2020年01月23日
イツキと松田・3
「…まだ本当に…ごたごたが終わったのか解らないですけど…、落ち着くようなら戻っても良いって…言われてます。……でも…」
「……でも?」
小皿を手に持ち、箸で具材を摘み、そのままの状態でイツキは少し…物思いに耽る。
濁す言葉に、松田は水を向ける。
「……何?……まだ何か、問題があるの?」
「…問題って言うか…、俺…、結構、ここの生活も慣れてきたし…、仕事も楽しいし…、……それが無くなっちゃうのも…、寂しいなって……」
そう言って、口を結んで、小さく溜息を付く。
確かに。
たった一人、見知らぬ土地に放り出されて、最初は不安で不安で……、一刻も早く元に戻れることを願っていたというのに…
いつの間にか仕事に馴染み、働く事の喜びや遣り甲斐なども感じ、人から感謝され、頼りにされると……、どうにも…
ここを離れがたい。イツキの人生の中では得られなかった、ごく当たり前の幸せが、ここにはあるのだ。
「…住めば都ってヤツだよな。良いんじゃない?こっちにいるのも」
「………ね。……ちょっと、考えちゃいます…」
考えはするが…、もし新宿に戻れる状況になったのなら、戻らなければいけないのだろう。
新宿が、黒川の元が、恋しくない訳ではない。
それでもやはり割り切れない思いが胸の奥でくすぶり、それを押し流すように、イツキはグラスの冷酒をくっと飲み干す。
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