2020年06月23日

一ノ宮のお言葉







「…一ノ宮さま、もうお一つ、お作りしますか?」
「……そうですね、お願いします」



行きつきのバーのカウンターで、一ノ宮は静かに酒を飲んでいた。
店主のカオリはグラスに氷を用意し、年代もののバーボンを注ぐ。
奥の席に座っていた客が帰り、店内の客は一ノ宮一人。
カオリは、表のライトを落とし、クローズの札を出す。

それはもう、二人のお約束で
カオリは自分のグラスを用意し、頂きます、という風に一ノ宮に向けグラスを持ち上げて見せる。



「……ああ、カオリさんが気に入られていたお店、…ハーバルさん、秋には東京でオープンするようですよ」
「まあ、嬉しい。…私、ネットの注文が苦手なので…、……あの、可愛い店員さんが入られるのかしら?」
「おそらく。……ウチの社長が首を縦に振れば…ですが…」


一ノ宮は新しいグラスに口をつけ、何かを思い出したのか、ふふと笑う。
それが珍しく陽気に思えて、カオリは目を止める。

カオリは、一ノ宮の商売の細かいところまでは知らないが、……まあおおよその事は察している。
「社長」と「可愛い店員さん」が、訳ありの面倒臭い恋人同士で、一ノ宮が常に気を揉んでいることも知っている。



「…あまり、外に出したくはない…といった感じなのかしら…。…きっと心配なのでしょうね」

「心配…というか、束縛というか…、まあ実際、問題は多いのですが…。
それでもずっと部屋に閉じ込めて置く訳にもいかないでしょう。…ペットならいざ知らず。きちんとした一人の人間なのですから。
これからも一緒にいるつもりなら、そろそろ、関係を見直した方が良いんです…」


言葉の途中で手に持ったグラスをくるりと傾ける。氷が崩れ、カランと音を立てる。


「……本当に、ただのペットなら良かったのですけどね」






最後の一言はごくごく小さく、バーボンと一緒に喉の奥に落ちた。







posted by 白黒ぼたん at 18:55| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記
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