2024年11月05日
高架下居酒屋飲み会
2杯目のビールを飲み始めた松田は、店内に入って来た人影に気付き、軽く手を挙げる。
駅から続く高架の下の大衆居酒屋。新しい店なのに、作り込まれた古臭さが丁度良い。
「黒川さん。お疲れ」
「…何だ?何の用だ?」
仏頂面でやって来た黒川はテーブルの、松田の向かいに座る。
すぐに目の前の小さな立札を手に取り「今日のオススメ」を眺める。
顔つきの割には、機嫌は悪くないらしい。
そうでもなければ突然の、松田の飲みの誘いに、乗るはずもないだろう。
「いや、俺、また来週には向こうに帰るしさ。一度ゆっくり、黒川さんと話しておこうかなと思ってさ」
「…ゆっくり話したいにしては騒々しい店だな…」
「好きでしょ?こういう所も。それとも、会員制の秘密クラブが良かった?」
「ふん」
確かに。
棚には各地の日本酒の一升瓶が並び、壁には、ハムカツやポテサラや、庶民的なメニューが貼り出されている。
嫌いではない。と言うか、こういう店が好きなのはイツキの方だろう。
『マサヤ、モツ煮は一個にする?二個にする?
玉子が入ってるやつが良いよねぇ。
……普通のハイボールと、店長こだわりハイボールは何が違うんだと思う?」
「いや、イツキちゃんが好きなのか、こんな店。…ははは。
モツ煮とか、絶対、頼むもんなぁ……」
ぼんやりとイツキを思い出している時に、丁度、イツキの話をされて
黒川は少し、ほんの少し、気恥ずかしい思いをする。
「焼き鳥盛り合わせは頼んだんで。後は……適当に……
何、飲みます?日本酒にするなら俺も飲みます。
いや、ホント。今日はただ、黒川さんと飲みたいだけですよ」
とりあえずの、黒川の最初のビールがテーブルに運ばれ
男二人の飲み会がスタートした。
posted by 白黒ぼたん at 23:10
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2024年11月09日
飲み会・2
「…いや、マジ、助かったよ、黒川さん。植原さんトコと繋がりつけて貰って。
上が関西系だろ?ナカナカ手が出せなかったんだよね。俺も親父も…」
「別に。こちらにも利があってやった事だ。…東駅開発は役所絡みで面倒だったろ?」
とりあえず、飲み始めは真面目な仕事の話から。
主に北関東で仕事をする松田は都内に進出するにあたり、黒川に手助けして貰ったらしい。
まあ。それは勿論ギブアンドテイクで、黒川にもメリットのある取引だった。
同業者と言えど地盤が離れていることもあり、意外と、相性は良い。
「書類関係はほとんど一ノ宮さんがやってくれてね。
あの人、いいねー。本当に、良いわ。
仕事、早くて正確で、すげー、気が利いて、いや、本当…」
「…まあな」
「黒川さんとこ、二人で回してるって、有り得ないって思ってたけど…
一ノ宮さんの仕事っぷり見てたら、それも解る気がしたわ。
うちの親父んとこにも丁寧な連絡入れて貰ってさ、菓子折りも……」
一ノ宮の事を褒められ、黒川はまんざらでもない顔をする。
人に言われるまでもなく、一ノ宮の有能さは、黒川自身が一番良くわかっている。
若い頃からの付き合いとはいえ、自分に仕え、本当に良くやってくれているな……と
言葉にはしないが、常々、思っては、いる。
「一ノ宮さんも、イツキちゃんも、あんたの回りは良い人ばっかりだよな
なんだ?どうやって集めてるんだ?」
「人徳だろ?」
そう言って黒川は笑い、手元の酒のグラスを煽るが
『そんな訳は無いだろうと』
どこからともなく、声が聞こえるような気がした。
posted by 白黒ぼたん at 22:36
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2024年11月14日
飲み会・3
「一ノ宮さんも誘えば良かったかな。
あの人とも、ゆっくり話してみたいんだよね。
……黒川さんの、裏話とかさ」
ビールから日本酒に切り替えて、松田は、黒川にも同じ酒を注ぐ。
松田は、たまに冗談を言ったり、無遠慮に踏み込んだことを聞いてみたり。
それでも黒川が怒る事はない。
おそらく、黒川より10歳ほど年下の、その明らかな差が丁度良いような気がする。
ある程度の話は出来る。けれど、まともに向き合う必要も無いのだ。
そして、そう思いつつ
口が滑ったという風に、深い話をすることもある。
つまりは、
黒川は意外と、松田を、気に入っているのだ。
「…一ノ宮は、今日は、ナントカとか言うバーに行くと言っていたな…。
ジャズのライブがあるとか……なんとか…」
「へえ。一ノ宮さん、ジャズ聴くんだ。ああ、でも、それっぽいかも…。
黒川さんは? 一緒に行ったりしないんですか?」
「行くかよ。オカシイだろう」
「まあ、確かに」
一合入りの徳利はすぐに空になってしまい、次は何にしようかと、松田はメニューを開く。
黒川は、自分で「オカシイ」と言ったものの、松田がすぐに同意するので
それはどういう意味だよ、と、鼻で笑った。
posted by 白黒ぼたん at 00:20
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2024年11月17日
飲み会・4
「……景虎の純米を冷やで2合。あと、ハムカツ。
肉豆腐は2つ、…あ、大きい? じゃあ、1つにしようかな。
そうそう、黒川さん、ハーバルの話は聞いてる?」
追加の注文と一緒に松田がサラリと話を振る。
松田は良く言えば軽い。その分、相手の懐に入ることに長けている。
「…どの話だよ。イツキが偉そうに仕切っている話か?」
「店長代理で頑張ってるからね。いやぁ、イツキちゃん、本当に……」
テーブルに運ばれた新しい酒を、松田は黒川に注ぐ。
新しい酒を注いだら、その都度、一度、グラスをカチンと合わせる。
その間合いは、嫌いでは無い。
「イツキちゃん、意外だよね。こんなに、フツーに働くのなんてさ。
俺、最初に向こうで会った時には、ただのヤバい可愛いコだとしか思わなかったけどさ。
ほら、ウチ、地域密着型の優良ヤクザじゃんか?
