照れ、なのだろう。
あれだけ酷い事をしてきた相手が、すっかり手のひらを返し、その手で抱き締めてくるのだ。

もちろん、イツキも、今は黒川を好いているのだから
それが嫌だという話ではないのだけど。



「イツキくん、社長は、最初から特別、あなたを気に入っていましたよ」
「ええ、…でも、俺、……酷いこといっぱいされたよ…」
「そうですね。金絡みで色々、拗れましたが……」



一ノ宮は穏やかな口調のまま、合間にコーヒーを飲み、笑みを浮かべる。



「それもあって社長は、大分、頑なになっていましたが。ようやく、
……素直になって来たというところでしょう」

「……なんで、だろうね。…お金のこととか、「仕事」とか、無くなって
……やっと、やっと…落ち着いたって…事なのかな……」

「ええ、まあ。良くも悪くも……年を取りましたからね」





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2024年09月26日

お喋りな一ノ宮・3








「……一ノ宮さんは、マサヤのこと、よく知ってるよね」
「はは。まあ、長い付き合いですから……」


そうして
向かい合ってお茶を飲みながら、イツキと一ノ宮はお喋りを続ける。
考えてみれば、この二人の距離感も珍しい。

イツキにとって一ノ宮は、身の回りいる男の中では実に珍しく、身体の関係が無いし
一ノ宮にとってイツキは、正直、厄介な存在だったものが…今では、

黒川を挟む、良い、仲間のようなものになっていた。



「…長い付き合い…、かあ。…ふぅん。
……俺、そう言われてみればマサヤの事、何も知らないな…。話してくれないもんな…」

「話して楽しい事でもないのでしょう。
普通に学生で、少々、悪さをして、こちらの道に来た…程度ですよ」

「それでも聞いてみたいな。…家族とかさ。マサヤに親とか、いるの?」



勿論、いるに決まっているのだが、そう質問したくなるほど想像が付かないものだった。
それは一ノ宮にも解るらしく、ははは、と笑う。



「いますよ。
イツキくん、会いましたよ、確か」

「………ええっ?」



思いがけない一ノ宮の答えに、イツキは声を上げ、飲みかけのお茶を手元に溢す。





posted by 白黒ぼたん at 22:22 | TrackBack(0) | 日記