2016年08月17日

坩堝・29






「ねえ、お兄ちゃん。俺と仕事、しない?…ビデオでも、何でも。
お兄ちゃんなら、かなり稼げると思うんだよね」


事を済ませ、南屋はベッドで煙草に火を付けながら、そう言う。
イツキはと言えば、もう用事は済んだとばかり、ベッドから降り、服を着始める。

南屋の言葉に聞く耳も持たず、シャツのボタンを上まで留めて、手櫛で髪を整える。


「……俺、帰ります」
「……思い出したんだよね」
「…え?」
「…お兄ちゃんさぁ、『桃企画』のビデオ、出てた子でしょ?……あの、スゴイの…」


それは、ドアに向かって歩き始めていたイツキの足を止めるのに、十分な言葉だった。
……2年ほど前に、不本意ながら作成されたそのビデオは、黒川があらかた回収したにも関わらず、時折、存在を現す。
南屋も、完全なものを手に入れている訳ではなかったが、仕事柄その一部を見た事があるようだった。


「俺にも、撮らせてよ。ねえ?」
「嫌です」


当然、キッパリ断って、イツキはホテルの部屋を出て行った。
廊下を歩き、エレベーターに乗り、ホテルを出て、駅まで歩く。
歩きながら、涙がぽろぽろと零れる。
後に残るのは、悔しさと、惨めさばかり。




妹が、カネ欲しさに、軽率に危ない道を選ぼうとした事も。
黒川が、何の情けも掛けずに、それに手を貸した事も。
横浜では、いつの間にか秋斗が、きちんとした立場にいて、黒川の仕事を手伝っていることも。
自分の、恥ずかしいビデオが、自分の知らない所で出回っている事も。


何もかも。


どこから手を付けて良いのか解らない程、問題が、散乱していた。




posted by 白黒ぼたん at 22:08 | TrackBack(0) | 日記
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