地元企業には手取り足取り尽くすけど、イツキちゃんが頑張るなら、さらに頑張るってゆーか」
するすると酒を飲み、松田の口は若干、軽くなっている模様。
もっとも、それは、松田に限った話ではない。
「正直、ハーバルの経営も危なかったんだけどね。ちょっと、肩入れしちゃったよ。はは」
「……潰れても、……良かったぞ? ……イツキの仕事なんぞ、どうでも…」
「ええ?そんな事、言う? イツキちゃん、あんなに頑張ってるのに?」
「…あいつは元々、そういう器じゃないだろう。どこに行っても、問題を起こす。
現に、この間も……、何か、あっただろうが」
黒川は注がれた酒を飲み、口調は、愚痴めいたものになる。
先日の、隣りの三浦絡みのトラブルは、大した問題ではないにしろ
それでも、気にならない訳ではない。
イツキを、表、に出すと、とにかく問題が起きる。
それは黒川が一番良く解っている。
それは、確かに、面白い出来事だと、笑って傍観も出来るが
出来なくなっていることも、黒川は良く解っていた。
posted by 白黒ぼたん at 22:09
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2024年11月21日
飲み会・5
「あの、お隣さんの揉め事は俺も想定外だった。悪かったよ」
飲みながら、素直に松田が謝罪する。
「…ハーバルの店を構えるにあたって、あの辺り一帯、調べたんだけどね…。
割と新しい土地柄で、ハバを利かせてる組も無かったんだけど…」
三浦に関するトラブルは、あの場所と言うより三浦個人のもので
さすがにそこまでは、松田に予知出来るものでも無かったのだろう。
その事は、黒川も承知している。
松田に文句を言うつもりは毛頭、無い。
「…別に、あんたが詫びる話でも無いだろう…。
イツキは…、ああ言った手合いを良く引き入れる。
まあ、趣味みたいなもんだ。………、あいつは…」
飲みながら黒川も返事をする。
注がれた日本酒は口当たりが良く、水のように、するすると喉を通る。
「…あいつは、良くも悪くも、何でも、受け入れ過ぎる。
馬鹿過ぎる。何でも、引っくるめて、飲み込み過ぎる。馬鹿だ。
危ない目にも何度も遭っているだろうに学習しない。
自分から痛い目にあって、自分で勝手に納得する。
馬鹿で、お人好しで、身体はユルい。
まったく。手間の掛かる奴だ……」
黒川の言葉は、肯定なのか、否定なのか。
そんなイツキが可愛くて仕方がないのか、心底、呆れているのか。
グラスに残った酒を飲み干し、ふうと、ため息を吐く。
「またまた、そんな事言っちゃって、黒川さん。
そこがイツキちゃんの良いトコなんでしょ?
本当は大好きなんでしょ?
優しくて、強くて、それでいてカラダは緩くてって
最高のコじゃないすか。
つか、そんなイツキちゃんに育てたのは黒川さんなんでしょ?
はは。今更心配しても、仕方ないっすよねぇ」
やや深刻な黒川の悩みは
軽く、松田に、いなされてしまった。
posted by 白黒ぼたん at 00:42
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2024年11月26日
飲み会・6
松田は酒も手伝ってか、少し口が軽すぎたようで
……黒川の機嫌を損ねたかと、そっと、様子を伺う。
黒川は少しむっとした顔を見せたが、それも一瞬で
日本酒のグラスに口をつけながら、ふふふと、小さく笑う。
「……確かにな。エロくてユルのが、イツキの取り柄だからな…」
「そう、そう。…まあ、危い目に遭わないのが一番だけどさ。
ハーバルの周りは、もっと、俺がちゃんと気をつけるよ」
「あの仕事場で一番アブナイのはお前だろう?」
今度は黒川の軽口に、松田は「バレたか」と声を上げて笑った。
その後も黒川と松田は酒を飲み続け、話を続ける。
途中、真面目な仕事の話が混ざるのだが、その頃にはまあまあ酔っ払いになっていたので
適当に流して、それで終わる。
行きつけの飲み屋の話や、松田お勧めの地元の温泉の話。
最後にはまた、イツキの話に戻り
黒川はもっともらしく、イツキへの愚痴やら不満やらを溢すのだけど
それはただの、ノロケ話だよな、と
松田は目をつぶり、うんうんと同意するフリをしながら、聞いていた。
posted by 白黒ぼたん at 23:27
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