2016年03月06日

簡単な罠・3








「…飲まないの?」


席に着き、黙々と食事を始めるイツキを、加瀬は面白そうに眺める。


「…今日は、ご飯食べに来ただけです。食べて、帰ります」
「ふぅん。せっかく、良いお酒、用意したんだけどなぁ…」


加瀬はそう言って自分のグラスを傾ける。
さすがに、イツキも、酒を飲み始めては自制が効かなくなることくらい解っているのだろう。
ちらりと、テーブルの端に置かれている一升瓶に目をやり、ふんと、顔を背ける。
その様子があまりにも解り易く、加瀬はくすくすと鼻で笑う。


「…そんな我慢、しなくてもいいのに。…少し、お酒が入った方が、アレも良くなるのに」


冗談めかしそう言うと、イツキが物凄い顔で睨むので、また笑う。


「…それとも、お酒に何か入れてるんじゃないかと…、心配しているのかな?」
「そうですね。…先生、信用ならないし…」
「あはは。何か仕掛けるなら飲み物とは限らないよ?食事にだって、何だって、混ぜられるじゃない?」


その言葉の後でイツキは咽込み、手に持っていた鍋の取り皿をカタンとテーブルに落とす。


「ああ、嘘、嘘。…そんな事しないよ。君はもう、本当に解り易いねぇ…」
「…他に、お話、無いんですか?…俺、もう、帰ります…」
「そう急ぐこと、ないじゃない。まだ、何も話、してないじゃない?」



加瀬はのらりくらりと言葉を交わし、その都度反応するイツキを楽しんでいた。
そして、ただ本当に、それだけが目的だったように、特に何をする訳でも無く酒を飲む。

その姿にイツキは少し、油断してしまったのかも知れない。




加瀬の嘘が、嘘では無いと気付くのは、少し時間が経ってからだった。






posted by 白黒ぼたん at 23:09 | TrackBack(0) | 日記
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