2025年01月10日

西崎の事務所







「こんにちわー」


ノックと同時に軽い感じで入って来たのは、イツキだった。
昔からの馴染みがある場所とは言え、一応、ヤクザの組事務所。
室内にいた強面の、いかにもチンピラといった数名の男たちは「ああぁ?」と訝しむ声を上げる。
中には、もう、イツキを知らない面子もいるのかも知れない。

奥のデスクにドンと構えていた西崎が、珍しい客に顔を上げる。


「……何だ、イツキか。……何の用だ?」
「マサヤのお使い。今度の会合で配る商品券。300枚あるから確認して。
あと、渡辺さんから貰った、ツルカメノダイギンジョ? 残ってたら一本、貰って来いって」
「…『鶴亀』の大吟醸か。…ああ、あるぜ』



西崎は傍に控えていた若い男に指示をして、イツキから受け取った封筒を確認させる。
イツキは、デスクの隣の椅子にちょこんと腰掛け、その様子をぼんやりと待つ。

部屋の隅ではチンピラ達が、イツキを見てヒソヒソと噂話をしている。
『売りモンだったクセに黒川社長に取り入ってよ…、…誰とでもヤルらしいぜ……』と
かろうじて聞き取れる声なのは、わざとなのだろう。

見下し、馬鹿にするのは、西崎も一緒だった。



「……ふん、偉くなったもんだな、イツキ。よく、ここに来られたもんだ。
…そこの机の上でだって、何度もヤられてたくせによ。
……みんな、お前のケツの穴の奥まで知ってるぜ?」



西崎は笑いながらそう言い、チンピラ達もニヤニヤと笑う。

イツキは、……イツキも、ハハハと軽く笑って、用意された日本酒の瓶を紙袋に入れた。



「俺も西崎さんのお尻、知ってる。右の玉にホクロがあるのも知ってる。おあいこでしょ?」




事もなげにそう言って「じゃあ、失礼しました」とペコリと頭を下げて

イツキは、西崎の事務所を出て行くのだった。







posted by 白黒ぼたん at 23:24 | TrackBack(0) | 日記

2025年01月21日

毛布







真夜中に帰宅した黒川は珍しく、リビングのソファで寝付いてしまった。
そう酔っていた訳でもないのだが、逆にそのせいで、持ち帰った書類にもう一度目を通し…
…そのまま、横になってしまったのだ。

睡魔に襲われてしまえば抗うのは難しい。
頭のどこかは冴えているのに、もう、指先一本ですら起こすことは出来なかった。



ぺたりぺたり


と足音をさせて、イツキがキッチンへと入ってきた。
目を覚まし、水を飲もうと巣箱から出て来たのだが、あたりの照明が付いているのを不審がる。


「………あ。」

コップに汲んだ水を飲みながら奥を覗くと、ソファに寝ている黒川を見つけた。




「……マサヤ?……帰ってたんだ。
…こんなとこで寝てたら、また、腰が痛くなるよ?…ベッドに行きなよ」


イツキが声を掛けても、黒川は微動だにしない。
一応心配してすぐ近くまで寄ってみると、息はしているので、死んではいないようだ。


「…マサヤ、起きなよ。……マサヤ?」


何度か呼び、軽く身体を揺すってみるが、黒川は一向に目を覚ます気配もなく
イツキは諦め、黒川はそのまま放っておくことにした。





「………イテテテ…」

翌朝。

黒川は身体の痛みと同時に目が覚める。
自分がソファで寝入ってしまったことを思い出し、クソ、と悪態をつく。
案の定、腰と肩が痛かった。


身体を起こすと

肩口から、毛布が落ちる。
毛布は、……イツキが掛けたのだろうかと……思う。

そして、毛布の山はソファの足元にもあって



その中に、丸まって眠るイツキがいた。







posted by 白黒ぼたん at 23:30 | TrackBack(0) | 日記