2025年04月02日

業務連絡








「……週末から出掛ける。一週間程だ」


と、黒川が言った。
イツキはコーヒーの入ったマグカップを口に寄せたまま、黒川を見る。


「…仕事だ」
「え?俺?」
「いや、違う。お前は留守番だ」

「はぁい」


何の仕事でどこに行くのか、誰と行くのか、など特に説明のなまいまま
互いにチラチラと顔色を伺うだけで業務連絡は終了した。



最近の2人は良くも悪くも普通の仲だった。
四六時中隙間も無いほど肌を寄せあう訳でもなく
酷い喧嘩をする事もなく。
微妙な距離感を保っているのはもしかすると、何か、やましい気持ちがあるから…かも知れないが
それを突いて暴くほど、暇でも無かった。


それでも



「マサヤ、今日の夜は? ご飯食べに行こうよ。焼肉か、お寿司か…」
「ああ」
「俺、仕事の後、事務所に寄るね」



イツキはニコリと笑い、残りのコーヒーを飲み干した。






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2025年04月08日

一応、仕事








「社長、飛行機のチケット、先にお渡ししておきます。13時羽田です」
「ああ」
「車は手配しますか?運転手付きでも…」
「いや、タクシーで十分だろう。あそこはホテルから近いし…」


週末の予定について黒川と一ノ宮は打ち合わせ中。
数日滞在し、地方のお偉い方とアレコレ交友を深める、一応仕事なのだ。

ふいに、黒川がスマホを取り出し耳に当てる。
それはイツキからの着信で、あと10分程でこちらに到着するという内容だった。


「イツキ君ですか?」
「ああ。これからメシだ。…角の焼肉屋にでも行くかな」
「イツキ君は、今回の件はもう知っているのですか?」
「ああ。別に大した話じゃないだろう?」


確かに大した話ではない。
黒川が「商売道具」を伴って出掛け、その先で、怪しげな会合に参加するなど
イツキも、過去に何度か経験したことがある。

今回はユウを連れて行く。

イツキが「仕事」をする訳ではないのだ。
文句を言われる筋合いも無いはずだ。



「少し不機嫌そうだったがな、はは。あいつ、本当は仕事がしたいのかも知れんぞ。
何だかんだ、刺激が足りないと、欲求不満なんだろう。
まあ、…酒、飲んで、良い肉でも喰えば気も収まるだろうよ」




と、相変わらずな事を黒川が言い、一ノ宮が軽く呆れたろころで
事務所の扉が開きイツキが入って来た。






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2025年04月10日

探り合い焼肉








「カルビとタン塩。ハラミはタレで。あとサンチュとオイキムチ。
ビールが3つ。…あ、ビールで良かったですか?一ノ宮さん」
「ええ」


イツキと黒川の焼肉屋に、一ノ宮も同席していた。
イツキが強く誘ったからだ。
もちろん一ノ宮は最初は断ったのだが…多少は、イツキと黒川の普段の様子というものに興味はある。
黒川は、……何かやましい事があるのだろうか、イツキの提案を拒む事が出来ない。


「じゃあ、お疲れ様です。ふふ。このメンバーって、珍しいですよねぇ」


ジョッキをカチンと鳴らして、イツキが笑う。
敬語が混ざるのは一ノ宮がいるせいだが、それにしても何か、白々しく奇妙に明るい。

隠し事があるのか、隠され事があるのか、訝しむ目で黒川が見るとイツキと視線が合う。
ともすればすぐに、言い争いになるのか

それを避けるための、一ノ宮なのかと、

アレコレ余計な事を考えてしまう。




「マサヤ。骨付き、骨付き。押さえてるからハサミで切って」
「…はいはい」
「まだ赤いかな?大丈夫かな?」
「イケるだろう。…ほら、イツキ。皿、寄越せ…」




一ノ宮から見れば、2人は探りを入れ合っている風にも見え

ただ、仲良く焼肉を突いているだけにも見える。

どちらにせよ甘いデレっぷりを見せつけられて
つい、珍しく、手元の酒の進みが早くなった。





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2025年04月15日

焼肉・2







「…イツキくん、最近お仕事の方はどうですか?」
「最近は……ちょっと暇です。ミカちゃんも戻って来たので…」


焼けた肉を裏返しながらビールを飲みながら、イツキと一ノ宮で近況報告。

ミカは産後三ヶ月。本格的に復帰という訳にはいかないのだが
近所に住んでいる義理の母親が非常に好意的で、週に1日、2日、ミカの気分転換も兼ねて
仕事に出ることに協力してくれている。
それに加えて、実はハーバル自体あまり業績がよろしくないようで…仕事量としては減っていて
当然、イツキが担当する仕事も、少なくなっているのだ。


