2025年03月04日

清水先輩・3








「……イツキ、…この後どうする?」

そう清水が尋ねて来たのは、酒も程よく回った頃。
ふとイツキが、本当に無意識に、店内の時計に目をやった時だった。
テーブルの食べ物もほぼ無くなり、お開きにするにはちょうど良い間合い。

この後のどうにかする何かは、当然、酒のお代わりなどではない。



「…そろそろ、帰ります。明日も仕事なので」
「……そっか」



いやに明るく答えるイツキと、簡単に引き下がる清水。
もう、そんな関係ではないと、お互いきちんと解っている。


イツキが会計のバインダーに手を延ばすと、清水はさも当たり前という風にそれを奪いレジへ向かう。
イツキは清水の一歩後ろに立ち「ごちそうさまです」と、ぺこりと頭を下げる。

何だかどこか、距離が出来てしまったと、寂しさを感じるのだが
それを埋めるべきではないのだと、まだ冷静な頭で思う。




店を出て通りを歩くと、わかり易いホテルの看板が目につく。


「やっぱ、寄って行こうぜ、イツキ」


と冗談めかして清水が言う。イツキは


「行きませんよ」


そう言って、笑う。






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2025年03月10日

清水先輩・4







「…ははは。…何だよ、もうそんなに黒川さん一途になった訳?」
「……そんなんじゃ…ないです。でも……」


気まずそうに口籠るイツキを、それでも、清水は愛しそうに見つめる。
誘いに簡単に乗るようでは、清水の好きなイツキでは無いのだけど
まるでその気が無いというのも…それはそれで、寂しいものだった。


「…まあ、…それ抜きにしても、…また飲みに行こうぜ。俺もちょこちょこ戻って来るしさ…」
「…はい」
「…あー、今度、あいつも呼ぶ?……えっと、梶原……だっけ。仲、良かったよな」
「いや、大丈夫………で」



冗談混じりに笑って話している途中、ふいに
清水の手が、イツキの背中に延びた。


それは正面から歩いて来ていた、おそらく飲み会帰りの酩酊した中年男性との擦れ違いざま。
イツキの肩が、男に、当たりそうになるのを護るために

清水はイツキの背に手を回し、自分の方に引き寄せたのだ。


「………せんぱい…」
「ははは、何だよ、大丈夫って。梶原、可哀想じゃんかよ」
「あ。……ハイ」




1人で顔を赤くするイツキに清水は、別に特に、変わったことはしていないという風。

背中の手はしばらく、そのままの位置だったが




駅前まで来ると、するりと離れてしまった。






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2025年03月17日

清水先輩・最終話








イツキが家に帰ったのはまだ日付が変わる前。
結局清水とは何もなくするりと別れてしまった。
どうにも、消化しきれない想いを抱えたまま部屋に入ると

丁度、その間合いで顔を見たくない相手がいるもので



「……ただいま」




黒川は仕事が早く引けたのか、もうリビングのソファに座り
適当なツマミを広げ、酒を飲んでいる所だった。
帰りの遅いイツキを責める訳でもなく、「…ああ」と顔だけ傾げる。


特に何も問われない事が逆に気に触る。



飲みに行ってたんだ、清水先輩と。そう言ったらきっとしたのか、しないのかって聞くよね。そんな雰囲気だったけど、結局しなかったんだけど。気になる?気にならない? 別にどうでもいい? 俺ってもう、そんな対象じゃないのかな、そんな事はないのかな。マサヤがいるから、やめたのかな。俺も。清水先輩も。もし、したら、どう?。どう、なんだろう。ねえ、どう、思う?俺は、どうしたらいい?



一瞬、頭の中をぐるぐると、とりとめのない思いが溢れ言葉に詰まったのだが




「ん。先、寝るね。おやすみ」




と、それだけ言うのがやっとで


イツキは独り、自分の巣箱に入って行く。


黒川は、扉がバタンと閉まる音を聞いて
何か聞くべきだったのかと、ふと、思うのだが


思うだけで、終わった。








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2025年03月24日

誘いイツキ







待ち合わせた場所からホテルの部屋まではお互い無言だった。
これといった話題が無い、というか、イツキはまるで怒っている風だった。

部屋に入ると上着を脱ぎ、ふうとため息をつき、ソファに深く座る。
相手の男は困ったように薄く笑い、備え付けの冷蔵庫からビールの缶を取る。

「飲む?」の返事も待たずに、それをイツキに渡す。
イツキは黙って受け取り、とりあえず一口飲んで、またため息をつく。



「…俺が、やっぱり、変なんだよね……」
「そうなんだ?」
「変だよ。だって今は…前みたいに酷い仕事も無いし、マサヤは俺のこと好きっぽいし、俺だって嫌いじゃないのにさ。
なんだか、それだと……」

「物足りない?」


男は笑って、自分もビールを飲む。本来
こんな子供のゴタクに付き合う趣味は無いし暇も無いはずだが
イツキ相手では話は別。
別になるところが、興味深い。


「刺激が足りない?欲求不満ってやつ?
なら。若い元カレと遊べば良いのに」

「それは、…駄目だよ。そんな中途半端な気持ちで…しちゃ、駄目じゃない?」

「それは駄目でも、俺とは、良いの?」

「…だって。…あなたとは何も無いから。……別に、何も」



酷い言われようだったが、実際、その通りだった。
男は、知り合いよりは多少、縁のある相手だがその程度で
好きでも嫌いでも何でもない。特別、害にもならないし、得もしない。


少しでも気持ちが残る相手とは、関係が持てなくても
何の後腐れもないどうでも良い相手となら遊べる、と

そう値踏みをされて呼び出された事は、重々承知の上だ。




残りのビールをクッと煽って、口元に手をやる。手を当てながら
「…俺、…面倒臭いね。ごめんなさい。……やっぱ止める?」
イツキはそう言って小さく笑い、顔を上げ一度男を見つめてから

ふいに視線を逸らし、俯いた。



この誘いを断るほど、男は、馬鹿では無かった。








posted by 白黒ぼたん at 23:52 | TrackBack(0) | 日記