「今のお店も…どうかな、続けられるのかな。
また、通信販売専門に戻すかも…なんて言ってて、そうしたら俺の仕事も無くなっちゃうかも…」
「まあ、都内に拠点となるとそれだけで経費が掛かりますからね」


黒川は黙ってジョッキを傾けながら、イツキと一ノ宮の話を聞く。
少し訝しむ顔をしていたのは、そういった仕事の話を、自分は知らなかったからだ。

けれど、それは、認識の違いで。

イツキは普通に普段、愚痴めいた話をこぼしていたのだけど
黒川が、さっぱり話を聞いていなかっただけなのだ。


「…東京のお店、閉まっちゃったら…、俺、また本社に戻ろうかな。
意外と向こうでの生活、楽しかったからなぁ……」


多分、冗談だと思うイツキの言葉に一ノ宮は笑い


黒川は
「行け、行け。お前には田舎暮らしが丁度良いだろう」と
相変わらずの憎まれ口を叩いた。






「俺が、いなくなっちゃっても、良いの? マサヤ?」





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2025年04月20日

焼肉・3








「お待たせいたしました。生ビール3つと上カルビです。
空いているお皿、お下げしまーす」


真面目な話を賑やかな飲食店でというのは良し悪しだろう。
勢いに乗じて話せる事もあれば、絶妙な間合いで中断される事もある。
イツキは、自分が言った言葉はさして重みが無かったかのように、会話を中断し、店員から皿を受け取る。

黒川は、イツキの言葉に返事をする間合いを無くした事に、少し……息をつき
その様子に気付いた一ノ宮は、息を飲む。
イツキは、

来たばかりのジョッキのビールを、ごくごくと勢いよく煽る。

急いで酔っ払いたいのか、何か理由があるのか、何なのか。



「…はは。イツキくん、良い飲みっぷりですね。
そう言えば…こうやってイツキくんと外で飲むのも珍しいですよね…」
「やっとハタチですもん。いくら飲んでも怒られないんでしょ?」


息継ぎもせずジョッキの半分を飲み、イツキが笑う。
今どきのタブレット注文で次のビールを頼み、鉄板の焼けた肉を裏返す。


「…一ノ宮さん」
「…はい?」



ふいに間が開くと身構えてします。別段、
悪いことをしている訳ではない。そう、緊張する間柄でもないのだけれど
どうにも



イツキの間合いはオカシイのだ。
それは、身体の関係がある無しに問わず妙に
気を。持たせ過ぎる。













posted by 白黒ぼたん at 23:05 | TrackBack(0) | 日記

2025年04月27日

焼肉・4








「本当に俺、ハーバルの本社に行っちゃっても良いと思います?
それとも、別の仕事を探した方が良いのかな……
俺、この先どうしたらいいのか、ちょっと真面目に考えてるんです……」


おや、先刻の話がまだ終わっていなかったのかと一ノ宮はイツキを覗き込む。
それも黒川にではなく、一ノ宮に聞くのがまた、面白い。


「ハーバルの仕事は、イツキくん、好きなのでしょう?
お店での接客も、事務的なことも、意外と合うのだと思います」
「ん。俺、ちゃんと働くって初めてだったけど、ハーバルは好き。みんな良い人だし」
「そうですね……」


一ノ宮は手元のグラスを傾けながら、チラリと視線だけ黒川にやる。
黒川は知らぬ顔で、焼けた肉を皿に移し、新しい肉を鉄板に並べる。


「仕事を持つ、というのは良いことだと思いますよ。ハーバルも、良い会社なのでしょう。
ただ、ここを離れてしまうのは、また違う話になるのかと…。
イツキくんが近くにいないと……、私は、寂しいですよ」
「やだ、一ノ宮さんったら!」


そんなやりとりをして、イツキと一ノ宮は笑う。
そして、ついに、ハタで聞いていた黒川が罠に掛かる。




「仕事がしたいのなら、俺の仕事を手伝え。
石鹸屋なんぞ、辞めても構わんだろう」

「……マサヤの仕事の手伝いって、何?
ヤル、以外に何かある?俺……」


「…おまたせいたしましたー。日本酒2合とおチョコが3つ。
チョレギサラダですー」





posted by 白黒ぼたん at 22:56 | TrackBack(0) | 日記